第4話
次話は8月5日を予定しています
「それでは、第二十一回七夕祭りの開会宣言を五木田栄作県知事にお願いしたいと思います。それでは五木田知事、ステージの中央までお越しください。皆様、拍手でお出迎いください!」
パチパチパチパチーーー!
地元のFM局の名物女性アナウンサーが司会となり県知事さんをステージまで呼び込みます。来賓席から颯爽とステージに駆け上がり慣れた手つきでマイクを受け取り爽やかな笑顔で手を振ります。
「パチパチパチパチーー!きゃー!翔太くーん!!」
私のお母さん世代から上のご婦人方が黄色い声をあげていますよ?なにこの声援、どうりで見たことがあると思ったら知事さんでしたか。でもなんでこんなに人気があるんですか?それに翔太くんって何ですか?
「皆さんこんばんは、ご紹介に預かりました五木田でございます。本日は天候にもめぐまれ最高の七夕祭りが開催されることを嬉しく思います。今日から3日間、日頃の辛いことや嫌だったことなどのうっぷんを晴らしながらも、ハメを外しすぎず、お酒に飲まれすぎず、事件や事故が起きないように楽しんでください。それからちびっ子たち、夏休みの宿題は終わったかな?まだの子たちはこのお祭りが終わったらすぐに取り掛かろうな。終わった子たちは心置きなく楽しもうな。そしてみんな、いっぱい遊んでおうちの手伝いもして夏休みを楽しもう!それから親御さんも関係者の皆様もこの暑い中大変ではございますが、無事にこの3日間を過ごせますようにお祈り申し上げます。私からは以上です」
「はい、ありがとうございました。五木田知事でした。それでは続いて七夕祭りの開始を知らせる打ち上げ花火の点火式を執り行います。会場の皆さんで一緒にカウントダウンをしましょう。少々お待ちください、はい…はい…それではよろしいでしょうか、ではカウント10から参ります。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ゼロー!」
ひゅ〜〜〜〜〜どーん、どん・どんどーーーん!
知事さんの思ったより短い挨拶が終わると、合図とともに空に大きな花火が打ち上げられお祭りの開始を知らせます。会場にいるお客さんも花火を見上げてパチパチと拍手をしながらそれぞれ目的の場所へ向かうのでした。
「こちらで冷えた甘酒をお配りしていまーす!受け取りましたらそのまま前に進んでくださーい!飲み終わったコップはゴミ箱にお願いしまーす!お一人様一杯でお願いしまーす!」
迷子センターの受付の前にメインステージに集まったお客さんに先着順で甘酒を振る舞うお手伝いをしています、が、一体何人いるんですか!もう何十杯用意したかわからないくらいですよ。それにしても甘酒って初詣の時にもらったことがあるから冬のものだと思っていたからちょっと不思議です。なんで夏に配るんでしょうね。
甘酒がなくなったので後片付けをして本部席があるテントへ戻ってちょっと休憩です。一緒に作業していた商店街のおねいさんたちがいたので挨拶がてらおしゃべりをします。あ、県知事さんのこと聞いちゃおうかな?
「あー、あなたたちの年代なら知らないか。あの人は昔俳優さんをやっててね、今もかっこいいけど当時も超イケメンだったんだから。爽やか系の青年を演じさせたら右に出るものはいないってくらいの役者さんでね、その時演じた名前が三浦翔太っていって、それはもう爽やかが人間になったらこうなるのねってくらい爽やかだったんだから」
「そうそう、爽やかなんだけど実はDVの被害にあっていたのをひた隠しにしてるっていう難しい役どころでね、その演技が評価されて最初はちょい役の主人公の友人Aだったのがどんどん出番が増えていって最後は主人公を入れ替えたほうが良かったんじゃないか?みたいな話が出たほどだったらしいのよ」
「何々、翔太くんの話?じゃあこれは知ってる?その役がハマりすぎて似たような役ばっかりきたり、他の役で出演しても爽やかイケメンのイメージが抜けなかったりプライベートでも翔太くん扱いされて相当苦労したみたいよ?私がいうのもなんだけど今でも翔太くんって呼んじゃうし」
おっと、新たなおねいさんが参加してきましたよ。知事さんて凄い人気者だったんですね。
「それからいろいろあって俳優のお仕事は辞めちゃったんだけど、芸能界にはお世話になったからってお仕事を紹介したりセカンドキャリアっていうの?を進めたりしてるらしいんですって。ほんと、外見だけじゃなくて中身もイケメンなんだからもうっ」
途中から興味のない恋愛話を聞かされたような疲労感が襲ってきそうだったので適当な理由で工藤さんとその場を離れることにしました。その後も知事さんが俳優時代に誰と付き合ってたとか、俳優を辞めたのはあのドラマの主人公が所属していた事務所からの圧力でドラマ業界から干されたとか、芸能界のゴシップ系の話に移ってさらに盛り上がっているようです。おねいさんたちがキャッキャ言いながらお話をしているのって私たちとそんなに変わらないのかもしれませんね。
その後はご挨拶に来てくれたお客さんにお茶を用意したり迷子センターに連れてこられたちびっ子の相手や呼び出しの放送をしたりと、それなりに忙しくしていると立野さんと山田さんがやってきました。あら、お二人さんともいつの間にゆかたに着替えたんでしょうか、とてもお似合いですね。立野さんは白地に紺色の縦縞に明るめの赤い花が輪のようにデザインされた柄に赤い帯、山田さんは薄い水色地に同じ色で描かれた花唐草模様の柄に青い帯と、シックな色合いのシンプルな花柄がよくお似合いです。特に山田さんはこれぞ和服美人って言ってもいいくらいですよ。髪型もゆるめのお団子ヘアーにおくれ毛がとても色っぽいです。これならどう見てもリングの上では戦闘種族の切り込み隊長!なんて思われないでしょうね。お二人が登場したらテント内にいた男性たちが色めきだって、おおーっとか聞こえてきたり会話が止まったまま見とれていたりしています。へへーん、どちらも美人さんでしょ?だからって簡単に手を出したら痛いしっぺ返しを食らうことになりますからね?お二人ともとても強いんですから!もっと見たかったら今度は道場へ来てくださいね、なんちゃって。
「ちょっと晴ちゃん、何ぼーっとしてるのよ、次のお手伝いのところに行くわよ」
ハッと我に返り、立野さんと山田さんに引き継ぎをしてから工藤さんに連れられて次の場所へ向かいます。
っとその前に、せっかくだからと別のテントに連れられて私と工藤さんもゆかたを着ることになりました。
「どお、似合ってるかしら?お相撲さんに見えちゃわないかな?」
白地に濃い赤や藍色で描かれた花びらが長い菊の模様に黒い帯で登場しました。
「そんなことはありませんよ、立野さんたちよりモダンな色合いがお似合いです。大正時代のチャーミングレディでハイカラさんが通りそうです」
「何よそれ、でもありがとうね。晴ちゃんもなかなかのものよ?」
私のゆかたは紺地に朝顔が散りばめられた柄に黄色い帯です。
「ありがとうございます。実はゆかたを着て外に出るのって初めてなんですけど大丈夫そうですか?」
じっくりと見られるとなんか恥ずかしいです。すると、ゆかたを着せてくれた商店街のおねいさんたちがやってきました。
「はい、よく似合ってるわよ。あなたたちは姿勢がいいから着崩れる心配も少なそうで大丈夫。呉服屋歴35年のおばちゃんが見立てたんだから間違いないわよ。ほら、あっちの二人なんかもう男どもに囲まれてるじゃない。あなたたちも街を歩けば何人かに声をかけられるんじゃないの?ウフフっ」
なんて言われちゃいましたけど浮かれないようにして商店街へ向かいます。この後の仕事はお祭り会場内外の見回りです。本格的な警備の方もいるんですけど、イカツイ制服姿だとどうしても目立つし見つけられやすいので、街の風景に溶け込みやすいゆかた姿なら警戒されないだろうってことで私たちに振り分けられました。もちろん私服の警備員さんもいるんでしょうけどね。
商店街を歩きながら工藤さんと歩いていると、あちらこちらから漂ってくる美味しそうな匂いがしてきます。焼きそば、お好み焼き、たこ焼きなどの定番粉物の焦げたソースや青のりの磯の香り、綿あめやミニカステラのお砂糖が焼けた甘い香り。他にも海鮮焼きや豚肉の串焼きなんてのもあって、お腹が空いてる時に来たら、いやいやお腹が空いてなくても食べ過ぎちゃうのは間違いないですね。ラムネやかき氷なんかもあって大にぎわいです。って思ったらジャスミンさんが派手な金魚の柄のゆかた姿でいろいろ物色していますね。後ろにいる甚平を着ながらも周りを警戒しているのはお付きの方々かしら?お付きの人は大変でしょうけど日本の文化に興味があるって言ってたジャスミンさんがお祭りを楽しんでいるようで良かったです。そろそろ台湾に帰るっていってましたけど、あれもこれもと手を出さなくてもお祭りは逃げませんからゆっくりと楽しんでくださいね。
なんてことを工藤さんと話しながらも見回りはちゃんとしていますよ?特に未成年がハメを外して飲酒や喫煙をしないように注意しなくちゃいけません。もし見つけたら本物の警備員さんに連絡をして駆けつけてくれるまで見張って、決して自分たちだけで解決しようとしないようにと言われています。
商店街の端から端まで見回った後は神社の方へ向かいます。緩やかだけどちょっと長めの坂道を登っていくと、こちらは小学校の運動会のような手作り感のあるほのぼのとした飾り付けが皆さんをお出迎えしてくれます。こちらはちびっ子たちが楽しめるように神社の関係者が運営しているそうです。4枚綴りで1000円の利用券を購入して、券1枚で屋台の食べたいものと交換やゲームを1回遊べるシステムとなっています。屋台のメニューもしっかりしているようでホットドックやクレープ、チュロスなんかもあったりします。お菓子が取れる射的や輪投げもあって、ご家族で過ごすならこちらでも楽しめそうですね。境内をお友達やきょうだいと券を持ってどれにしようか真剣に考えている姿や、お祭りの雰囲気に高揚して妙に走り回っている子供についていけずにベンチで休んでいるお父さんにほっこりします。
境内の中央には立派なやぐらが建てられていて天辺には大きな和太鼓があります。音楽に合わせてリズミカルに打ち鳴らされ、それに合わせてご婦人方がお揃いのゆかた姿で盆踊りを踊っています。見よう見まねで踊っているちびっこもいますね。
境内のはじの方には小さなステージが設けられ、そこではちびっ子向けのマジックショーや地元の音楽教室の発表会、ゲーム大会があるようです。それを盆踊りと交互に行なうことでお祭り会場に変化をつけたり演者さんの休憩や入れ替えをする時間を作ったりしていろいろと楽しんでもらえるようにしているようです。
その後はローテーションでお仕事をしていきましたが、特にこれといった事件や事故もなく平和にお祭りの1日目を終えることができました。裏方で働くのも楽しいですけど、お祭り自体をゆっくり楽しむのもいいかもしれませんね。