お礼をする側・される側
「とりあえず上がってくれ。ただいま。」「ただいま。」「ただいまなのです。」
「お邪魔する!」
「お帰りなさいませ。おや、お客さんでございますな。」
「ああ。【日蝕】のイナバだ。イナバ氏、晩ごはんはどうする?」
「そう、まずは夕飯だ!口に合うかはわからないが、どうぞ!あとイナバと呼んで欲しい」
玄関先で話も何なので、上がってもらうとイナバは食堂のテーブルの上に鞄から取り出した風呂敷包みを置く。中身は重箱に入った弁当だった。ものすごく多い。アマゾン基準で4人分なのだろうか。
「ありがとう、頂こう。それでお礼ということだったが、オレは大したことはしていないだろう?あれは依頼の一環だったのだし。」
「それでも!あたしはワイバーンにさらわれ、おまえ達が助けてくれた。間違いなく命の恩人だ!それなのにお礼のひとつもしないなんてありえない!」
「あ、ああ。それでこれがお礼だろうか。」
あまりの剣幕に少しうろたえてしまう。
「勘違いをしないで貰いたい!これはあくまで夕飯時に話をしに行くのに、そこで用意してもらってはまた恩が増えるから作っただけだ。だからあたしの分もちゃんと入っている!食べながら話をしよう!」
「わかった。ネロ、何か飲み物を持ってきてくれないか?あと取り皿もお願いする。」
「承知いたしました。」
ネロにお茶と皿を4人分用意してもらう。さて、話を聞こう。
「「「「いただきます。」」」」
重箱の中身は元の世界で言うところの中華風だった。テーブルに並べて食べ始める。
「うまいな。これだけでお礼としては十分じゃないだろうか?」
「ありがとう!いや、しかしそういうわけにはいかない!ちゃんとお礼は用意している。素材だ!あと、あたしはこう見えても裁縫師だからな。これから【平穏な日々】の素材系鎧とローブ作りは任せて!」
「それは【平穏な日々】に入るってことかしら?」
「ああそうだ!ちゃんとリーダーには許可を貰っている!というかあたし達【日蝕】は立ち上げたときから脱退は自由だ!あたしはおまえ達についていきたいんだ!」
「それはワイバーン狩猟が終わってからってのはダメなのか?」
正直もう1人増えたら指揮できる自信はない。
「嫁枠じゃないならキリンは賛成なのです!」
嫁枠って何だ。いや、落ち着いたら2人はちゃんと娶るつもりだが。
「あたしも別に嫁になりたいとかそういうわけじゃない。そもそもAのことをよく知らない。でも!それでも!あたしができる範囲で恩を返したいんだ!」
「だって。どうするの、エイ?」
「そうだな、とりあえず今回はお礼としてその素材を貰って。オレ達のランクがイナバに追いついたらそのときに加入は考えるっていうのでどうだろうか?ワイバーン狩猟のときには共闘するんだろうし、そこでお互いに戦い方を見ていけるかどうか判断しよう?」
「・・・わかった!」
納得はしてもらえたか。
「「「ご馳走様」」」「お粗末様!それで、素材はどこで出せばいい?」
「じゃぁ工房に案内するわ。ついてきて。」
食べ終わったのでその素材を見せてもらうことにする。グラシアが先頭に立って工房に向かう。
「ここよ。」
「立派な工房だな!(中級なりたてにここまでの資金力があるのか?すごいな【平穏な日々】)」
「・・・どうした?」
なぜかイナバが黙り込んでしまったので訊いてみる。
「いや、圧倒されていた!それでこれが渡したかった素材だ。命を救ってもらった対価になるかはわからないが、それでも!あたしが出せる最高の素材だ!」
1mほどの牙だろうか、それが2本。ほとんど白といっていい薄い青をしている。
「こんなの貰っちゃったらそれこそ過剰よ!だってこれ・・・ライトブルードラゴンの牙でしょ?」
グラシアが興奮している。・・・ライトブルードラゴン?っておい。光と氷と風、3属性のドラゴンのはずだ。上級の上のほうで狩るモンスターじゃなかったか?
「イナバ。もし本当にライトブルードラゴンの牙なら、流石に貰えない。それに今のグラシアじゃ扱えないだろう。」
「扱うことはできるわよ。ギリギリだけど。失敗する確率は高いけど!適正鍛冶レベルは14だから、9の私がやると成功率は3割ってとこかしら。」
それを扱えないというんだ。
「やっぱり、ダメか?」
「それでもどうしてもというなら、1本だけ預かる形でどうだろうか。持っているだけでも箔がつく代物なことだし。」
「貰ってくれるか!」
「あくまで、預かるだけだ。ちゃんとグラシアが扱えるようになれば買い取らせてもらう。」
「そのくらいになったらあたしもメンバーだろうし!パーティの共有財産として使って欲しい!」
「わかった。」
「よーし。じゃぁまたワイバーンのときに!お互い死なないように頑張ろう!」
そういってイナバは去っていく。重箱は・・・そのときに返せばいいか・
「せっかく工房に来たんだし、魔銀で機械槍を作ってみるわ。今回は鍛冶スキル鍛錬のために工程を踏むからね。ちょっと時間かかるから戻ってていいわよ。」
「いや、微調整とかもあるだろうしオレはここで見ているよ。」「キリンも機械槍の中身には興味あるのです。」
「そう?まぁいいわ。そこで見ていてね。」
そういって鞄から魔銀らしき鉱石と、本を取り出すグラシア。
「えーっと。槍っていうより重杖に近い構造なのね。なるほどなるほど。」
何かいいながら本を読み、鞄にしまう。おおよその工程が頭に入ったようだ。
魔銀を熱し、伸ばし、棒状にしていく。まずは芯となる部分だろうか?
「よし。こんなものかな?」
次に別の魔銀を熱し、今度は円錐を形作る。中身の入っていない、ガワだけだ。それを押し潰し、手を当てる。魔力処理だろうか。円を10分の1で切り取ったような形のものができる。そしてもう1つ同じものを作る。
さらに別の魔銀を熱し、今度は細かい部品を形作っていく。合計26物部品を作り、それを最初に作った芯の側面に貼り付けていく。
それをガワで上下にはさむ。おお、機械槍っぽいものができてきた。
ガワの両端をハンマーで叩き、ぴったりとくっつくようにしていく。さらに魔力を込めて形成。完成か?
「できたわ!っと鍛冶スキルが上がった?なんだろう、最近スキルがすごく成長しやすい気がするわ。」
「おめでとう!そしてありがとう。振ってみてもいいか?」「おめでとうなのです!」
「ありがと。勿論使い勝手を試してくれなきゃ。はい、どうぞ。」
グラシアに機械槍を手渡される。かなり重い。相当量の魔銀を使ったのではないだろうか。
「武器表示、閲覧許可」
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右手:魔銀の機械槍(500)(0/100)
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キリンにも情報を共有する。
「グラシア、(0/100)表示は現在の魔力蓄積量ってことであっているだろうか?」
「そうだと思うわ。初めて作ったけど、使い勝手はどうかしら?一応突撃槍のときを参考にして重心バランスはとってあるわ。」
振ってみる。ゴルドンに借りた練習用よりはるかに重いが、扱いやすい。手に馴染むようだ。
「ああ。ばっちりだ。いつもグラシアの武器は使いやすい上に威力が高くていい感じだ。」
「ならよかったわ。・・・ねぇ。今回は私軽魔法師になった方がいいんじゃないかしら?」
「いきなりどうしたんだ?」
「私の杖も新調しようと思ったのだけど、撹乱なら軽魔法のほうが向いてるでしょ?だから。」
「切り替えはできるものなのか?」
「えっとね。カサンドラさんに教えてもらったんだけど。持ってる武器によってスキルが変わるみたい。でも能力値は最初に取得したスキルのままなんだって。具体的にはレベルそのままで重杖が軽杖に、魔法陣が多重詠唱に。そして魔法威力スキルが詠唱短縮スキルになるんだって。」
「なるほど。それで、軽魔法師としての戦い方はできるのか?」
「それはやってみなくちゃわからないから、明日熱帯雨林で試してもいいかしら?」
「わかった。キリンもいいか?」
「あんまりキリンは熱帯雨林には行きたくないですけれど。コオリタケジュースはまだありますし大丈夫です。」
大山脈にいけない今、熱帯雨林の依頼は殺到しそうだが。奥地なら大丈夫か?
まぁ今日のところは風呂に入って寝てしまおう。キリンはグラシアの杖完成を待って一緒に入るのだとか。上がったころにはオレは夢の中にいそうだ。