第2話
工藤さんの五番勝負が無事に終わり、次は私の番ということでいろいろ準備をしていくわけですが、なぜか私より同期の方々、特に堀田さんの張り切り具合にちょっと引いています。夕食後の道場の使用許可を率先しておこない練習のスケジュールを組んだりしてくれています。なんででしょうかね、ありがたいんですけど後から怖いというかなんというか。五番勝負は秋頃というので時間がそんなにありませんし当たって砕けるだけじゃダメな雰囲気を払拭するためにもギリギリかもしれませんね。
そして夜、当たり前のように堀田さんがその場を仕切っていますが、その格好はどうかと思うんですよ。濃い水色に白い二本線の入ったジャージ姿、ティアドロップ型のサングラス、竹刀を持つそのいでたちはどこかで見たような古いスポーツ漫画の鬼コーチのようです。形から入るタイプですか?堀田さんはどういうイメージなんですかね。
「はいはい、無駄口は叩かない!いい?今日からの秘密特訓の目的は晴子ちゃんのスタミナとそれを回復する力を実践形式で鍛えることよ!」
竹刀をバシバシ叩きながら鬼コーチ口調で説明をしてくれているのですが、全く頭に入ってきません。立野さんも工藤さんもクスクスと笑いを堪えられずにいるんですもの。その格好に加えてどこからか持ってきたか角刈りのカツラがお団子ヘアに邪魔されてちゃんとかぶれてないんですもん。カツラをかぶるならお団子ヘアをやめればいいのにって思っている私だけではないと思います。
「ちょっとー!マジメにやってるんだからちゃんと聞いてよーもうっ!」
「だったらそのカツラやめなさいよ。晶の話が全然入って来ないって、っていうかそんな格好しなくてもいいでしょう」
「何言ってるのよ、こういうのはね形から入って気持ちを作っていかないとダメなのよ!」
やっぱりそうだったんですね。でもその格好はともかく竹刀はダメだと思いますよ。いくらプロレスの練習とはいえゴジセイ的にですねぇ。たとえ使われても訴えませんけどね。
「晶さん、それはそうとこれから私たちはどうすればいいんでしょうか」
山田さんがいち早く冷めてお笑いの雰囲気を変えてくれました。
「それもそうね。もう一度言うけど、私がこれまでの五番勝負を分析した結果、晴子ちゃんに足りないものを少しでも補うためにスタミナと対応力と耐久力を鍛えようと思うの。でいいのよねみづきちゃん」
「そうね、晴子の頑張り次第だけど、格上といい勝負ができるようになるには守りを固める必要があると思ってね。ちょうど私たちのファイトスタイルが違うからどんな選手が来てもいいようにスパーリング中心でいこうと思うの。そこで3分スパー、1分休みを繰り返していくつもりよ、いい?」
いいも何も私のためにここまでしてくれているんですから頑張りますよ。堀田さんが仕切ってるみたいですけど練習の内容は立野さんが作ってくれてるみたいですね。もちろん科学的根拠もあるのでしょうから安心して任せられます。
「ちなみにですけど、今回の特訓はひたすらスパーリングを重ねていくことで考えるより体が反応して動けるようになるところまで持っていく予定です。終わりの見えない反復練習になりますけど、これだけ練習したんだから大丈夫って思えるようになってほしいですね。ちょっと非科学的な練習で助けど限界まで気持ちを鍛えますわよ」
え?ちょっと聞きづてならないことを言われたような気がするんですけど?終わりの見えないとか限界とか。体力的には科学的な鍛え方がいいと思いますけど気持ちを鍛えるにはそういうことをしなくちゃいけないのかもしれないんですかね。
立野さんたちは元の競技の現役の時にそういう練習をしてきたんでしょうか。今の合同練習でもかなりキツいのにそれ以上のことをしないといけないようです。おじいちゃんのライブラリーにあった昔のドラマやアニメにあったイジメなのか練習なのかわからないような事が。私には想像できないほど過酷な…うわ〜、それはちょっとな〜。でも、それを乗り越えたら、苦しくたって悲しくたってリングの中なら平気になるのかな。
「晴ちゃん、なんか顔色が悪くなった気がするけど、もしかして怖くなっちゃった?でも大丈夫よ。晴ちゃんがどんな想像をしてるか知らないけどそこまで厳しくならないわよ。対戦相手は先輩たちだから秘密特訓してることがバレないように、次の日に疲れが残らないように短い時間で終わるからね。ね、みづきさん、綾さん、長くても1時間くらいよね?」
「そうですね、本来なら夕食を食べて来なければ良かったって思うほど…まあこれは冗談ですけど、短い時間でギュッと詰め込むつもりでいますので、五番勝負が始まるまで頑張ってくださいね」
山田さんの冗談が冗談じゃない気がしてしょうがないんですけど頑張るしかないですよね。
「という事だからちゃっちゃと始めるわよ。今日は初日だからみづきちゃん、綾ちゃん、江利花ちゃん、私の順でスパーリング、これを2セットとしましょうか。晴子ちゃん、みんなのファイトスタイルは覚えてる?そんな感じでやっていくわよ。さあ、時間がないわ、江利花ちゃん、ゴーング!!」
最初は立野さんから。ゴングが鳴ると急にピリッとした雰囲気になります。体を上下に揺らしたかと思うと足を取られすぐにバックを取られてしまいます。持ち上げられて叩きつけられ「あ、まずい」と思ったらフロントネックロックを極められてしまいます。首に絡まる腕を振りほどこうとすると背中に乗られ胴締めてスリーパーホールド。1分もかからずにたまらずにギブアップ。どっと冷や汗が出てしまいました。
「次いくわよ」
今度はゆっくりと腕を前に伸ばし立野さんの動きを見逃さないようにしていきます。それでも簡単にバックを取られてしまいますが倒される前に立野さんの腕を掴み返しバックに回ります、が、すぐに取り返され足を掴まれ固められたままフェースロックのように極められてしまいギブアップしてしまいました。
技をとかれ立ち上がりますが、心の準備ができないまま立野さんが襲いかかってきます。とにかく迎え撃たなきゃっていうまに腕を取られてそのまま投げられてアームロック。その際中指から小指を握られてしまい力がうまくはいりません。これ渡辺さんに「ウ・ラ・ワ・ザ」と言われてよくかけられたやつです。体をくねられてなんとかロープに逃れようとしていると、ここでゴング。
「1分休憩でーす」
助かった〜と思ってしまうほど追い詰められていたのかな、何もできないまま終わってしまいました。
「次は私ですね、よろしいですか?」
ゴングが鳴らされて山田さんとのスパーリングが始まります。ロックアップからアームホイップ。これはいつも合同練習でやっている動きd…いきなり腕ひしぎ十字固め!慌てて伸ばされそうな腕を掴み極められないように、間一髪!間に合いました、あっぶなー。
山田さんが技をとき立ち上がったので私も立ち上がりロックアップ、サイドヘッドロックから投げられて袈裟固め、ヘッドシザースで逃れようt…あれ、足が届きません。すると体重をみぞおちあたりにかけられ、首も曲げられないところまで曲げられて息ができない!足をバタつかせてロープまで逃げようとしまいましたが、そこからさらに体重をかけられ苦しくなって思わずギブアップしてしまいました。なんとか立ち上がりもう一度、というところでゴングが鳴りスパーリングが終わりました。
立野さんも山田さんもスパーリングというより、隙あらば極めてやろうみたいなことでしょうか、少し混乱しています。
「ほらほら、次は私よ!」
堀田さんがワクワクしながら私の前で今か今かとゴングが鳴るのを待っています。なんか嫌な予感がしますね。
ロックアップをすると見せかけて腕を取るとカニバサミで前に倒され、背中側から畳まれた足と顎を掴まれると弓矢固め。次に足はそのままにサーフボードストレッチ、かと思ったらチンロックのように顔を捕まれてしまいます。流れるように技を繰り出されてしまいますが、それでもなんとかロープに逃れて仕切り直しです。
今度は私から攻めようと向かっていくもスモールパッケージホールドやスクールボーイ、ラ・マヒストラルで丸め込まれてしまいます。3カウントが入ったくらいで離してくれますがゴングが鳴らされるまで丸め込まれっぱなしでした。
「最後は私ね、晴ちゃんよろしく」
あっという間だったスパーリングも工藤さんで一旦は終わります。その時に何がどうなってどうなったのか考える時間が欲しいところですね。
「晴ちゃん、とにかく耐えてね」
え?どういう意味だろうと覆っている間にゴング、ロックアップからロープに押し込まれ、投げられたところに強烈なショルダータックル!一瞬息が詰まってしまいますがお構いなく腕を掴まれて起こされると胸元に逆水平チョップ!なんです?さっきまでグラウンド的な動きだったのにいきなり打撃系のことするのって。あ、スパーリングを始める前に「みんなのファイトスタイルは覚えてる」って言われたのはこういうことだったんだんですか。
その後もショルダータックルを何度も受けて、胸元や背中にチョップやエルボーを受けて、その場跳びのボディプレスを受けて、やっとの事でゴングが鳴りスパーリングが終了しました。
練習前に覚悟していたから耐えられたけど、先輩たちと試合をしていた以上にキツかったです。これをもう一回するのかと思うとうわーって逃げたくなるけど逃げちゃダメなんですよね。その代わりにちょっと考える時間をいただかないといけませんね。
Merry christmas&Happy new year! 今年もおつきあい頂きありがとうございました
皆さま良いお年をお迎えください
次話は1月5日を予定しています