日誌のなかの小学校(試作版)
この作品は試作版です。いつか長めの物語として書くかもしれません。
【10/22(火) ある街の少女】
「学校」が廃校になってから三ヶ月が経つ。あの日々を思い返すとき、私はサンルームの天井、そこから降り注ぐ昼光を眺めずにはいられなかった。
「いつまでぼうっとしてるんですか、授業中ですよ」
家庭教師の先生はいつもこうだ。私はあの日々の方が充実していたと、そう思っているのに、この人は今を大切にしすぎるのだ。
私はしぶしぶ算数ドリルとにらめっこした。季節はもう、冬になろうとしていた。
【6/7(火) 仁美】
先生が突然、日誌とかいうものを提案した。この学校が開かれてから一ヶ月、ここでは七人の生徒と一人の先生が「創造・自由・共助」の精神で寝食を共にしている。先生のことだから、生徒のことをもっと知りたいとかいう理由なのだと思う。
私が学級委員だからと、初日の記入を任された。昨日の話だ。最初に何を書くかは、次の人の内容さえ半ば決めてしまう。半端なことはできず、昨晩は遅くまで日誌と向き合っていた。
「起立、礼」
「おねがいしまーす」
欠伸を我慢しながら号令を掛けると、七人分の声が教室に重なる。
まだ舌足らずな声は二年生の文ちゃんだ。可愛さゆえに、みんな妹のように扱っている。
「ふああ……」
五年生のかれんが大きな欠伸をする。
「かれん、また夜更かし? あー、いや、昨日小テストあったっけ」
「そうよ……また補習……ふわぁ、嫌になるよね、まったく」
先生が教卓をコンッと小突く。
「嫌なんて言ってないで、さあ勉強勉強。次は補習にならないようにな」
「はぁーい……」
かれんは机に突っ伏しながら嫌々オーラ全開で答えた。
【6/8(水) 真奈】
この学校は本当に楽しい。前までは学校に行けるなんて思ってもなかったし、センセーが迎えに来た時も、しょーじき行きたくなかった。けど、今は来てよかったって思ってる。だって学校って勉強ばっかりするだけと思ってたから。
ここはそんな場所じゃない。朝ははるはるが本で叩いて起こしてくれて、ゆうちゃんがご飯を用意してくれて、アタシはそれのお手伝い。で、みんなが食べ終わったらちょっとメンドクサイ授業。
お昼からは自由時間で、好きなことができる。ヒトミさんとかはるはるはムツカしいことを勉強して、ゆうちゃんは夜ご飯を考えながら料理の練習をしてるらしい。あ、センセーは買い出しね。
アタシは、文ちゃんとさーちゃん、かれんちゃんとかくれんぼ。じゃんけんに負けちゃったけど、アタシは探す方が好きだからラッキーだ。
「ひゃくじゅうはち……ひゃくじゅうきゅう、にひゃく!」
砂場に作ってた山を崩してダッシュする。風がキモチいい!
【6/9(木) 春香】
自由時間、わたしはこの時間が好き。色んな本を読んで、知らないことを次々に学べるから。今日は先生が新しい本を買ってきてくれるから、この本も早く読み終えたい。
「はるはる、またムツカしい本読んでんの?」
「そうよ、マナみたいなお馬鹿さんにはなりたくないの」
「ふーん……」
私の足元、机の下に隠れているマナ。私と同じ四年生だとは到底思えない。昨日は文ちゃんがここに隠れていたけれど、真似をしたらすぐに見つかるでしょうに。
「あ、はるはるのパンツピンクだ」
「黙りなさい」
「いったーい! なんで蹴るのさー」
机から這い出て頬を摩っている。顔面を狙ったのに。
「あー、まなちゃんみっけー!」
ドアが開かれて、文ちゃんが現れた。今日は文ちゃんが鬼なのか、尚更真似したらいけないだろうに。
「あーもー、はるはるのせいだー」
しぶしぶ部屋を出て行くマナに、一声掛ける。
「マナは、この生活楽しい?」
そう訊くと、マナは可笑しそうに笑った。
「アタリマエじゃんか、すっごく楽しいよ!」
「そっか、それは良かったわ」
マナが出て行くと、次の一ページを捲った。
【6/6(月) 学級日誌】
今日から学級日誌というものが導入された。みんなで順番に日記を書いて回すらしい。何を書いていいのか分からず、気が付くと日付が変わってしまっている。そうだ、夜ご飯はカレーライスだった。甘口だけど、沙耶ちゃんには辛かったみたい。かれんは甘過ぎって言ってたけれど。
この学校に来てから一ヶ月、みんなともっと仲良くなりたい。
【6/10(金) 先生】
ここの夜は酷く静かだ。人里を少し離れた山中の校舎、ここからは星が綺麗に見える。都会に住んでいた頃には考えられなかった長閑さだ。耳を澄ませば椅子を引く音や、誰かが廊下を歩く音が聞こえる。すると、どうにもその足音はこの部屋に近づいているらしい。ここの教師になって一ヶ月、少しづつ生徒との仲が深まるようで教師冥利に尽きるというものだ。
コン、コン、と弱気なノック。これは沙耶だろうか。当初は人見知りが激しく、俺と正対さえできなかった子が、随分と成長したものだ。
「どうぞー」
「お、おじゃま……します」
やはり沙耶だった。水色と白の厚い生地のパジャマを着て、恐る恐るドアの端に摑まっている。
「入っていいよ、ほら、こっちに座りな」
作成途中の小テストをファイルに挟み、沙耶をベッドに座らせる。沙耶は両手を膝に挟み、居住まいを落ち着かせられずにいる。おずおずと上目遣いで見つめて来るが、何も言い出しそうにない。最近沙耶に変わったことがあったかと思い返すが、そんなことはなかった。児童間の揉め事か、あるいは。
「もしかして、眠れないのか?」
沙耶は顔を真っ赤にして首をふるふると振ったかと思えば、目を伏せて頷いた。
「…………うん」
沙耶はまだ三年生だ、一人では寂しい夜もあるだろう。もしかしたら、他の児童も同じような気持ちを抱いているのかもしれない。教師失格だな、と心の底で思った。
沙耶をベッドに寝かせると、眠りに落ちるまでその柔らかな髪を撫でていた。
【5/13(月) ある街の少女】
それはぼんやりとした昼寝の目覚めだった。リビングのソファに寝そべったまま眠ってしまったらしく、テレビはお昼のニュースを報じていた。
『先日発生した住宅火災により、その家に住む一之瀬夫妻が焼死体となって発見――』
ニュースを見れば殺人や事故、死者ばかりが溢れている。それに慣れてしまっている自分こそ恐ろしいのだと思いつつ、チャンネルを変えようとした。
しかし、次の一言がそれを許さなかった。
『また、この家に住む十歳の少女、一之瀬侑花さんが行方不明となっており、警察は火災との関連を――』
それは、よく見知った名前だった。
【6/9(木) 学級日誌】
始まって三日にして、日誌が廃止されてしまった。真奈やかれんの反対があったからだ。せっかくなので私の日記として使わせてもらうことにした。卒業までに全てのページが埋まるくらいの楽しい日々を送りたい。
【7/27(金) ある街の警察官】
部下に貰った缶コーヒーに口を付けると、アルミの冷たさが唇に心地よく伝わる。喉を、食道を通り抜ける水分を感じながら大きく息を吐いた。すると、興奮気味に走り来る影があった。
「課長、例の生存者の、いし……はあ、意識が、戻りました!」
「なんだと、分かった。すぐに行く!」
幼子が生活していた「校舎」に一礼して、唯一の生存者、立花仁美の元へ向かった。