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第19話

松本さんとの対戦はまだまだ続いていきます。

新しい技を使った時はびっくりしてくれたのですが、2回目、3回目となると軽くいなされるような対処されているように感じてしまいます。そんなことが続いてきたので、それまで使っていなかったスクールボーイとヨーロピアンアパカーを織り交ぜて戦っていくようにしました。これも初めて使った時は驚いたようでしたが結果としては上手くいきませんでした。


それ以降はどうにもこうにも上手くいかない感じがします。これはチャンス!と思ったところに連続で技を出したり、いつもならスモールパッケージホールドのところを違う技にしてみたり、私なりに色々と攻撃パターンを変えたりしたんですが、技を受けた勢いを利用して逆に丸め込まれたり返されたりしてしまいます。そう簡単に覚えたての技が決まるとは思ってはいませんでしたがここまで効果がないと思っていませんでしたよ。


その後も同期の皆さん相談して作戦を練ってもらって、今の自分にできることで何とかしようと思っているのですが、先を読まれて何をしてくるかがわかってるように全てはじき返されてしまいます。松本さんとは3年の経験の差があるし元々レスリングをしていたこともあってか、どんなに頑張っても勝てそうかな?とも思えないくらいの実力差を感じてしまいます。これはもしかしてシングルマッチでは勝てないのかな?くらい思ってしまいます。


そんな弱気になっている時も試合が組まれますが勝てるはずもなく、前までは少しでも粘って何とかしようと思っていたのがすぐにギブアップや3カウントを取られて、試合時間も短くなってきてしまいます。少し前に新しい技を教えてもらってこれで勝てるかもしれない!ってワクワクしてたのが懐かしいですね。それでも懸命に声を出して応援してくれるお客さんには誠に申し訳ないのですが、そこまでしてくれなくてもいいんですよ、なんて思ってしまいます。




ゴールデンウィークが終わり、沖縄地方が梅雨入りしましたーなんていうニュースが流れてきたある日のことです。練習が終わり道場の掃除とか後片付けをしているところに上田さんからの呼び出しがあるということで事務所に向かいました。私、知らないところで何かやらかしちゃったかしら?


ノックをして事務所に入ると上田さんが何か書類仕事をしているようなのでしばらくそのまま待っていることにします。

「もうちょっとで終わるからそこに座って待っててね」

と言われてもなんか事務所って落ち着かないですね、遠慮してソファの端っこの方にちょこんと座って待つことにします。


「はいお待たせ、お疲れ様。練習後に急に呼び出しちゃってごめんね」

いえいえこちらこそ、この様子だと何かやらかしてはいなさそうです、よかった。


「それでなんだけど、秘密練習が始まった頃は良かったのに最近は勢いがなくなっちゃったように見えるんだけど、いったいどうしたのよ」

そこで私が思っていることや松本さんとの実力差がわかってどうにもならないっぽいことをを素直に話します。


「そうねー、やっとひな子にも超えられたくない相手ができて、今まで以上に練習に身が入るようになってきたからね。知ってる?あの子さぼり癖があったけどヘッドバットを出してからそれがなくなってきたのよ。あと口撃も少なくなってきてるでしょ?それと練習中はしきりに晴子を意識するようになったのよねえ」

そういえば立野さんも松本さんはさぼり癖があるって言ってましたけど、意識されてたなんて知りませんでした。


「それとは別にね、晴子がみんなに秘密で練習したいって聞いたとこは嬉しかったのよ?やっとその気になってくれたってね」

その気って言われても、半分は同期の皆さんに背中を押されてお尻を叩かれてっていうのもあったので自発的じゃない部分もあったりするのでなんともいえないんですけども。


「練習の経過がちょくちょく耳に入って来てたけど、なかなかハードなことやってたみたいね。その成果はどうなの?」

どうなのって言われてもですね、最初の頃は良かったんですけど試合の結果はいつも通り負けてますからね、成果は出てないと思います。


「それもそうか、でも少しは進歩してるんでしょ?時間はかかるかもしれないけどこのままいけば大丈夫だと思うわよ。それにしても晴子、あなたひな子に勝てないって思ってない?」

その言葉にドキッとしました。それは一生懸命に練習をしてきているけども格闘技経験がないから私だけなので、他の皆さんと違うって思ってましたし技術的にも精神的にもまだまだで、勝とうとしないんじゃなくて勝てる気がしないって最近そう思うようになってきたところです。


「うーん、私の見てきた印象ではそろそろ勝てそうな気がするのよねー。確かに経験やテクニックはひな子の方が上かもしれないけどそれ以外は互角か晴子の方が優ってるんじゃないかしらね」

まさか、そんな。


「あとはそうねー、気持ちの持ちようかしら。ひな子は晴子には絶対負けないって思ってるわね。じゃあ晴子はひな子に勝ちたいって思ってる?勝ちたいなーとか勝てそうかなーじゃなくて」

うわっ、私の気持ちをそんなところまで知られてるなんて。確かに勝てたらいいなーとか勝てるかもしれないって思ってましたね。


「その程度じゃダメよ?うまくいかなくて弱気になってるのはわかるけど。今はまだいいけど、うちのリングとお客さんは勝つ気のない選手には厳しいわよ?それに晴子が憧れていたキラキラした世界に入りたかったんでしょ?あそこは強い選手しか入れないのよ、それでもいいの?」

それはちょっと嫌かもしれません。せっかく憧れた世界の入り口に立ったばかりなのに、このままでは終わりたくないのが正直なところです。でも、ねえ。


『今日も頑張りましたって言えるようになりたいって』

え?何?

『いいから!すぐに!!』

「はい、あ、いえ。あの…試合の結果はともかく、とにかく頑張りましたって言えるようになりたいです」

「…まあいいでしょう。それならちょっと聞きたいことがあるんだけど、晴子は丸め込みに何か思い入れってあるの?」

そういえばないですね。堀田さんからのアドバイスで必殺技がない私が3カウントを取るにはそれが一番いいってことから教わったんですよね。


「じゃあそれはやめた方がいいんじゃないかしら。意表を突く以外に効果的じゃないわよ。逆にひな子の方がそういうの得意でしょうから」

そうですね、すぐに対応されて丸め込まれることが多かったです。今までは私より松本さんが得意なことで試合をしてたってことだったんですね。


「いろいろ考えてそういう戦い方をしてるんだろうけど、結果が出てない以上違う戦い方にしてみたらどうかしらね、もっとガムシャラに向かっていくとか」

大森さんに同じことを言われたことがありますね。


「まあ、悠はああいう性格だからね。それはともかく、体格差を活かしでなりふり構わず戦ってみたら?意外といい方向に行くかもしれないわね」

そうだといいんですけどね、でもそんなことしたらいくら鍛えてるとはいえ松本さんの体がどうにかなっちゃうかもって思っちゃいます。


「その考えは逆に失礼よ?負けたことがない後輩が実は遠慮してました、手を抜いてましたなんて聞いたらひな子がどんな風に思うか。そんなことで勝っても嬉しくないわよ。いい?勝負の世界なんだからリングに立てば先輩・後輩なんてないの。勝つことだけ考えて思いっきりぶつかって、受け止められたらひな子の勝ち、ダメなら晴子の勝ち、そういうものよ。それにうちでは新人に簡単に負けるほど優しい練習はさせてないんだけど?」

いいえ、そういうつもりじゃないんです。遠慮とは違うんだけど何て言えばいいのかな。あと上田さんを怒らせちゃったみたいです。黙ったままずっと私をみてますよ、うわー、どうしよう。


「まあ、それはそれとして。きっと晴子が優しすぎるのかもね。ここに入って来る前は何もしてきてないんだもんね。でもね、リングに立つと決めた以上は勝つためにはその優しさはいらないのよ?場合によっては相手の弱いところやケガをしてるところを攻めていかないといけないんだから」

それはわかってるんですけどね。相手のケガしてるところかー、攻撃できるかなー、きっとできないんだろうなー。



「いっそのことリングネームにしてみる?」

え?何ですか唐突に。でもリングネームってあれですよね、ジャイアントとかジャンボとかラッシャーとかのやつですよね。


「あのね、女の子にそんなの付けないわよ。普段の佐藤晴子が優しすぎるならリングの中だけ違う人になればいいのよ、そのためにはまずは名前から変えてみるの。簡単な自己暗示ね」

そう簡単に暗示がかかればいいんですけどね。でもリングネームですかー、ダンプとかブルとかクレーンとかかなー。


「そうよねー、やっぱり女の子っぽいのがいいわよね。できれば何か意味を持たせた方がいいかな。そう考えるとなると、うーん、ワルツにはワルツ、ジルバにはジルバ…風車の理論…風…———」


上田さんが熟考に入ってしまったようです。私のためにこんなことになってしまうなんて本当に申し訳ないです。


「打てば響くような太鼓…女の子に太鼓はねえ…三味線…琴…琴の音…あ、いいかも!琴音と書いて’ことね’ってどう?ね、決まり!これにしましょう!晴子はこれから琴音、佐藤琴音…苗字はあった方がいい?ない方がいい?」

ちょっと待ってください?いきなりそんな琴、あいやそんなこと急に決められても心の準備というものがですね、びっくりしちゃいますよ。


「我ながらいい名前だと思うわよ?女の子っぽいし相手の弾く力に合わせて音が大きくなったり小さくなったり、そこから相手に合わせて試合ができるように。それに琴線に触れるっていう慣用句には深い感動や共鳴を引き起こすことっていうのがあってね、晴子には応援してくれているお客さんに心を打つような、感動できるような試合ができるような選手になってもらいたいのよ」


そう言われると何だか嬉しいんですけど、負けっぱなしの新人がいきなり改名してもいいんですかね、お客さんや他の先輩たちがどう思うか心配ですし、今のままだと名前負けしそうなんですよね。


「即興で考えた割にはいい出来だと思うのよ。まあ明日から改名しろなんて言わないけど、心の中ではそう思って試合に励んでもらいたいの。それに晴子って特撮ヒーロー物好きだったでしょ、変身できるならしたいんじゃない?」

確かにリングネームとか必殺技という言葉に非常に惹かれるものがありますし使いたいとは思いますよ?でも私でいいんですか?

「ジャガーとかバイソンとかコングとかもあるわよ?」


…いつの間にか上田さんに華麗に丸め込まれちゃったようですが、私は次の試合から佐藤琴音として戦っていくことになりました。


次話は6月5日を予定しています

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