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第7話

私の五番勝負の発表があってから前日までの間、いつものように秘密特訓が行なっています。でも、なんか対戦相手になってくれた先輩たちにはほぼ知られているっぽいんですよね。私が練習の合間に水分補給をしたり息を整えているところに「晴子、なんか頑張ってるみたいじゃないか」とか「なに、新しい技でも開発してるの?」とか「そういう地道な積み重ねが大切よ」なんて言われてしまったら鈍感な私でも流石に察してしまいます、ちょっとショック。まあ気持ちを切り替えて頑張っていきましょう。


そんな特訓の成果でしょうか、耐久力だけじゃなくて対応力もついてきているみたいで、立野さんたちの技が最初の頃のように簡単に決まらなくなってくると「可愛くないなー、あの頃の素直な晴子はどこに行ってしまったの?」って半分泣きまねで不良になった子供を諭すようなこと言ってくるんですよ。それは言わない約束よ?冗談なのはわかりますけどね。


当初の想定より成果が出ているようなので、隠し球的な技でも覚えてみる?ってことになり、山田さんからはシチュエーション別の三角絞めの入り方を、堀田さんからはトップロープからのスワンダイブ式ドロップキックを教わることになりました。堀田さんの空中殺法には憧れていたのでほんのちょっとでも使えたらなーって思っていたので嬉しい限りです。


まずは三角絞めから。これは私の髪の毛を掴んで立たせようとした時に使ってみたら、という提案がありまして、実際にやってみることにします。山田さんのお手本を思い出しながら相手の腕を捕まえたらすぐに両足で挟んで力いっぱい締め付けます。なるべく相手との隙間を作らないようにするのがコツで、自分のヒザ裏にもう片方の足でロックできるとなお良し。ギブアップを取るよりスタミナを奪うつもりでかけるようにと少しずつ修正をしていきます。そして、以前堀田さんから教わったスモールパッケージホールドと併用すれば相手も警戒して簡単に近づけないんじゃないか、その間に自分のスタミナを回復できるんじゃないかというアドバイスをいただきました。


続いて堀田さんからはロープに乗るときの感覚を教わります。ワイヤーを包んでいるゴムの部分は、実はワイヤーとくっついていなくて力を加えるとくるくる回ってしまうそうです。驚愕の事実!何年もやってきたのに初めて知りました!それはともかく、体重をかけ間違えるとゴムが空回りしてバランスを崩してしまうらしいので足の裏の中心で体重がかかるのを意識すること、そしてドロップキックを出すときは直線的に相手を狙うんじゃなく、やや斜め上にジャンプするように心がけるのがいいらしいです。実際にやってみると、体重をかけ間違えるとロープにうまく乗れなかったり相手の手前で勢いよく落っこちてしまう事が何度もありました。あう!って思ったら真っ逆さまにマットに激突です、やっててよかった前受け身。また、ロープの反動を生かすにはヒザの使い方も大切らしく、タイミングを間違えると同じようにベチャっとマットに落ちてしまいます。これはまだまだ練習が必要ですね。


それと、立野さんからは、ただ技から逃げるんじゃなくて自分だったらこう逃げるからこう攻めてみよう、相手はこういう動きをするだろうという想像をしながら動いてみるといいよ、というアドバイスをいただきました。単純に逃げるだけじゃなくてその先のことも考えてということですか。これが俗に言う「戦いとは、常に相手の二手、三手先を読んで行うものだ」ってやつですね。


そんなこんなありながら九月の最終土曜日、五番勝負の第一戦目を迎えます。


この日は、日が落ちるのが早くなったと実感しながらも気温はまだまだ暑く、湿度が少なくなったのが唯一の救いですが道場内は熱気がムンムンです。空調も大型扇風機もフル回転、飲み物やハンディーファンを片手に観戦しているお客さんや、汗だくになりながらリングの周りを動いているカメラマンさん、試合内容を記事にしてくれる記者さんがいる中、自分の出番を待っているところです。


休憩時間が終わるアナウンスが会場内に流れ、照明が少し暗くなると私の入場です。工藤さんがセコンドについてくれて心強いです。これまで同期の皆さんと特訓してきて、できることは全部やってきたからでしょうか、自分でも思ったより緊張することなくリングに向かっていきます。そういえば私の入場曲ってこんな感じだったよね、明るい曲調でリズミカルで、特撮ヒーローのオープニングテーマみたいで格好いいんですけど、毎回ダッシュでリングに向かうからちゃんと聴けてなかったなーなんて思いながらリングに上がります。


レフェリーのボディチェックを受けながらクリスさんの入場を待っていると、赤と青と白いライトが光る中、アメリカの国旗の色を使ったコスチュームとガウン姿で颯爽とした態度でクリスさんがリングに向かってきます。このコスチュームってことは明るく楽しくアメリカンな感じの戦い方でしょうか、お客さんに手を振りながら曲に合わせてリングに入ってきます。


「本日の第四試合、佐藤琴音 試練の五番勝負第一戦、30分1本勝負を行います!」


リングアナウンサーの声にとうとうこの日が来たかと改めて思います。私のすることは、ひたすら耐える、隙をみて丸め込む。複雑な作戦だと自分でもわからなくなってしまうので、このくらいシンプルな方がいいのです。後のことを考えず今できることを全て出すだけです。あ、試合が終わったら自力で控室まで帰ることができる体力は残しておかないといけませんが、セコンドに工藤さんがいますのでどうしようもないときは肩を借りましょう。


「両者、クリーンなファイトを心がけて。お互いに握手」

すると、クリスさんが右手を出してきたので思わず両手で握り返し、お願いします、と顔を見て答えると、ちょっと微笑んでくれました。挨拶もしっかりできたことですし、あとは特訓の成果を出すだけです。


「レディー、ファイっ!」

リングの中央で大きな構えをとっているクリスさんに対して時計回りでゆっくり近づきロックアップ。力いっぱい踏ん張りますがロープまで押されていきブレイク、一旦離れます。続けてロックアップ、これも押されていきますがロープ間際で体を入れ替えてクリスさんを押し込んでからブレイク、距離をとります。んー、クリスさんてパワーがありますね、工藤さんと繰り返し力比べをしておいて良かった、なんて考えながら三度目のロックアップ。これも押されてロープブレイクすると、笑顔で頭をポンポンされます。え?なnうぐふぅ!いきなりお腹にニーリフトされたと思ったら私の両手ごと体を抱えるとフロントスープレックス!フォール!まずいっと思った瞬間に肩をあげる、カウントはギリギリ2で返すことができたけど危なかったー。


そんな私の髪の毛を掴んで立たせロープに振り、帰ってきたところにフロントハイキック!すぐにフォール!これもカウント2で返すことができたけど急にスピードアップしてびっくりしたなーもう。ボディスラムからギロチンドロップ、そのままフォールされてこれもカウント2で返せたけど、このままじゃと思ってリング下に逃げます。ちょっと落ち着こう。以前の私だったら既に負けていたかもなー、今になって体じゅうが痛くなってきましたよ。


そんなところにクリスさんがやってきて鉄柵に向かってホイップ!すぐにフロントハイキックが!客席側に落っこちそうな勢い!それを2度3度と繰り返された後にブレーンバスター!ドスンと背中から落とされて動きが止まってしまいます。うげえ、く、苦しい。


「晴ちゃん、息を整えながらカウント17までゆっくり休んで。何されたかわかる?」

工藤さんの声にちょっと冷静になってどんな状況なのか確認します。クリスさんの試合運びについていけず打ちのめされているところです。

「クリスさんは晴ちゃんを潰しにきてるから気をつけて。耐える時間が増えるけどできるでしょ」

体じゅうが痛いけど手は動く、足は動く、意識はハッキリしてる、カウントは15…リングに戻ったクリスさんは両手をあげてお客さんにアピールしながら私を見ている感じでしょうか。工藤さんのおかげでだいぶ落ち着けました。


カウント19でリングに戻るとクリスさんのニーリフトにハンマーパンチ、ロープに振られてキチンシンク!倒れたところに胴体を足で挟まれて締め付けられます。苦しい。ロープに逃げようとするところで足を外されてフォール、カウント2で返します。


試合開始からずっと攻められっぱなしの私に「どうした!やり返せ!」なんてお客さんの声が聞こえてきますけど、これがなかなか難しいんです。隙らしい隙が見つけられません。

無理矢理起こされましたが手を振り解いてその場跳びドロップキック!倒れない、もう一度ドロップキック!まだ倒れない、さらにもう一発!チャンス、ぐらついた、ロープに走ってもう一発、はカウンターのフロントハイキックで失敗。スリーパーホールドに捕まりグッタリしながらもなんとかロープに逃げることができました。


クリスさんはお客さんに対して何かアピールをすると私の両足を掴むとジャイアントスイングの体勢、これから回されるタイミングで体をひねり前転をすることでクリスさんを丸め込む!カウントは2、続けてスモールパッケージホールド!これもカウント2!スクールボーイもカウント2!惜しいけど決まってないからもうひとつ。

クリスさんが立ち上がるのを待って、コーナーのトップに登りミサイルキック!これもカウント2!さらにブレーンバスターを狙うも持ち上げられず、胸元にハンマーパンチやモモにミドルキックを出してからもう一度チャレンジ、今度は投げられた!でもカウントは2。


立ち上がるクリスさんにエルボーを狙うも逆にエルボーで返されて背中にハンマーパンチ、ニーリフト、顔にエルボーの連続攻撃でダウン、フォールは2で返すことができましたけど、ジャーマンスプレックスは返すことができずカウント3が入ってしまい負けてしまいました。いつもより耐えられたと思うのですがどうだったでしょうか。

次話は2月25日を予定しています

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