第18話
それからもう少し話し合いをした結果、ぶちかましと腕ひしぎ十字固めとスモールパッケージホールドは使っていいことになりました。これらの技は他の先輩たちも使ってるから(ぶちかましはショルダータックルと言い張るらしいと、松本さんに怪しまれてもわかりにくいんじゃないか、でも他の技はバレないようにと。それとシミュレーションの結果、実際に使えるか実戦で試してみるのが目的らしいです。練習と実戦ではやはりいろいろと違うみたいです。
そんなことがあってか、練習中にチラチラと松本さんの視線があるような、ないような。私の自意識が過剰になってるだけならいいんですけどね。秘密にしてるのって意外と神経を使うものなんですね。
同期の皆さんの協力のおかげか試合時間が長くなっていくたびに松本さんの攻撃がだんだんとキツくなって、その度に試合時間が短くなってくるのを考えると、もしかして今まで松本さんは全然本気で試合をしてなかったのかな?勝つというよりも本気を出させたる方がいいんじゃないか?いやいや、本気を出す前に勝つほうがいいのか?待って、プロレスは相手の力を出させてその上で勝つのがいいでしょ、でもそれは実力がある選手がすることで私ごときができることじゃない?丸め込みも教わったし不意をついてなりふり構わず戦った方がいいんじゃないか?何が良くで何がダメで、どうすればいいのか頭の中がごちゃごちゃに無限ループに陥りそうになっちゃいそうです。
そんなことに悩みながらも練習と試合と商店街のお手伝いを繰り返していくと、いつの間にか昼と夜の時間がほぼ同じになりウグイスがホーホケ…ッケッ...とさえずりの練習が聞こえてくる季節になりました。
新しく覚えた技が練習中だと使えるようになってきたかな?というタイミングで松本さんとの対戦が増えてきました。今までは一週間(土・日、あれば祝日)のうちの一日だけだったのが、シングルマッチでもタッグマッチでも毎回試合が組まれるようになってきたんですよ。これってもしかして早く松本さんに勝っちゃいなさいよ!という上田さんからの期待なのでしょうか、チャンスを与えられたと思った方がいいのでしょうか。でも、今の私にはプレッシャーの方が強かったりするんですよ。立野さんや山田さん、工藤さんも上の先輩たちにだんだんと勝てるようになってきたり、堀田さんも宇野さんといい試合ができるようになったり同期の皆さんがそれぞれ上り調子なのに私だけ置いてきぼり状態に焦っているのかもしれません。上田さんはいつも焦らずしっかりと、と言われていますが皆さんの活躍を目の当たりにしていると焦らずにいられなくなってしまいます。
気を取り直しまして。どのタイミングでどの技を出せばいいかを考えながらスパーリングや試合をしているのですが、これが思った以上に疲れるんですよ。体を動かしながら頭を使うのがこんなに大変だったなんて。ちょっと考えてると動きが鈍くなって相手に捕まっちゃうし、考えなしに動くと練習通りの動きしかできないし。他の先輩たちや同期の皆さんはこんなこと普通にできてるのかと思うと初勝利までの道は果てしないなーと思っちゃいます。
それでもめげずに松本さんの動きを観察しつつこの時にはこの技!みたいなのを考えながら試合をしていたある日、松本さん・大森さん組対私と萩原さん組のタッグマッチの試合後のことでした。
「あんたさー、ホントにやる気あるの?何がしたいかわからないんだけど!新人なら新人らしく先のこと考えないでもっとガンガン来なさいよ!そんなんじゃいつまでたっても勝てないわよ?もっとしっかり試合に集中なさいよ!」
大森さんに言われてしまいました。勝つためにいろいろ考えて試合をしていたのが消極的に見えてしまったようで、大森さんにはそれが許せないみたいです。そう言われても仕方がないのですが、松本さんも近くにいるのに本当のことは言えません。
「まあまあ、この子なりに何か考えがあるか芹香さんからの課題があってのことなんじゃないの?」
萩原さんが軽くフォローしてくれましたがまだ納得していないそぶりです。「そういうことなら仕方ないけどもっとやる気を見せなさいよね」と言って控え室に向かって行きました。
萩原さんにお礼とスミマセンと謝って私たちも反対側の控え室に移動します。すると、私の肩を抱きながら小さな声で、
「ショウ子さんからちょっとだけ聞いたんだけど、同期で何か面白そうなこと企んでるんだって?あ、大丈夫よ、このことはショウ子さんと芹香先生と私の3人しか知らないから。今は大変かもしれないけど、あなたたちのやっていることは決して間違ってないわよ、しっかりやりなさいね」
と励ましの言葉をいただきました。嬉しかったけど内緒だった秘密練習のことが知られてしまったのは何だか恥ずかしいですね。でももっと頑張って、いずれは、使いうちに、もう少しくらいで勝てるようにならなければなあと思いました。
そこからまたしばらくしたある日、今日は松本さんとシングルマッチです。立野さんとのスパーリングを続けていると、自然とロックアップをせずに試合が始まります。松本さんはそれに対応してきています。
バックの取り合いから腕の取り合いをしていくと、松本さんのペースに巻き込まれずに落ち着いて対処できるようになったみたいです。あら、私ってもしかして上手くなったかしら?
松本さんの方から一旦距離を取り、今度はロックアップ。力づくでロープまで押されてブレイク、離れぎわにチョップを胸元に受けます。
今度はロックアップからハンマーロックへ。首に手を回され体を入れ替えられるとヘッドロック、ヘッドロックホイップで投げられて袈裟固めにかけられるもヘッドシザースで返してすぐに立ち上がります。この動きもスムーズにできるようになってきましたね。
そこからまたロックアップ、私がヘッドロックをかけるとすぐにロープへ投げられ、返ってきたところでショルダータックル。倒れた私はすぐに起き上がり松本さんの足元に飛び込むとそれをジャンプして反対側のロープへ走り、返ってきたところでドロップキックを受ける!ストンピングされてから髪の毛を掴まれて強引に立たされるとボディスラム!そして口撃タイムに。これまでに何度もどっ素人ヤロー!と言われてきてるとさすがにカチンと来てしまいますね。ここで私の切り札のひとつを出しちゃおう!
マイクを離し私に近づてきたところでスモールパッケージホールド!これは堀田さんからのアドバイスで、「口撃のあとは余裕を持って近づいてくるはずだから、その時に狙ってみたら?」と言われていたので実践で試してみることにします。のっしのっしと何も警戒することなくやってきます。私の髪の毛を掴むタイミングで首に手をかけてクルッと!
「ワン、ツー、s」
カウント2とちょっとで返されてしまいましたが、フォールを取られた松本さんはかなりびっくりした様子だったので上手くいったんじゃないでしょうか。結局12分くらいで負けてしまいましたが、なかなかいいタイミングだったと思います。
別の日、今回は腕ひしぎ十字固めを試してみようと様子を見ながら試合をしていきます。試合開始直後の腕の取り合いではタイミングが合わずにできませんでした。
そろそろ10分が経過しようというところで松本さんが私の後ろに回り込みコブラツイストをかけてきます。体格差もあってか上手く技が決まらなかったでそのままヒップトス!そして十字固め!腕を取ってから技をかけるまでに時間がかかってしまったので松本さんは自分の腕を掴んでガードしています。何とか腕を伸ばそうと体を揺らしてみますがなかなか技がかかりません。
そのうち私が体を揺らしている反動を利用して立ち上がり、腕を掴んだままの状態で私に覆いかぶさってきました。
「フォール!ワン、ツー、スリー!」
丸め込みの練習をしていたのに私の方が丸め込まれてしまいました。ボーッとしている私を無視して勝ち名乗りを上げてからリングを降りていく松本さん。これが何があっても対応できるっていうやつなんでしょうか、もう少しと思っていましたがまだまだなようです。
また別の日、試合や練習で新しく覚えた技を何度も使っていくと、私としてはまあまあ使えるようになってきたんじゃないか?と思えてきたので、ぶちかましを試してみたくなってきました。でも、できれば普通のショルダータックルのタイミング以外で使ってみたいという、今までの自分では考えられない欲が出たと言いましょうか、スケベ心が湧いちゃったと言いましょうか、そんなことを考えちゃったんですよね。そんなこと考えてる暇があったらできる時にやっちゃいなさいよって思われるかもしれないですけど。
しかし、とうとうその時がやってきました!松本さんをロープに投げようとした時、汗で手が滑って投げられなくて体制を崩してマットに手をついちゃったんですよ。そこで何とかしなきゃって思っていたら自然にぶちかましが出せました!これが俗にいうケガの功名ってやつなんでしょうか。体制を低くしたまま松本さんに向かって突進!
体がぶつかる瞬間に手を伸ばしてダーっと行っても手応えがありません。あれっと思ったらリープフロックのように飛び越えられてしまいました!
そこからは松本さんにペースを握られてあえなく負けてしまいました。あー、上手くいくと思ったんですけどね、なんかダメですね。
そんな風に試合を続けていくと、お客さんからは新しい技にチャレンジしたり失敗してもすぐに取り戻そうとする姿勢が良かったようで、より一層応援をしてくれるようになってきました。でもそうじゃないんですよね、私のしたいこととお客さんから見えることってそんなに違うんですね。
秘密練習の時はあんなに勝てそうだと思っていたのがすっかりなくなっちゃいました。
そんなの聞いてないよー!
って気軽に使いづらくなっちゃいましたね
謹んで上島竜兵さんのご冥福をお祈りいたします
次話は5月25日を予定しています