第14話
「あら横田さんこんにちは。どうしたの今日はこんなに連れてきて…ああ、もうそんな時期なのね。今年の新人さん?」
「はい、こんにちは。いつもお世話になっています。商店街の案内を兼ねてご挨拶まわりです。みんなも挨拶!」
こんにちは〜と軽く会釈する。
「はいこんにちは。今年は人数が多くて良かったわね、みんな頑張るのよ〜」
「それじゃあ他にもご挨拶に行くところがあるのでこれで失礼します」
その後も商店街を歩きながら同じように挨拶を交わす。いろんな人から注目されてるみたいでなんだか恥ずかしくなってしまう。そう思いながらうつむき気味になっていると
「こんな事くらいで恥ずかしがってちゃダメよ。リングに上がるようになったらもっと注目されちゃうんだから」
商店街の皆さんが気にかけてくれるってことは試合を見に来てくれるたびに「ここはもっとこうした方がいいよ」とか「あそこはあの技じゃなくてこっちの方だろ」とか「新人なんだからもっと遠慮せずにガンガン行けよ」とか買い物するときに見つけられて言われちゃうんだろうか。そして居酒屋さんとかで「いや〜あの子はこういうところがダメなんだよな〜」とか「今年の新人はハズレが多いな」とか言われたりするのかな〜。そういうのはちょっと嫌だな〜。なんて思っていたら
「晴ちゃん大丈夫?お腹痛いの?」なんて工藤さんに心配されてしまった。
「あ、すいません。ちょっと考え事をしてたものですから」
「それならいいんだけど。でもここの商店街って気さくであったかい雰囲気で何かいいわね、実家に帰ってきたみたいで」
「工藤さんの地元もこんな感じなんですか?」
「規模は小さいけどご近所さんがみんな顔見知りでね。学校帰りに立ち寄ったり頂き物や家庭菜園で作った野菜をを交換しあったり」
へえ〜そんなアットホームなところってあるんですね〜、なんてことを話してるうちにいつも配達してくれるというお肉屋さんや八百屋さん、酒屋さんなどに案内され挨拶をする。どこのお店からも「みんな頑張ってね」とか「デビューしたら応援しに行くからな」なんてあたたかい声を掛けてくれる。本当に商店街ぐるみで応援してくれてるんだなぁ。さっきは変なこと思ってごめんなさい。
「はいここで昼食にします」
そこは一軒のどこにでもありそうな普通の食堂。まあ商店街の食堂だからね。
「オバちゃ〜ん、こんにちは〜」「は〜いいらっしゃい、待ってたわよ」
威勢のいい声が返ってくる。
「今回もお願いします。それとおすすめ定食を人数分お願いします」
「は〜い、ちょっと待ててね〜」とおばちゃんは慣れた感じで厨房へ入っていく。
「さっきのおばちゃんは前田さん。今日の夜から皆さんに料理を教えてくれることになってるからね、粗相のないように。それとアレルギー以外の好き嫌いは認めません。ホントにどうしても〜って時以外は残さないようにね。前田さんはアスリートフードマイスターっていう資格を持っていてちゃんと選手の体のことを考えて食事を用意してくれるんだから。体を作ることも皆さんの大事な仕事になるんだからそのつもりでね」
一部でイヤ〜って顔した人がいたけど私は好き嫌いがないので気にならなかった。そもそもアスリートフードマイスターの資格を持ってる人なんてテレビのスポーツ番組でしか見たこないよ、こんな近くにいるもんなんですね。
「はいおまたせ〜。向こうまでまわしてね〜、はいありがと」
具沢山のお味噌汁と生姜とニンニクの香りがたまらない。
「全員にまわったかな、ではいただきます」「いただきま〜す」
「ご飯とお味噌汁はおかわり自由だから足りない人は言ってね」
うちで食べてるご飯と見た目はさほど変わらないのになんでこんなに違うのってくらい美味しい。いっぺんにたくさん作るから食材の様々な出汁が利いてるのか、生姜とニンニクの香りとちょっと濃いめの味付けがいいのか、実はさっきまで緊張してて自分で思ってたよりお腹が空いてたのか。
「どお、口に合うかい?」
おばちゃ…前田さんが聞いてくるけどお箸が止まらないのが美味しい証拠ですよ。そんなこと言わなくても分かるわよ〜と目を細くしてこちらを見る前田さん。口に中の物をお味噌汁で流し込んでから
「はい、とても美味しいです。家で食べるより何倍も」
「そう、ありがとね。そう言ってもらえると作った甲斐があるわよ。遠慮なくどんどん食べてね〜」
食べながらふと思う。教えてくれるとはいえこのレベルのご飯を毎日作らなくちゃいけないのかと。美味しくできなかったら先輩たちに「こんな不味いもん喰えるか〜」って言われてお茶碗とか投げられたりテーブルをひっくり返されたりしちゃうんじゃないかと。私、大丈夫だろうか。
次話は12月15日を予定しています