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俺たちにラブソングを  作者: 東 空塔
18/30

ストリートライブ

「『モア・ザン・ワンダフル』がどっちかと言えばゆったり目のバラードだったから、俺としてはもう少しノリのいいテンポの曲が欲しいな」


 忠司がそう言うと、キョンシクがテープをかけながら提案した。


「だったらこれなんかどうですか。スティーブン・カーティス・チャップマンの『ザ・グレート・アドベンチャー』」

「お、カッコいい!」

「歌詞が挑戦的ね。それでいて解放的で……これ、いいかも」


 結衣がそう言うと、一同は頷き、結果的にこの曲をレパートリーに入れることが決まった。一方、恭子は別の曲を指して言った。


「これもいいんじゃない? エイミー・グラント&マイケル・W・スミスの『ザイ・ワード』」

「一応バラード調だけど、アップテンポでもいけそうだね」と忠司。篤義も「じゃあ出たしゆっくり目のアカペラ、そしてリズミカルに続くパターンで行こうか」と乗り気だ。そしてこの曲もやることに決定。ここでキョンシクの提案があった。


「これまで決めた三曲は比較的新しいゴスペルだけど、古い賛美歌や黒人霊歌も入れた方がいいかもしれないです。お勧めは『アメイジング・グレイス』と『ワー・ユー・ゼア』です」


 メンバーたちに異論はなかった。こうして映画館前ストリートライブの曲目は次のように決まった。


モア・ザン・ワンダフル

ザ・グレート・アドベンチャー

ザイ・ワード

ワー・ユー・ゼア

アメイジング・グレイス



 さて数日後、メンバーたちは文明大学の近所にある映画館の前に集合した。文明大KGKの協力者たちは自分たちのネットワークを駆使して、この映画館でアルバイトをしている学生を探し当てた。そしてその学生を通して店長と交渉した結果、この日の午後の時間帯に限ってトラブル等には自己責任という条件で許可を得た。そればかりでなく、映画館の電源を使っても良いという許しも得た。これによりライブはかなりやり易くなる。


「……そろそろ映画が終わる時間ね」


 結衣に篤義が応答する。


「じゃあスタンバイしようか」


 その時、映画館から出てくる人の数が多くなってきた。「天使にラブソングを」を見終わった人たちだ。篤義たちが音を鳴らす前にKGKのメンバーはさっと動いて映画館から出てくる人にアンケートを取り始めた。そして、篤義たちも演奏を始めた。


 まずモア・ザン・ワンダフルから。野外で演奏するのは室内と大分違うが、徐々に慣れてきた。少しずつ見物人も立ち止まるようになった。


 二曲目のザ・グレート・アドベンチャーでは忠司が水を得た魚のようにロック調のこの曲のコードを搔き鳴らした。それに呼応するように結衣と恭子は高らかに歌い上げた。


──ありふれた日常の中で自分は囚人のように縛られていることを聖書は教えてくれた。そして神の恵みが自由にしてくれることも。さあ、馬に跨って走ろう、栄光の道標に従い、青空を抜けて地平線の彼方へ。これは偉大な冒険なんだ!──


 魂の底から叫ぶような歌声に人々は引き寄せられてきた。紫穂の言葉を借りれば、彼らは『なり切った』のである。彼らを取り囲む人だかりは徐々に大きくなっていった。


 ちょうどその頃、平岡真菜とその友達数名がその辺りを通り掛かっていた。


「ねぇ、あれ何集まってるのかしら?」


 友達の一人がそう言うと、真菜たちは一斉に人だかりの方を見た。そして真菜はギョッとした。先日家に来てダサいゴスペルを演奏していったメンバーだったからである。


(いやだ恥ずかしい、こんなところで……また友達から馬鹿にされるじゃない……)


 真菜はそう思って出来るだけ早くその場を立ち去ろうとした。しかし、友人達はそこで足を止めてしまった。もうダメ……真菜はそう思ったが、友達の口から意外な言葉が飛び出した。


「何あれ……ちょっと、カッコよくない?」

「うん、超いい感じ……」


 そう言って彼女たちはストリートライブに聴き入った。真菜もよくよく聴いてみれば、先日家で演奏した時とは比べ物にならないほど洗練されていることに気がついた。そればかりか、胸が震えてきて内側から何かが込み上げて来るのを感じた。もともと賛美歌が大好きだったのだ。そしていつしかポロポロと涙がこぼれ落ちていた。


「ちょっと真菜、どうしたの?」


 真菜の様子に気がついた友達が訊ねた。真菜は慟哭しながら答えた。


「あのね、あの人たち……教会の人なの」


 それを聞いて友人たちは驚きのあまり口を開いたまま黙ってしまった。


 さて、ストリートライブの最中、とある厚化粧した中年女性の群れがその側を通り掛かった。彼女たちは折伏興和会という仏教系宗教団体の信者たちだった。同宗教団体ではキリスト教に対し批判的な声明を発表し続けているので、当然ゴスペルなどという『紛い物』に対しては訝しげな目で見ていた。ところがその内の一人が演奏しているメンバーを見て何かに気づいたらしく、隣の婦人に耳打ちした。そして彼女達はそのことで何やら論じ合いながらその場を離れて行った。



 ストリートライブが終わると、平岡はバンドメンバーとKGKメンバーを中華料理チェーン店に招いて打ち上げ会を開いた。


「みんなご苦労様でした。今日は好きなだけ食べて飲んで行って下さい」

「乾杯!」


 そして食事をしながらアンケート用紙を集計すると全部で93件あった。そのうち、映画を見て教会に興味を持ったかという質問に「はい」と答えたのは43人、もし教会で映画で歌われていたような音楽が歌われていれば行ってみたいと思うかという質問には79人が「はい」と答えていた。それを見て篤義は目を輝かせた。


「これは……教会出席においてゴスペル効果が期待出来るという充分な根拠になりますね!」

「うん、みんなのお陰だよ。これで役員会も通さざるを得ないだろう」


 平岡が確信を込めて言ったので、結衣が次の提案をした。


「じゃあ、いよいよ私たちデビューね。そうしたら名前考えた方がいいんじゃない?」

「そうねぇ、何がいいかしら。ドリームズ・カム・トゥルーみたいに英単語三つ繋げた名前がいいんじゃない?」


 恭子がそのように提案した。余談だが、後になってそのようなネーミングのJPOPユニットが多数登場したのである。


「This is a penとか?」


 忠司が茶化すように言うと、結衣が突っ込みを入れる。


「単語四つじゃん!」

「じゃあ、What is this?」

「もう、中一英語、離れようよ」

「うぃーっす」


 するとキョンシクが突然「それがいい!」と叫んだ。


「え? 俺なんか言ったっけ……ただ『うぃっす』としか……」

「それですよ、『wish』……願い、望み、そして祈りという意味あります」


 それを聞いて恭子が感激して言った。

「wish……素敵じゃない! 私、気に入った!」

「私も!」

「俺も別に異論はないすよ」

「じゃあ決まりだな」


 篤義はそう言って立ち上がり、そこにいる全員に聞こえるように言った。


「みなさん、この場をお借りして、今日ここにゴスペルユニット『wish』が結成されたことを宣言します!」


 するとそこにいた全員が……関係のない店の客達までが一斉に大きな拍手を送った。



 打ち上げから帰ってきた恭子が家の扉を開けると、玄関で母親が腕を組んで仁王立ちしていた。


「ただいま……」

「恭子、一体どこで何をしていたの?」

「え? 知り合いの人にご馳走になるから夕ご飯いらないって連絡したじゃん」

「そのことはいいの。それよりあなた、私に隠していることあるんじゃないの?」


 そう言われても恭子には心当たりがなかった。


「お母さんが何のこと言っているのかわからないけど、私、何もやましいことなんかしていないよ」

「そう……じゃ、これはどういうことかしら?」


 恭子の母親は一枚のポラロイド写真を差し出した。恭子はそれを見て目を丸くした。そこには映画館前のストリートライブで一緒に歌っている恭子の姿が写し出されていたのである。

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