第9話
試合前日の夜、クリムゾン・ローズ・ガーデンの皆さんとクリスさんが合宿所に到着したのでそれぞれの部屋に案内します。クリスさんはいつもの部屋に松本さんが案内をして、クリムゾン・ローズ・ガーデン皆さんは2人部屋と3人部屋へと案内していきます。その名の通り私服なんかも優雅で豪華な装いかと思ったら堀田さんよりちょっとおしゃれなくらい?な感じでやってきました。でも、荷物はそれなりに多めでしたので本格的な格好をするのはリングに上がる時なんでしょうね、と勝手に想像しています。
そこへ上田さんがやってきて代表の方らしい人と握手をしながら何やら話をしています。昔はライバル関係だったらしいので久々に会ったなら積もる話もあるんでしょうけど、そんなに長く話をしなかったようです。
翌日、開場前に待っているお客さんを見ると、いつものお客さんとは雰囲気の違う20名くらいの団体さんが先頭にいらっしゃいます。まるで学校のPTAの会長さんとその一行みたいな、だいぶおしゃれに気合いを入れてきたような装いです。
開場時間になると、グッズ売り場には目もくれず、青コーナー側の選手が入場してくる通路を挟むように席を取ります。その時、なんていうか甘ったるい、アメリカの女優さんがパジャマの代わりにつけていた香水のような、デパートの化粧品売り場のような匂いが漂ってきます。今日は青コーナーから入場してくる選手はいつもと雰囲気も匂いも違っていて通路を通るときにびっくりしちゃいそうですね。
「本日もプロレスリング・ドリームファクトリーにご来場いただきまして誠にありがとうございます」
いつもの場内アナウンスが流れてきます。私たちがデビューしてから試合数が増えて、第3試合が終了した後にリング調整の時間が入るようになりました。それを利用してトイレや休憩するお客さんもいるようです。それまでは試合の途中でも席を立ったり休憩をしてしまうお客さんもいるらしいのですが、リング調整の時間を取るようにしてからはそういう方も少なくなったみたいです。これは目が離せない試合をできるように頑張らないといけませんね。
「本日の全試合終了後に、とあるゲストが来場しまして皆様にご挨拶をする予定でございます。それまでは席を立たずに最後までご覧いただきたいと思います。お時間を取らせることになりますがよろしくお願いいたします。それでは試合開始までもうしばらくお待ちください」
会場内がザワザワしていますが、青コーナー側のPTA会のようなご婦人の皆さんは当然のように静かに待っています。もしかすると、こちらはクリムゾン・ローズ・ガーデン(以降C・R・Gと表記します)さんのファンなんでしょうね。C・R・Gさんの方から情報があったのかもしれません。ドリームファクトリーのお客さんからは「ゲストだって、誰だろうね」なんて声が聞こえてきます。まあそれは当然なんですよね。上田さんの方針でお客さんにはゲストさんが来ることを告知しても誰が来るかまでは言ってませんでしたから。その誰かを予想して楽しみ、その予想が合ってたか外れてたかまでを楽しめるようにしたようです。さて、そろそろ私も試合の準備をしましょうか。
今日のそれぞれの試合はC・R・Gの皆さんが来ることを意識していたかは分かりませんが、いつも以上に白熱した試合内容になっているように思います。より力強く、より激しく、より速く、より面白く。それに合わせてお客さんの声援も手拍子も大きくなって、それに乗せられて選手たちも張り切っているようです。ですが、婦人会の皆さんはあくまでも冷静に、何かを分析するような審査しているような感じで見ています。もしかすると、「どこの馬の骨ともわからない小娘たちが、私たちのC・R・G様の相手が務まるのかしら?」なんて思ってるんでしょかね。もしそうだとしたらちょっと不気味な感じがします。
リング調整後もじっくり観察する様子は相変わらずですが、汚いヤジやスマホを見たり電話に出て席を立つお客さんと比べるとすごく行儀がいいんですよね。それが逆に薄気味悪いです。ちょっとでいいので試合に対して何か反応してほしいなあと思います。今までもそういったお客さんがいたかもしれませんが団体さんでいらっしゃるとは思いませんでしたからね。
ちなみに私は第2試合のタッグマッチに出場して負けてしまいました。松本さんはおろか、同期の皆さんの壁はまだまだ高くで厚くて1回くらい勝っただけじゃ越えさせてくれないみたいです。
婦人会の皆さんが動き始めたのはメインイベントが終わったすぐのことでした。リング上では負けた選手を介抱していく中、それぞれの荷物から手提げがついたかごを取り出すと何かいい匂いがしてきます。一体、何を始めるのでしょうか。
リング上から選手がいなくなり、お客さんの熱狂が少し冷めていく頃にリングアナウンサーかがゲストの皆さんを呼び込みます。
「大変お待たせいたしました!これより、本日のゲスト、クリムゾン・ローズ・ガーデンの入場です!」
おおおーっと歓声が上がると場内が暗くなり、スクリーンにはC・R・Gの選手を紹介する映像が流れ始めるようです。
♬ ツッタタタターンターン、ツッタタタターンターン〜
お!これはクラシックのボレロですね。私でも知っている有名な曲です。テレビCMや映画、アニメでも使われていましたね。
♬タ〜〜、タラララララタッタララ〜、ッタララララララ〜
C・R・Gの選手が入場口まで現れると青コーナーに陣取っていた婦人会の皆さんが立ち上がり、通路に向かって直立不動で待機しています。
そこへ、上下黒の軍服には襟元、袖口、胸元に豪華な銀色の刺繍がされている全員お揃いのコスチュームで整列しはじめます。先頭の方が裏地が真っ赤な黒いマントをなびかせて歩き始めると婦人会の皆さんがカゴから何かを取り出し選手へ向かってばら撒きはじめました。これって薔薇の花びら!しかも生の本物!!薔薇って高いんですよ?1本でいくらするか!それを贅沢にも花びらだけ撒くなんて!!どうりでいい匂いがすると思ったらこれだったんですか!あーあ勿体無い、そして後片付けが大変そうだなあ。
C・R・Gの皆さんをを観察してみると、皆さんお揃いかと思った軍服ですが、刺繍の模様が少しずつ違っているようです。先頭の方から後ろにいくにつれてだんだんと模様がシンプルになっていくような気がします。これってえらい順とか階級の違いなんでしょうかね。
♬タッタラ〜、タララ〜タラタ〜ラララ〜タラララ〜
それにしても皆さんうっとりするほど美形ですね。先頭の方は、やや癖のある金髪にアイスブルーの瞳、美白でスラリとしたスタイルです。
次の方は髪の毛が半分白く高身長、もちろん美形なんですけど無表情な上に瞳がランダムに輝いて見えるのがちょっと気になります。そういうカラコンがあるんでしょうかね。
3番目の方はちょっと小柄ですが体操選手のように引き締まった体にボサッとしたハチミツ色の髪、グレーの瞳と愛くるしい表情が印象的です。
4番目の方はオレンジ色のやや長めの髪に薄い茶色の瞳、たくましい眉毛にたくましい体格です。
最後の方はショートカットの薄いグレーの髪の毛と瞳。前の4人と比べると少し控えめで年下さんみたいです。
女性コスプレイヤーさんのファンて男性ばかりだと思っていたのですが、こんな美人さんたちが反則級の耽美な男装なんてしたら婦人会の皆さんが熱中するはずですよ。
青コーナー側からゆっくりとリングの周りを整然と歩いていくとだんだんと楽器の奏でる音が増えていき、特徴的な旋律が繰り返されていきます。そういえばこの曲ってバレエでも有名な曲なんですよね。確かスイスの国際バレエコンクールで優勝してアメリカに渡り、なんやかんやあってフランスのバレエ団で日本人初の主役に抜擢された宮本さんが凱旋帰国上演するときに踊ったとかというニュースで見たことありますよ。でもこの曲だと手拍子がしづらいですね。
お、曲調が変わってきましたね、そろそろクライマックスというところでしょうか。一番後ろにいた方が階段を駆け上がりリングのロープを広げると、皆さんが優雅にリングに入っていきます。マスコミさんがカメラを構えている側に先頭の金髪さんを中心にV字になるように整列すると曲がそろそろ終わりそうです。
♬ズッジャジャジャジャーンジャーン、ズッジャジャジャジャーンジャーン、ズッジャジャジャジャーンジャーン、
ズッジャジャジャジャーンジャーン、ズッジャーージャジャジャジャジャン!
曲終わりに紙テープが投げ込まれます、タイミングがバッチリ決まりました。かっこいいです!思わずブラボーって言っちゃいそうでしたよ。って見ほれてる場合じゃないや。急いで花びらとかを片付けないとって…あら、婦人会の皆さんが率先して終わらせてくれました。お手伝いありがとうございます。そちらの花びらはこちらでお預かりしますね。
徳間ノベルズ 銀河英雄伝説 を参考にしています
創元SF文庫 銀河英雄伝説辞典 を参考にしています
次話は9月15日を予定しています