コーラス
あわや脱退かと思われた忠司も結局続けることが可能となり、ワーシップチームwishは順調に滑り出した。北海道南西地震支援チャリティーコンサートの協賛者欄には桜ヶ丘キリスト教会の名前も載せてあった。そのことが良い宣伝となり、wishを聞きに来る人々が大勢教会に押し寄せた。
しかし、その兆候を五輪紫穂は危ういと感じていた。矢口家でのミーティング中に紫穂は胸中を明かした。
「ブームははいつか過ぎ去るものよ。今の内に本物にしていく必要があると思う」
「俺たちはまだニセモノだってことですか?」
「そうじゃないけど、私たちのスタイルが少し問題ね。今、日本ではゴスペルが密かなブームとなって定着しつつあると思うの」
「それなら俺たちにとっては好都合なんじゃ……」
「問題は私たちの演奏スタイルが巷のゴスペルファンのイメージするところとかけ離れていることよ」
それに篤義が質問する。
「巷のゴスペルのイメージとは?」
「そうね。本当に昔々の元祖ゴスペルとも言うべきものよ。すなわちメインボーカルとコーラスの掛け合いというスタイルね」
すると今度は結衣が訊ねた。
「それと聖歌隊とどう違うんですか?」
「基本的に違いはないけど、ゴスペルではコーラスが伴奏となるリズムを作り出しているのが特長ね。そういうのは昔からあったけど確立させたのソウル・スターラーズあたりかな」
「ソウル・スターラーズって言うと、かつてサム・クックがメインボーカルを務めたゴスペルグループだよね」
篤義がそう言うと、紫穂は頷いて話を続けた。
「そう。サム・クックは脱退後人気が出てソウル・ミュージックの父なんて異名を持つようになったけど、ゴスペル界じゃ世俗に寝返った堕天使扱いよ。まあともかく、論より証拠。ここにソウル・スターラーズの比較的古い録音のCDがあるから、聴いてみて」
紫穂はそのCDを再生してみた。かなり雑音が混ざり、音質も良くはなかった。しかしソウルフルな迫力は充分感じられた。
「へぇ、こういうの初めてだけど、何だか音楽の原型みたいなものを感じるわ」
結衣が感心していると、忠司も驚きを伴って言った。
「このコーラスって、ロックンロールやブギウギのバッキングパターンとそっくりだな……」
「うん、多分ブギウギのバッキングはこの辺がルーツなんじゃないかしら。後になるともう少しゴスペルクワイヤ的な方向に進んでいるけど、いずれにせよゴスペルはやはりコーラス命という面があるわ」
篤義が考え込むように言った。
「そうか。しかし今のメンバーだけでコーラスっていうのは苦しいから、コーラス隊を募集する必要があるな」
「聖歌隊のメンバーに声かけすれば?」
忠司がそう提案すると他の三人は「無理無理」と声を揃えて否定した。
総会での承認以来、wishは聖歌隊と交互に礼拝中に賛美するようになった。しかしwishに期待して来た人たちは聖歌隊が賛美すると途中で帰ってしまうというハプニングが続いた。それを面白く思わない聖歌隊員たちはwishの出番になると出て行ってしまうという行為を繰り返した。こうしてwish及びそのファンと聖歌隊の間の軋轢は広がるばかりであった。
「しかし大人気ない人たちですね……」
忠司がそう言うと、篤義が諭して言った。
「それは仕方ないよ。僕らがやっていることは彼らが長年ダメなことだと教わってきたことだからね。それを忠実に守ってきたのに、そのことは評価されず、手のひら返したように『やっぱり良いことでした』なんて言われれば誰だって面白くないさ」
「そうすると外部から集めるしかないですね。私、同級生や中学の合唱部時代の友達にも声かけてみます」
「ああ、矢口さんがそうしてくれると助かるよ」
しかし矢口の同級生たちは既にどこかの合唱団に所属していて、wishと掛け持ちするのは難しいとのことだった。中学時代の友人で現在も歌を続けている者はやはり同様の理由で断られた。
「そうか……歌をやっている人なら誰かは来てくれるかと思ったけど、現実は中々厳しいものだな」
篤義がそう言うと、忠司が申し出て言った。
「やはり聖歌隊のメンバーに掛け持ちしてもらうしかないんじゃないですかね。俺、石平さんに話してみますよ」
「えっ、マジ? あの石平さんだよ……」
結衣は驚いて言った。ヤンチャな忠司と堅物の石平は水と油だと思っていたからである。
次の日曜日、忠司は石平を捕まえて聖歌隊をコーラスメンバーとして貸してもらえないかと訊ねた。しかし……。
「そうですか、事情はわかりました。でも残念ですが、あなた方にお力になることは出来ません」
「どうしてですか? 何、その、ゴスペルというのが今までダメだと言われてたからですか? 福原先生も言っていたじゃないですか。アメリカ本部からのお達しに過ぎないと。そんな外形的なことよりも、中身が大事なんじゃないですか?」
「そう、あなたの言うその中身が問題なのです。あなた方の賛美はね」
「え?」
石平の意外な返答に忠司は言葉を詰まらせた。
「まずあなた方の歌は英語がほとんど。いったい日本にどれくらい英語の歌を聴いて即座に理解出来る人がいるのですか? それなのに皆、英語の歌で盛り上がっています。それは歌の内容ではなくサウンドを楽しんでいるに過ぎません。それなら教会ではなくどこぞのコンサートにでも出かければよろしい」
「で、でも中身が外側に出るからこそ、みんな寄ってくるんじゃないですか? いい音楽ってやはり内側のソウルが溢れていますよ」
忠司の心中には魂の抜けたような聖歌隊を批判する気持ちがどこかにあった。だが石平はそんな忠司の盲点を突いてきた。
「ノリ、盛り上がり、果ては宴会騒ぎ。これがあなたの言うソウルですか?」
「それは……」
「あなた方は賛美に対してどれくらい霊的に備えてますか? お祈りはどれくらいしていますか、少なくとも練習の前には祈っていますか? 失礼ですが、私の目にはあなた方がただ楽しんでやっているようにしか見えません」
忠司は返す言葉がなかった。そしてそれをwishメンバーに伝えた。それを聞いて篤義がまず言った。
「確かに教会の奉仕なのに、ほとんどお祈りしていないってのはまずいよな……」
それを受けて紫穂も発言する。
「そうね。練習前くらいは祈りの時間みたいなのを持った方がいいわね。それとやはり英語だけっていうのは会衆に伝わりにくい。私たちの歌を日本語にしていく必要はあるわ」
「じゃあ、みんなで早速翻訳作業に取り掛かりましょうよ!」
これまでのレパートリーの内、アメイジング・グレイス、ワー・ユー・ゼア、ザイ・ワードについては既に邦訳が出版されていた(邦題「驚くばかりの」「君もそこにいたのか」「あなたのみことば」)ので、そちらを利用することにした。そこで一同は残りの曲の翻訳作業に当たってみたのだが……。
「そのまま訳したんじゃ音節が足りねえよ!」
「メロディーに合わせようとすると、大分言葉をカットしなければならないわね」
「うん、でもそうすると歌詞の良さが半減どころかほとんどなくなるわね……」
彼らの言う通り、英語の歌を日本語にすると歌詞を大幅に縮小しなくてはならない場合が多い。英語がわずかな音節で意味を持たせることが出来るのに対し、日本語は一つの表現に多くの音節を必要とするからである。
「この際、新しい歌を訳してみるのはどうかしら? もっと訳しやすいので」
結衣の提案を受け応えて紫穂が一つの案を出した。
「それならエドウィン・ホーキンズの『オー・ハッピー・デイ』がいいかも。単純な英語で、しかも何回も同じ言葉を使うから、日本語の文章をいくつか振り分けることが出来ると思う」
「なるほど、それが良さそうですね」
こうしてワーシップチームwishは紫穂の提案通り「オー・ハッピー・デイ」の日本語訳、そしてレパートリーへの採用を決定した。




