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俺たちにラブソングを  作者: 東 空塔
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忠司

「ダメでしょ、そんなことしたら!」


 小崎忠司がまだ小さかった頃、親から聞かされていた言葉はこんなことばかりだった。そしていつもこういう結論が下される。


「悪い子ね」


 子供心に悪い子という意味は良く理解できた。そして……傷ついた。


 ただ遊びたいだけなのに。一緒に遊びたいだけなのに。


 ある時、忠司は幼稚園でマサキの背中を押したことで叱られた。マサキが転んで怪我をしたからだ。その日の晩、マサキの親が家にやって来て、何やらガミガミ怒鳴り散らして行った。ただペコペコ頭を下げていた忠司の親は、マサキの親たちが帰ると忠司をこっ酷く叱りつけた。


 忠司はただ、マサキが「このやろう!」と言って追いかけて来るのを期待していただけだった。そうやって一緒に遊びたかったのに、何で親にチクるんだろうと不思議に思った。


 周りの大人たちは忠司に「乱暴な子供」というレッテルを貼った。忠司は幼心にそんな人目を気にしながら生きて来た。

 もちろん、忠司のちょっとした乱暴にも怯まず、嬉々として一緒に遊ぶ子供もいた。忠司は自然にそういう仲間とばかりつるむようになり、いつしか周りにはヤンチャな連中ばかりが集まっていた。


 15歳になった忠司は聖僕学園という私立の男子校に入学し、ここでもあい変わらずヤンチャっぷりを発揮していた。つい遊び心のつもりが本気のケンカに発展し、生徒指導の沼田先生に呼び出されることもしばしば。

 度重なる騒動に痺れを切らした沼田先生は「小崎、今度ケンカ騒ぎを起こしたら退学だ!」と最後通告を突き付けた。さすがに退学は困る……そう思った忠司は沼田先生にしぶしぶ従って大人しくしていた。クラスメイトのムカつく態度にも耐えに耐えた。しかしそれは長くは続かなかった。


 ある日、忠司が体育館裏を通りかかると、4人の生徒が寄り集まっているのが見えた。よく見るとそれは隣のクラスの生徒で、一人の大人しそうな生徒を囲んで吊るし上げていたのだった。忠司は止めようとして彼らに声をかけた。


「おいお前ら、寄ってたかって一人相手にイジメかよ。やめとけ」


 するとイジメていた生徒たちは忠司を睨みつけて言った。


「はあ? カッコつけてんじゃねえよ。お前さ、退学までリーチかかってるんだってな。何ならお前相手にタイマン張ってもいいんだぜ」

「何だとォ? コラァ!」


 堪忍袋の切れた忠司は彼らをボコボコにしていた。そして気がつくとおなじみの生徒指導室に呼ばれていた。部屋に入ると、沼田先生と誰だか見知らぬおっさんが座っていた。まず沼田先生が口火を切った。


「小崎、あれほど言ったのにまたやったのか! 約束通り退学と言いたいところだが、その前に学園長のまゆずみ先生からお話があるそうだ」

「はあ……」


 小太りで肌色のツヤツヤとした黛という男は笑みを浮かべて言った。


「小崎忠司君……と言ったね。沼田先生の話では問題ばかり起こして退学扱いたということだが、聞けば君、イジメられている生徒を助けてそれが昂じてケンカになったというじゃないか」

「まあ……そんなとこですかね」

「そういう話、私は嫌いじゃないねえ。今時そんな正義漢は珍しい。君はちょっとヤンチャなところもあるようだが見どころがあると私は思う。このまま退学させるのはもったいない。それでだね」


 黛はそう言って一冊のパンフレットを取り出した。それは聖僕学園の案内書だった。


「小崎君、ここの『当学園の教育目的』というところを読んでもらえるかな」

「はい……『当学園はキリスト教主義に基いた人格形成を心がけ、世界に貢献できる人材を育成することを目的とする』」

「その通り。だから、君がキリスト教的に人格形成出来ていれば当学園の教育目的は達成できたことになる。多少世間の基準からずれていたとしてもな」

「そうなんですか」

「そうだ。そこで、君にはこれから毎週日曜日、教会に行ってもらう。行った証明として牧師先生からキチンと判子を押してもらうこと。そして精進して洗礼を受けることが出来たら……今回の退学の話は無しにしよう。それだけでなく、君が今後どれほど問題を起こしたとしても必ず卒業出来るよう保証しよう」

「……本当ですか?」

「ああ、約束する」


 それは後のない忠司にとって願ってもない話だった。しかし本当に黛の言うことを信じてもいいのだろうか。半信半疑のまま日曜日を迎え、忠司は近所にあった桜ヶ丘キリスト教会という教会に出かけた。

 教会の近くに来ると、きれいに着飾った良家の人々という感じの面々が集まって来ているのが見えた。


(うわ……やっぱり俺みたいなのが来るような所じゃなさそうだ)


 忠司がそう思って踵を返そうとしたところ、


「あら、初めての方かしら。高校生?」


 と声をかけられた。見るとそこには銀縁メガネをかけた若い女性がいた。大学生だろうか、忠司より少し年上に見える。


「はい、そうですが……」

「よく来て下さいました。入口はこちらですから、さあ、中へどうぞ」


 忠司はその女性に半ば強引に言い包められるようにして、教会の中へと入って行った。

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