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俺たちにラブソングを  作者: 東 空塔
17/30

オーデイション

 それから本番の日曜日まで数日しかなかったが、その短い期間でメンバーはしっかりと練習し、仕上げていった。

 そして日曜日、礼拝が終わり一般信徒の殆どが帰ってから礼拝堂の最前列に役員たちがドッカと座り、忠司たちメンバーが準備をしているのをじっと見ていた。その様子はさながらオーディションという感じだ。今回はピアノとアコースティックギターという基本的に生音のみの編成なので、セッティングに時間はかからない。なお、キョンシクも自分の教会の礼拝が終わるとこちらに駆けつけて来た。


「……準備が出来ました」


 篤義がそう告げると、福原牧師が手を上げて言った。


「分かりました。初めて下さい」

「はい。それでは始めます。曲はモア・ザン・ワンダフル。よろしくお願いします。」


 一同の間に緊張が走った。ピリッと神経が張り詰めそうになっている彼らを見て、キョンシクが脇腹をくすぐる動作をした。するとメンバーたちは先日のゲームを思い出して笑いそうになった。

 その時一気に緊張感が解け、彼らの演奏は表情豊かになった。役員の内、羽田と水野は厳しい表情を緩めなかったが、福原牧師はじめ他の役員たちは身を乗り出すようにして演奏に聴き入った。太田は無意識の内にリズムに合わせて身体を揺すってさえいた。

 演奏が終わると、役員たちは大きな拍手を送った。批判的な態度の水野も拍手はしていた。平岡が役員たちを煽り立てるように言った。


「どうです、素晴らしいでしょう。この賛美があれば、映画を見て教会に来たいと言う人たちの期待に応えられるのではないでしょうか」

「そうですね、そうすれば教勢(教会の出席者数)も伸びて収入増も期待出来るんじゃないですか?」


 太田が沸き立った調子でそう言うと、忠司が「収入増……って?」と聞き返した。それに答えるかのごとく香川が言った。


「ええ、教会に来たいという人たちの期待に応えられれば人も増えて献金額も上昇するでしょうね」


 その言葉を聞いた忠司がギターを置いて礼拝堂から走り出た。篤義がその後を追いかけたが、その様子は役員たちの関心を引かず、せいぜいこの後用事があるのだろう、くらいに思われた。



 教会の玄関を出たところで篤義はようやく忠司を捕まえることが出来た。


「ちょっと待ってくれないか」

「離して下さい。結局何ですか、俺たちは教会の金儲けの為に利用されてたってことですよね」

「金儲けと言うと語弊があるけど、平岡さんは娘さんのこと以外にも、教会の収入減対策に役員として頭を悩ませておられたそうなんだ。そして娘さんの話を聞いて、もし映画を見て教会に来たいと思った人を引き止めるような音楽があれば、財政の問題解決にも繋がるとお考えになった。それで僕らに声をかけたそうなんだ。すまない、僕もそういう事情を打ち明けられたのは今週初めてで、これを若くて純情な君たちに告げるべきか迷っていた。でもやはり言うべきだった。すまん、この通りだ」


 篤義が深々と頭を下げているのを無視するように忠司は立ち去ろうとしたが、後から追いかけて来たキョンシクが忠司の前に立ちはだかった。


「キョンシクさん、そこをどいて下さい。俺はもうやめます。ギターも返しますから、勝手に持って帰って下さい!」

「忠司君、少し話そうよ」

「どいてくれって言ってるでしょう! どかないと殴りますよ!」


 するとキョンシクは殴って下さいとばかりに右の頬を向けてきた。


「……一体何のつもりですか」

「聖書に書いています。右の頬を殴る者には左の頬も差し出しなさい、とね。まだ殴られてないですけど……」

「何だそりゃ、わけわかんない」


 忠司はわけわからなくなったが、同時に興奮していた気持ちもおさまってきた。その頃合いを見計らってキョンシクが言った。


「金儲けに利用される……それならそれでいいじゃないですか。忠司君は音楽が好きですよね? 音楽がいくら好きでもそれで儲かるほど稼げるようになれるのはほんの一握りです。忠司君、そんな一握りの人間になれるなんて凄いと思いませんか?」

「はあ……」

「それにただ儲けるだけじゃない。それが神様のお役に立てるんだから、すごいですよ、やめるなんてもったいない」

「わかりました、いや、よくわかんないけど、もうやめませんから……」


 忠司がそう言うとキョンシクと篤義の顔に安堵の表情が浮かんだ。



 その頃、忠司たちが出て行った後も役員会では討議が続いていた。結衣と恭子は教会の中にはいたが、礼拝堂からは退出していた。役員会ではゴスペル肯定論に流れが向きそうになる中、水野が異論を唱え始めていた。


「だが、映画に影響されて教会に来るような人が、実際にどれほど定着するか怪しいものじゃないですかね? そういう鳴り物入りはいつか冷める時が来ますよ」


 それには福原牧師が答えた。


「教会に来るキッカケというのは何でもいいんですよ。子供であれば何かプレゼントのもらえる企画であったり、若者であれば素敵な異性が来ているから来るとか……それでも立派に定着したりするんです。クリスマスだって言ってみれば一時的な打ち上げ花火ですが、現在教会に定着した人でクリスマスがキッカケだったという人は多数います」

「まあ、百歩譲ってそうだとしてもですね、『天使にラブソングを』を見た人は本当に教会に来たいと思うようになるんですかね。平岡さんはそういうが、私は信じがたい」

「ええ、直接的に教会に求道してくるわけではありませんが、あのような歌を歌いたいと思う人は多数いるようです。娘の友達もそうですし、矢口さんもそのように言ってました」

「娘さんの友達と矢口さんだけですか。平岡さん、自説を押し通すにはサンプルが少な過ぎやしませんかね」

「そ、それは……」

「これは教会財政に関わる問題なんです。我々を説得するには、もっと多くの統計的なデータを提示して頂かないと。皆さんどうでしょう。このゴスペルを見込んで予算案に繁栄させるのは、説得力のあるデータの提示を前提するということで如何ですか?」


 それに呼応して福原牧師が採決に運んだ。


「今の水野さんの提案に賛成の方は挙手をお願いします」


 すると平岡を除く全員が挙手した。これにより水野案が可決されたのであった。



 外に出ていた忠司たちは一旦教会堂に入り、様子を見守っていた結衣や恭子と合流した。そこへ平岡がやって来て、役員会での決定事項を知らせた。


「説得力のあるデータって、どうやって集めるというの?」


 結衣が当惑気味に問いかけると、忠司が思いつきで言う。


「まあ、映画館行ってアンケート取るとか……」

「そんな、気の遠くなるような話だし、それに映画館の人に見つかったら怒られちゃうわ!」


 結衣はムキになって反論したが、キョンシクは目を輝かせて言った。


「映画館でアンケート、いいですね、それやりましょう!」

「ちょっとキョンシクさん、俺は冗談のつもりで言ったんだけど……結衣が言うようにちょっと無理だと思いますよ」

「こうしましょう。天使にラブソングをの上映が終わるタイミングで皆さんは映画館の前でストリートライブするんです。その間に僕はKGKの仲間にも手伝ってもらってアンケート取ります」

「でも映画館の人が黙っていないでしょう……」

「その辺も大学仲間のネットワークで何とかしましょう。さあ、皆さんはレパートリー広げてストリートライブの準備です!」


 メンバーたちがキョトンとする中、キョンシクは有無を言わせずドンドン事を進める。それを見た忠司は何か面白いヤツだなと思い、わずかにほくそ笑んだ。

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