第15話
次の日は山田さんが主体となって練習を進めてくれるそうです。
準備運動をしてから背中や腰を鍛えるトレーニングを終えてちょっと休憩した後、そろそろ練習を再開しようとしているのに山田さんの姿が見えません。どうしたのかなーと思っていたら、何と柔道着で登場してきました。ところどころ擦り切れたり色が褪せていたり、かなり使い込まれた様子は歴戦の激しさが見てとれます。これを着てずっと戦ってこられたと思うと何か風格さえ感じさせます。さらに腰に巻かれた黒い帯は繊維がほつれて半分くらい白くなってるじゃないですか。結んだり解いたりを何回すればそんな風になるんでしょうか。
「それでは皆さん、こちらをご用意しましたのでトレーニングウェアの上から着てみてください」
と道着の上と帯を渡されました。生地は見た目と違ってゴワゴワしていなく、そんなに重くないんですね。でもどうやって着たらいいんでしょうか。
「では袖を通したら右側を下に左側を上になるように重ねます。それができたら帯を前から後ろに回して前に持ってきて中央で固結びをすれば出来上がりです。いかがですか?」
山田さんに教わりながら道着を着ていきます。生地が厚いわりには柔らかいんですね。わざわざ今日のために用意してくれたんですかね、帯を結ぶと何だか背筋がシャキッとします。でも道着ってそれなりにお高いんじゃないでしょうかね。
「今日は少しだけ柔道っぽいことをします。やったことがある人もない人も、柔道というものがどういったものなのか感じでくださいね」
へえー、道着ってこんな感じなのか。何だかワクワクしてきます。おっと、ちゃんと説明を聞いておかないと。
「今日は抑え込み20秒か関節技、絞め技でギブアップ、まいったとなったら一本ということにしましょう。一本にならないと言っても投げ技も使いますからね。投げ技で一本になってしまうとすぐに終わってしまいますから。では審判は立野さんにお願いしますね」
柔道ってテレビで見ただけの知識しかないのに大丈夫かしら?とりあえずやってみないことには始まりませんね。立野さんに呼ばれてリングに入ります。
「それでは、山田綾と佐藤晴子の対戦です。お互いに礼!」
え?あ、そうか。柔道だから礼儀も大切なんですね、慌てて山田さんに向かって礼をします。
「始め!」「イヤァ!」
山田さんの気合のこもった掛け声にびっくりして立ちすくんでしまいます。そこに手が伸びて襟元を捕まえると「小外刈りから背負い投げ」とつぶやくではありませんか。え?という間もなく足が引っかかったと思うとふわっと体が浮いてドスッとマットに叩きつけられてしまいます。え?ええ?いつの間にか袈裟固めを極められています。そうだ、20秒このままだと一本取られちゃう!ドタドタと足を振り上げて逃れようとしますが…
「それまで!」立野さんの声で技が解かれて試合終了となります。
「何か不思議そうな顔をしてるけどどういう風に投げられたかわかりました?」
山田さんに言われましたがさっぱりわからなかったです。
その後に説明を受けたのですが、簡単にいえば小外刈りで体の重心を崩してから背負い投げをしたそうです。それだけじゃ全然わかりませんがそれ以外の説明方法がわかりませんよ。大事なのは投げ技に入る前に相手の重心を崩し、反動を利用して技を掛けるのがいいそうです。
「これができるようになると、多少の体重差なんて関係なくなるんですよ」
本当なら凄いことなんでしょうけどね、でも山田さんだからなー、できちゃうんだろうなー。
「次は工藤さん、お願いします」
お互いに礼をして試合が始まります。さっきの山田さんの発言が本当なら工藤さんも投げられると思うんですよね。
襟を掴んですぐに背負い投げの体制になり、投げられなかったのですぐに元の状態に戻ると片方の手で工藤さんの足を掴み、そのまま押し倒してしまいます!そこからフォールを取るように覆いかぶさり暴れたところを腕を捕まえて十字固めでギブアップで一本勝ちです。
工藤さんはお相撲の経験者だから足腰はしっかり鍛えてるはずだし体重も山田さんより何キロも重いのに、背負い投げではなかったんですけど簡単に倒してしまいました。
「佐藤さん、もう一試合しますよ」
工藤さんとの対戦を見た後なので尻込んでしまいますがそうも言ってられません。とにかく今回は足払いみたいなのを気をつけてみましょうか。
襟を掴み合いながら足元に気をつけて見ていると上半身を急に引っ張られ、すぐに押されて、また引っ張られたかと思ったらクルッと一回転して背中をマットに打ち付けられました。そこから袈裟固め、無意識にヘッドシザースで返そうとしたら顔の上に山田さんのお腹が乗っかってきて腕をがっちりと押さえられてしまいます。息もできないし何をしても動けなくなってそのまま時間がきてしまいました。
「足ばかり見ててもダメですよ。集中しないで全体をぼんやり見るくらいにしておかないといけませんね」
足を引っ掛けられたから次は気をつけていたんですけどダメだったみたいです。
「よし、次は私ね。山田さんに合わせて柔道をしようとするからダメなのよ。ルチャの技で一本極めて見せるから、まあ見てなさいよ」
堀田さんが張り切ってリングに入ってきたので交代します。礼をした後「やあ!」っと掛け声を出した山田さんを中心にリズミカルに回りながら機会を伺っています。山田さんは上半身を動かしながら右に左に軽くステップを踏んでいくと、いつの間にか堀田さんはコーナーに追い込まれてしまいました。焦った堀田さんは、それでも捕まらないようになんとかしていましたが、あっけなく掴まれると投げられて押さえ込まれてしまいました。あれ?この光景、どこかで見たような気がしますが、これってデジャブってやつですか?
その後も山田さんとの対戦が続いていきますが、いくら全体をぼんやり見ててもすっと掴まれてふわっと投げられてドスッと倒されてしまいます。しかも今回は私も工藤さんも堀田さんも同じ背負い投げて投げちゃうんですよ?身長も体重も動き方も違うはずなのに、なんでそんなことができるんでしょうか。あ、でも、工藤さんを背負い投げした時は「うんしょっ」ってかわいらしい声が聞こえましたけど、やってることはとんでもないことですよね。
今まで投げられた原因を考えると、多分ですけど襟を掴まれなかったら大丈夫かな?そう思って襟元を隠すように縮こまって逃げ回ってましたが、すぐに腕を掴まれて左右に揺さぶられ、倒れないようにバランスを取ろうと手を広げたところを掴まれて投げられてしまいます。やっぱり無理だったか。
「さっきまで投げられっぱなしだったけど今回はそうはいかないわよ!背負い投げだか何だか知らないけどもう投げられないんだから!」
と前向きで挑戦的なことを言いながら堀田さんがリングに入ってきましたが、しばらくすると「あ〜れ〜〜〜?」みたいな声とともに綺麗な背負い投げが決まりました。そのまま押さえ込まれて負けてしまい肩を落としながらトボトボとリングから外に出て私と交代します。
一通りのスパーリングが終わった後に「この時はこういう入り方をして腰に乗せるように」とか「ここを抑えてテコの原理を使うと極められますよ」などと、いろいろとレクチャーをしていただいきました。
そんな感じで何日間かレスリングや柔道みたいなスパーリングを何日か続けていき、明日・明後日は試合があるのでお休みです。私のためにこういう時間を作ってくれたのはとてもありがたいのですが、この練習はどういうことなのかというのをもう少しわかりやすく説明して欲しかったなーって思いました。でもそんな練習に工藤さんも堀田さんも文句を言わずに一緒に付き合ってくれているのには感謝しかないですね。
…もしかしてわかってないのって私だけだったりするんですかね?
頚椎損傷って聞くとどうも最悪な事態を想像してしまい不安でなりませんが、手術は無事に成功したそうです
大谷晋二郎選手の早い復帰を心よりお祈りしています
次話は4月25日を予定しています