私にしか見えない穴のある街
この街に移り住んでしばらくが経ち、段々ここでの暮らしにも慣れてきた。
最寄りのコンビニの場所や、近くにある大きい古本屋の営業時間、遅くまでやってるスーパーの品揃えなど、分からないことは大方なくなり、少なくとも生活において困るような事態はかなり減ってきた。
道は少し入り組んでいるが、閑静で治安も悪くない。新しい街に愛着もわいてきた。
だけど一つだけ、奇妙なものがある。
「やっぱり今日もあるよなあ」
それが、この大穴だ。
宵闇がにじり寄る公園の端にぽっかりと大口を開けた穴を、俺は改めて見た。
直径は150センチメートルほどだろうか。奥底を覗こうとしても、のっぺりとした黒が見つめ返してくるのみで、中の様子はまるで分からない。
どうしてあるのか、誰が作ったのか、いつからあるのか、1つも分からない。
何より奇妙なのが、この穴が俺にしか見えていないらしいというところだ。
いや、俺だって本気でそんなオカルトを信じている訳じゃないが、今のところそうとしか考えられないのだ。
例えばこの前の休日なんかは、あの穴の縁の辺りを小学生くらいの男の子が走っていた。友達らしい子らも特に反応なしだ。
その前だって、犬を連れたおじいちゃんがギリギリを散歩していた。あと2歩進めば真っ逆さまというところで事も無げに引き返してくるのを、こっちの方がドキドキして見ていた。
一体あれは何だというのだろう。
俺は穴から離れて、対面の大きな欅の下に置かれたベンチに腰掛けた。
ポケットからタバコとライターを取り出すと、火をつけて深呼吸するように煙を吸い込んだ。
ふと、赤い球体が視界に入ってきた。どうやらゴム鞠のようだ。てん、てんと跳ね転がるボール。それを追いかけて、少女も登場した。
「まってよお」
両の手を前に突き出して、よたよたと走る少女が、ついにボールを捕まえたと思った、その瞬間。
「にげないで、まってよお、まっ
「あ」
少女が右足から大穴に消えた。
穴のことなどまるで見えていなかったとしか思えない。それなのに、ゴム鞠を捕まえた小さな体は、当然のように大穴に飲み込まれた。音もなく。
俺はあんぐりと口を開けていたことに気がついた。だが、ようやく思考の操縦桿を取り戻すと、周囲を見回して彼女の保護者を探した。
すると彼女が走って来た後ろから、ベビーカーを押した女性が歩いて来るのが見えた。
彼女の母親だろうか?
判断材料を得るために目を凝らしてよく観察してみるが、これといったヒントは得られない。顔つきが似ていればと思ったが、一瞬しか見ていないからか、吸い込まれた少女の顔はよく思い出せない。
とにもかくにも、あの女性に話を聞いてみようと、俺は立ち上がった。
ベビーカーを押す女性に歩み寄りながら、不審者に思われない訊ね方を脳内で模索する。
そうだ、きっとあの人も少女が消えた瞬間を視認しているはずだ。まずはそれを目撃したか聞いてみよう。それがいい。俺は腹を決めて話しかけた。
「あの、すみません。そこのお姉さ