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俺たちにラブソングを  作者: 東 空塔
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幸いな日

「オー・ハッピー・ディ」の翻訳作業に取りかかったwishメンバーたちであったが、まず歌のタイトルでもありキーワードとなる「Oh happy day」の訳語で既に立往生していた。


「幸福な日」

「……堅苦しい」

「しあわせな日」

「……ダサい」

「いい日だな」

「……風呂か」

「ついてた日」

「……あり得ない」


 そのように互いに発案とダメ出しを繰り返し、堂々巡りとなっていた。そうして辿りついたワードは……。


「幸いな日」


「まあ、これくらいでしょうかね……」

「少し宗教臭さもあるけど、もともと宗教音楽だもんね」

「『おお、幸いな日』とか『幸いな日よ』みたいにしてもいいんじゃない?」

「そうだね。とりあえずその三つを候補にして先に進めて行こうか。原詞は『イエスが洗った時』が三回繰り返され『彼は私の罪を洗い去った』が来る。これをメロディーに合うように言葉を紡いでいこう」


 そうしてその部分に関しては二通りの候補が出来上がった。


──主イエスが・我が身の・罪咎つみとがを・洗いたもう日──


──主イエスは・その日に・我が罪を・洗い去った──


「前者の方がまとまりはあるけど、後者の方が若者にはわかりやすいかな」


 紫穂が両者を見比べながら言うと、結衣がひとつの提案をした。


「若者の意見ということであれば……あの子たちに聞いてみませんか?」

「あの子たち?」


 ……というわけで、wishメンバーたちは平岡家に押しかけた。そして真菜の友人……緋糸良子たちも呼んでいた。彼女たち中学生の意見も聞こうというわけである。


「それじゃ、二通り歌ってみるね」


 楽器は忠司のギターオンリーで、篤義と紫穂はコーラスに回った。真菜たちは真剣な眼差しで聴いていたが、二回歌い終わると、良子が意見を述べた。


「あの、『幸いな日』と訳されているところなんですけど、そのまま『オー・ハッピー・デイ』でいいんじゃないでしょうか。中学生以上でこの意味がわからないという人は少ないと思います」

「そうだね、ここ日本語にしてしまうとダサいかも」


 ……と一人が良子の意見に同意を示すと、真菜の友人たちはうんうんと言い合った。それを見て紫穂が言った。


「わかった。もう一度ここを『オー・ハッピー・デイ』のままで歌ってみるわ」


 そうして改めて二回歌った結果、「主イエスはその日に我が罪を洗い去った」の歌詞が良いということになった。そしてその先の歌詞も真菜たちの意見を元に修正を加え、何とか訳詞が出来上がった。


「それじゃ、みんな協力してくれてありがとう!」


 篤義がそう言って帰ろうとすると、良子が引き止めるようにして言った。


「あの、この曲ってコーラスが必要ですよね? もしよろしければ、私たちにコーラスさせてもらえないでしょうか?」


 突然の申し出にwishメンバーが呆気に取られていると、他の友人たちも立ち上がって頭を下げて言った。


「どうか、私たちにコーラスさせて下さい! お願いします!」


 切実に申し出てくる彼女たちに向かって篤義が言った。


「ありがとう。喜んでコーラスを君たちにお願いしよう。ただ、僕らも遊びや趣味ではないから、真剣に頼むよ!」

「はい!」


 こうして予想外の出来事ではあるが、平岡真菜、緋糸良子、津田裕美、葛西陽子の四名がwishのバックコーラスメンバーとして参加する運びとなった。


 彼女たちの指導には結衣が当たった。結衣は中学時代、合唱部の部長を務めた経験があり、それが今回のコーラス指導に大いに生かされることとなった。特にプライドが高く負けん気が強い緋糸良子の対応には、常人であれば手を焼くところを上手に捌いた。


(何だか合唱部を思い出しちゃう。懐かしいな)


 結衣が中学合唱部の部長をしていた頃、中山峰子という負けん気の強い二年生の後輩がいた。当時練習していた曲のある部分で完全5度跳躍するところがあったのだか、中山はいつも上がり切れずに少し音が下がっていた。


「中山さん、ここのところいつも低くなるから気をつけて」


 結衣が注意すると、中山は決まって口答えした。


「先輩たちの方が高すぎるんじゃないですか。私は幼少の頃からヴァイオリンやっていますから、先輩たちよりも耳はいい筈ですよ」

「(カチン)……とにかく、今あなたが低かったのは確かだから次は気をつけなさい」


 このような調子で、結衣は毎度生意気な中山の対応に苦労していた。そんなある日、結衣は深崎恭子に胸の内を明かした。


「中山さんて、ホント自信過剰っていうか、どうしてああ突っかかってくるのかしら。あの子の相手するだけでどっと疲れちゃう……」

「ああいう子はね、本当は自信がないのよ。だから背伸びしたり強がってみせたりするわけ」

「じゃあ、どうしたらいいのよ……」

「自信がない子はね、自分以外に誇りを持てる存在を求めていたりもするものよ。通っている学校とか、強い部活とかね。そこに誇れるものに属しているという意識が低い自尊心を満たしてくれる。だから結衣が中山さんにとって誇れる先輩になればいい」

「そんな、どうやって……」

「歌に関して言えば実力は充分。あとはどれだけ生意気言われてもドンと構えて動じないことよ」

「無理無理、私、顔に出ちゃうほうだから」

「顔だけなら練習で何とかなるわ。いい、生意気言われたら『私は凄い』と自分に言い聞かせながら笑顔をキープよ。やってみようよ!」


 その日からしばらく恭子と結衣のロールプレイング練習が続いた。恭子が中山の口調をシミュレーションし、結衣が受け応える。初めの内こそカッとなってしまうこともあったが、徐々に顔だけは平静を保つことができるようになり、ついにはどんな罵詈雑言にも動じない器の大きさを完璧に演じられるようになった。


「やったじゃん、これで中山さん対策はバッチリよ」

「うまくいくかな……」


 そして、合唱部練習中、また中山と衝突した。結衣は懸命に練習通りに冷静に対応……出来なかった。逆にブチ切れてしまい、他の三年生たちに取り押さえられる始末。


 ……当時のことを思い出す度に結衣は吹き出してしまう。


(色々もがいていたけど、中山さんも気がつけばちゃんと言うこと聞くようになっていたな……)


 結衣がそうしてノスタルジーに耽っていると、突然良子の声が耳に入ってきた。


「あのー、聞いてますか?」

「え?」

「結衣さんが指摘したところ、私はこのままでいいと思うんですけど」

「ああ、ゴメン、ボーッとしてたわ。そうね、良子ちゃんも思うところはあるかもしれないけど時間も限られているし、今は私の言う通りにやってみてくれるかな。後でちゃんと時間取るから、意見ならその時に聞くわね」

「……わかりました」


 終始落ち着いてにこやかに話す結衣に、良子は楯突くのをやめ、徐々に素直に結衣の指摘を受け入れるようになっていった。

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