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第19話

アットホームな雰囲気のなか行われたお疲れ会が終わりいつもながらの空気が溢れている道場。

昨日は「あなたたちは今日は主役なんだからこっちのことは任せてゆっくりしていればいいのよ」と言われていたけれど、やっぱり落ち着かなくて最後の後片付けを手伝ってしまいました。特に私はトーナメントに参加してなかったのでこういう時こそ働かなくては!と思ってしまったのでした。


月曜日は普段のお休みで昨日もほとんどお休み、なので生活習慣が変わってしまうとなんだか変な感じがします。さて何をしようと思っても思いつきません。そんな時こそゆっくり体を休めるのがいいんでしょうけど体を動かしたい気分です。工藤さんも同じような気分だったらしく、じゃあ道場に行きましょう、となりました。


道場にはすでに同期の皆さんが揃っていて、筋トレしたりストレッチしたりしています。なんだ、考えてる事が同じじゃないですかって思うとちょっと嬉しかったりします。

「あら、やっぱり来たのね」と立野さんに声をかけられ挨拶をすると「うふふ、考えてる事が同じなんですね」「ほーら、思った通りよ」山田さんと堀田さんにも挨拶していきます。


準備運動をした後、軽く汗を流す程度のスパーリングをすることになりますが、ここでの〝軽く〝は立野さんや山田さんの基準であって、工藤さんにはまあこのくらいか、程度のキツさで私と堀田さんには、先輩たちとのスパーリングと比べたらちょっと下だけどそれなりにキツさ、なんですよね。ただ、立野さんはタッグマッチで先輩たちに揉まれていたのでまだダメージが抜けていないので、ホントに軽く汗を流す程度にするそうです。それだったら体を動かさない方がいいと思うのですが、立野さん的には少し動いた方がいいらしいんですって。その辺りは格闘技経験者の長年の感覚があるんでしょうね。


相手を変えながら1ラウンド3分を繰り返し、スパーリングをしていないときは息を整えて他の人のを見ていたりタイムを計ったりストレッチをしたりするなか、私は基本に立ち返って受け身の練習と首を鍛えることにします。リングは使えないので体操のマットで座った状態やひざ立ちの状態からやっていきます。


デビュー間もない頃から比べると自分でもまあまあできてると思いますが、たまに、ホーントにたまに打ち所が悪くなって息が詰まってしまう事があるんですよね。そういう時って必ずと言っていいほど受け身を取った時の音がにぶかったりばたついたりするんですよ。どんな状態でもどんな技でも、上田さんみたいにバンっ!ていう綺麗な音を出して受け身を取れるようになるにはどれくらい練習をしないといけないかと思うと途方にくれてしまいますが、プロレスラーとしての最初の一歩を踏み出したわけですから、あとはひたすら地道に練習を重ねていくしかないのはわかってるんですよ。それでもダメージは溜まっていくしアクシデントもあるでしょうからやめるわけにもいきません。


それと、首を鍛えるのはどうしましょうか。合同練習の時にペアになった人に押さえてもらったり、バーベルの重りの穴ににタオルを通してそれを噛んだまま首を動かす方法以外に何か考えないといけませんね。柔らかい金属で帽子のようなものを作る…にはお金がかかり過ぎるし髪の毛がひっかりそうですね。頭に固定できれば…あ、ヘルメットに重りを貼り付けて、それを被ればいいかも?


「はーい、時間でーす。次は晶と春子がリングに上がってー」

そんなことを考えながら練習を続けていくのでした。


「やっぱりここにいたわね、本当にもう、体を休めるのも練習のって言わなかったかしら?」

なんと、一番休まなければいけない上田さんが道場にやってきました。なんでもGPWOのミーティングと商店街の今後の予定の話し合いがあるそうで、事務所によるついでに道場に来てみたらしいです。

どうやらトーナメント中に開催された屋台村が思った以上に評判が良くて次はいつやるのか、予定がないならどこかで企画しちゃおうという話になっているようです。私たちは外の会場にいなかったので詳しくはわからないのですが、食事をしながらプロレスを見るというのが殊の外よかったらしいですって。あの時は画面越しだったけどできれば目の前でみたいとなったようです。なんか芸能人のディナーショーみたいになりそうですね。もしそれが行われると決まったら、一番張り切る二人が頭に浮かんできたりしています。


「まあそれはおいおい。キリのいいところで終わらせて、後でみんなで私の部屋に来てちょうだい」という事で急いで練習を終わらせて、掃除や後片付けもソコソコに、着替えてから上田さんの部屋へと向かいました。


「はいお疲れ様、とりあえすそっちに座って」

ソファーと折りたたみ椅子で横並びに座ります。すると、目の前のテーブルの上に革張りの長方形のケースを置くとパチン、パチンと留め具を外しケースを開け、くるっと私たちの方に向けてくれました。その中に入っていたものといえば…


「ほぉー、これはこれは」「わぁー、綺麗ですねー」「偽物…なわけないか」「本当に光ってるみたいです」

そこには上田さんのカラーである緑色のツルツルとした生地が貼られたところに収まっているドリームファクトリーのチャンピオンベルトがありました。こうして改めて見るプラチナ色に輝くベルトには、何かが宿っているかのような、その辺の普通の置き物とは明らかに違う雰囲気を漂わせているようです。同期の皆さん、先輩たち、他団体の選手がこのベルトを巡ってしのぎを削って戦っていたかと思うと言葉が出せなくなてしまいます。


「どう、持ってみる?」

いや、それはさすがに身に余るというか私にはまだまだ早過ぎるというか、なんて言ったらいいか、とにかく緊張しちゃいますよ。


「いいんですか?」「よろしいんですか?」

立野さんと上田さんが声を揃えて返事をしたあたり、一番興味があるんでしょうね。特に立野さんは一回戦を突破して同期の中では一番ベルトに近づいたんですからね。

立野さんはベルトに一礼するとケースから取り出すと「これがベルトかー」と当たり前だけど何か実感のこもったことを言いながらじっくり観察しています。正面から見たり横から見たり。それが終わると肩に抱えて目をつぶりました。もしかして自分がチャンピオンになった時のことを想像しているのでしょうか。


「みづきさん、そろそろ私にもよろしいですか?」

山田さんが立野さんに声をかけ両手でしっかりと受け取ると、裏側から表から細部まで細かく、国宝を鑑定するかのようにじっくり見ています。

「はぁー、眼福でございました。次に会う時はタイトルマッチの時ですね」


次は堀田さんが赤ちゃんを渡されたかのように恐る恐る抱えるように持ち「やーんどうしよう、持って帰りたい」と抱きついてしまいました。

工藤さんはお相撲さんが行司から懸賞金を受け取る時のような仕草の後にベルトを受け取ると「思ったより重いですね」とこぼしました。それはただの重さだけじゃなく、トーナメントで戦った選手たちのベルトにかける〝想い〝とかも含んでのことかなと勝手に想像しています。


「じゃあ晴ちゃん、はい」

え、私?いやいや。私はトーナメントに出場できてないんですからそんな資格ありませんて。ベルトに申し訳ないですから。


「晴子、あなたも今後これを目指すのなら持ってみなさい」

その声に上田さんの方を見ると、さっきまでニコニコ和やかにしていたのが一転して厳しい表情で私のことを見ています。これはメインイベントの試合のことだったりシャワー室のことだったりを踏まえて、私の覚悟を試しているような気がします。そうだ、さっきまで練習してたじゃない。それは何のためか、上田さんの試合を見てもっと頑張らないとって思ったからでしょうに!怖気付いてどうするのよ。そうだ、晴子じゃなくて琴音だったどうするか、答えはひとつしかないじゃない!


「はい、失礼します、お預かりします」

ニッコリと微笑んでくれた上田さんを気にしながら、両手でしっかりと受け取りじっくりとベルトと対面します。

渡辺さんの連続バックドロップを耐え、佐々木さんの逆水平チョップに耐え、豊田さんのラリアットに耐え、クリスさんのジャーマンスープレックスに耐えてやっと勝ち取ったベルトにトーナメントに参加したものの惜しくも敗れてしまった選手の皆さんの言葉では言い表せないものがたくさん詰まっていると思うと……


「何だったら腰に巻いてみる?晴子は今回出られなかったからベルトに対する思いも他の選手よりも少ないでしょうから、ね?」

いやいや、いやいやいやいや。そんなことないですから!試合はしてないですけどセコンドとしてずっと見てきましたから!

上田さんが立ち上がり私からベルトを取ると

「いい?大人しくしてなさい」

落としてキズでもつけたら大変よ?なんて言いながら私にベルトを巻いて留め金までしてくれています。これはもう身をまかせるしかないですね。されるがままに大人しく待つことにします。


「はい、これでよし。そこの鏡で見てみたら?」

部屋の片隅にあった鏡に私の姿が映ると…これはないわー、恥ずかしすぎます。洋服に着られる、なんていうけどベルトに付けられてる?とにかく似合ってません。でも、私にもチャンピオンになれる時がやってくるのかな?なんて思いながら見てしまうのはベルトのせいでしょうか、ちょっとだけ前向きになっている気がします。そんなこと全く想像してませんでしたから上田さんのおふざけ?で腰に巻いていると、もしかしたら私も?なんて妄想が膨らんできてしまいます。


「ちょっと!いつまでベルトを巻いているのよ!」

堀田さんに言われてハッと気づくと、それなりの時間、鏡の前で立ち尽くしていたみたいです。最初はほのぼのと見守っていたらしいのですがいつまでもベルトを外さない私にしびれを切らして堀田さんが注意してくれました。


「あんたね、現チャンピオンにベルトを巻いてもらった意味わかってるの?そういうのはね、上田さんにタイトルマッチで勝ってからにしなさいよね!まったく何様よもうっ!」

そうでした、あまりにもベルトに気を取られて大切なことが飛んでしまったようです。今更ながらトンデモなことをしでかしてしまいました。立野さんたちも、やれやれだぜ〜、みたいな目で見ないでくださいよー。

急いでベルトを外して落とさないように丁寧にケースに戻すのでした。


「これで晴子にもベルトに対して思い入れができたわね」

からかうように上田さんはおっしゃいますが、その思いは他の選手とちょっと意味が違ってしまうんじゃないでしょうか。

彼がいなかったらテリーマンは生まれなかったって嶋田先生も仰ってましたね

謹んでテリー・ファンク選手のご冥福をお祈りします

次話は9月5日を予定しています

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