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他団体の選手に目を付けられた話 その1 第1話

控え室に戻ると軽く処置をしてもらってから医務室に連れて行かれました。そこには、さっきまで戦っていた松本さんが椅子に腰掛けて氷のうで顔を冷やしています。なんかちょっと気まずいです。


「なによ、あんな技まで隠してたなんてね。あれにはやられたわよ、ホントに頑張ったわね」

あら、松本さんの方から声をかけてくれました。ちょっと気恥ずかしいです、そしてありがとうございます。


「でもね、たった一回勝ったくらいで私を追い越したなんて思わないでよね、今日はたまたまだったんだから」

もちろんです、そんな事思ったりしません。


「まあとりあえず、やっと一勝できたわね。私に勝ったんだからこれからは自信を持って胸張ってプロレスしていきなさいね」

なんて言ってくれたので気まずいのが少しはなくなったでしょうか。


そのあとセコンドの仕事はいいからと病院で診断してもらったところ、松本さんは軽い脳震盪と重めの打撲があって、念の為にと来週の試合を取りやめて様子を見ることになりました。そして私はというと、全身が筋肉痛のもっとひどいのと右手に打撲があったようで3週間の安静が必要となってしまいました。松本さんからは「何で勝った方が重傷なのよ?」なんて不思議がられましたが、それだけ普段とは違うムチャな動きをしてたんでしょうね。後日自分の試合の動画を見たら「これって本当に私なの?」ってくらい激しいものでした。動きだけでなく表情や佇まいまで、まるで別人です。まあ別の人が戦っていたみたいなものでしたからね。誰も信じてもらえないでしょうから言いませんけど。


そんな診断が出てしまったので、安静中は練習らしいことを止められてしまい、内緒でバランスボールで体幹を鍛えるくらいしかできませんでした。体が使えないならと何かひとつくらい自分のものにしようと、あの試合の動画を見直します。何回も見て、こんな事してたのねーなんて他人事のように感心しながらも、あの技やこの動きが私だけでできればもう少しは強くなれるのかなあと思ったりします。


そんなこともありながら右手を吊ってセコンド作業をしていると、比較的ベテランのカメラマンさんや古くから見ていただいているお客さんから「いや〜この前の試合、あれは良かったよねー。これからも頑張りなさいねー」とか、「あの試合で俺、感動しちゃったよー、またあれが見られるなんてなー」みたいな事をしみじみと声をかけられるようになりました。どうやら若い頃の上田さんの戦い方に似ていたらしく、それを思い出してしまったようです。そんな事言われて私も初めて知りましたよ。上田さんて若い時からすごい選手だったんですね。

そんなことがあってか、私の立場は上田さんの愛弟子とか、ドリームファクトリーの秘蔵っ子とか秘密兵器だとか、なんか物騒な呼び方をされてしまいます。期待の表れなのかもしれませんがやめて欲しいんですよね、余計にプレッシャーになっちゃいますよ。できればずっと秘密のままでいたい気もしますがそれじゃいけませんね。


数日後、「ドリームファクトリー代表・上田ショウ子、愛弟子に技を継承、近いうちにさらなる重大発表か!?」なんていうショッキングな見出しのスポーツ新聞が出ていたのにはびっくりしました。上田さんはすぐに否定してたので安心しましたけども。でも何でそんな記事が出たかというと、近頃の試合数が減っていたり試合をしてもタッグマッチばかりで体調が良くないんじゃないか?みたいな憶測が飛び交っていたようですが、あれは商店街の会合だったりHoney or Trapの話し合いだったり、選手以外のお仕事があってのことなんですけどね。記者さんならその辺の事情は知ってそうなのに、変なの。


いつもと違うことが続いたなかで嬉しいこともありました。それは私の入場曲と新しくコスチュームを作ってもらえることになったんですよ!初勝利できれば作ってくれるっていうのをすっかり忘れていました!その件で話し合いが行われましたが私からの要望はそんなに多くありません。以前はあれもこれもといろいろ考えていたんですけど、今回は私だけの力で勝てたんじゃないので辞退しようかと思ったんですが、おじさんの事言えませんからね。かなり複雑な心境です。でもやっぱり嬉しいは嬉しいです。

なので、入場曲はお客さんが手拍子をしやすいような明るくてリズミカルで、特撮戦隊物のオープニング曲みたいなものということ、コスチュームはシンプルな感じで、コスチュームと曲が合うようにとお願いして、あとは作曲家さんとデザイナーさんにお任せすることにしました。出来上がりが楽しみです。どうやら立野さんや工藤さんは細かいところまで注文を出していたらしいので私のお願いはかなり少なかったようです。まさか立野さんがそんなにこだわっていたなんて意外だなって思いました。


それからしばらくして右手の吊り下げるのが取れて軽く筋力トレーニングができるようになると、先輩たちに囲まれてしまいます。何?私ってまた変なことしました?

「ちょっと晴子!復帰戦は私とシングルだからね!あんなのどこに隠してたのよ!」

なんて言われたらビビってしまいますよ。先輩たちの闘争心を書き立てるような、それほど衝撃的な試合だったんですね、ちょっと怖いです。ちなみに一番メラメラしてたのは山田さんだったりするのはいうまでもありません。復帰戦では先輩たちとのシングルマッチよりも同期のなかでやる方が現実的て自然な感じですもんね、それをわかってるんだと思います。そうだ、復帰戦からリングネームを佐藤琴音にすることになりました。


そんなこんながありながら、体力的に大丈夫か、カンが鈍ってないか、体が思うように動くか様々な心配がありますが復帰戦が決まり、それに向けての練習に力が入ります。そして私が初勝利したこととケガで休んでたこともあって、秘密練習が自然消滅してしまいました。通常の練習以外に頑張ってた分なくなっちゃうのは寂しいですけどね。もし学校で運動部に入っていたら、夏の大会が終わって引退する時ってこんな感じなんだろうか、なんて思いながら夜の道場に向かっていきます。


「やあ晴子サン、やぱり来ましたデスネ。初めて勝ちましたね、おめでとうございますデスヨ」

何とジャスミンさんがリングでロープを使ってストレッチをしながら声をかけてくれました。ジャスミンさんも秘密練習で技を教えてもらったり一緒に汗を流しましたね。教えてもらったヨーロピアンアパカーっていうのはエルボースマッシュの事だったんですね、後で渡辺さんから教えてもらいました。

「あとデスネー、あちらをご覧下さいネー」と手を向けた方を見ると、何もありません。ん?どうしました?って聞こうと思ったら反対側からプシャーっと何かかけられ、いや、ちょっと!水浸しじゃない!

「晴ちゃんならここに来るかなーって思って待ってたのよ、初勝利おめでとう!」

工藤さんをはじめ、立野さんや山田さんが炭酸水のペットボトルをフリフリしながら近づいてきます。大変ありがたいんですけどちょっと手荒くありませんかね?堀田さんは1.5リットルのペットボトルを持ってますよ!その赤いラベルの黒いやつはやめませんか?それをかけられたらスカッと爽やかどころかべっとべとになっちゃいますよ?もったいないからやめましょうよ。と言っても1対5(途中からジャスミンさんも参加してきました)ではどう抵抗しても勝てるはずがなく、一方的にずぶ濡れなってしまいます。試合後はあんな感じで倒れてしまい、当分は安静にしないといけなかったから初勝利パーティー的なことができなかったのでずぶ濡れになったけど嬉しかったです。もうこの時を楽しんじゃおうって途中から開き直りました。堀田さんのペットボトルを奪い自分で頭から掛けた後に堀田さんにかけようとフリフリしたら炭酸が抜けてて掛けられなかったのには笑っちゃいましたけど。


この後始末が大変でした。道場でこれは騒ぎすぎでしたね、ずぶ濡れのまま掃除しながら反省しましたよ。ジャスミンさんも手伝ってくれて6人で綺麗にしたあと、みんなでゆっくりお風呂に入りました。


そして復帰戦は第一試合でタッグマッチです。松本さんと山田さんが組み、私は立野さんと組みます。結果は私が松本さんのジャーマン・スープレックス・ホールドで負けてしまいました。何というか、松本さんの気迫に押され、山田さんの容赦ない絞め技に体力を奪われて、立野さんがフォローしてくれたり奮闘してくれても開始15分くらいからは全然動けなくなってしまいました。練習では何とかなりそうとは思うくらい頑張ったんですけど、いざ試合となると違ってくるんですね。その試合を見ていた先輩たちからは「そうかー、復帰したばっかりだからしょうがないよね。早く体力が戻るといいね」みたいなニュアンスで言われたのは期待通りじゃなかったってことなんでしょうね、がっかりさせてしまったようです。


立野さんと山田さんからは「まあこんな事もあるわよ、次から頑張りましょう」と慰めてくれましたけど、これが今の私の実力なんでしょうね、改めて休んだ分を取り戻せるように練習を頑張ろうと思いました。


そこからまた少しして体力がケガをする前まで戻ったくらいの試合で、やっと、おじさんの力を借りずに自分の力だけで勝つことができたんですよ!あ、タッグマッチだったのでパートナーの協力があったんですけどね。

松本さんと宇野さん組対私と堀田さん組の試合の時でした。10分過ぎ、ずっと攻められっぱなしだった私が一発やり返してから堀田さんとタッチ。松本さんと宇野さんの同時攻撃をかわして逆に同士討ち誘って宇野さんを場外に排除すると私とツープラトンのショルダータックル、フットスタンプ、ブレーンバスターを連続攻撃!いつの間にかタッチが成立していたらしく試合の権利が私に。リング下の宇野さんの足止めをして私に決めさせようと指示が飛びます。それを感じた松本さんが一瞬の間に背後に回りジャーマン・スープレックスの体制!バックエルボーで体制を崩すと自分からロープに走り勢いをつけて、遠心力を意識しながら渾身のエルボー!そのままフォール!レフェリーのカウントが数えられるなか、早く早くと焦る気持ちで松本さんに体重を預け、首と右足を力一杯両手でロック!そして3カウントが入ったのをレフェリーが教えてくてたことで私の本当の初勝利を挙げることができたのでした。マットを叩き両手を上げて勝利の喜びを爆発させていると、何を今さら?みたいな目で見ている堀田さんとレフェリーに手をあげてもらえたことは、この先ずっと忘れることはないでしょう、それくらい嬉しいものでした。


気がつくと、外はすでに梅雨も明けて蝉の声もうるさいくらいの夏真っ盛りの季節になっていました。

次話は7月5日を予定しています

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