第18話
そんな感じで私と上田さんがシャワー室でやり取りしている間に会場ではリングの片付けがすでに終わって控え室も綺麗に掃除されていて、あとは撤収するだけとなっていました。すっかりお任せてしまって誠に申し訳ない次第であります。優勝した雰囲気に浸ってゆっくりすることもなく帰り支度をしていたかというと、約束していた時間を少しでも過ぎてしまうとそれなりの延長料金を取られてしまうんですって。まあ土曜日だし人気の会場だし、私たちが少しでもズレると後の利用者さんにも迷惑になってしまいますからね。と言うことで、私も上田さんもちょっと重くなった空気を振り払って急いで皆さんの集まっているところまで戻ります。
「シャワー室のことはみんなにナイショね、変に心配をかけちゃうといけないから」
「みんなお待たせ!さあ、我が家に帰りましょうか!」
さっきはフラついていたのが嘘のように、さらには試合のダメージを感じさせない足取りで皆さんの前現れると、そう一言かけて駐車場へ向かいました。
私たちの移動バスが道場に到着すると、リング屋さんすでにリングを組み立てています。それを横目に荷物をバスから降ろして道場に運んでいきます。先輩たちのコスチュームやら販売用のグッズの残りやら関係者さんからいただいた物やらなんやら。グッズは結構な量を販売して少なくなったはずなのに、会場に運び入れた荷物と同じくらいの荷物を道場に運んでいるような気がします。ちなみに、お祝いのお花もいただいたのですが、持って帰るには相当な量になってしまうほどだったので、会場で小さな花束にして先着でお客さんに〝おすそ分け〝という形にして配ったそうです。
リング屋さんの組み立て作業が終わり荷物も運び終わると、いつの間にか集まってきていた商店街の皆さんとスタッフさん、先輩たちが移動バスの前に揃い始めました。なんだろうと思っていると、上田さんが真新しいチャンピオンベルトを肩にかけて降りてくると、わーっと拍手を送ってくれています。これをするために集まってくれていたんですか。今まで何回も地方へ行ったことありましたがこんなこと一回もしてもらったことありませんでしたけど、やっぱり後楽園ホールとういう特別な場所から帰ってきたとか初代チャンピオンという肩書きがそうさせるんでしょうかね。
ベルトを両手で掲げるとさらに拍手が巻き起こり、集まった皆さんによく見えるようにしながら道場まで歩いていくと、集まった皆さんから「ショウ子さーん、おめでとう!」「防衛線楽しみにしてるよ!」「タイトルマッチは道場で!」「絶対に応援に行くから!」なんて声が聞こえてきます。こういうのを聞くと地元・ホームタウンっていいもんだなーと思いますね。特に柵で仕切っていたわけじゃないのにベルトに触ろうと群がって来なかったのには、皆さん興奮していてもそれをやっちゃいけないという冷静さがあって、変に騒ぎにならなくて安心しました。
「ショウ子ちゃん、お疲れ。ところで明日は休みだろ?ちょっと夕方から時間取れるかい?」
道場に入ると商店街の会長さんが声をかけてきました。なんだろう、上田さんには少しでも体を休めて欲しいんですけど団体の長としての仕事は休めないようで、会長さんの申し入れを受けることになりました。
道場に全員が集まり簡単なミーティングをしてその日は終了です。内容は明日の昼過ぎまでお休みで夕方から道場に集合して欲しいことを伝えられました。どうやら商店街の皆さんが主催する今日のお疲れ会をしてくれるらしいです。なんだ、時間取れるかい?っていうのはそのことだったんですね。
「えー、僭越ながら、なぜか青年部部長の私が乾杯の音頭をとらせていただくことになりました。えー、本日はお日柄もよく、皆様、忙しい中お集まりいただきまして誠にありがとうございます。えー、昨日、ドリームファクトリーに初めてのチャンピオンが誕生しまして。えー、決定トーナメントの一回戦から決勝戦まで、どの試合も息を飲む試合運びと血踊り汗握る熱戦による熱戦を繰り広げられまして、えー、ダイヤモンズとCRGという他団体を巻き込みながら壮大なスケールで会場もおおいに盛り上がりまして、えー、二日目の屋台村では準備期間もなかった割りには面白い事ができたなーと思いまして、えー、そしてプロレスの聖地と称される後楽園ホールでは…」
バチコーーーンっ!!!
「長ーい!長いんじゃお前は!こういうのは短ければ短いほど喜ばれるもんじゃ!そういうところに気が回らないところがまだまだじゃな!それに何を話したいか伝わらん!」
乾杯の挨拶をしていた青年部の部長さんに商店街の会長さんがダメ出しを始めてしましました。なぜか会長さんの右手にはハリセンが握られています。そんな物どこで用意してきたんでしょうか。私はそれなりにびっくりしたんですけど商店街の皆さんはいつもの事らしく「やれやれ、またまた始まったか」みたいな雰囲気でそのやり取りをニヤニヤしながら面白半分で見守っています。そしてとうとう会長さんが「ええーい、貸せ!こういう時はこのくらいでいいんじゃ、よく見とけ!」とマイクをもぎ取ってしまいました。
「えー改めまして。ショウ子ちゃん、ドリームファクトリーの皆さん、お疲れ様。そして新チャンピオンおめでとう。これからも大きな怪我をせずに気分がスッキリするようなプロレスを見せておくれ。そして一緒にこの商店街を盛り上げていきましょう。それでは、ルネッサーンスっ!」
部長さんとのやり取りとは対照的に、短くも優しいお言葉をいただいて乾杯の音頭となりましたが、ルネッサーンスっていう乾杯の音頭って何か意味があるんでしょうか。
リングを囲むように立食パーティーのテーブルが用意され、商店街の皆さんが作ったお料理や飲み物が並べられています。屋台で食べられなかったあれこれや立派なフルーツの盛り合わせや氷でできたチャンピオンベルトがあったり、テーブルごとにお花が飾られていたりとなかなか趣向を凝らしたお疲れ会です。私たちの分だけじゃなくてリング屋さんやGPWOのスタッフさんの分まであるみたいですね。こういう時はいつもは私たちが先輩たちに料理を取ったりするのですが、「今日はあなたたちが主役なんだからゆっくりしてなさい」と商店街の婦人会の皆さんがお世話をしてくれるそうです。お任せできるのはありがたいのですが、なんだかちょっと落ち着きません。
ただ、お疲れ会といっても新チャンピオンの上田さんだけは食べることもゆっくりすることもできないでいます。代わる代わる話しかけてくる皆さんに丁寧に対応し、最後にチャンピオンベルトと一緒に記念撮影をするという流れがいつの間にかできあがっているようです。これはアイドルさんの握手会のようにある程度時間を決めて、時間が来たら強引にでも引き剥がす役を作らないといつまでたっても終わらないんじゃないかと心配になってしまいますが、そのくらいの人たちが道場に来てくれてお祝いしてくれるんですから上田さんも嫌な顔ひとつ見せませんから止めることもできません。しかし、なぜそこにクリスさんと松本さんも並んでいるんですか?この二人は止めてもいいですよね?でも、チャンピオンになるとこういうこともしなければいけないと思うとちょっと複雑ですね、なんて今の私が心配することじゃないですけど。
ちなみに堀田さんは芸能関係のお仕事があるため出席できませんでした。もしこの場にいたらスタッフの誰かにカメラを持たせて突撃インタビューをしたり盛り上げ役として頼まれてないのに歌ったり踊ったりしたんじゃないかと思うとちょっと残念でなりません。こういうパーティー的なもの好きでしょうからね。せめてお料理の一部だけでも確保しておこうかしらね。一応写真も撮っておこうっと。
「えー、宴もためなわではございますが、ドリームファクトリーの皆さんもお疲れでしょうから、この辺りでお開きにしたいと思います。それでは、今後もドリームファクトリーと商店街のさらなる発展と皆様のご多幸をお祈りいたしまして一本締めを行いたいと思います。ご準備はよろしいでしょうか?それではお手を拝借、よーおっ!パン!ありがとうございましたー!パチパチパチパチ」
こうして商店街の皆さんが開いてくださった、派手ではないけれど心温まるお疲れ会が終わりました。
次話は8月25日 を予定しています