第9話
今日の全試合が終わり、記者さんが原稿をまとめ配信のスタッフさんが喫煙所で一服している間に私たちはロビーの掃除や後片付けを始めます。リングのある会場には、さっきまで戦っていた選手、声を張り上げて声援を送っていたお客さんの熱気がまだ残っているようです。
ロビーの後片付けが終わるとお風呂、食事、雑用などを済ませてから同期の5人で簡単に立野さんの勝利をプチお祝いをします。先輩たちが惜しくも敗れる中、たったひとりですが二回戦に進出できたんですからね。今祝わずしていつ祝うんだって感じですが、明日も大事な試合があるのでプチで済ませることにします。それにしても次に戦うというか、二回戦に勝ち上がった選手たちを見ると、それはもう豪華な皆さんですよ。ドリームファクトリーの大先輩、いつも指導してくださる方々に他団体のトップ選手ですからね。そんなところに名を連ねている立野さんの事がなんて誇らしく思える事でしょう!そんなことを思っていたら興奮して眠れなくなるんじゃないかと心配していたんですけど、自分の部屋に戻ってベッドでストレッチをしていたら急に体が重く感じるようになっちゃいましていつの間にかしちゃってました。多分ですけど初めてのトーナメントの雰囲気に気を張っていたり、お客さんの熱気に当てられすぎて知らず知らずのうちに精神的に疲れていたんだと思います。
翌朝、朝の支度を整えて合宿所から道場へ向かうと、何やら外が騒がしい感じがします。工藤さんと様子を伺いに外に出ると、商店街の皆さんが駐車スペースを柵で囲ってそこに屋台を組み立てているじゃありませんか!中にはすでに組み上がっていて何か香ばしい匂いが漂ってきています。さっき朝ごはんを食べ終えたばっかりなのにまたお腹が空いちゃってきますよ。まるでこれからお祭りが始まるかのような雰囲気にご近所さんも興味津々でこちらをのぞいているようです。
選手、スタッフ全員が揃ったミーティングでは外のことが伝えられ、それに合わせてチケットの売り方に少し変更があることを告げられます。まず屋台村は誰でも利用できるようになっており、チケットを買ったお客さんには再入場できるブレスレット的なものを身につけてもらうことになりました。それを見せることで会場と屋台村を行き来できるようにするそうです。そこに、なぜか商店街の会長さんがいらして、お客さんの人数が昨日より今日の方が増えるかもしれないからうちの若いもんをうまく使ってくれ、なんて言っています。昨日の配信の最後の方に「明日は屋台も出ます!みんな来てね!」みたいなことを言ったのがちょっと大きくなっているみたいプラス、会長さんがノリノリで商店街とその周りと各種SNSで宣伝しまくったそうです。しかも、最寄駅出口には「プロレス会場はコチラです」「屋台村始めました」みたいな案内をさせているらしいです。それだけだとただのお騒がせ会長なんですけど、人が増えることについて各方面の専門家にできること・できないこと、代わりに何かできそうなことなどを話し合い準備をしているらしいんですよ。
昨日の今日でそこまでの事を行動に起こせて、それに協力できちゃう商店街の皆さんもパワフルですごいですね。もしかして寝ないで準備したとかじゃないですよね?色々協力していただけるのは嬉しいですけどそれが原因で体を壊したり日常の暮らしに悪い影響を与えることになってないですよね?こちらはこちらで何とかするのであんたらはプロレスのことに集中してくれ、なんて格好いいことまで言ってくれちゃいまして。こういうところがただのお騒がせ会長さんじゃない所以なんでしょうね。
会場の準備は昨日とほぼ同じなのでこれといってすることは特にありませんが、お客さんが増えた時を想定して誘導や混雑回避、ゴミ箱の設置や喫煙所はどうしようかなどを話し合い、指示を受けたりと昨日とは違う忙しさに振り回されながら今日の準備をしていくのでした。
そんなこんなしているうちにお客さんが並び始めていきます。そこで屋台村を見てちょっとした言い合いがあったようです。というのも、並んでいたら屋台に行けないし、屋台に行ったらいい席が取れないからどうにかしてほしいと。複数できたお客さんならともかくひとりで来たお客さんは大変でしょうからね。どうしようかとスタッフさんが相談していると、アップ中の渡辺さんがそのことに気づいてやってきました。話を聞いてどこかに連絡をすること数分、会場の準備は終わってる?ブレスレットやチケットの準備はOK?グッズ販売はもう少し時間がかかる?などを確認すると「じゃあ20分後に入場させちゃいましょう」ということになりました。せっかく早くから来てくれたお客さんを準備ができているのに待たせるわけにはいかない、滞在時間が長ければそれだけお客さんも色々利用してくれるだろう、これだけ屋台があっていい匂いをさせているんだから、ぐふふふ。という会長さんの意見もあったとかなかったとか。
その後からも続々とお客さんがやってきて皆さん大忙しです。屋台の方も大繁盛。今日は雨の降る予報はないのですがまだまだ肌寒い季節なので温かいものがよく売れているようです。商店街の皆さんは手慣れたものでお客さんの注文に答えていき、混雑しているけれど人の流れは動いているので何とかなっていそうです。溢れそうになっていたゴミ箱もいつの間にか新しいのに交換されていて汚い印象はありません。簡易的に用意した椅子やテーブルもほぼ満員状態です。どこの記者さんかわかりませんが大きめのカメラで屋台村の様子を撮影しています。忙しくて大変ですけど、ちょっとしたお祭り気分で何だか楽しくなってきちゃいますね。
会長さんの予想通りお客さんが屋台だけを利用する人を除いても昨日より多くなっているようです。会場はそろそろ満員で立ち見の方々もいるのにまだまだ入ってくるみたいです。すると会長さんが一人の男性に何か指示を出すと、その人は工具箱のようなものを持って外に出ていきました。そして何やら大きな箱を台車に乗せて戻ってくるとスタッフに使っていない予備のスクリーンを用意するように頼むと屋台村の方へ向かっていきます。壁についている野外用のコンセントから電源を確保するとカチャカチャと何かを調整しているようです。何をどうしてるのかわからないけどそんな作業を続け、しばらくすると設置しておいたスクリーンに何か映像が流れ始めました。何だろう、テレビじゃないけどどこかで見たことあるような、ん?もしかして今日の試合を配信するつもりですか?そんなこと勝手にやっちゃうとダメなんじゃなかった?え?GPWOと配信会社の許可はとってあるんですか。今日のことは前もって相談済みだったんですか。よくここまで思いつきますよね。会長さんの予想がことごとく当たっていますよ、凄いですね。これなら会場に入れなくても中の様子を見ることができますよね。
でもこれって見るのに料金は発生するんですか?って近くのスタッフさんに聞いたところ、お金を取りたいのはヤマヤマなんだけど「こんなやっつけ仕事で金なんか取ったらショウ子さんに恥をかかせるだけだからやめとけ。うちの商店街とプロレスの宣伝だと思っておけ。その代わりと言っちゃなんだが屋台村で何か買ってくれたらそれでいいだろ」と会長さんに言われたそうです。プロレスを楽しみに来たお客さん以外にも見てもらえれば、もしかしたらファンになってくれる人もいるかもしれませんね。
実)「さあ本日も始まりましたドリームファクトリー初代チャンピオン決定トーナメント。本日は第二回戦を特別配信としてお送りいたします。実況は潮野真琴、解説は月刊女子プロレス副編集長の佐倉和代さんです。本日はよろしくお願いします」
解)「月刊女子プロレスの佐倉です、本日もよろしくお願いします」
実)「それにしても今日もぎっしりお客さんが入っていますね」
解)「凄いですよね、昨日も凄いと思いましたが今日もそれ以上に熱気があふれています」
実)「実はですね、今日は会場に入りきれないお客さんもいるということで、急遽この配信の映像をスクリーンに映して外にいるお客さんにも楽しんでいただけるようにしたそうですよ!外のお客さん、見えてますかー!」
実)「そんなにですか!これはドリームファクトリーにとって歴史的な一日になりますね。そしてここに集まったお客さんも後々まで語り継げる特別な日になりそうですね」
解)「その通りです。そしてこの敷地内にはいくつかですが屋台が設置されているようで、さながらお祭り気分でプロレスを楽しめるという夢のような空間になっています。さらに会場からも行き来できるようになっています」
実)「実は私ですね、この本部席に入る前にちょっと様子を見に行ったんですが、実に素晴らしかったですね。温かいフードが揃っていて、これがまた美味しかったんですよ。何でもないごく普通のおでんや焼きそばだったんですけどね。なんて申しましょうかドリームファクトリーと商店街の暖かさを感じましてね、実に美味しかったです」
解)「これから始まるリング上の戦いを思うとこんなにのどかでいいんだろうかと思ったんですが、このリラックスした雰囲気がこれからの試合にいい影響を及ぼすのかもしれませんね」
実)「それではここで本日のラインナップをご紹介していきたいと思います。オープニングマッチ第一試合、20分一本勝負、CRGの大木カラン対佐藤琴音。
第二試合はタッグマッチ30分一本勝負、堀田晶・工藤江利花組対大森悠・松本ひな子組の対戦です。
ここからは初代チャンピオン決定トーナメントの第二回戦、30分一本勝負が行われます。
第三試合は上田ショウ子対ダイヤモンズ・佐々木北斗。
第四試合は豊田エツ子対横田未来。第四試合が終了しますと、ここで一旦休憩時間を挟みます。
第五試合は30分一本勝負、宇野愛菜・中野香織組対山田綾・渡辺芹香組のタッグマッチ。
第六試合からはトーナメント二回戦、クリス・ホークフィールド対立野みづき
メインの第七試合は萩原香澄対CRG・志村ローズとなっております。
そして本日勝利しました4選手が来週に行われます準決勝・決勝戦へとコマを進めます。佐倉さん、この対戦をご覧になっていかがでしょうか」
解)「そうですね、どの試合も見応えのある試合になるかと思います。それと、実力者がそろう中で立野選手がどう立ち向かうのか注目ですね」
実)「そして来週は聖地・後楽園ホールです。決勝に上がる選手は一日二試合を戦わなくてはいけません。体力を温存するか、いかにダメージを受けないか、自身の回復具合がどうなのかなど、勝敗はもちろんのこと戦術・戦略的にも戦い方を変えなければいけないかもしれませんね」
解)「そうですね。ただ戦い方を変えたとしても、次に進める保証はありませんからね。そういった意味でも変えるのか・変えないのかは難しい選択になるでしょうね」
実)「まずは本日の戦いに注目していきましょう。まもなくゴングです」
次話は6月5日を予定しています