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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

どうでもいい会話

お肉を食べたい

作者: 仁崎 真昼

「合法的に人肉を食べる方法を知っているかい?」

 薄暗い部屋の中、先輩が眼鏡を指で直しながら聞いてきた。

「知ってるわけないでしょう。というか無理じゃないですか? したいとも思いませんし」

「おや、したいとは思わない? 本当に?」

「むしろ先輩はしたいんですか?」

「ノーコメントとしておこう」

「否定してください」

 先輩はふふふと不敵に笑った。白い息が漏れる。赤い唇とのコントラストがやけ色っぽく見える。

 僕は居心地悪さを感じ、座っている位置を先輩から二センチ遠くへとずらした。するとすかさず先輩がその隙間を潰す。

「まあまあ、逃げなくても良いじゃないか。君は私を何だと思っているんだ。時間もあることだし、普段と少し違う話題を出したって良いじゃないか。良いだろう? というか話すぞ。聞き給え。聞かないとその耳に舌を差し込んで嘗め回すぞ」

 僕は閉口した。たまにこうした突拍子もないことをしゃべるのは先輩の癖のようなものだ。こうなると例え耳を塞いでも勝手にしゃべり続けるし、後で聞いてなかったことを知られると非常に不機嫌になる。不機嫌な先輩は非常に扱いづらい。黙って聞くしかない。

「まず、日本に食人を禁じる法律は無い」

「えっ、そうなんですか」

「まあ、普通に禁忌だからな。想定してないのかどうなのか知らんが、無いっぽいぞ。態々禁じるまでもない。そういうことなのだろう」

「でもそれは不味いでしょう。殺人とかだって普通に法律で禁止されてるでしょう。頭のおかしい奴がやることを想定して。なら食人とかも禁止しなきゃ、頭がおかしい奴がことに及んだときに何もできない」

 先輩はやれやれ、と肩を竦めた。

「頭がおかしい奴がどうやって人を食う?」

「え、それは、人を適当に誘拐して、殺して? 食べる、とか」

「誘拐は犯罪だろう。殺人も」

「あっ」

 そうか。たとえ食人が禁じられていなくても、まず食材確保に問題があると。それはそうだ。人肉は売ってないし、誰も売ってくれないだろうし、狩猟して捌くわけにもいかない。人を傷つけたら犯罪。当たり前。

「人を傷つける時点で罪ですもんね。……じゃあ、自分の肉を食べるとかは?」

「それが一つ目の方法だ」

 先輩は我が意を得たりと言わんばかりに人差し指を立てる。

「但し、これは全部自分でやらなければならない。決して医者に頼んだりはできない。健康な人を医者が切るのは犯罪だからな。だから全部自分でやる。当然麻酔はできない。ああ、飽く迄今回の話は特殊な技能や資格を持っていない一般人の話だ。まあたとえ麻酔医だろうと麻酔を用意することは容易ではないだろうし、そこ迄考慮しなくて良いとは思うが、兎に角、苦痛に耐えながら自らの手で自らの肉を切り離さなければいけない訳だ。おまけに、この方法では可食部位が限られる。食人の為に死んで良いと言うならば好きな内臓を食べれば良いが、それでも舌や脳、心臓などは食べることができないだろう。実際はまあ、耳、足、乳房、くらいか。他の部位だと活動に支障が出てしまう。とまあ、非常に旨味の少ない方法だな」

 想像していると気分が悪くなってきた。自慢ではないが僕は痛い話が嫌いだ。深爪の話題ぐらいがギリギリセーフくらいか。つまり今の話題は完全にアウト。僕はそろそろ話が終わらないかと先輩の方を窺うが、頬を上気させて語る先輩は目を爛々と輝かせている。

 まだまだ続きそうだ。

「もっと良い方法がある。なんだと思う?」

「うーん、死体を食べるとかですかね」

 弱っている子犬を蹴り飛ばして唾を吐き捨てその弱った姿を撮影して武勇伝のようにSNSに上げる糞野郎を見るような眼をして僕を見てくる先輩。

「死体損壊罪だ。この外道め」

 非常に抗議をしたいところだが、無駄だろう。価値観は人によって違うものだ。きっと先輩はネクロフィリアとか駄目なタイプだな。僕は確信した。

 先輩は中指も立て、ピースサインをする。寒いのだろうか、いつもより肌が白く見える。

「二つ目は、正当防衛だ」

「正当防衛?」

「ああ。基本的に人を傷付けるのは犯罪だ。しかし、これさえ掲げることができ、それが世間的にも認められるならば、相手を傷付けても罪に問われることはない。要するに、合法的に食材の調達が可能だということになる」

 僕が呆けたように口を開けていると、先輩はその二本指を僕の眼に向かって伸ばしてきた。慌てて避ける。

「よく意味が分からないのですが」

「例えばだ、君が悪漢に襲われたとしよう。そして、体格差、腕力差、その他諸々の理由で組み伏せられてしまったとしよう。その時、最後の抵抗として君が悪漢の小指に噛みつき、噛み千切ったとする。この場合、君は罪に問われるか?」

「え、正当防衛なんじゃないですか? 程度にもよるとは思いますけど」

「そうだ。正当防衛だ。この時、君の口に入った悪漢の小指を君が無我夢中で飲みこんでしまったとする。これは罪となるのだろうか」

 そういうことか。僕が納得したことを先輩も察知したのか、満足気に頷いている。

「そうだ。食人自体は禁止されていない。ということは、合法的に相手の肉体を切り離すことさえできれば、食人は合法的に可能なのだ」

「……でも、それ」

「ああ、基本的に生食しかできない。つまり人の刺身しか食えない。部位は限られるし、返却を求められたら恐らく返さないといけないし、上手く襲われるとは限らないし、襲われたとしても上手く撃退しなければならないし、撃退に失敗したら非常に不味いことになるし、成功しても急いで食べなければならないから味わうこともできない。ぱっと思いつくだけでもこれだ。まあ良い手段とはあまり言えないな」

「そうですね」

 いや、そもそも食人に良い手段も悪い手段もあるのだろうか。

 先輩が薬指も立てる。そして、にいと白い歯を見せて笑った。

「そこで、三つ目。これは中々素晴らしいやり方だと思う」

「はあ」

 個人的にはそろそろごの話題は終わりにしたい。非常に空腹である今、ある意味食事の話題ともいえるこの話は中々腹に来る。

 先輩は被っている毛布を引っ張った。

「寒いです、毛布取らないでください」

「まあまあ、私の左肩が少しはみ出しているんだ。少しくらい我慢したまえ」

「僕の右肩ももろだしです」

 腕力は互角。しかし、このまま引っ張り合うと先に駄目になるのは毛布だと悟った僕は、先輩に譲ることにした。

「で、三つ目は何ですか? バレなければ合法とかそういうヤツですか?」

「違うさ。完璧に合法だよ」

 先輩の笑顔がなんとなく怖い。薄暗さが原因だろうか。どこか劇画調に見える。

「三つめは、緊急避難さ」

「おかし?」

「それは避難の三原則だ」

 なんだろうか、緊急避難。聞いたことあるようなないような。

「ふむ、緊急避難が分からないか。ならば先にそちらを軽く説明しておこう。緊急避難とは、ざっくり言うならば、緊急の場合にのみ避難――犯罪が許されるという法律だ。但し、幾つか条件がある。まず、緊急避難を行う者には何らかの危機が迫っていなければならないということ。当然だ。緊急の避難なのだからな。緊急でなければならない。これが一つ。そしてもう一つは、避けようとする危機によって起こりうる損害が、避難に際して発生する損害を超えてはならないというもの。これも分かるな? 自分の命を守るために他人を五人殺しました。なんて罷り通るわけがない。自分の命を守るためにして良い避難は、せいぜい、他人の家に無断で侵入したり、他人の物を無断で壊したり、その程度だ。それ以上のことは許されない」

「なるほど。地震のときに他人の車に乗ったり、火事のときにホテルの扉を叩き壊したりするあれですね」

「そうだ」

 先輩の手が僕の肩に触れる。

「死体を傷付けた場合の罪状は覚えているか?」

「えーと、死体損壊罪でしたっけ」

「それは自己の命を守るためなら許されると思うか?」

「許されるんじゃないですか? こんな言い方したら怒られるかもしれないですけど、所詮死体は死体ですし、死人に口なしとも言われますし、生きている人の方が大切なのは確実でしょう」

 遺族にとってみればあんまりな言い方だけど、僕はそう思う。死んだらそれまでだ。すぐに焼かれて灰になって、そうならなくても腐って虫の餌。法律的にはどうなんだろうか。

「その通り。許される」

「やっぱりそうなんてすか。で、これが食人に一体……」

 少し嫌な想像が頭を過る。

「簡単だ。少しは頭を使い給え。食人が緊急避難にあたる状況が在れば、それは合法的な食人だろう。食料が尽き、付近に食料品店は無い。野生の生物も見つからず、見つかっても獲ることはできず、食料のある場所に移動することも、助けを求めることもできない。そんな状況だ」

「あ、ああ、そう言えば聞いたことありますね。炭鉱事故で、どうしようもなくて、泣く泣く同僚を食べて生き延びた人の話とか」

「そうだ。なんだ、知っているんじゃないか。そういう話だよ」

 先輩の眼が獲物を見つけたかのようにギラギラと輝く。

「でも、そういう状況は中々珍しいですよね。携帯がこんだけ普及してて、警察や消防の装備も年々進歩してて、色々な電子化で足取りも簡単に辿れるようになって」

「そうだな。だが、一度成功してしまいさえすれば、後は好きにできる。肝臓を食おうが尻肉を食おうが眼球を食おうが、それは全て緊急避難。ガスコンロで調理しようが塩をかけて調理しようが、寧ろ衛生的には褒められたことなのではないか? 他の二つに比べ、食人を愉しむという一点に於いて、この方法は最も優れている」

 開いた口から赤い舌がちろりと覗いた。

「例えば、冬山で吹雪に巻かれ、食料は尽き、面倒だからと登山届を出しておらず、どう見ても既に廃棄されている小屋に、二人」

「……僕、強いですよ。実は通信空手を習ってて」

 先輩はくすくすと笑った。

「君は今まで何を聞いていたんだ。この短い話の内容をもう忘れてしまったのか。緊急避難で許されるのは、精々物品の破壊くらいだ。君をどうこうしようなんて気は、私には無いさ」

 僕は少しだけ安堵する。

 しかし、次の先輩の言葉に頬を引き攣らせた。

「ただし、君が生きている間は、という条件付きだがね」

フィクションです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王道ですが、最後のセリフには味がありました。 [一言] ささやかながら評価させていただきました。 自分も投稿やってます。よろしければ読んでくださると嬉しいです。お互いにこれからも頑張りま…
2018/05/11 21:39 退会済み
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