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作者: 小宮山 写勒

その世界は人間によって回っています。

人間である限り、あるいは地球上に生きている何かである限り。その後ろには影がついて歩いています。


影は陽が昇れば姿を現し、陽が沈めば姿を消します。

けれど、照明設備が発達した現代社会においては、影は休むことなく生物について周り、振り向けばそこにいるようになりました。


多忙の中にいつも人とともにある影。仕事に勤しむ中で、常にそばに居続ける影。

仕事に追われ、休む間も無く働き続ける人間達は、たわいのない妄想を抱くようになりました。

自分の代わりにこの影が働いてはくれはしないか、などという妄想です。


人間達の願望を叶えるために、病院が影と人間を切り離す薬を作りました。

たった一つの小さなカプセルを飲んで眠ると、あら不思議。次の日には影が独りでに歩いて、仕事に取りかかってくれます。


人間はそのおかげでゆっくりと休むことができました。

もう、わざわざ早起きして電車に揺られることも、会社に車を飛ばすこともしなくて済むのです。


人間はみんな喜びました。これで自分の時間を持てると。これで自由気ままに生活ができるようになると。

薬は飛ぶように売れ、いつしか社会には人々から切り離された影達が残されました。


影にこれといった特徴はありません。

強いて言うのなら身長の差と横の幅くらいでしょう。


もちろん、口もないため喋ることだってありません。

真っ黒に全身を塗り固めた影達はもくもくと作業をこなしていきます。

その作業というのは影の持ち主であった人間が、これまで行ってきた業務の数々です。影達は人間達の背後について回りながら、ずっとその様子を見守っていたために、業務を任されたとしても大した苦労はありませんでした。


しかし、薬の普及にともなって街中や会社の中に人間の姿を見ることはなくなっていきます。

それも当然でしょう。人間達が望んだことなのですから。影達だけが通りをひしめき、闊歩しています。


影は人間の真似をします。

声もないまま客引きをする影もいれば、八百屋は身振り手振りで野菜を売っています。

まるでパントマイムでもしているようです。

テレビに映るニュースキャスターは赤べこを真似るように、首をあげたり下げたりと忙しいったらありゃしません。


次第に世界は影達が回すようになりました。

言葉のない世界は実に静かなものです。


鳥達のさえずりが響き、街中は車やバイクの走行音が響いて居ます。

言葉が消えてしまった分、それはひときわ大きな音になりました。


そのころになって、人間は不思議な居心地の悪さを覚えました。

確かに時間はできたけれど、行く先々で出会うのは物を言わない影ばかり。

旅先の女将も、ホテルのコンシェルジュも。スキー場のインストラクターだって。

みんな個性を失った影ばかりになっていました。


人間達は困惑します。

これが、自分たちの望んで居た世界なのかと。

そして、街中を歩く影達に、言い知れぬ恐怖を感じ始めます。


旅行先だけではありません。

家族の中にも色味のない影達がいるようになりました。

父親の影。母親の影。兄弟姉妹の影。黒い影ばかりが食卓を囲い、人間達が食べるはずの料理を食べて居ます。


それもそうです。影はその人自身なのですから。

しだいに人間は影達に恐怖と怒りを覚え始めます。

自分の居場所をとった影達に、自分たちのしでかしたことを棚に上げて。


そして、それらの感情がピークに達した時。人間達は影達を追いやるべく、影達を殺し始めました。

ある者は首を絞めて殺し。ある者は後頭部を殴打して殺し。ある者は包丁で腹部を何度も刺して殺し。

とにかく、影が動かなくなるまで殺し続けました。


影達は言葉を言うことはありません。

逃げはしますが、捕まってしまえば、あとは人間達のなすがままに殺されます。

断末魔もなく、絶叫もありません。ただ、生きた体が肉へと変わる瞬間、びくりと跳ねるだけで、終わります。


死んだ影は、そこに大きなシミとなって横たわります。

犯行現場に残される、紐でかたどられた人型みたいに。


人間達は喜びました。これでまた元の生活に戻れると。

しかし、影とは人間自身なのです。


影が殺されればどうなるか。それは人間にはわかりませんでした。

人間は再び電車に揺られ、会社に車で向かう生活に戻りました。これで一安心です。

しかし、人間達はまるで操り人形の糸が切れたように、突然ぷつんと動かなくなるようになりました。


一人二人だけではありません。その世界にいる人間達全員が動かなくなりました。

一体どうして。こんなことになったのだろうか。それは人間達にはわかりませんでした。

たとえそれが、自分たちの仕出かしたことが原因であったとしても、人間達に分かる日は永久に来ないのです。

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