魔法師訓練を受けてみよう
朝だ。今日もいい天気だ。こっちの世界に来て4日だが、ずっと晴れている気がする。雨が降らないとかはさすがにないだろうが、天気予報とかはあるんだろうか。
食堂に行くと先客がいた。
「おはようございます、クラリチェ氏。」
「おはようございます、Aさん。師と言われても。私はそこまでかしこまられるようなことはしてないですよ?」
どうやら『し』のニュアンスが違って伝わってるようだ。思い返せば初日の《両手持ち長剣》使いや、グラシアの反応がなんかおかしかった気がする。
「ああ、そうじゃなくて。故郷の言葉で『さん』を意味する敬称だったんだが。誤解されそうだからこれからはクラリチェさんと呼ぼう。」
「そうだったのですか。あ、別に呼び捨てで結構ですよ?同じ宿に泊まる狩人同士、遠慮はなしです。そうですね、その代わり私もA、と呼ばせてもらいますから。」
「そのほうが楽だというならそうさせてもらうが、クラリチェは丁寧語なんだな?」
「これは癖ですので。」
誰に対しても丁寧語でしゃべる人間は一定数いる。クラリチェもその類か。
「なるほど。それにしても早いな。あとの2人はまだ寝ているのか?」
「バルバックはまだ寝ていますね。すぐ起きてくるでしょうけど。イーリはもう『魔法薬ギルド』へ出かけましたよ。」
イーリオスの略称はイーリ、か。本人に許可とってオレも使わせてもらおうか。
「『魔法薬ギルド』へ?必要な薬でもあるのか?」
「イーリは調合者でもありますから。まだ《初級調合者》ですけどね。」
ひょっとして『ギルド』掛け持ちは珍しくないのか?スキルでパラメータが成長する世界だから、いろんな職に就いたほうがいいのだろうか?
わからないからとりあえず、
「すごいんだな。」
褒めて反応を見よう。
「ええ、すごいんですよイーリは!『ギルド』掛け持ちは仕事のノルマが重荷になっていくので、たいていは後に登録した方を辞めさせられるか、そもそも掛け持ち自体をしないのですけれど。それをちゃんと計画的にこなして、さらに自己研鑽も怠らない。今回も遠征前にノルマを前倒していましたしね。」
なんかスイッチが入ってしまった。イーリオスに対する好意がすごい。それにしてもグラシアは茨の道を進んでいるのか。やれる分はフォローしてやらねばな。
「なるほどな。だが前倒してあるなら休養日の今日に仕事をしなくてもいいのでは?」
「狩猟成功前提で組んでいましたからね。もう1度遠征する予定ですので、依頼を見て組みなおすみたいですね。朝一で依頼を受けて、こっちに戻ってきて朝ごはんを一緒に食べるのがいつものパターンなので。そろそろ帰ってきますよ。」
「そうなのか。それならバルバックもそれくらいに起きてくるのか?」
いつものパターンってことはそんなものだろう。
「そうですね、っと言っているそばから起きてきましたよ。」
階段から足音が聞こえ、バルバックが降りてきた。
「おはようクラリチェ、A。いい朝だな。」
「おはようバルバック。いい狩り日和だ。」
「おはようございますバルバック。イーリが帰ってきたら朝ごはん出してくれるように女将さんには頼んでいますから。」
彼(?)が席に座ると同時に玄関が開く音がする。
「ただいま・・・。」
イーリオスが帰ってきた。眠そうな喋りかたは変わらないのか。
「お帰りなさいイーリ。朝ごはんにしましょう?」
「お帰り、おはようイーリ。」
「お帰り、おはようイーリオス。オレもイーリって呼んでいいか?」
「おはようバルバック・・・、A・・・。イーリって呼ぶのは・・・、別にかまわないの・・・。」
よかった、ダメって言われたら凹んでたところだ。
「そうか!ありがとうイーリ。」
「お礼とか・・・いらないの・・・。とりあえず・・・、朝ごはん食べる・・・。」
と、そこに。
「はい、おはようさん。4人揃ったから朝ごはん出すな。今日はおかずは4人分まとめてやから、好きに分けてな。」
宿屋のお姉さんが皿を運んでくる。テーブルの真ん中に山盛りのポテトサラダ、1人ひとりの前には取り皿とトーストと牛乳。もう牛乳ってことでいいや。
「「「「いただきます。」」」」
4人で食事を開始する。オレも食べる方だが、他の3人もよく食べる。見る間にポテトサラダが消えていく。朝は雑談なんてしている余裕がなさそうだ。しゃべるとおかずが消える。
「「「「ご馳走様でした。」」」」
「はい、お粗末様。いってらっしゃい。」
「「「「行ってきます。」」」」
数瞬で食べきって外へ。
外に出たところで、クラリチェパーティに
「さて。これからそっちはどうするんだ?オレはギルド前で相方と待ち合わせて行動を決めるんだが。」
と訊いてみる。
「そうですね、イーリは『魔法薬ギルド』のお仕事。私とバルバックはイーリの護衛ですね。」
とクラリチェ。
護衛か。自発的なやつなんだろう。遠征依頼遂行中なので、『狩人ギルド』の他の依頼は受けられないはずだ。
「そうか、気をつけてな。」
「Aもですよ。それとちゃんとその相方さんに話をしておいてくださいね。」
「わかってる。では。」
「では!」「お互い・・・気をつけるの・・・。」
どうやらクラリチェパーティは北のほうへ行くみたいだ。目的地は沼だろうか。気にしても仕方がないのでギルドの建物へ向かおう。
着いて少しするとグラシアが走ってくるのが見えた。
「おはようグラシア。今日もいい狩り日和だな。」
「おはようA。ほんといい天気ね!それで今日なんだけど、」
「ああ。それなんだが。ちょっと考えたことがあってな。」
「なにかしら?」
「グラシア、魔法を習って《重魔法師》にならないか?」
「え!?」
まぁ困惑はするだろう。なのでちゃんと説明はする。
「いや、ほら。昨日しんどそうにしていたのは、おそらく魔力の使いすぎだろう?で。前衛だと魔力の最大値とかは増えないと思うんだ。」
「そうね、あのランクの武器を作るには私の魔力全部使っていっぱいいっぱいだったわ。あと前衛は職レベルが上がれば体力とスタミナが上がるけど魔力は上がらないって話だわね。」
「だろう?それにグラシアの素質は魔法職寄りだと思うんだ。で、走りながら魔法を連射する《軽魔法師》よりも、その場で大魔法を撃つ《重魔法師》のほうが向いている、と。」
「でも、私魔法スキルなんて持ってないわよ?」
「ああ。だからこれから訓練に行くんだ。武器の訓練をしてくれたんだ、魔法もやってくれるだろう。」
「そうなのかな・・・?もしやってくれたとして覚えるまでどれくらいかかるのかな?」
「グラシアならいけるだろう。最悪今日一日つぶしてもいいだろう?ってくらいの心構えで!」
「その心構えは今日を無駄にしちゃいそうで嫌よ!やるなら精神集中して頑張って覚えるわ!」
「そうだな、その意気だ!じゃぁ行こうか!」
「ええ!」
とりあえずやる気にさせることは成功したみたいなので、ギルドの建物に入り、奥の新規登録カウンターへ。
「おはようございます。」
「おはようございますA様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
相変わらずの美人秘書さんが丁寧に挨拶してくれる。丁寧すぎる気がするけど。
「ああ、このグラシアに魔法を教えて欲しいんだ。」
「おはようございます。はじめまして、グラシアです。よろしくお願いします。」
「グラシアさんですね。ああ、わたくしはカサンドラと申します。失礼ですがステータスを見せていただいても?」
この人もグラシアに様付けしないのか。というか名前をオレも初めて聞いた。
「はい、ステータスオープン、閲覧許可。」
「なるほど。確かに魔法職の適正がありますね。《メイスと丸盾》より余程。」
思ったとおりだ。
「ですが、魔法スキルをお持ちでないので。基礎からの訓練になりますがよろしいですか?」
「ええ。基礎からでお願いします。」
「覚えたい魔法の属性はありますか?」
「えっと・・・。A、どうしよう?」
「光で。」
「ちょっとA!光って特殊属性じゃない!覚えるの難しいわよね絶対!?」
「そうですね、まずは土水風火の4つのうちいずれかをお勧めしていますが。」
2人から反対意見が出るが。
「いや、グラシアならいけるはず。光でお願いしたい。基本属性は余裕があったらで。」
ここは強引にいってみよう。遠征までに使いこなそうと思ったら1種類しか無理だろう。ならば万能感がある光か闇、後者は俺の剣の属性だから前者で決まりだ。
「A様がそういわれるならお引き受けしますが・・・。ご一緒に訓練をお受けしますか?」
「いや、終わるまで待ってるよ。魔力がほとんどないオレがスキルを得たところで使えないし。」
「そうですか。ではグラシアさん、こちらへどうぞ。不肖このわたくしカサンドラが誠心誠意訓練させていただきますね。」
なんだかすごいプレッシャーを感じる。頑張れ、グラシア。
「A!すぐに魔法覚えて打ち込んであげるから!待ってなさいよ!」
「ああ。期待してる。」
期待するのは短時間での習得だが、なぜかいけそうな気がする。