第6話
全試合終了後、リングや椅子などプロレス会場と化した境内を元に戻していくと、いつの間にか手の空いた人や商店街の人たちがぞろぞろと集まり出し、誰かが持ってきたお酒が並べられると自然と宴会が始まりました。私たちはリング屋さんを手伝って解体し、道場で組み立ててまた神社に戻って参加することになりました。
私たちが帰ってきた頃には、宴会の席で商店街の会長さんをはじめ、来賓の方々や青年部の皆さん、上田さん、渡辺さん、萩原さんなどが中心になってすでに出来上がっています。夕方はまだ肌寒い季節だっていのに。
話題はもちろん新しいチャンピオンベルトのこと、もう何度目かっていうのに変わらず盛り上がっていますね。ついでに上田さんとの撮影会もセッティングされ、順番待ちができるくらいの状態です。
ベルトができてよかったねーから始まり、初防衛戦はいつだ、対戦相手は誰かいるのか、やるならいつ、どこでやるのかから始まり、あの時の〇〇と△△の試合はいまだに忘れられないよーとか、あの選手の乱入事件がなーとか、ショウ子さんの若い時はこうだったんだよなーとか、プロレス界の歴史に詳しくない私にとってそれって誰ですか?え、あの芸能人て昔はレスラーだったんですか?とかいう新発見があったり、皆さんが熱狂していた時代があったのんですねと思ったり、もう一度あの時みたいになるにはどうすればいいのかねーなんていう話をしています。
こういう席ですと、まだたまに「おい、俺の酒が呑めねえってのか?」みたいなことを酔った勢いで絡んでくる人もいそうですが、ありがたいことにそれぞれで楽しんでいるようです。そんなことしたら会長さんがコンプライアンス無視の制裁が待ち構えているとかいないとか。その席では立野さんや山田さんには比較的ファン歴の長いご年配の方々が、堀田さんには青年部の方々が、工藤さんには婦人会の皆さんが声をかけてくれて、ついでに私にもってところでしょうかね。期待の新人に目をかけてくれてると思うとありがたいことですね。
そんな皆さんのことを甲斐甲斐しくお世話をしながらも「みんな疲れてるんだからそろそろお開きにしましょう」という婦人会の皆さんが片付け始めると、宴会場からひとり、またひとりと帰っていきだんだんと静かになっていきます。
そんな感じで奉納プロレスが終わると、工藤さんの五番勝負の準備が本格的に始まります。対戦相手は知ってる人なのか初対決があるのか、パワー重視の選手なのかテクニックのある選手なのかはまだ未定な様子みたいです。工藤さんはどんな準備をしていくんでしょうね。なんていう私も五番勝負に向けて準備をいていかないといけないんですけど、私はすでに方向性は決まっています。それまではあまり時間があるわけではないので、何か新しいことを覚えることはせず体力・スタミナ方面を鍛えるのと受け身を中心に練習していくことにしています。あと、キックだけはもうちょっと形になればいいかなー。
具体的なこととしては、練習後の走り込みを増やすのと立野さん、山田さんにお願いしてスパーリングをやっていこうと思っています。スパーリングは自分から仕掛けるということより相手にかけられたのを少しでも極められないようにするためです。ひとつひとつ技のかけ方と逃げ方を教えていただき実演することで、頭で覚えたことが無意識に体が対応できるのが理想ですけど、そこまでになれればいいかなー、なっててほしいなーという願いを込めて頑張っています。私の対戦相手もまだ決まってないので、今できることといえばそのくらいですかね。
工藤さんはというと、持ち前の体を生かしてパワー重視で押し通すみたいです。というのも通常の合同練習以外はどこから持ってきたのかわからない大きなタイヤを持ち上げたりひっくり返したりしています。直径は1mくらい、重さは50kgくらいあるんでしょうか。ひっくり返すたびにバシーン、バシーンと大きな音が道場に響きます。でもこんな大きなタイヤをつけた車って街中を走っているのを見たことない気がするんですけどね。そのあたりを工藤さんに聞いてみました。
タイヤは商店街の会長さんがどこからか調達してくれたようで、大規模な工事現場や採掘場で使うような特別なダンプカー専用のタイヤで、重さはなんと100kgもあるそうです。それを押したり引っ張ったりして移動させてるんですから、立てて転がすだけでも大変そうなのに。試しに私と堀田さんと二人がかりで持ち上げようとしましたがピクリともせず、逆に腕や腰から「これ以上やったらこっちが傷んじゃう」という危険信号を察知しました。途中で松本さんがやってきて三人がかりでやっと寝かせた状態から立たせることができました。こんなことを一人でやっちゃうんですから工藤さんてどんだけマッチョなのよって感じですね。これはマシーンでは鍛えられない部分やタイヤを動かすことで全身をいっぺんに鍛えることができそうです。なんとまあ思い切ったことを始めましたね。こんなことされたら、大森さんや私が思いっきり蹴ったとしてもダメージが与えられなかったり、堀田さんや宇野さんがダイビングボディアタックをしても軽〜く受け止められそうです。関節技を狙っても力任せで外してしまいそうですしどう攻めたらいいのかわからないくらい圧倒的なパワーの持ち主になってしまいそうです。
ゴールデンウィークの最終日、試合開始前に工藤さんの五番勝負が六月の第1週目から始まるとアナウンスされると、客席からうおーっという声と拍手が巻き起こりました。対戦相手は次の通りです。
第一戦、豊田エツ子さん
第二戦、宇野愛菜さん
第三戦、中野香織さん
第四戦、CRG吉岡ルコルさん
第五戦、渡辺芹香さん
パワーファイターは豊田さんだけで他のの選手はテクニックに優れた方たちばかりです。吉岡さんとは初対決でどうなるか予想がつきません。
豊田さんとはいわゆる師弟対決になるんですね、入団してからトレーニングで特に気にかけてくれていた先輩です。付き人となってからそんなに時間が経ってませんがどのくらい成長できたかを見せることができそうですね。
宇野さんとは五人の中で一番体格差があります。動きが早くて思いもつかないことをしてくる戦い方にどこまで食らいつけるかが問題ですね。でも何とかして一発技を当てられたら、もしかしたら勝てるかもしれません。
中野さんは少し前から戦い方が変わったというか、私たちに対して厳しくなったというか、そんな感じがします。もしかしたらこちらが本来の戦い方なのかもしれません。それだけ本気で戦えるようになったと思ってもいいんでしょうか、その分激しい戦いが予想されます。
吉岡さんはCRGで一・二を争う実力者で何でもできるそうですが、どういう技を使うのかどういう戦い方をするのかというのがほとんどわからないんですよね。
渡辺さんは私たちの先生でもあるのでどういう戦い方をするのか知られていて、テクニックはもちろんえげつないほどの一点集中攻撃は本当に心が折れそうです。それにどう対処できるかですよね。
選手の名前が上がるたびに、おおおーーー!、おお?、おー、うえっ?うわーー!、という反応がちょっとおかしかったりします。そこに工藤さんがリングに上がりお客さんに挨拶をして意気込みが語られます。
「皆さんこんにちは。こうして私の五番勝負が発表されました。今できる全ての力を出していい結果が出せるように精一杯頑張りますので、応援よろしくお願いします」
その日の工藤さんの試合(タッグマッチ、パートナーは私)はいつもより気合いが入っていて迫力が違いまして、対戦相手の松本さんと萩原さんが少しかわいそうなくらいでした。松本さんのドロップキックには倒れないし、ツープラトンのブレーンバスターは投げられず逆に投げ返されたり、リング中央で放ったショルダータックルにはコーナーポストまで吹き飛ばられたりと、まさにちぎっては投げちぎっては投げの無双状態。これにはお客さん大喜びで大きな声援が送られていました。これで梅雨入り前に行われる五番勝負に向けて弾みをつけられることでしょう。
Web Magazine VITUPを参考にしています
次話は11月5日を予定しています