助太刀
「あなたは……誰なんです?」
舞台袖から近づいて来た不審な人物に篤義は声をかけた。すると結衣が叫び声を上げた。
「きゃっ、コンビニ強盗!」
客席の方もザワつき始めた。その人物は頭からストッキングを被っており、結衣の言うように一見コンビニ強盗のようにも思えた。ただ、よく見れば服装は一般的な女性のもの(薄いピンクのブラウスにスカート)であり、その右手にはドラムスティックが握られていて強盗らしからぬで格好ある。しかも会場内にコンビニはなかったので、この人物がコンビニ強盗である可能性は低い。
主催者や大会スタッフは、これは何のパフォーマンスなのかと互いに顔を見合わせた。一方、忠司はすぐにこの人物の正体がわかった。
(五輪の姉さん……一体何やってるんだ)
忠司は声をかけようとしたが、ストッキングを被った紫穂はスティックを振ってメンバーに前を向いて位置につけと合図している。メンバーたちがわけもわからず前を向き直すと、カチカチとスティックでカウントする音がした。その合図に合わせてメンバーは演奏を始めた。
そして紫穂はドラムを叩きだしたのだが、それを聞いた一同は驚いた。何と良子の打ち込んだドラムのプログラミングとソックリそのまま演奏していたのである。クラッシュのタイミングやフィルインもさることながら、個々のベロシティまでソックリに再現されていた。一番驚いたのは実際に打ち込んだ良子であった。
「な、何これ……怖い!」
中学生の良子が怖がるのも無理はない。女装したコンビニ強盗紛いの怪物が自分のプログラミング通りに生のドラムで演奏しているのである。その光景はさながらホラーであった。
だが、二曲目の「ザ・グレート・アドベンチャー」に入ると様子が変わってきた。ただのモノマネではなく、打ち込みでは出し得なかったグルーヴ感が加えられていった。それによってwishメンバーのノリも良くなり、聴衆たちも徐々に演奏に引き込まれていった。
忠司はギターを弾きながら思った。
(凄いな、五輪の姉さん。でもこれは星林檎とは違う。曽我昌弘トリオでは自分に割り振られた仕事をこなして音楽を作っていた。でも、今は俺たちにパワーを送って演奏させているみたいだ)
そして結衣のMCでメンバー紹介されて言った。
「私はボーカルとキーボードの矢口結衣です。ギターは小崎忠司、ベースは中原篤義、そしてドラムは……コンビニ強盗です! では引き続きwishの演奏をお楽しみ下さい!」
紫穂は自分がコンビニ強盗と紹介されたことに不服そうな様子ではあったが、ストッキングの下の表情は読み取れない。だがそんな紫穂の思いとは裏腹にステージは盛り上がりを見せ、wishは大成功のうちにチャリティーコンサート出演を果たした。
ステージから降りて一息つくメンバーに篤義が「みんな、ご苦労様でした」と労いの言葉をかけようとした時、ストッキング姿の紫穂がこっそり立ち去ろうとした。それを見て忠司が声をかけた。
「ちょっと、どこへ行くんですか、五輪さん!」
「え? 五輪さん?」
篤義は紫穂に近づいて言った。紫穂はヘビに睨まれたカエルのようにそこに立ち尽くし、観念したように頭に被っていたストッキングを脱いだ。
「……小崎君が言っていた人って五輪さんのことだったの?」
忠司は黙って頷いた。篤義は紫穂の顔を覗き込んだ。
「それにしても五輪さん、何でこんな格好を? アッハハハ」
篤義は腹を抱えて爆笑した。素顔を晒した紫穂は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「……本番前のあなたたちの様子を見て何かあったなと思ったの。パソコンでドラム音を再生させてたから、多分そっちのトラブルだろうなってことは想像出来たわ。でもその時『あなたが行きなさい』っていう天の声みたいなのが聞こえた気がして、気がついたらステージまで行ってた」
「そうだったんだ」
「でも、『なりきりの儀式』をしていないし、星……いや、五輪紫穂でも誰でもない状態に不安を感じて、咄嗟に伝線したストッキングをバッグから取り出して頭から被ったの」
「うん? なりきりの儀式って何だい? それにどうしてそれでストッキングを被る必要が?」
篤義の質問が触れてはいけない領域に入ってきたのを感じた忠司はフォローするように言った。
「中原さん、別にいいじゃないですか。とにかく五輪さん、コンサート出演ありがとうございました。本当に助かりました。あの、やはり五輪さんにwishに入って欲しいです。お願い出来ませんか?」
「いや、私は……」
「五輪さん、他の何者にもなりきる必要なんてないんじゃないですか? 今日の五輪さんはそのままでとても素敵です!」
仮にも好みである男の子から「素敵」と言われ、紫穂はますます顔が赤くなった。そして居ても立っても居られなくなって走ってその場を立ち去ってしまった。
「え? ちょっと、五輪さーん! ……俺、何かまずいこと言ったかな?」
心配そうな忠司の肩を結衣がポンポンと叩き、何やら訳知り顔で言った。
「ふふふ、大丈夫よ。彼女はきっとwish加入をOKするわ」
しかし女心の分からぬ篤義も忠司と一緒に首を傾げていた。そして後日、結衣の予告通り、紫穂はwish加入を承諾した。ただし彼女が曽我昌弘トリオの星林檎であることは忠司以外知らなかった。
†
その次の日曜日、桜ヶ丘キリスト教会では臨時総会が行われた。コンサート当日、会場で集められた票を開票し、ワーシップチームwishの認可がその結果により決められる運びである。議長となった水野が総会開始を宣言して言う。
「では、臨時総会を始めます。早速先日みなさんに投票していただいた票を開いて参りたいと思います。なお、今回の臨時総会での可決はあくまで開票結果のみとされ、それ以外の如何なる意見陳述や採決は認められませんので、その点御了承願います」
すると香川が投票箱に手を入れ、太田がホワイトボードに賛成、反対、どちらでもないという三つの項目を書き出した。
「では読みます。ええ、賛成1、賛成1、反対1……」
太田がそれぞれの項目に「正」の字を、完成させていく。反対票も少なくはなかったが、明らかに賛成票が多い。
「ではこれが最後の一票……賛成1、これで開票を終わります」
「はい、ありがとうございます。では香川さん、開票結果を読み上げて下さい」
「はい。まず、投票数は全部で72票でした。当教会会員総数が126名、委任状が28件で票数と委任状の合計100件が会員数の過半数を越えており、教会規約によりこの票決が有効であることを報告します。以上を踏まえた上で今回の開票結果は……賛成49票、反対21票、どちらでもないが2票。以上の結果から、ワーシップチームwishの認可が可決されました」
香川の宣言に、会堂からは大きな拍手が起こった。しかし、その一画に仏頂面で拍手をしない群れがいた。石平を始めとする聖歌隊のメンバーたちだった。それを見れば誰が反対票を入れたか一目瞭然だった。
ワーシップチームwishの認可においては、チャリティーコンサート出演をその試金石として用いたことで、岩波派とその他の信徒たちとの間のわだかまりを少しではあるが解消のに役立ったとも言える。しかし同時に石平及びその息のかかった聖歌隊たちとwish推進派との間に新たな軋轢を生むという結果にもなった。




