Sixth melancholy
ほとんどがトイレの話です。
ごめんなさい。
メイドさんが先導して長い廊下をカリーナさんと歩いている。
なかなか立派なお城だ。
ふと、黒い衝動が僕を襲った。便意が強烈にやってきたのだ。
「あのぅ、カリーナさん。王様に会う前にトイレに行かせてもらいたいのですが」
「すいません、英雄さまがトイレに行きたいそうです」
「かしこまりました、御案内します。どうぞ、こちらへ」
メイドさんに案内されて小部屋に入った。綺麗な壺が置いてあるだけの部屋だ。
(もしかして、ここがトイレ?)
『宿主はこういったトイレは初めてなのか?』
(どうやって使うの?)
『壺の中に用を足して、終わったら部屋の隅にある、あの棒で尻を拭くのだ』
本気か。水洗式でもなければ汲み取り式でもない。便器すらない!
(あのぉ、また皆さんにお任せしたいのですが・・・)
『身体担当ぉ、稲妻颶風ぉ、出番だ』
『えー、嫌だ。あたし、汚いの嫌い』
(えぇぃ! 命令だ。やれ)
『・・・。いぇす、まい、ますたぁ』
すげー嫌そうに返事したけど、命令には従うようだ。
『まったくもぉ! 排便くらい自分でしてよぉ!』
稲妻颶風はぶつぶつ文句を言いながら僕の身体を動かしている。良い子だから黙って命令に従おうね!
腰に巻いた晒を外して、壺に跨がった。
冷たい衝撃が走る。僕の「BIG・1」が壺に当たっている。
(稲妻颶風、当たってる、当たってる。BIG・1を持ちながらして)
『なんだいそりゃ、面倒だな』
(僕はいつもそうしてしているんだよ! 便器に座ったときにペタって当たって気持ち悪いから、手で持ち上げながらするの!)
『不便な身体だなぁ』
(余計なお世話だよ!)
左手の親指と人差し指でBIG・1を摘まみ上げた。汚い物を触るみたいな扱いをするんじゃないっ!
「ふんっぬぅーっ」
もの凄い量の便が出てきた。あれだけ食べていれば排便の量も多くなる。
もりもりしていたら、壺から溢れそうになってしまった。
(おいおい! これってどうしたらいいの?)
『メイドを呼んで代わりの壺を持ってきてもらうのだ』
本気か。そんなことを頼むなんて、恥ずかしいじゃないか。
『どちらにしろ、いっぱいになった壺はメイドが処理するのだから、構わんだろう』
本気か。メイドさんは御飯を作るだけではなく、排泄物の処理までしているのか。
『溢れさせても、部屋の掃除をするのはメイドであるぞ?』
本気か。それはちょっと可哀想だ。
「す、すいませーん」
「はい、御用ですか?」
メイドさんは小部屋の外で待機してくれていたようだ。
「壺がいっぱいになっちゃったので、おかわりを持って来てもらえませんか」
「・・・。かしこまりました」
本気か。というメイドさんの心の声が聞こえた気がする。
程なくして小部屋がノックされた。
「あのぅ、壺をお持ちしたのですが・・・」
どうしよう。おかわりをもらったのはいいが、下半身丸出しのまま差し替えてもらうのか、一旦休憩して自分で壺を取りに行くのか、それが問題だ。
『宿主、いくら私でも途中休憩なんていう身体のコントロールはできないよ!』
『仕方ないのである』
(うぅぅ。判ったよぉ)
僕は覚悟を決めた。
「す、すいません、差し替えてもらえますか」
「・・・。はい」
小部屋のドアが開いてメイドさんが壺を抱えて入ってきた。
肉しか食べていないので排泄物は強烈な臭いがする。悪臭だ。この臭いは元から絶たなければダメなやつだ。
しかも僕は下半身丸出しで、左手でBIG・1を摘まんで中腰。恥ずかしい。格好も臭いもすべてが恥ずかしい。
「ぐぅおぇっ、ぐぅおぇっ・・・」
メイドさんはときどき嘔吐きながら壺を差し替えてくれた。
そして「また御用があれば声をかけてください。ぐぅおぇっ・・・」と言って、にっこり笑いながら満タンになった壺を持って部屋を出て行った。
『宿主、あぁ言ってくれているし、尻を拭くのは彼女に頼もう!』
(勘弁してくれ。もぉ嫌だぁ・・・)
顔から火が噴くどころではない。穴があったら入りたい。というか、死にたいくらい恥ずかしかった。
こうなったら彼女を嫁にもらうしかない。BIG・1も目撃されちゃったし。嫁にもらったのなら、この恥ずかしい姿も恥ずかしくない!
『彼女とここで暮らすのか?』
(ここの生活は、主にトイレが不便そうだから家に連れて帰る)
『・・・。異星人だけど、大丈夫?』
(国際結婚みたいなもんだろ、何とかなるんじゃない?)
『好きにしたらいいんじゃない? 何せ英雄さまだから、メイドを嫁に欲しいって言えばすぐに貰えるでしょう』
(本気か)
『排泄物を処理しただけで英雄さまの嫁になれるんだから、メイドにとっても玉の輿なんじゃない?』
(本気か)
彼女に別れ話をされたばかりなのに、異星人と結婚しちゃうのか。
『宿主、そろそろ切り上げよう』
稲妻颶風はイライラしているようだ。スポンジのようなものが先端についている棒で尻を拭いた。このスポンジ、濡れているぞ?
『塩水に浸してあるからな』
(お尻がベタベタになった・・・)
『晒を巻かずにいれば、すぐに乾くぞ?』
(それじゃBIG・1が裾から「こんにちは」しちゃう)
『不便な身体だなぁ』
(余計なお世話だよ!)
お家に帰りたい。帰ったらお酒を飲んで、へべれけに酔っ払って、目覚ましが鳴っても起きないんだ。目玉が腐るまで寝てやるんだ。
「あ、そうだ」
早く王様に会いに行かなければならないことを思い出したので、お尻が塩水でベタベタしたままだけど我慢して晒を腰に巻いた。
やらなきゃいけないことはさっさと済ませて、とっととネロを倒すのだ!
「お待たせしました」
「いえいえ」
カリーナさんはにっこり笑って、何かを噴霧した。うん、香水だ。ちょっと臭っていたのかな?
「こちらが謁見の間になります」
いよいよ王様と御対面か。大きな扉が目の前にあり、甲冑を着た身体のデカい兵士2人が両側に立っている。警備員かな?
「王様と会うのに、こんな服装で大丈夫なの?」
「何か、他に服を持っているんですか?」
「いや。持っていない」
カリーナさんの宇宙船で洗濯してもらっている普段着は上も下も、下着もユニク○だし。
「義龍を倒した英雄ですから、大丈夫なんじゃないですか?」
「そういうものなのですか?」
「そういうものなんです」
カリーナさんはいい加減な性格なんだな。がさつで適当。いくら巨乳で美少女だったとしても彼女にはしたくないタイプだ。
「では、入りますか」
甲冑の兵士2人が扉を開けてくれた。警備員兼ドアボーイだったのね。
「義龍殺しの英雄、ロウ殿下一行の御成ーっ」
ん? ロウ殿下って誰だ?
扉の向こうには赤い絨毯が敷かれ、その先は段になっていて王様らしき人が座っていた。
両側に兵士や着飾った貴族っぽい人たちが立っている。
カリーナさんに促され王様が座る段の下まで進んだ。ここが所謂「玉座」という場所なんだろう。
ぼーっと王様を見ていたらカリーナさんに裾を引かれた。いつの間にか片膝をついて座っている。映画やテレビで見る、頭を垂れる姿勢を取らなきゃならないらしい。
部屋に入るときノックをしないのに、こういうときの礼儀は弁えているんだ。ちゃっかりしている。
僕は見よう見まねで片膝をついて頭を下げた。
「(大次郎さん、左膝を立てて敵意のないこと示す姿勢を取ってください)」
江戸時代でも殿様に会ったときには正座して、刀を右側に置くことが礼儀だったと聞いたことがある。この星では左膝を立てることが礼儀なのだろう。
慌てて立て膝を入れ替えた。
「面を上げ給え、ロウ・アマノ殿下、カリーナ・ヤクシニー殿」
今、天野って呼ばれたけど、ロウって僕のことだったのか?
「はい」
ちゃっかり娘は右手を胸に当てて顔だけ上げた。僕も真似しておこう。
「ロウ殿下、此度の義龍退治は見事であった」
「はぁ」
「(もう少し敬意を持って返事しなさい)」
小声でカリーナさんから注意されてしまった。
「はい」
「(お褒めの言葉、ありがとうございます)」
「お褒めの言葉、ありがとうございまーすぅ」
「(私の国では)」
「わーたしのくにでわー」
「(竜を倒すことが戦士の条件なのです)」
「竜を倒すことが戦士の条件なのでーすぅ」
「(ですから、戦士である私にとっては義龍を倒すことなど、造作もなかったのです)」
「でーすからぁ、戦士であるわーたしは義龍を倒すことなど、造作もなかったのでーすぅ」
僕が話す台詞はすべてカリーナさんが小声で指示している。というか、この距離だからカリーナさんの囁きは王様に聞こえているはずだ。
これじゃ、とある老舗料亭の謝罪会見みたいだ。カリーナさんは僕のお母さんか!
ちょっとムカついたので、全部語尾を伸ばしてやった。ささやかな抵抗だ。
2015/12/25 誤字訂正