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第八章  森尾主任との話  10月10日

 若い刑事はドアを閉じ、法子の方に向き直ると、ニッコリして、

「いやァ、噂に違わない美人で、感激しています」

「はい?」

 さすがの法子も少しポカンとした感じで言った。刑事は軽く敬礼をして、

「失礼しました。私、警視庁八王子署刑事第一課所属の、藤江功巡査であります」

「それはどうも」

 法子は呆気にとられながら応えた。私はそれ以上に呆れていた。藤江刑事は、

「自分と同期の者が、成城署に勤務しておりまして……。例の温水プール事件のことを聞いているんです」

 私はそこでやっと合点がいった。なるほど、そういうことか。

「さっ、早く」

 藤江刑事は私達を先導して、居間のドアに近づいた。するとその時ドアが開いて、中から顔色が悪くなった松子が現れた。彼女は私達に小さく会釈すると、応接間に入って行ってしまった。

「暗い人だなァ」

 藤江刑事は松子が中に入るのを見届けてから呟き、

「さァ、どうぞ」

 居間のドアを開いた。法子はニッコリして、

「ありがとうございます」

 中に入って行った。私もちょっと藤江刑事に会釈して中に入った。えっ? 何でかって? だって、彼ってば、ずーっと法子のこと見つめてるんだもの。私は全く眼中になしって感じだったからよ!

「どうもすみませんね」

 中に入って行くと、ソファに座っていた森尾主任が立ち上がり、私達に近づいて来た。

「貴女のことは藤江から聞いております。なかなかの名探偵だそうですね」

「そんなことありません。運がいいだけなんです」

 法子は照れているようだ。彼女は他人ひとから誉められるのが苦手だ。何か、気の毒なくらい、ソワソワしてしまう。まっ、そこがまた法子の可愛いとこで、男の子にはまさに「たまんない」魅力らしいけどね。

「まァ、お掛けください。いくつかお尋ねしたいことがあるんです」

「はい」

 法子と私は二人掛けのソファに座った。向かいには森尾主任と藤江刑事が、そして左の一人掛けのソファにはもう一人の若い刑事(後で聞いたんだけど、田村利明っていうらしい)が座った。田村刑事の方は藤江刑事と違って、私達のことをあまり快く思っていないようだ。

「貴女方は、どうしてこの邸にいらしたんですか?」

 主任さんが尋ねた。法子はすぐさま、

「私達の大学の先輩である裕子さんに会うためです」

「裕子さん? ああ、ガイシャの次女で、死体の第一発見者の方ですね。何のために?」

 森尾さんの声は穏やかであるが、キビキビとしていて、有無を言わせない調子だった。

「こんなものが私のアパートの郵便受けに投函されていたからです」

 法子は例の封筒を取り出して、テーブルの上に置いた。森尾さんは藤江刑事や田村刑事と顔を見合わせてから、その封筒を手に取った。

「貴女宛の手紙のようですね。切手が貼ってない。差出人は……」

 森尾さんは封筒を裏返して顔色を変えた。隣でそれを覗き込んでいた藤江刑事も息を呑んだ。

「さ、殺人予告者!?」

 森尾さんは声に出し、中に入っている便箋を取り出して、内容に目を通した。そして法子を見て、

「これは一体……?」

 誰が出したのですか、と尋ねようとしたのだろうが、それがいかに愚問であるか気づいたのだろう。森尾さんは言葉を呑み込むようにして一息吐き、封筒をテーブルの上に戻し、

「何故こんなものが貴女のところに?」

「それはわかりません。ただし、その封筒の宛名と中に入っている便箋にプリントした人はわかっています」

 法子の発言は、森尾さん達にはかなり衝撃的だった。主任さんは、

「だ、誰なんですか!?」

 ひどく慌てた様子で尋ねた。法子はテーブルの上の封筒に目をやり、

「裕子先輩です」

「……!」

 森尾さんはもちろん、藤江刑事も田村刑事も、相当驚いているようだ。法子は、

「でも、その『殺人予告者』とプリントしたのは先輩ではありません」

「えっ?」

 そう言われて、主任さんと藤江刑事、そして田村刑事までもが、封筒を見た。

「その『殺人予告者』は少しプリントが擦れています。私は、そのプリントは封をしてからされたものだと思っています」

「しかし、裕子さんが封をしてから、差出人のところをプリントしたのかも知れませんよ」

 藤江刑事が口をはさんだ。法子はニコッとして彼を見ると、

「もし先輩が差出人のところもプリントしたのであれば、封筒を閉じてしまってからプリントするということはしなかった、と思います」

 藤江刑事は法子に微笑まれたのと軽くいなされたのとで、耳まで赤くなってしまった。

「は、はァ」

「私が、『殺人予告者』とプリントしたのが裕子先輩ではないと思うのは、その点ともう一つあります」

 法子は主任さんに目を向けた。主任さんは、

「もう一つ?」

 おうむ返しに尋ねた。法子はコクリと頷いて、

「それは、『殺人予告者』とプリントしたこと自体です」

「はァ?」

 主任さんはポカンと口を開いて法子を見た。藤江・田村の両刑事も同じ。私もそうだったかも知れない。

「どういうことですか?」

 主任さんがようやく尋ねた。法子は、

「便箋の内容はお読み下さいましたよね?」

「はい」

「便箋には、殺人事件などとは一言も書いていません。事件が起こると書いてあるだけです」

「はァ、なるほど」

 主任さん、大きく頷いた。藤江刑事も頷いている。しかし、田村刑事はムスーッとしたままだ。

「つまり、ここに二つの意志が見えて来るのです。事件が起こると言っている意志と、これから人を殺すぞと言っている意志と」

 法子は犯罪学の講義よろしく、話を続けた。

「ふーむ」

 主任さんは腕組みをして考えていたが、

「わかりました。何にしても、直接本人から話を聞くのが一番でしょうね」

 そして田村刑事を見て、

「裕子さんを呼んでくれ」

「はっ」

 田村刑事は私達をチラッと見てから、居間を出て行った。主任さんはそれを見届けてから、

「ところで、この便箋と封筒、私がお預かりしていいですか?」

「はい、どうぞ。でも、私と律子の指紋がベタベタついてますから、あまり証拠としての価値はありませんよ。それに裕子先輩と朝比奈さんの指紋も……」

 法子が答えると、森尾さんはニヤリとして、

「指紋は出ないと思ってますから。それにそのことばかりじゃなく、この家の連中にも見せてみたいんです。反応を調べるためにね」

 法子もニコッとして、

「そうですか」

 私達はそこで居間を出て、応接間に向かった。廊下で田村刑事に付き添われた先輩とすれ違ったが、お互いに声をかけられなかった。いや、かけ辛かったと言った方が正しいだろう。

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