第5話
「バーンっ!バンっ、バンっ!」
午前10時、音だけの打ち上げ花火が上がったということは、奉納プロレスが正式に開催されるっていうことです。神社で何か催し物がある場合、こうしてお知らせするのがこの商店街では恒例になっています。だいたい年に4〜5回くらいの割合で、例えば植木市とかフリーマーケットとかがあり、今回はプロレスということですね。
準備期間は2週間少々だったのでお客さんが来てくれるか心配だったんですけど、商店街の会長さんが言うには「あんたらはそんなこと心配せずに任せてくれりゃあいいんだよ」とのことでお任せしっぱなしでしたが本当に大丈夫でしょうか。
お天気の方はどんよりとして、今にも降ってきそうな、そうでないような雨雲が空を覆っていて気温も肌寒く感じられます。このままなんとか降らずにいてくれたら、できればだんだん雲が薄くなってくれればいいなーと思って天気予報をチェックすると、しばらく雨は降らない予報です、とのことでしたのでとりあえずは大丈夫かな?
色々と準備をして会場入りするとすでに屋台が組み立てられていたり商店街の皆さんもテントやテーブルを設置し始めています。私たちも急いでリングにマットを敷いたりロープを張り直したりしていきます。
リングの設営が終わると、リングの周りにイスを並べていきます。いつもより少し広くリングサイドを取ってから7列くらい作ってその後ろに柵を並べていきます。そこから1mくらいの通路を作ってから大きめの杭とロープを張って区切ります。建物が邪魔になって7列も並べられないところは来賓席とか本部席を設け、イス席は有料でロープから後ろは立ち見で無料とするそうです。
今日はリングと最前列の間にいつもの鉄柵がないので一番前のお客さんは大迫力でスリリングな体験ができることでしょう。逆に選手たちは気軽に場外で乱闘なんてことはできないかもしれませんね。変に暴れてお客さんにケガをさせるわけにはいかないですからね。
「バーンっ!バンっ、バンっ!」
会場の設営が出来上がっきたところで先輩たちがやってきます。そしてリングに上がって受け身を取ったりロープワークをして仕上がり具合をチェックしたり、商店街の方で用意してもらった簡易控え室からの入場しリングに上がるという動きなどを入念に確認しています。それと同時に音響関係のスタッフさんがリハーサルを繰り返して音量をどうするかとか決めていきます。その間に一度パラっと雨が降ってきたので急いでブルーシートを広げたりとちょっとした天気のいたずらがあったりしましたけど、何とか準備が整ってきました。
試合開始は午後の2時、その1時間前くらいからお客さんが集まりだして屋台巡りを始めています。そのまま帰っちゃう人たちもいるのかなー、いないでくれるといいんだけどなー。
試合開始30分前からリング上でご祈祷が始まります。選手全員がお揃いのジャージ姿で並び、リングに上がりチャンピオンベルトと一緒にお酒と葉っぱのついた木の枝?が白い布がかかった台の上に置かれます。神職の方が登場し軽く例をしてからお経?のようなものを読み上げると急に厳かな雰囲気になってきますね。ちょ、ジャスミンさん!それをスマホで撮影するのってどうかと思いますけど!後で上田さんに注意されますよ!そういうのは地元のテレビ局の方やプロレス関係の記者さんがやってくれますから!
一連の儀式が終わり神職の方がリングを離れると、上田さんをひとり残してリングを囲むように降り、観客席の方に向かって整列します。
「本日はこのような天気の中、集まってくださって誠にありがとうございます。後楽園ホールにまで来てくださった方々や配信で見てくださった方々には改めまして、来られなかった皆さまには初めましてですね、これが私たちのベルトです。このようにドリームファクトリーに念願のチャンピオンベルトが創設され、皆さんにお披露目することができて本当に嬉しく思っています。今日は神様への報告とこれからも見守っていてくださいという意味を込めて、私たちのプロレスを奉納させていただくことになりました。私たちの明るく、楽しく、激しい試合をどうぞご覧ください。そして一緒に盛り上がっていきましょう!」
上田さんの挨拶の後に大きな拍手と声援が送られ、それぞれ控え室に戻っていきます。
ザワザワと期待と興奮の冷めやらぬ独特な雰囲気の中、第一試合が始まろうとしています。
第一試合が始まるアナウンスが流れ、大森さんの曲で入場していきます。お天気は大丈夫かな、いかにも降りそうで降らない空を心配しながらも、今日初めてレガース(大森さんのお古)というのを着けてみました。これで覚えたてのキックを本番で使っていきます!
続いて宇野さんたちの入場です。リングサイドのお客さんとタッチを交わしながら明るく元気にやってきます。リングに上がりニュートラルコーナーのトップに登るとお客さんに向かって手を振ったり投げキッスをしたりで盛り上がること盛り上がること。
試合の方は宇野さんのチームが終始優勢に運び、私が8割くらい狙われてジャベという独特の寝技や関節技を耐える時間が多かったです。鉄柵がないから場外戦はないと勝手に思ってゆっくりと息を整えていたところに、正面から見て右側に宇野さんが、左側に堀田さんが同時にプランチャを放ってきたり、私と大森さんをリングの中央で誤爆させたところにサンドイッチ式ドロップキックを決めたりと派手なルチャの技をやりたい放題です。その度にお客さんんからの声援も大きくなってきます。私たちも負けないようにと宇野さんに対して前から後ろからミドルキックの乱れ撃ち、カットに入ってきた堀田さんも巻き込んだりして抵抗しましたが、最後は私が堀田さんのラ・マヒストラルで負けてしまいました。宇野さんと二人で代わる代わる丸め込み技を連発されたら目が回るし何が何だかわからないうちにカウントが入ってしまいましたよー。
第二試合は工藤さんを先頭に中野さんと入場してきます。ちょっと表情が強張っているようですが大丈夫でしょうか。タッグマッチとはいえ対戦相手のお二人は五番勝負に出てきてもおかしくない実力者ですからね。しかもジャスミンさんとは初顔あわせ、どんな試合になる不安もあるかもしれません。
対する横田さんたちはどこか余裕がありそうな入場です。特にジャスミンさんはここでもスマホで撮影してますよ。よく上田さんが許したなーと思い、じゃあ私もやってみたいなーと思ったりしちゃいました。
ガウンを脱ぎボディチェックが終わると同時に工藤さんが横田さんに向かって体当たり!それをフォローするように中野さんがジャスミンさんを捕まえて場外へ!ここでゴングが鳴らされました!もしかして入場時の表情はこれを狙っていたってことでしょうか、すでに工藤さんの気持ちは五番勝負に向けて高ぶっているようです。体重差を活かして技というよりも気持ちをぶつける様子にお客さんたちも工藤さんを応援していきます。
でもそんな戦い方は長く続かず、5分を過ぎたあたりにショルダータックルをかわされてコーナーポストに左肩をぶつけてからがもう大変でした。横田さんが関節技で、ジャスミンさんは打撃で執拗な一ヶ所攻撃が続き10分近く捕まってしまいました。途中で中野さんもカットに入ったのですが逃げることができず、横田さんの左肩を極める複合関節技でギブアップしてしまいました。
第三試合、立野さん、渡辺さん、山田さんはいつも通り静かに入場してきたのですが、松本さんひとりだけお客さんに愛嬌を振りまきながら新しいガウンで入場してきました。それが逆に目立っているようで本人もゴキゲンです。
コーナーポストに登りはしゃいでる姿に反応しているのは一部のお客さんだけ、相手選手だけでなく味方の立野さんまで冷ややかな態度でいます。なんでしょう、可哀想な子みたいに思っているのでしょうか。あ、コスチュームも新しくなってる!今回のはシースルー素材を使ってちょっとだけセクシーな雰囲気を出しているようですね。
そんなでも(ちょっと失礼)試合となると、じっくりと相手の出方に対処するグラウンドの攻防は息をするのも忘れるくらいの迫力があります。バックの取り合い、技の切り返し、先を読む展開にどよめき選手同士が距離を取るたびに拍手が起こります。それに合わせるかのように動きもスピードアップ、ロープワークからのアームドラッグやリープフロック、選手の勢いをそのままフロントスープレックスで投げるなど、第一試合のルチャとは違った動きで会場を盛り上げていきます。
しかし、中盤に差し掛かったところから松本さんの動きが鈍くなり捕まってしまう時間が増えてきます。それでもなんとか立野さんがカットに入ったり自ら肩をあげてしのいでいきます。
最後の最後で山田さんの脇固めをかわし腕ひしぎ十字固めを極められそうなところを無理やり体を起こして押さえ込み勝負あったか!と思いきやギリギリで返したとこで時間切れ、引き分けとなりました。
そしてメインイベント。最初はCRGの増田さん、次に萩原さん、豊田さんと順番でひとりずつ入場し最後に上田さんが入場口に現れると大きな拍手が湧き起こります。腰にはピカピカのチャンピオンベルトが巻かれていて、いつも凛々しい上田さんがさらに凛々しく見えます。
リングに上がり選手コールの後にレフェリーにベルトを預け、ボディチェックが終わるといよいよ試合開始です。先発は増田さんと豊田さん。ん?増田さんが上田さんの方に指をさしています。これはあなたと戦いたい、というアピールでしょうか、それを見た上田さんはリングを降りてしまいます。対戦を拒否したってことでしょうね、とにかく試合が始まりました。
豊田さんより身長の低い増田さんですが、豊田さんのパワーに負けることなく対処しています。逆に豊田さんは増田さんのスピードについていけてない感じで試合が進み、コーナーに押し込まれる形で上田さんとタッチ。少し離れたところでやる気を見せている増田さんとロックアップするといきなり上田さんの渾身のエルボーが炸裂!一瞬耐えるそぶりを見せましたがコーナーに戻り萩原さんとタッチします。一発で退けるなんて相当効いたんでしょうね。
その後も選手が入れ替わり一進一退の攻防が続き、二度目の増田さん対上田さんの対戦です。グラウンドテクニックは若干増田さんの方が劣勢ですがスピードでなんとか互角に持っていっている様子。上田さんと対戦するのに自分の得意なところで勝負できてるんですね。CRGは選手の人数が少ないですけど基礎がしっかりしていて個性を活かせているのはどことなくドリームファクトリーと似ているような気がします。
終盤に入るとターゲットを萩原さんに絞った上田さん組は、豊田さんの逆水平チョップと上田さんのバックドロップの合体攻撃から引きずり起こして豊田さんのラリアットという怒涛の連携で、最後は上田さんのタイガードライバーで勝利しました。
豊田さんと勝ち名乗りを受けると会場全体から惜しげもない拍手が送られます。そしてレフェリーからベルトを渡されると、それを高く掲げました。この時、さっきまでどんよりした雲の切れ目から太陽の光がベルトに当たってキラキラと輝いたように見えました。この光景は神様が奉納プロレスを楽しめて、そのお返しなんじゃないかなと思えるほどでした。これでドリームファクトリーは大きな心配事もなく順調に進めていけそうな気がします。
次話は10月15日を予定しています