学園祭
wishの活躍は直ちに教会財政向上に結びついたとは言えないが、出席者数は確実に伸びていった。何よりも新しいメンバー、若い世代が加えられたことにより、教会全体に生き生きとした空気が流れ始めた。無論それは古株との衝突を生み出すことにもなったが、それは成長というものには欠かせない通過点でもある。
練習が一息ついた時、結衣がこんな提案をした。
「ねえ、私たち、教会の外でも活動してみませんか?」
しかしこれに忠司は訝しむ。
「いや、俺たちもうストリートライブもチャリティーコンサートもやってるだろ」
「うん。そうだけど、それで終わりじゃなくてこれからも継続的にやっていった方が外部の人を呼び込めていいと思うの」
「具体案あんのか?」
「そろそろ学園祭シーズンじゃない? 皆さんの学校ではどうですか?」
「言い出しっぺの結衣の学校はどうなんだよ」
「ごめんね……ウチはほら、音大附属だからステージの競争率半端ないの。まず部外者の参加は無理ね」
「文明大の方は……KGKの人たちに協力してもらえれば何とかなるかな」
「俺の高校……聖僕学園はどうだろうな。まあ一度聞いてみるよ」
そうして紫穂と忠司がそれぞれ聞いてみた結果、文明大の方は既に空きがなく、聖僕学園の方は15分の枠を確保出来た。
「文明大の方、確保出来なくてごめんね。そのかわり大学で大々的に宣伝させてもらうわ」
紫穂はその言葉の通りに、KGKの協力も得て学内でチラシ配りをした。またジャズバー・バスウッドの案内板にも聖僕学園祭でのwish公演のチラシを貼らせてもらった。その宣伝効果もあって、聖僕学園祭当日、wishの番が近づくと大勢の人が押し寄せ、体育館は一杯になった。紫穂は久々に高校という場所に来て感慨深げに言った。
「体育館の響きって独特よね。音を聞くだけで何か青春してるって感じ」
「何ですか、それは」
忠司は紫穂の発言に軽く笑って応えると、外の空気を吸いに体育館から出た。するとそこには粂沢たちがいた。
「……ったく、またお前らかよ」
「おいおい、『また』はないだろ。お前の下手くそな歌を聴きに来てやったんだぜ。有り難く思えよな」
「本番中はジャマすんなよ」
「おう、終わってから思い切りからかってやる」
体育館に戻ってきた忠司が若干ご機嫌斜めだったので、結衣が問いかけた。
「どうしたの? 外で何かあったの?」
「いや、何でもない」
忠司が戻り、コーラス隊も含めてメンバー全員が揃ったところで篤義が言った。
「じゃ、そろそろスタンバイするか」
そしてそれぞれポジションにつき、緞帳が上がると紫穂がカウントし、「ザ・グレート・アドベンチャー」が始まった。ロック調のこの曲で出だしからノリノリである。あまりの盛況に体育館の周りにいた者たちも集まり、もはや入りきれない状況となって会場の外で耳を澄まして聞いている者もいた。
ラストは「オー・ハッピー・デイ」にしようかという当初案であったが、結衣が「学園祭ならバラードで締めくくるのがいいかも」と言ったので、結局キョンシクのテープに入っていたマイケル・W・スミスの「アイ・ウィル・ビー・ヒア・フォー・ユー」に決定した。ちなみにこの曲は後に槇原敬之がカヴァーアルバムに採用している。
「それでは、最後の曲となりましたが、みなさんへのメッセージを込めて歌います。『アイ・ウィル・ビー・ヒア・フォー・ユー』」
結衣は思いを込めて歌い上げた。
──光が感じられず、夢が失われた時……わたしをあなたの世界に迎えなさい。わたしはあなたとともにいる。必要は満たされ、わたしはあなたの暗闇の光となろう──
歌が大好きで、歌こそが光で、歌い手になることが夢で……でもそれが見えなくなった時、私は暗闇に入った。暗闇でもがき、もがき、もがき続けた。そんな暗闇の中で光となって下さったイエス・キリスト……そしてそれを歌うゴスペル。私の人生は変わった。もしかしたら、みんなの中にも私のように暗闇でもがいている人はいるかしら? そうだとしたら知って欲しい。あなたの暗闇を照らす光があるということを!
そんな結衣の心のメッセージが届いたのか否か、聴取の中には涙を流す者もいた。その一人は……あの忠司の天敵・粂沢たちであった。ステージが終わり、後片付けを終えた忠司の前に粂沢たちがやって来た。
「なんだ……本当にからかいに来たのかよ。だけど生憎だけどな、今回ばかしは俺もちょっと自信があるぜ。何言われたって動じないぞ」
忠司がそう言うと、粂沢は何も言わずにじっと相手を見た。そして、次の瞬間、忠司に近寄ったかと思うと両手で忠司の手を握り締めた。
「うわっ、何だよ、気持ち悪りぃ!」
「小崎、今までの数々の無礼、本当に悪かった!」
「え……? いや、別にいいけど……っていうか、お互い様だし」
「それで……小崎! 俺を弟子にしてくれ!」
「はぁ? 弟子?」
粂沢のあまりにも突拍子のない申し出に、忠司は完全に面食らった。弟子って、俺から一体何を学びたいと言うのか……忠司は訳が分からなかったが、これでどうやらチョッカイかけられることは無さそうだと思い、少しホッとした。
†
聖僕学園祭は閉会式での黛学園長の挨拶で締めくくられた。
「私が皆さんの顔を見るのはこれで最後になります。この数日間は皆さんの豊かな創造力の結晶を楽しませていただきました。長い教育生活の褒美としてこれ以上のものはありません。皆さんの中には、自分はワルでどうしようもないと思っている人もいるかもしれません。何、私だって若い頃は皆さんに負けないくらいワルでしたよ。いや、今も、ですかね。でも人様に迷惑かけないようにってそればかり考えて小さくなるのはどうでしょう。あえて言いますよ。厄介者と言われたり、はみ出し者と言われたりすることを恐れてはいけません。思う存分やっていっぱい怒られたらいいんです。原石はそうして磨かれて照り輝くようになるのです。どうか皆さん、素敵な宝石となって輝いて下さい」
黛はそう言い終えて深々と頭を下げ、生徒たちは盛大な拍手を送った。閉会式が終わると、忠司は黛を探し回った。そして校門付近でハイヤーに乗り込む黛を見つけ、駆け寄って行った。
「黛先生!」
「ああ、小崎君か」
「どうして……どうして俺なんかのために……!」
「私がやりたくてやったことだよ。小崎君、私は君と出会って本当に良かった。これからも精進して立派な大人になってくれよ」
黛はそう言い残して扉を閉め、車を走らせた。忠司は涙ぐみながら車が去って行くのをいつまでも見送った。
†
年が明けて早くも春となった。wishメンバー、そして深崎恭子は空港に来ていた……韓国へ旅立つ結衣を見送るために。
「結衣、元気でね」
「辛い物ばっか食べて体壊すなよ」
「ちょっとみんな、春休みを利用して旅行に行くだけなのに大袈裟なのよ!」
結衣は膨れ面になって言った。
結衣は兵役で韓国にいるキョンシクと度々手紙のやり取りをしていた。最初はwishの近況を伝えるつもりで始めた文通だったが、やがて惹かれ合うようになり、結衣も好意を持つようになったが、キョンシクの方から気持ちを伝えてきた。
──兵役が終わったら、結婚前提で交際して欲しい──
結衣は嬉しくなり、自分も同じ気持ちだと返事した。それで互いに気持ちが抑えきれず、会ってみようということになった。軍隊生活は厳しいが、恋人との逢瀬には案外寛容なのだとのこと。ただし軍服着用のままであるが……。
「キョンシクさんによろしくな」
「はい。それじゃ、行ってきます!」
そうして結衣は仁川国際空港へ向けて飛び立った。飛行機が小さくなって見えなくなった時、篤義が言った。
「ちょっと寂しくなるな……景気づけに今度、みんなでバスウッドに行こうか。明日、ちょうど曽我昌弘トリオのライブがあるんだ」
「うわあ、行きたい!」
恭子が嬉々として言うと、紫穂が慌てて言った。
「そ、その日、私は都合悪いからみんなだけで行って!」
「ええ? 残念だなぁ。星林檎のドラム、凄く良いから参考になると思うんだけど……」
篤義がそう言うと、紫穂は可哀想なくらい慌てふためいた顔になった。その横顔を見ながら、忠司は何も言わずに含み笑いを浮かべていた。
終




