第4話
秘密特訓が始まったばかりですが、毎日これだけっていうわけにもいきません。私たち、というより商店街の大切なイベントの七夕祭りの季節がやってきます。前回同様飾り付けの準備やテントなどの設置のお手伝いと、当日の見回りとか迷子センターの受付とかのスケジュール決めを進めていきます。
そして、今回の目玉として私たちのプロレスを披露することが決まりました!しかも無料で見ることができるんですって!ドリームファクトリーとしてチャンピオンベルトが作られて上田さんが初代チャンピオンとして降臨したことで、色々な人たちの興味を引くことができてお客さんが集まって、その人たちがお祭りでお金を使ってくれるという商店街の会長さんの目論見があるらしいですけど。ついでにドリームファクトリーの宣伝だと思えば安いもんだとか、ネットの配信だけじゃなくて地元のローカルテレビ局やFMラジオ局が取材に来てくれるそうなので、そのCM料金を考えたらそれ以上の宣伝効果があるみたいですね。なんていうか、商店街の会長さんの考えることはよくわかりませんが、とにかく私たちは一生懸命頑張ってお客さんにプロレスを楽しんでいただこうと思います。
その大切な日は、お祭りを開催する3日間のうちの2日目、土曜日に決まりました。場所はなんと駅前総合ステージの近くに特設リングを作り、お昼と夜の二部構成となりました。お昼の第一部は自由な発想で明るく楽しい試合をすることで、あまりプロレスに触れていないお客さんのハートをがっちりキャッチ、もしくは「なんか面白いことやってるな」と思わせて、夜の部ではマニアなお客さんも納得するようなじっくりと激しいプロレスを見せる予定だそうです。そして、ここで上田さんの初防衛戦をすることになりました!!お祭りというシチュエーションで屋外、しかも無料というのはいろいろな人たちの反対があったそうですが「面白そうじゃい、たくさんのお客さんに見てもらえるならやっちゃおうよ」という上田さんの一言で決まっちゃったそうです。これは後でGPWOでも物議を醸しそうですが、先行投資できっちり回収できるよと説得するとかしないとか。
で、その初防衛戦の相手というのが中野さんです。工藤さんの五番勝負前後から頭角を現しての抜擢かと思ってましたがどうやら様子が違うみたいです。上田さんがチャンピオンになってから約6ヶ月、トーナメントで直接負けたからとかどのタイミングで表明していいかわからなかったり、私なんてと遠慮して誰も挑戦者に名乗りをあげなかった先輩たちを見かねた中野さんが、タッグマッチながら萩原さんをレフェリーストップ勝ちをおさめ、誰も名乗り上げないならとマイクアピールをしたところに上田さんが参上し「いいよ」と対戦が決まりました。上田さん曰く、「チャンピオンがいるんだからもっとアピールして挑戦してくれても良かったのに遅すぎるよ。誰かに遠慮してるのか優しいのか知らないけどうちの選手はおとなしすぎるよ」
挑戦者が決まった時は中野さんに対して「実力不足」「初防衛戦はイージー」「そんな簡単に挑戦させるなんてベルトの価値が下がる」なんていう辛辣なコメントがあったようですが、上田さんからすれば「それは香織に失礼というもの。あなたたちに彼女の実力の何がわかるの?そんなこと言われることはないし実力は十分。自分自身でチャンスを掴んだんだからとやかく言われる筋合いはない。そして最近できたばかりのベルトに勝ちも何もあるわけないでしょ、そんなものはこれからの戦いで築き上げるもので彼女がその一人目なんだから」と珍しく怒り気味で雑誌のインタビューに反論する記事が載ると、嫌な声はだんだんと小さくなっていきました。これにはちょっとナーバスになっていた中野さんも元気を取り戻し、上田さんの思いに応えるために、反対なコメントを出した人たちにもやり返してやろうという気持ちになっていきました。
さて、七夕祭りの初日を迎えました。天気予報は曇りから晴れ、雨の心配は一切いらない三日間となりそうです。夕方のオープニングセレモニーが終わり人混みが落ち着いた頃にリングを組み上げていきます。事前の告知を見てくれたからでしょうか、リングを組み上げる作業を見物している方々がチラホラいらっしゃるみたいですね。こんなの見てて何が面白いかわかりませんが、楽しんでくれているならまあいいか。
お祭り二日目、いよいよ私たちドリームファクトリーの出番です。対戦カードは次の通りです。
昼の部
第一試合 シングルマッチ20分1本勝負 大森さん 対 私(佐藤)
第二試合 タッグマッチ30分1本勝負 松本さん・宇野さん 対 堀田さん・CRG大木さん
第三試合 タッグマッチ30分1本勝負 横田さん・ダイヤモンズ宮原さん 対 萩原さん・ジャスミンさん
夜の部
第一試合 タッグマッチ30分1本勝負 渡辺さん・山田さん 対 CRG増田さん・立野さん
第二試合 タッグマッチ30分1本勝負 ダイヤモンズ佐々木さん・中嶋さん 対 豊田さん・工藤さん
メインイベント シングルマッチ60分1本勝負 チャンピオン上田さん 対 挑戦者中野さん
お祭りということで少しでも豪華にと他の団体の選手に協力をしていただいて、全6試合のラインナップです。ダイヤモンズの皆さん、CRGの皆さん、ありがとうございます。
「お暑い中お集まりいただきまして誠にありがとうございます。ただいまよりプロレスリング・ドリームファクトリー、七夕祭り大会第一部を開始いたします!」
いつも通り試合が始まる音楽が流れ、いつも通りリングアナウンサーの声が聞こえてきます。いつもと違うのはここが屋外の駅前特設リングなのと浴衣を着て入場することなんです。七夕祭りということでの浴衣なんでしょうけど、これってガウンみたいに前を開けて着たらダメなですかね?リングコスチュームの上から帯まで締めると着心地が悪くて動きづらいんですよ。内股でしずしずと歩いてリングに向かいます。うわ、リングに上がって浴衣を脱ぐ時が結構恥ずかしい!
ボディチェックが終わりいよいよゴング。大森さんと対戦する時はこれをやってみようっと決めていたことがあるんです。それは、以前キックのことでいくつか教えていただいたで大森さんにその成果を見せるためにキックで攻撃してみようと。
時計回りで様子を見ると大森さんの左足にローキック!驚いた表情の大森さんでしたが一旦距離を取ると自分の手で足を払って効いてないぞ、とアピールしてきます。次は大森さんが私にローキック、そんなに強くなかったけどなんとかブロックできました。
そこからロックアップ、ロープに押し込まれるといきなりローキックとかミドルキックとかで何発も蹴られたのでたまらず場外に逃げました。その時にちょっとした違和感を感じたけどとにかく場外へ。
大森さんが追いかけてきて鉄柵に投げられるとガシャーン!という音が鳴るたびにリングサイドから少し離れたところから悲鳴が聞こえてきます。これはプロレス初心者さんかな?特殊な訓練を受けているので大丈夫ですよ、痛いけど。そんなことを考えられるようになった私、ちょっとは成長できてるのかな?
なんて思っている間に大森さんがボディスラムを仕掛けてきます。持ち上げるとマッドじゃなくてアスファルトむき出しのところ!シャレにならない衝撃に耐えようと力を込めよう…あつっ!痛いじゃなくて熱い!そうです、夏の日差しに照らされていたアスファルトが熱くなっていたんですよ!これがロープに押し込まれた時、場外に逃げる時に感じた違和感だったのかもしれません。リングのマットには試合が始まるまでカバーをしていたのでそこまで気にならなかったけどロープも日差しに照らされていましたもんね。思わず飛び起きて背中をさすっちゃいましたよ。
そのコミカルな姿を見た大森さんのいたずら心に火をつけてしまったらしく、もう一丁!とか言って優しいボディスラムでアスファルト背中を付けられるというのを日の当たる他のリングサイド二ヶ所でもやられてしまいその度に飛び起きて背中をさすってしまいます。もう一丁!とやったところは日陰だったのでそこまでリアクションができなかったら「なんで熱くないんだよ!」って!私に当たられても。理不尽。
結局15分くらいで負けてしまいましたが思わぬハプニングからお客さんが盛り上がってくれたのでそれはそれでよかったのかな?でも私の背中、やけどなんてしてないよね?
第二試合、松本さん、宇野さん、堀田さんというお祭り大好き・目立つの大好きな三人に囲まれてひとり地味なイメージの大木さん。会場の声援に応えるように得意の空中殺法を惜しげも無く繰り出す繰り出す!それにつられて大木さんもプランチャなんて出しちゃいましたよ。普段使っていないであろう技をチャレンジする時の動きがまた初々しく、敵である宇野さんが「大丈夫だから早く飛べ!」なんて言いながらお客さんを煽ってるんですもの。大木さんも大変でしたね。結局、最後は宇野さんと堀田さんの丸め込み合戦を松本さんのフォローがあって宇野さんが勝利を収めました。
第三試合、宮原さんが萩原さんに対して、試合序盤からお祭りなんて関係ないという態度で喧嘩腰で突っかかっていきます。最初は軽くあしらっていた萩原さんでしたがだんだん鬱陶しくなったようで、自ら宮原さんを指名しリングに誘い込むと、グラウンドテクニックを十二分に発揮して格の違い?を嫌という程体に叩き込んだようです。それを横田さんとジャスミンさんは「まあ、あれだけやったら倍返しはしょうがないよね。それでも起き上がってやり返そうとするなら大したものね」みたいな感じで宮原さんを見ていたそうです。最後は宮原さんが萩原さんに捕まってレフェリーストップ、負けてしまいました。
これで第一部は終了となりますがお客さんたちは満足してくれたでしょうか。
「ただいまをもちまして、プロレスリング・ドリームファクトリー、七夕祭り大会第一部を終了いたします。お客様にご連絡いたします。他のお客様の通行の邪魔にならないようにリング周辺は一時的に閉鎖いたします。そのためお席の場所取り等をお断りさせていただきます。こちらは第二部の試合開始1時間前に開場しますので、それまでは是非とも七夕祭りをお楽しみください。繰り返しお客様にご連絡いたします…」
次話は1月25日を予定しています