第7話
山田さんの活躍ぶりでなかなか興奮状態が冷めない会場を一旦落ち着かせるように照明が暗くなると、次は立野さんの登場です。
赤く染まった場内に激しいロック調の曲に合わせて入場してくる立野さんはいつもよりキリッと引き締まっていて、その表情からは世界中の強豪と向かい合ってきた自信が伺えますね、リングに上がってからも堂々としています。
対する原口さんはどこかで聞いたことあるけどタイトルが思い出せない、こちらも激しめのクラシックのような曲で入場してきます。C・R・Gのロゴ入りタオルを前に掲げた大木さんを先頭に悠然とリングを一周してからリングに上がると赤コーナーにタオルを掛けて寄りかかります。その姿からは余裕を感じさせるものがありますね。あら、あれは吉岡さんかな?会場の端っこの方にいるようですけど?なんだったらリングサイドまで来ればいいのに、って思っているうちにリングアナウンサーの声が聞こえてきます。
「これより、試練の5番勝負第1戦目、30分1本勝負を行ないます!青コーナー、120パウンドー、たてのー、みづーきーーー!」
「赤コーナー、C・R・G所属、140パウンドー、はらぐちー、タイームーーー!」「レフェリー西中シュウ」
リング中央で両者に注意事項を伝えた後、レフェリーがお互いに握手するように促すと、立野さんが両手を出すと原口さんはさっと追い払うように手を振って赤コーナーに戻って行きます。こんなところでも余裕を見ているんですかね。
ゴングが鳴ったと同時に立野さんが原口さんに向かって猛ダッシュで襲い掛かります!勢いそのままでフロントハイキックが顔面に炸裂!倒れたところにすぐにフォール!「ワン・ツー!」カウント2で立野さんを吹き飛ばすように肩を上げるとロープ側まで下がっていきます。
どっしり構えて交流戦の時のようにあしらいながら優位に立とうとした原口さんに対して、一気に攻めてペースを握らせないように奇襲をかけてあわよくば3カウント入ればいいかな、みたいな戦い方を仕掛けた立野さん、というところでしょうか。
いきなりのことだったので私もお客さんも一瞬唖然としてしまいましたけど、原口さんを見るとびっくりしているようなので前回とはちょっと違うぞ?みたいなのがわかっていただけたと思います。しかし、ロープまで離れてしまってそれ以上の攻撃をさせないようにしている原口さんもさすがですね、私がいうのも変ですけど。
そこからロックアップをしたそうな原口さんをレスリングのように前かがみで牽制している立野さん。低い体勢から原口さんの体に巻きつくように腕を伸ばすとそのままバックに回り、グッと持ち上げてから前に倒すとすぐにヘッドロックで固めてキャメルクラッチのように上体を持ち上げていきます。原口さんはそれに耐えると立野さんの腕を取りヘッドロックを外すとハンマーロックへ。すぐに立ち上がるとその背中や肩にストンピングをしてから赤コーナーまで下がります。顎や首を気にしているってことは立野さんの技が効いているってことなんでしょうか。
今度はリング中央でロックアップ、原口さんがヘッドロック捉えるとロープに振られてショルダータックル!両者とも倒れないところで立野さんがロープに走りショルダータックル!これも倒れないとみるや右側のロープ、正面のロープ、左側のロープへと角度を変えながら何度もショルダータックルをしていくもまだ倒れない!それでもまたロープに走ると原口さんはラリアット狙い!これをかわして反対側のロープへ走りそのままのスピードでショルダータックルでやっと倒します!もうこれは意地でも倒してやろうという気迫だけなんでしょうね!雄叫びのように「っしゃー!」と叫ぶと立野さんも倒れてしまいます。相当無理したんでしょうけどお客さんは盛り上がってきましたよ。
しばらくして立野さんが立ち上がると原口さんを立たせロープに振り、返ってきた勢いを使って肩にかつぎ、頭と足をロックして後ろに倒れる!(※1)フォールはカウント1で返されます。すると原口さんが反撃、スクッと立ち上がると首の後ろあたりを両手で掴んで突き上げるようなヒザ蹴り(※2)!前かがみになった背中に連続してハンマーパンチ!ヒザをつきそうな立野さんをリングの外へ放り投げます。
あとを追うようにリングから降りると鉄柵に2度ぶつけ、3度目には鉄柵に寄りかかっている立野さんの顔面にフロントキック!その勢いで鉄柵の外まで飛ばされてしまいます。工藤さんが事前にお客さんを避難させていたからよかったけども、もし立野さんとぶつかってたら大変なことになってましたよ。
原口さんが立野さんの髪の毛を掴んで鉄柵の中に戻すと場外なのに高速ブレーンバスター!場外なのに!痛がる立野さんに向かって今度はパイプ椅子をどこからか持って来て殴りかかろうとします!これはさすがにレフェリーが止めましたけど、ちょっとやり過ぎじゃあないですかね?注意された椅子をレフェリーに渡すと立野さんを強引に抱えて腰を鉄柱に打ちつけます!あーもう、こんなに背中ばっかり攻撃されたらリングに戻ってもちゃんと試合が続けられるか心配です。
遠慮のないエゲツない攻撃に立野さんにはお客さんの応援が、原口さんにはブーイングが混ざった声が聞こえてきます。場外カウント15くらいでリングに戻ると原口さんがすぐにフォール、カウント2で返すと自然と立野コールが巻き起こります。場外であんなに痛みつけられていたのに表情はまだしっかりしているようなので安心ですがピンチはまだ続いていきます。ボディスラムからキャメルクラッチ、ロープに逃げてもハーフボストンクラブと腰攻めに悪戦苦闘、それでも何とかロープに逃れていきます。
「15分経過、15分経過ー」
原口さんは立野さんを踏みつけると「カウント!」と言うも、レフェリーは、ちゃんとカバーしないとカウントは取らない!、というゼスチャーを見せると、ヒザを胸元に乗せて「これでいいだろ」みたいな態度を取ると、仕方なくカウントを取るレフェリー。それを2で返す立野さん。そんなことをする原口さんに向けて大きなブーイングをするお客さん。何だろう、会場全体が殺伐としたよくない雰囲気になりそうなんですよね。それに苛立つ原口さんはつま先で小突きながら「どうした小童、最初の勢いはどうした、あー?こんなもんか?」なんて言ってますけど、小童ってまた古い言い回しですね。そしてまた踏みつけるとお客さんからはまたブーイングが聞こえてきます。
何とかは頑張ってもらってこの状況を変えてほしんですけどね。私はバンバンバンとマットを叩きながら立野さんを鼓舞すると、それに合わせて立野コールが始まります。ほら、こんなにお客さんが応援してくれているんですから早くピンチから脱出してください!そんな応援をよそに原口さんは髪の毛を鷲掴みにして立たせようとした途端、急に体をくるっと頭と足の位置を変えたかと思うと原口さんの足を掴みながら立ち上がると、足首のところをがっちり腕を絡めていきます。その勢いで倒された原口さんはうつ伏せになって片足だけ海老反りのようになって悲鳴をあげています。どこが痛いのかわからないけど、とにかく立野さんの反撃が始まったようです。
やられっぱなしだったのはこの一瞬の隙をつくための作戦だったんでしょうか。腕立て伏せの状態で必死にロープを掴もうとする原口さんをそうはさせまいとこちらも必死に足を掴んで離さない立野さん。それども徐々にロープに近づき、もう少しのところで掴みそうなところでリング中央まで引っ張り戻すと、今度は足を掴みながら倒れてさらに自分の足を絡み付けてさらに力を入れていきます!もがく原口さんは死に物狂いで立野さんの腕を外そうとしています。ああ、あれって足が痛くなる技(※3)だったんですね。
「原口!ギバーップ!」「ノーノーノー」というレフェリーと原口さんのやりとりを何度か繰り返し、やっとの思いでロープブレイク。逃げられたのは残念だったけどまだ諦めていない立野さん、もしかしてもしかするんじゃないですか?お客さんもそんな何かを感じたのか立野さんの応援に熱が入っていきますよ!ただの応援だけじゃなく「チャンスだ!もっと行けー!」とか「逃すな!もっと絞って!」なんて声もさっきから聞こえてきてましたからね。
原口さんを立たせると胸元にハンマーパンチ!お返しにとエルボー!お互いに引くこともなく繰り返していくと、お客さんからハンマーパンチやエルボーに合わせて「オーイ、オーイ」と声が聞こえてきます。どちらも意地になってるのか殴り合いを止めません。でもそろそろ止めないと胸も顔もあとでおかしくなっちゃいませんか?なんて場違いなことを思っているときに原口さんが立野さんのお腹にキック!くの字になった背中にハンマーパンチ!バックに回ってジャーマンスープレックスのように放り投げました(※4)!!立野さんはダメージを見せずにすくっと立ち上がると原口さんを同じように後ろに投げます!そしてダウン!しっかり受け身を取れたからいいけど、ホールドされないジャーマンスープレックスってすごく危ないんじゃないですか!?両者とも立ち上がれずにいるとレフェリーがダウンカウントを数え始めると立野コールと原口コールが会場に割れんばかりに轟きます。
「25分経過、25分経過ー」
え!もうそんな時間!もう残り時間がちょっとしかないけどこの先どうなるのか予想がつきません!どちらもとても疲れているでしょうけども目にはまだやる気があるように見えます。最後の力を振り絞ってか、原口さんが力任せに攻撃!攻撃というか技とか関係なくただ殴るだけっていう感じですが、立野さんもそれに負けず、時にはやり返し時にはガードしていきます。苛立つ原口さんがロープに走るとフロントハイキック、それをかわすと立野さんもフロントハイキック!それを待ち構える原口さんもハイキック!同じ技を同時に出して両者ともリングに倒れてしまいます。
「残り時間3分!」
先に立ち上がって原口さんは立野さんを立たせると、髪の毛を掴んでお腹に突き上げるようなヒザ蹴りからバックに回ると再びジャーマンスープレックスを狙います。それを必死に耐えると立野さんはその腕を何とか外し、カニバサミで原口さんを倒すと足首を掴んでいきます!ロープに逃げる原口さんに「そのまま極めろ!」という声が聞こえてきます。ロープに逃れた原口さんを引きずり起こしてリング中央へ連れ出すと、腕を掴み肩に担ごうとしてくるもエルボーで阻止されます。そこからエルボーとハンマーパンチの応酬がまた始まります。
「残り1分!」
エルボーとハンマーパンチの応酬のなか、立野さんがいきなり張り手!バチーンという一撃で原口さんが急にぐったりとヒザから崩れ落ちてしまいます。様子を確認するレフェリーをどかしてフォール、カウント3ギリギリで返されると「おっしゃー、いくぞー!」と叫びます。この後どうするんでしょうか。
「残り30秒!」
気合のこもった声を上げると力が入らない原口さんの腕を掴み肩に担ぎ上げます。ここから後ろに落とすかと思ったら横ぉー?頭から真っ逆さまに落としました!(※5)エグいよ、エグすぎるよ立野さん!
「ワーン・ツー・スr!」ホントのギリギリで肩を上げた原口さんもすごいですよ。力が入らない状態でもちゃんと受け身を取ったようです。無意識かもしれませんけども。立野さんがすぐにフォール!
「ワーン・ツー・」「カンカンカン!」
「この試合は30分経過したため勝敗はつかず両者引き分けとなります」
ああーというため息の後、お客さんから大きな拍手が送られてきます。大木さんに介抱されている原口さんの横で残念そうな様子の立野さん。疲れているようですけど原口さんと比べたらまだまだ動けそうです。30分ずっと戦ってきたのになんていう体力でしょうか。
やっと立ち上がってきた原口さんと立野さんはレフェリーに手を挙げられて、改めて引き分けを宣言すると、お互いに健闘を讃えるように挨拶してからリングを降りてきます。
お客さんの拍手のなか、大木さんの肩を借りて控え室に戻る原口さんと一人で立ってリングからお辞儀をしている立野さんを見比べたら、どちらが試練を受けたのか分からないですよね。ホントにもう、すごい人が同期にいたものですよ。
※1 バックフリップみたいな技だと思ってください
※2 ニーリフトみたいな技だと思ってください
※3 アンクルホールドみたいな技だと思ってください
※4 投げっぱなしジャーマンスープレックスみたいな技だと思ってください
※5 オリンピック予選スラムみたいな技だと思ってください
1月22日、グレート・ムタ選手が魔界に帰ってしまいました
もう見ることが出来なのが残念でなりません BYE-BYE MUTA
次話は2月5日を予定しています