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俺たちにラブソングを  作者: 東 空塔
10/30

打ちっ放し

 翌日、仕事を終えた平岡はゴルフバッグを抱え、打ちっ放しのゴルフ練習場へと向かった。少し遠くから見ると、真っ黒な夜空にゴルフ練習場の真上だけ明るくなっているのが印象的だ。

 受付で記帳した平岡は場内に入り、練習に励んでいる客達を眺めた。そして目当ての人物──岩波派の筆頭、榊原敏朗を探し当てた。榊原はドライバーを両手に持ち、足幅を広めに構えてボールを見つめていた。そしてヘッドがトップに上がったかと思うと、次の瞬間勢いよく打ち下ろされ、ボールは真っ直ぐ300ヤード近く飛んで行った。


「ナイスショット!」


 平岡は思わず叫んだ。少々ヘボでもお世辞を言うつもりだったが、本心から賞賛を送った。榊原は驚いた顔で平岡の方を見た。


「君は……教会の平岡君じゃないか。君もゴルフをやるのかい」

「はい。でもまだまだビギナーで、榊原さんの足元にも及びませんよ」

「僕だってまだまださ。どうにかボギーペースはキープ出来るが、シングルには程遠いな」

「いやいや、そんな……あ、隣で打っていいですか?」

「ああ、好きにしたまえ」


 平岡は荷物を置き、七番アイアンをバッグから抜いて構えた。すると榊原から指摘が入った。


「そのアドレスでは引っ掛けて左に行くぞ。足元を見たまえ。左足が引いているだろう。このままだとボールを斜めにカット打ちしてしまうんだ……」

「あ、本当ですね。ありがとうございます」


 平岡は慌てて足の向きを揃えて構えなおし、一発目のボールを打った。しかしボールは極端に左に飛んで行った。


「引っ掛けたな。君のスイング軌道はアウトサイドインになっている。つまり上から見ると、体の外側から内側へ斜めに流れる軌道だ。これだとショートアイアンでは引っ掛けるし、ウッドではスライスする。恐らく君は練習の過程で右側ばかり行く球筋を修正しようと無意識に左側に振り抜こうとするクセがついて行ったんだろう。しかしこれは悪循環でね、ますますスライスするようになるんだ。だからそれを修正するためにはな……」


 榊原はそう言ってボールを二つ手に取り、平岡の打席のマット上二箇所に置いた。打者から見て一つは左下に、もう一つは右上に。


「この状態で素振りの練習をするんだ。インサイドアウトなんか意識しなくていい。ただこの状態で真っ直ぐ振るよう意識したまえ。力が入らずにスムーズに振れるようになればスイングの軌道も修正されているだろう。しばらくの間はこの練習をしなさい。その方がボール代もかからないし、闇雲に打つより良い練習が出来るぞ」

「ありがとうございます、やってみます!」


 平岡としても練習というより榊原との接触を目的に来たので、余分な金がかからないのは好都合だった。


 しばらくそうやって練習していると、榊原が帰り支度を始めた。平岡は慌てて声をかけた。


「あ、あの、折角ですからこの後お茶でもしませんか」

「うん? ああ、構わないが……」


 そしてゴルフ練習場を出た二人は二十四時間営業のファミリーレストランに入った。そして、平岡は今日榊原に近づいた本当の理由を打ち明けた。榊原はしばらく憮然とした表情で聞いていたが、ウェイトレスにコーヒーのおかわりを頼むと、おもむろに口を開いた。


「……なるほど。趣旨は理解出来た。しかし何だね、釧路沖地震支援チャリティーコンサートの時は君たち役員会から散々な事を言われ続けて、正直に言って気分を害した。ところが今度は役員会が困っているから知恵を貸して欲しい? いくら何でもそりゃ虫のいい話だとは思わないのかね?」


 そう言われてはぐうの音も出ない。平岡は押し黙ってしまった。さすがに哀れに思ったのか、榊原は表情を少し和らげて言った。


「まあそれはいい。だけど折角こうして僕にアドバイスを求めてきてもらったワケだが、あまり役に立てないかもしれない」

「どんなことでもいいですよ」

「そうは言ってもね……チャリティーコンサートの場合、初めから色々揃っているんだ。出演者がまず会の趣旨に賛同し、手弁当で参加して下さること、そしてそのアーティストに知名度があり、集客力があること。これがないとチャリティーは成り立たない。会場費など経費もバカにならないからね」

「それはよくわかります」

「ところが今回は何だね、教会財政の支援かい? それに賛同するアーティストが存在するか? まあ会場は教会を使えば会場費はかからんが、そこそこ集客力のあるアーティストでなければペイしないぞ」

「確かに教会財政の危機なんて……外部の人間からすればどうでもいいことでしかありませんね。そのために一肌脱ごうなんて人はいないことでしょう」

「そうだ。だから今回のことは諦めて、素直に牧師給減額した方が無難だと思う。福原先生には気の毒だが、そうするより他あるまい」


 平岡は頷いた。少し勇気を出して榊原との会合を試みたが、結局得るところなしか。二人分の会計をカウンターで支払い、ファミレスを出た平岡は隣のカラオケボックスを見た。


(不思議だな。この不景気だと言うのに、儲かるところは儲かっているんだな)


 そう思って平岡はカラオケボックスに近づき、入口あたりで佇んでいた。仕事帰りの社会人に混ざって中学生や高校生の女の子たちも出入りした。


(そういう時代、か)


 すると店から出てきた女子中学生の集団を見て平岡は心臓が止まりそうになった。その中には塾に行っている筈の娘がいたからだ。平岡は咄嗟に身を隠し、出て行くタイミングを見計らった。そして、真菜が友人たちと別れて一人になった時、平岡は彼女の目の前に現れた。その姿を見た真菜は目を丸くして驚いた。


「お、お父さん……!」

「真菜、こんなところで何をしている!」


 目まぐるしく動く人の流れの中で、対峙する父娘の時間だけが止まっているようだった。

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