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俺たちにラブソングを  作者: 東 空塔
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屈辱感

 父娘と一緒に家に帰ってきた真菜は、両親を目の前にダンマリを決め込んでいた。


「塾をサボってカラオケに行ったのは……今日が初めてなのか、もう何回も行ってるのか?」

「……」

「真菜、一体何があったんだ、お父さんに話してくれないか。最近教会へ行かないことも関係しているのか」

「……」

「黙っていないで、何か答えなさい」

「……お父さんには、話したくない」

「何だと!」


 声を荒げる平岡を制して紗栄子が娘に語りかけた。


「じゃあ、お母さんには話してくれるの?」


 真菜はコクリと頷いた。それで二人は真菜の部屋へと入っていった。平岡は部屋の側で聞き耳を立てようとも思ったがやめた。それで見たくもないテレビ番組をダラダラ眺めながら母娘の会話が終わるのを待った。そしていよいよその番組が本当に退屈になった頃、紗栄子が部屋から出て来た。


「どうだった?」

「うん、少しずつだけど、ちゃんと話してくれたわ」


 真菜が話した内容は掻い摘んで言うと次のようなものであったという。


 真菜は小さい頃から教会に通い、先生からは「友達を教会に誘うことは、神様がとても喜ぶことですよ」と教わり、忠実に実行してきた。すると先生たちは褒めてくれるので、ますます積極的に友達を教会に誘った。

 中学生になり、引越して違う教会に行くようになってもそれは変わらなかった。

 そんなある日のこと、数人の友人が「教会に連れてってくれる?」と真菜に言ってきた。真菜が喜んで「いいよ」と答えると、その友人たちはとても喜んだという。そして当日友人たちを教会に連れて行き、その帰りに感想を聞いてみた。


「どうだった?」

「何て言うか……期待外れ。あの聖歌隊、何? ひどすぎじゃない?」


 真菜は驚いてよく話を聞いてみると、その友人たちは映画「天使にラブソング」を見て感激したそうである。それで、いつも真菜が誘っている教会に行けば、あんな歌があるのかなと思って行きたくなったとのことだった。しかし実際行ってみると……聖歌隊はそこら辺のママさんコーラスか、もっと低いレベル。しかも歌っている人が楽しくなさそう。


「ねえ、あれだったら映画でデロリスが来る前の聖歌隊と殆ど変わんないんじゃない?」

「ううん、今日聞いたのはあれよりずっとひどいわ。っていうか何、あれ、お経?」

「ハハハ」


 真菜は言い返すことが出来ず、恥ずかしさと悔しさで顔が真っ赤になった。賛美歌を歌うことが大好きだった。どんなに嫌なことがあっても、賛美歌を歌ったり聴いたりするだけでスッとした。その大好きなものを情け容赦なく汚された……そんな気持ちだった。それからというもの、教会の歌、特に聖歌隊の歌を聞くのが嫌でたまらなくなった。その歌を聞いているのが苦痛で仕方がない。それでもはや、教会へ行くことは出来なくなってしまったということだった。


「そんなことがあったとは……」


 平岡の心は痛んだ。少女時代の最も多感な時期にそのような出来事に遭遇すれば容易に立ち直れはしない。父親として何とかしてやりたい、そう思うが自分に何が出来るのだろう。ただただ無力さばかり感じる。



 翌日、思い余った平岡は聖歌隊指導者の石平杉子に連絡をし、互いの昼休みに会う約束を取り付けた。高層ビル一階オープンスペースのカフェテリアでそれぞれコーヒーとレモンティーを注文し、石平が話を促した。


「平岡さんがわざわざ会って話したいということですが、どのようなご用件ですか?」

「はい、実は……」


 そう言って次の瞬間、平岡は起立して深々と頭を下げた。側から見ればクレーム対応にも見えないことはない。


「どうか、聖歌隊のレベルを上げて下さい! この通りです!」

「ちょ、ちょっと、どうしたんですか、やめて下さい」


 石平は慌てて宥めようとするが、平岡は頭を上げようとしない。そこで石平は一息ついて努めて落ち着いた調子で問いかけた。


「平岡さんがそんなことを仰るのには何が事情がおありのようですね。話して頂けますか?」


 すると平岡は着席し、落ち着きを取り戻して語った。


「娘は……真菜は昔から友達をよく教会に誘ってくる子でしてね、先日もそのようにある友人を教会に連れて来たのです。ところがその友人たちは聖歌隊の歌を聞いてバカにしたそうです。その友人たちは『天使にラブソングを』とかいう映画を見て期待して教会へ来たそうですが、失礼ながら聖歌隊が酷いものだったと。それで娘はいたく傷ついてしまいまして、歌を聴きたくなくて教会には来なくなってしまったのです」

「そうでしたか……真菜ちゃんにはお気の毒でした。でも、聖歌隊のメンバーも精一杯やってるんです。元々音楽的素養があるわけでもない人たちが仕事や様々な用事の合間に時間を見つけて練習しているのです。そういった影の努力も認めて頂けませんでしょうか?」

「ええ、もちろん。元より私など音楽的素養のカケラもない者ですから、本来とやかく言える立場でないことは重々承知の上です。でも、落ち込んで苦しんでいる娘に対して私はこうしてあなたにお願いするより他ないのです。どうか、聖歌隊を上達させて、娘の友達が聞いて感動するくらいに仕上げて頂けませんでしょうか。どうか、よろしくお願いします!」


 石平も平岡の熱意に答えないわけには行かなくなった。しかし現状では軽はずみな口約束は出来ない。


「……お話はよくわかりました。出来るだけ、真菜ちゃんのお友達をガッカリさせないくらいには仕上げるよう全力を尽くします」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 平岡もそうは言ったものの、あまり石平には期待出来そうにないと直感的に思った。

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