第7話
「ありがとうございました!元気いっぱい歌っていただきましたちびっ子3人組に大きな拍手をお願いします!さあ次は素敵なゆかた姿で登場のお二人です!それでは張り切ってどうぞ!」
「エントリーナンバー7番!ひなちゃんズで♬彼氏と夏休み」
曲に合わせてダンスを始める松本さんと私は、メイン会場で行われている素人カラオケ大会になぜか出場することになっちゃったのよ。私は芸能事務所に所属しているから一般的に素人じゃないんだけど、松本さんの一方的な解釈と強引な誘いを断れず、嫌々ではあるんだけどね。これって後で問題になるんだろうなー、でも松本さんが主体になって決めたことだから責任とってもらおうかなー、なーんてね…。
「大丈夫大丈夫、晶はまだデビューしてないんでしょ?だったら素人と一緒よ。なーんの心配もしないで私の後ろで踊ってくれればいいのよ。なんてったって優勝商品は2泊3日の台湾旅行よ?これを見逃すなんてできるわけないでしょ!さあさあ練習よ!」
と言うことでひとりで盛り上がっている松本さんを見ながら「どうしてこうなっちゃったのかなー」とため息交じりで練習に付き合っちゃうのよね。
とは言うものの、歌とダンスの練習はそれほど苦になるどころか楽しくなちゃって、いつの間にか松本さんを若干引かせるくらいのめり込んじゃった、てへっ。
「いやー素晴らしい歌とダンスでした!会場が一体になって盛り上がり歓声が止みませんでしたね。それにしてもこんな才能がある方がいらしたことに本当にびっくりです!もう一度ひなちゃんズに大きな拍手を!...それでは次の方どうぞ!」
「どうよ!これだけ盛り上げたら優勝は私たちがもらったも当然よね!どうよ!これが私の実力よ!わーはっはっはっはーーー!」
ステージしもての出場者控え席に戻ると何かひとりで優勝した気になってる松本さんをよそに冷静に回りを見て一息つく私。確かに会場は盛り上がってたし松本さんも意外と歌がうまかったし、自分でも最高に近いパフォーマンスができたこともあってそれなりにうまくいったと思ってるけど、なんか引っかかることがあるのよね。まず数ヶ月に一度程度だけど商店街の皆さんを試合に招待してるし上田さんと一緒に商店街の集まりにも参加してるから、それなりにおつきあいがある以上ドリームファクトリーの松本さんのことが知られてない訳が無いのよ。それだけなら問題ないんだろうけど、そこから私のことが知られて「この人芸能事務所にいるから半分プロじゃん?」って指摘されたら審査の時にどう影響するかわからないのよね。松本さんはいい意味でお調子者だからそこまで考えてないんだろうけどさー。やっぱりね、審査員席の方が急にザワザワしはじめてるわよ。これは間違いなくバレたわね、ちょっと前に気づいたけど審査員の中に渡辺さんがいたんだもん。それまで気づかなかった私も私だけど、今だに気づかない松本さんもどうかと思うのよね。はぁー、まあ私はステージで踊れたのが思ったより楽しかったから今回はカンベンしてあげようかな。元々優勝商品を狙ってた訳でもないし、そもそも私たちがエントリーした時点でバレてたのかもしれないし。松本さんには悪いけどこれは結果発表の時に何かあるかもしれないわね。
「ありがとうございました!これで全ての出場者が出揃いました!今年は15組の皆様の素敵な歌とダンスを披露していただき本当にありがとうございました。ここで結果発表!といきたいところではございますが、運営委員会よりご報告がございます。この素人カラオケ大会には文字通り素人さんに参加していただくようになっていたのですが、この中に1組だけ芸能事務所に在籍している方がいたようです。こちらで事実確認をしたところ、本人・関係者ともにこれを認めたということですのでその組は失格という意見もあったのですが、とても素晴らしい歌とダンスだったことを鑑みまして、今回の審査対象外とさせていただきました。誠に残念な結果になってしまいましたが、エントリーナンバー7番のひなちゃんズのお二人、ありがとうございました」
でしょうね、私や松本さんにはお呼び出しが掛からなかったけど渡辺さんや上田さんには話が行ってたようね。まあ会場のお客さんからは残念そうな声が聞こえてきたのが救いかなー。
「えーーー!ちょっとなんて事言っちゃってくれるのよー!せっかくプロレスの練習の合間を縫って練習してきたっていうのに!あの言い方はきっと入賞、いや絶対優勝してたに違いない!どうなってるのよ、責任者出てこいやーーー!」
ほら、思った通りの展開になったわよ。あれほど私じゃダメです、バレますって断ったのに言わんこっちゃないじゃない。もう、子供じゃないんだからそんなところでゴネてても結果は覆らなし、まだ仕事が残ってるんだからだから大人しく帰りましょうよ。
ホントに世話の焼ける先輩なんだから。
「大きいお姉さん!ありがとうございました!」
「はーい、もう迷子になるんじゃないわよー」
これで今日は10人目よ、ちょっと多くない?とは思うけど親御さんに連れられてちびっ子がまた無事に帰っていきます。迷子センターにを私を含めて3人で対応してるんだけど、なぜか私にばっかりすがりついてくるのよね。まあ子供は嫌いじゃないけどそれ以外の事ができないから他の人の迷惑になってないかしら。
「あら、また子供に抱きつかれちゃったわね。いいのよーそのままで、こっちは私たちがやっておくから」
って言われてもね。
「子供たちだって親とはぐれて不安でしょうから工藤さんがいてくれると助かるわよ。あなたがいないと子供たちが泣き止まないから大変なのよ」
今年は特に多いから助かってるわーなんて言ってくれるのは嬉しいんですけどホントにいいのかしらね。でも迷子センターに連れてこられたちびっ子がいつの間にか私に寄り添って寝ちゃった時はこっちがびっくりしちゃっったけどね。
「子供ってゾウさんとかクマさんとか大きな動物って好きじゃないですか、だから工藤さんのこともそう思ってるんですよきっと」
私をそんなのと一緒にしないでよ、聞きようによっては悪口にしか聞こえないんだけど?でも晴ちゃんがそう言うといい意味に聞こえちゃうのよね、本人も褒めてるつもりなんだろうけどさ。まあ子供たちが寄り添ってくれたりヒザの上に乗ってこようとするのは緊張もとけて寂しいのが紛れてきてるって思うと象でも熊でもなんでもいいか。逆に親御さんに連れられていく時に泣かれた時は困っちゃったけど。
さて、商店街を見回りながらちびっ子お祭り広場へ行きますか。晴ちゃんも準備してね。
「ドンドンドン、カカカッカドドンドドン!」
お祭りといえばやっぱり盆踊りが欠かせないわよね。やぐらを中心に輪になってね、こう見ると田舎のお祭りを思い出すわぁ。
そろそろヒグラシが鳴き止む時間帯になると、いつもならちびっ子たちは家に帰らなきゃいけないんだけど、お祭りの時は親御さんも一緒だしちょっとだけ夜更かしをしても大丈夫よね。
ほら、国民的猫型ロボット音頭が流れてきたわよ。振り付けは婦人会の皆さんがちびっ子向けに覚えられるように簡単なものを考えてくれて、何回かすればすぐに踊れるようにしてくれたのよ。あら、あのクシャクシャっとした帯がまた可愛いわね。あっちの子は甚兵衛じゃない、へえ、子供用なんてあるのね。こっちのちびっ子はイヤリングとリップなんて付けちゃって、おませさんね。お母さんも今日の日のために頑張っちゃったのかもね。
次に流れてきた曲はスランプ博士が造ったアンドロイドがドタバタ活躍するアニメの音頭ね。少し前に小顔効果があ
るってことで、そのキャラクターが使ってたような大きめの伊達メガネが流行ったようだけど今はどこに行ったのかしら。ちなみに私は何でも食べちゃう空飛ぶ赤ちゃんが好きだったなあ、クルルーピプゥ。
おっと、次の曲は田舎から出てきた柔道少年が東京に出てきてドバッと人気者になろうっていうアニメの主題歌じゃない!確かに音頭っぽい曲だけども!誰よこの選曲したのは!そういえばこの曲を歌ってた人って今じゃすっかり有名になった演歌歌手の方なのよね。世の中、何がどうなるかわからないものよね、ナメたらアカンわよ。これは選曲のセンスってよりすでにそういうCDがあるのかしらね。私が子供の頃からさほど変わってないのはどうかと思うけど。
その後も教育放送系の忍者アニメの曲やアンパンのキャラクターの曲も流れてきたわね。だいぶ賑やかになってきてみんな楽しそうで何よりだし婦人会の皆さんにも感謝しなくちゃ。
さあちびっ子たち、この曲が終わったらマジックショーが始まるわよ。ストライプ柄のハンカチが一瞬でボーダー柄に変わるマジックや耳が急にでっかくなっちゃうから楽しみに待っててねー!
次話は8月25日を予定しています