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俺たちにラブソングを  作者: 東 空塔
12/30

聖歌隊

 そしてあの役員会から一週間が経った。平岡は企画については未だにこれと言って名案が浮かんでいない。だがそれよりも、娘の状態が気になった。平岡が教会に出かける時間になっても真菜は部屋にこもって起きてくる気配がない。


(気長に、見守って行くか)


 平岡はそう自分に言い聞かせ、妻と一緒に教会に出かける。

 その日の礼拝では奇しくも聖歌隊の発表があった。以前平岡一家が通っていた教会の聖歌隊もさほど上手かったわけではないが、桜ヶ丘キリスト教会の聖歌隊は確かに酷いな、と平岡は素人ながら思わされずにはいられない。例えて言うなら炭酸が抜けてぬるまったコーラのような……そんな印象だ。

 しかも、今日は何だか聖歌隊員の表情が妙に強張っている。もしかして、平岡のオファーを受けた石平が、リハーサルで聖歌隊員に変に檄を飛ばしたのではないか……。

 どうやら平岡の推測は当たっていたようで、聖歌隊は不自然なミスを繰り返した。音を間違える、歌詞を忘れる、声がひっくり返る……歌っている方も大変だろうが、聴かされている方も拷問に近い。ああ、これでは真菜が再び教会に来たいと思えるようになるのはいつの日のことか……と平岡は気が遠くなるような思いになったが、ふとあることに気がついた。


(待てよ……真菜の友達は「天使にラブソングを」という映画を見て教会に期待を寄せてやって来たんだったな。ならば、もしその期待に応えられれば、多くの人を集められ、教会財政の向上にも繋がるのではないか?)


 二つの問題を抱えて大変だと思っていた平岡だが、これらを合わせて考えていくとむしろ活路が見出せるような気がしてきた。



 その日、矢口結衣は友達の深崎恭子も連れて教会にやって来た。恭子は結衣や忠司の話を聞いて、この教会の歌がどんなものか気になっていたのである。

 そして礼拝堂に入り、恭子は小崎忠司の姿を見つけるや否や手招きして叫んだ。


「忠司ーっ! こっち、こっち!」


 突然名前を呼ばれた忠司はキョトンと立ち止まって恭子の方を見たが、恭子が執拗に手招きしてくるので、引寄せられるように彼女たちのところへ来た。


「おはよう!」


 結衣と恭子が言うと、忠司は恥ずかしそうに「……どうも」とだけ言った。そして三人は横並びに同じ席についた。恭子は一人で目を燦々と輝かせて言った。


「うわあ、何だか楽しみだな……どれだけ酷い歌なのか。ウフフ」

「ちょっと恭子、声大きいよ……」

「そうか、恭子は結衣の話を聞いて実況見分に来たというわけだな」

「そうよ」


 やがて礼拝が始まり、しばらくして聖歌隊賛美が始まった。それを聞いた高校生三人組は……目が点になった。そして呆気に取られたまま、気がつけば礼拝が終わっていた。そして恭子が苦笑いしながら言った。


「ある意味……期待以上だったわ」


 結衣と忠司はそれに答えず、ただ同じように苦笑いして互いに顔を見合わせていた。するとそこに中原篤義がやって来た。


「小崎君、また来てくれたんだね。それと……」

「矢口です」

「深崎です」

「ああ、矢口さんに深崎さん。君たち知り合いだったんだね」


 篤義は矢口の顔を忘れはしなかった。ピアノを弾いている自分をじっと厳しい目線で見ていた、あの顔である。


「知り合いっていうか……先だってひょんな事から偶然知り合ったんです」


 恭子がそう言うと、篤義が聞き返した。


「ひょんな事?」

「まあ、色々……」


 三人が詳しい事情については語りたくなさそうなのを見て、篤義は話題を変えて話した。


「そうか。ところで小崎君と矢口さんは今日は2回目だよね。どうだった? 2回目に来た感想は」


 篤義の問いかけに三人は顔を見合わせた。そして結衣がおもむろに答えた。


「どうって……そうですね、まずあの賛美ってどうにかならないでしょうか。特に聖歌隊……」

「賛美? 聖歌隊?」


 篤義が疑問形で返すと、恭子がわけを話した。


「私たちは中学の合唱部で一緒だったのですが、結衣……矢口さんは本当に歌が好きで音高に進み本格的に歌の勉強を始めたのです。でもスランプに陥って歌が嫌いにさえなりそうになってしまいました。そんな時『天使にラブソングを』という映画を見て私たち二人共感激しました。結衣が『あのような歌はどこで歌えるのだろう』と言うので、私は『教会へ行ってみたら』と提案しました。そのような経緯で彼女は先週教会に来たのですが、それがとても期待外れだったようです。こうして今日、私自身聞いて見ると結衣がガッカリするのも無理はないと思いました……ってごめんなさい! 偉そうなこと言って……」

「いやいや。ふうん、そんなことがあったんだね……」


 篤義は先週の結衣の厳しい目線をまた思い出した。そのような事情であれば、間違いなく自分も彼女をガッカリさせた一要因なのだ……そう思うと篤義も責任を感じずにはいられない。


 ところで、彼らの会話にずっと聞き耳を立てている男がいた。役員の一人、平岡(たけし)その人である。平岡は彼らの会話を無関心を装いつつ聞いていたが、恭子が「天使にラブソングを」のくだりを語り出してから話に引き込まれ、ついにたまらなくなって彼らの目の前に姿を現して言った。


「き、君、矢口さんと言ったっけ? 君も『天使にラブソングを』という映画を見て教会に来たと言ったね?」

「は、はい……」

「申し訳ないが、もう一度その経緯を話してもらえるかな?」

「……わかりました」


 そうして結衣はことの顛末を平岡に話し、平岡はそれを逐一頷きながら聞いていた。結衣が話し終えた後、平岡は神妙な面持ちを保ったままゆっくりと口を開いた。


「なるほど。『あなたも』でしたか……」


 平岡の意味ありげな口ぶりに、篤義が問いかけた。


「『あなたも』、とおっしゃいますと、他にもそのような例があるのですか?」

「恥ずかしながら私の娘の話なのです。娘の友達は矢口さんと同じように『天使にラブソングを』を見て教会に来たいと思ったそうです。でも娘に連れられてウチの教会に来てみたところ、聖歌隊がまあ、あんな感じで……。それで娘の友達は教会にガッカリしただけでなく、娘に散々馬鹿にした事を言いました。娘はそれで大層傷ついてしまい、教会にもバッタリ来なくなってしまったのです」


 今度は結衣の方が頷きながら平岡の話に耳を傾けていた。そして深く同調するように言った。


「わかります。娘さんの気持ちも、そのお友達の気持ちも……」

「ありがとう。でも聖歌隊があの調子だ。これでは娘がまた教会に来れるようになるのはいつの日のことか。でも矢口さんはガッカリしながらも、また教会に足を運んだとのことですが、それはまたなぜなのかな」

「たまたま開いた聖書の箇所に『わたしの口に新しい歌を』と書かれているのを見て思ったのです。今現状は酷いけど、きっといつかここで新しい歌に巡り合えると」

「おお、その言葉、娘に聞かせてやりたい。あなたは先週教会に来たばかりということだが、ベテランの信者などよりも余程素晴らしい信仰をお持ちだ」

「いえ、そんな……」


 平岡が感心したように腕組みしながら、ふと閃いたように言った。


「矢口さん、君は音高で歌を勉強していると言ったね」

「……はい」

「そして深崎さんは元合唱部、中原君はこの通り教会の奏楽者だ。いっそのこと、君たちでやってみないか? その、映画を見て来た人たちを満足させるような音楽っていうのを」

「ええーっ!」


 あまりに突飛な提案に一同は一斉に驚きの声を上げてしまった。

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