第10話
曲が終わり客席がまだざわざわとしている中、髪の毛が半分だけ白い高身長の方がマイクを取りました。
「皆さんこんばんは、私たちはクリムゾン・ローズ・ガーデンと申します。本日はお忙しいところ、このような機会を作っていただき誠にありがとうございます。そしてもうしばらくお付き合いいただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします」
パチパチパチパチ…
「ありがとうございます。私たちのことをご存知の方、そうでない方もいらっしゃると思いますので簡単に選手の紹介をさせていただきます。まず、私は吉岡ルコルと申します。そして左端のグレーの髪色をしているのが大木さち子、右端にいるハチミツ色の髪色をしているのが増田マリー、その隣のいかついのが原口タイムです」
吉岡さんがそれぞれ紹介していきます。名前を呼ばれた選手は後ろに組んでいた手をほどき右手を胸の正面で水平に構えるような敬礼を左右と正面にして元の姿勢に戻ります。その姿で思い出しました。貴族軍と自由同盟軍の宇宙の覇権をかけた宇宙戦争物のアニメのコスプレです!何十年も前に発表された小説で、今でもアニメになったり漫画になったり歌劇団でオペラ劇になったりしているんですよ。敬礼もコスプレの域を超えているんじゃないかと思うくらいビシッと決まっています。いやーかっこいいなぁ。
「そして、こちらが私たちの代表である、志村ローズです」
婦人会の皆様が「ローズ様〜〜〜」と声をかけます。その表情はまるで恋する乙女のようにうっとりとしています。
吉岡さんがマイクを志村さんにマイクを渡します。
「改めまして、皆さんこんばんは。私たちがプロレスユニット、クリムゾン・ローズ・ガーデン、そして代表を勤めます志村ローズです。今日は上田ショウ子さんとドリームファクトリーの皆さんにお願いしたいことがあってお時間を取らせていただきました。試合直後の疲れているときにすみませんが、ショウ子さん出てきてください」
すると、リングコスチュームの上からTシャツを着ただけの格好で上田さんが赤コーナー側の通路を通ってゆっくりとやってきます。そのゆっくりした態度に原口さんがちょっとイラッとしているみたいです。
リングまでやってくると赤コーナーのエプロンサイドに上がりますが、リングには入らずにトップロープに寄りかかるように両手をかけます。いつの間にか堀田さんがサササッとマイクの準備を始めました。あ、この状況なら何か交渉的なことをしますよね。そこまで気が回らなかったですよ。
「ショウ子、久しぶりね。こうやってリング上で会うのはいつ以来かしら。体調の方はもういいの?」
堀田さんがマイクを渡すとスイッチが入っているのを確認して上田さんが答えます。
「久しぶり。体調はまあまあかな。あんたもそうだけどレスラーを10年以上も続けていると体のどこかにガタがきているのは当たり前よ。それでもこうしてコスチュームを着てリングに上がるっていう事はそういう事でしょ?あんたはどうなの」
上田さんの「あんた」発言で原口さんがまたイラッとした反応をしています。
「それもそうね、とりあえずリング上で活躍しているショウ子を見ることができてよかった。それで今日私たちが来たのは交流戦の申し込みと数年来の約束を果たしてもらうためにやってきたの。もちろん覚えてるでしょ?」
交流戦の話が出るとお客さんがどよめき、カメラのフラッシュが瞬きます。
「え?そんな約束したっけ?あんたが一方的に言い放ったことじゃないの?」
「貴様!ローズさんに向かってなんという口のきき方!」
「タイム!控えよ!」
その一言で上田さんに対して怒った原口さんがきまづい感じで元の姿勢に戻ります。よっぽど志村さんのに憧れているんでしょうね。
「たとえ一方的であったとしても、ショウ子はそれを拒否しなかったし、こうして私たちが来ることを許してくれている。ここまで用意してくれているのに今さら嫌だなんて言わないでしょうね?」
「ん〜、嫌だというのは簡単だけど、向かい入れた手前もあるしそっちのオレンジちゃんに免じて話だけは聞いてあげないこともないかもしれない」
「おい!またそのような口のきき方を!たとえローズさんが許しても、この原口タイムが許すわけには…」
「控えよ!今は私が話をしている。タイムに発言を許した覚えはない。私に何度も同じことを言わせる気か?」
さっきより静かだけど迫力のある声で原口さんを言い聞かせます。原口さんはもっとシュンってなって大きな体が小さく見えます。でもなんだろう、このやり取りって演劇っぽくないですか?ポロロンってピアノが鳴ったら歌い出しそうです。それを見て吉岡さんが呆れているような、増田さんが苦笑いをしています。あれか、宇宙戦争物のコスプレをしているから気分的に役に入っちゃったのかもしれませんね。上田さんもいつもと違って話し方が乱暴になっていますよ。
「まあいいでしょう。それではまずひとつ、ショウ子もそうだけど私もこうして仲間に恵まれて若手を育てることができた。そしてショウ子が育てた選手がどのくらいなのか興味が出てきたから私の育てた選手と戦わせたいと思う。ふたつめ、その若手選手の中から今度5番勝負をするそうじゃない。対戦相手が決まってないならうちからひとり出してあげないこともない。そちらに比べたら人数は少ないけどなかなか個性的で、よその選手と戦っても問題ないと自慢できる選手たちよ。そして最後に、ショウ子、私と一騎打ちで勝負だ!」
一騎打ちと聞いたとき客席から爆発するように歓声が聞こえてカメラマンさんのフラッシュがパシャパシャと眩しいくらい光っています。続けてローズコール、次に「ショウ子さんやちゃえー!!」って聞こえてきます。私にはイマイチピンと来ないんですけどショウ子さんとローズさんの関係を知ってる人からすればとても待ちわびていたことなんでしょうかね。
お客さんのコールが収まりそうになった頃、ローズさんがショウ子さんに向かいます。
「どう、お客さんもこうして後押ししてくれてるんだけど、この声に応える気はないの?」
やや挑発するように言うとお客さんを煽り、お客さんもまた盛り上がってきます。上田さんはどうするんでしょうか。
「え〜〜〜、いいよ今さら一騎打ちなんて面倒だよ、約束した覚えもないし」
お客さんからは当然のようにえ〜〜〜と声が上がります。
「悪いけどさ、あんたとお客さんが求めるのはあの当時の試合なんでしょうけど、私には今の私の試合しかできないわよ。あの時のものを期待されて、いざ戦ってみたらこんなんじゃないって思われたくないもの。あの時はあの時のまま、いい思い出にしておいた方がいいんじゃないの?」
お客さんからは「えー、そんなことないぞー」とか「昔のことなんて関係ないぞ!」なんて声が聞こえてきます。そしてだんだんと「ショーコ!ショーコ!」とショーココールが発生してきました。それだけお二人の対戦を待ちわびてるんでしょうね。
リング上ではローズさんが微動だにせずに上田さんを見ています。対して上田さんはコールが止まない客席に目線を送り見回すと、やれやれ、しょうがないなーみたいに頭をかきます。
「はいはい、わかった、わかりましたよ。じゃあこうしましょう。まず、5番勝負の選手の派遣はお願いするわ。誰が来るかはそちらに任せる。そしてあんたとの対戦だけどタッグマッチはどう?あんたとあんたの育てた若手対私とうちの若手で。うちの若手に興味があるなら若手同士を戦わせるより自分で肌を合わせた方がいいんじゃない?その方がお互いに実力がどんなもんかわかるってもんでしょ。一応私とも対戦できるし」
タッグマッチではありますが、その提案におおーっとお客さんも納得したような、これはこれで楽しみかも?みたいな反応です。ローズさん側の選手も意外な提案に戸惑っているようですが、落とし所としてはこんなもんだろうっていう感じです。でも大木さんだけ緊張しているようです。おや?いつの間にか私の同期の皆さんがそれぞれの場所からリングサイドに集まってきました。なぜか松本さんも何食わぬ顔でその中に入っていますけど?
「それと、一騎打ちっていうわけじゃないけど、近々うちで新設されるベルトをかけたトーナメントがあるんだけど、それに出てみない?抽選によってはいきなり第一試合で当たるかもよ」
またまたお客さんからおおーっと声が上がります。正式な発表はまだですが、参加選手が決まったかのように場内が盛り上がります。
「…まあいいか、一騎打ちの確約が取れなかったけど今日のところはそれでよしとしよう。それじゃあ切り替えて。うちの若手はこの大木さち子。ちょうどショウ子のところの5人の若手と同期にあたるわね。レスリング経験者で、立野選手に興味があるらしい。そして5番勝負にはこの原口タイムを出そうと思っている。うちで一番のパワーファイターよ」
「じゃあこちらからも。5番勝負に挑戦するのはこの2人、立野選手と山田選手よ」
すると立野さんと山田さんはエプロンサイドに上がりその場で会釈をします。ちょっとした顔合わせのようですね。
「どちらと対戦するかは後で話し合いましょ。そしてタッグマッチなんだけど、私のパートナーはこの子にするわ」
とエプロンサイドから降りてきて私の肩を抱えます?え?ええーー!!なんで私なんですか!なんで、なんでなんで?ホラ、お客さんからもえー?みたいな声も聞こえてきてますし、C・R・Gの皆さんもおや?みたいな顔してますよ。
それはそれでちょっと寂しいものはあるんですが、場違いなのは私が一番わかってるんですから。堀田さんと、なぜか松本さんにも睨まれてるんですけど?
「お客さんもあんたも、あんたの仲間もなんで?って顔してるけど、この子はうちの最終兵器で私の秘蔵っ子だっていうの知らないの?そんなんじゃ試合をするまでもなく私たちの勝ちは決まったようなものね」
いやいやいや、そんなことないですって!皆さんの反応が普通ですって!
「ふむ、ショウ子がそう言うのならそれだけの実力があるんでしょうね。あなた、ちょっとここまで来て自己紹介してもらえるかしら?」
うわー、マジですか。びっくりして動けなくなっている私の肩を叩き、上田さんがリングに上がるように促されます。
「大丈夫よ、食べられたりしないから。ただの挨拶くらいちゃんとできるでしょ?」
うわー緊張してきました。何を期待されているのかわからないけど、とにかく挨拶をしないといけません。ロープをくぐると目の前に超絶美形のローズさんがいます。さらに緊張してきます。
「あなた、名前は?」
「は、はい、私は佐藤はる…佐藤琴音と言います。上田さんに付けていただきました」
するとローズさんは私のアゴをつまむとじっくり見つめられます。近い、近いですって!これが世にいうアゴくいってやつですか?それにお肌が陶器のようにツルツルですね、ってそんな場合じゃないか。
「佐藤琴音か…佐藤という名字は他にもいるだろうから、あなたのことは琴音って呼ぶことにしよう」
アゴくいをされたとき婦人会の皆さんがいる方向からきゃーっという悲鳴が聞こえてきたような気がしましたが、そこまで気がまわりません。
「ショウ子が何か期待しているようだけど、それを裏切らない活躍ができるといいわね」
そして私の対戦相手になるであろう大木さんの目線が痛いです。立野さんと戦いたがっていたようなので、なんであなたなのよ?みたい目で見ないでくださいよー。
ローズさんが目を離しマイクを構えなおしたので、その場で一礼してからリングを降ります。いやー緊張したー。
「では、来週から8試合ほどの交流戦と前哨戦を経て最終日のタッグマッチを楽しみにしている。この場にいるお客さんも最後までありがとう。ドリームファクトリーのはいい選手が揃っていていい団体でしょうけど、私たちクリムゾン・ローズ・ガーデンもそれに負けないくらいいい選手が揃っているので、来週からの試合を楽しみに待っていてくれると嬉しい。それではまた会おう」
マイクを置くと再びボレロが流れ、マントをひるがえし颯爽とリングを降りて控え室に戻ります。婦人会の皆さんもそれに合わせて直立不動でお出迎え?をしています。いやー、試合の宣伝までしてくれて最後まで格好いいままでした。
それにしてもなぜ私なんでしょうか、私はどうすればいいんでしょうか。来週からのことを考えるとプレッシャーに押しつぶされそうですよ。
フワちゃんのプロレスデビューが発表されましたね
安易にやってみる、だけじゃない練習をしてきたそうですが
インリンさんや和泉さんのようじゃなく
赤井さんや新井さんのように継続的に参戦して欲しいものです
次話は9月25日を予定しています