Fifth element
気がついたらベッドで寝ていた。
知らないのは天井だけでなく、部屋の全てだ。
「ここは何処?」
ベッドから降りて立ち上がったら、ちょっとだけ立ちくらみがした。
もの凄くお腹が減っている。お腹と背中がくっついちゃう。
外の様子が見たかったので木でできた鎧戸を開けた
石を積んだ壁が見えるだけで今いる場所が何処なのか判らない。
(お前たち、何か知らないか?)
僕の身体と一体化している兜、鎧、盾に頭の中で話しかけてみた。
『 『 『・・・』 』 』
寝ているのか? 肝心なときに役に立たないなぁ。
「誰かいませんかー」
ちょっとだけ大きな声を出してみた。
すると部屋のドアを短く2回、ノックしてからメイド風の女の人が入ってきた。
「Καλημέρα」
ちよっと何を言っているのかわからない。
「あのぉ、ここは何処なんですか」
「Εδώ είναι το κάστρο.」
身振り、手振りで塔のような仕草をしてくれた。
きっとあの草原から見えていた城っぽい建物のことなのだろう。
「Ήρωας ξύπνησε」
女の人が部屋の外にいる誰かに声をかけた。
ベッドに戻り、横になっていたら急にドアが開いた。
カリーナさんだ。彼女の星には「部屋に入る前はドアをノックする」という習慣がないのか?
僕は慌てて起き上がった。
「おはようございます、大次郎さん」
「あぁ、おはようございます、カリーナさん。ここはお城の中?」
「ええ、大次郎さんは3日間も眠っていたんですよ」
「3日間!?」
そんなに寝ていたのか。地球は、ネロはどうなったんだ!?
「生命エネルギーの消費が思っていたよりも激しかったので、兜、鎧、盾の活動を一時停止して、回復に努めていたんです」
「そうだったんですか」
「そうだったんです」
カリーナさんはにっこり笑った。
いやいや、僕は本気で死にかけたんですけど!
「地球は、ネロは?」
「それは、まぁ・・・。まだ大丈夫だと思いますよ」
「そうですか」
お腹が空きすぎて目が回ってきた。
「食いもんだ! 食いもん持って来い!」
「食い物って・・・。よっぽどお腹が空いているんですね」
「血が足りねえ、何でもいい。ジャンジャン持って来い!」
「あら? 出血はしていなかったはずですが・・・」
緑色のジャケットを着た怪盗の真似をしてみたが通じなかった。
ほとんどの日本人には通じると思うんだけど、カリーナさんは異星人だったか。
「とりあえず、お肉でいいかしら? 今は腐るほどあることですし」
「何でもいい。ジャンジャン持って来い!」
それでも続けてみた。
「すいません、例の肉を焼いて持ってきていただけますか?」
「Ναι, κύριε」
カリーナさんは部屋の外にいた女の人に声を掛けた。彼女の言葉は通じるのか。
「・・・。カール、今日は御主人様と一緒じゃないのか?」
とりあえず、まだ続けてみた。
「大次郎さんが目覚めました。皆さんも再起動してください」
無視しやがった。まただ。またカリーナさんは僕を無視した。
『 『 『Protective gear system.Ready?』 』 』
頭の中で電流が駆け巡る。
『 『 『Reboot』 』 』
どーんっ!
全身に電気が流れ、跳ね上がった。
AEDで心臓に電気ショックを与えられたみたいだ。
『宿主、無事で良かった』
『宿主、死んじゃうかと思いました』
『宿主、あたしは悪くないよ!』
(とりあえず、静かにしていようか)
『 『 『了解、宿主』 』 』
僕の言うことは素直に聞くのだな。よしよし。
「って、再起動ってこんなにも衝撃があるんですか!?」
「再装着の方が良かったかしら?」
「再装着なら、あの痛みはなくなるんですか?」
「いいえ。同じです」
「じゃあ、再起動で良かったです」
衝撃の蠍たちが再起動したらますますお腹が減ってきた。
「急激にお腹が減ってきました」
「兜、鎧、盾は大次郎さんのエネルギーで活動しているので、いつもよりお腹が減るのは仕方ありません」
「・・・。再起動は御飯を食べた後でもよかったんじゃないですか」
「あら、もうお肉が焼けたようですよ」
また無視しやがった。衝撃の蠍たちは僕の言うことを素直に聞くのに。
メイド風の女の人たちがぞろぞろとお盆にお肉を載せて部屋に入ってきた。
この人たちは城の使用人なんだろう。「メイド風」ではなく本物のメイドさんだ。
ベッドの上で我武者羅に食べるところまでを真似したかったが、カリーナさんはきっと無視するだろうからやめておいた。
部屋に備え付けられているテーブルにお肉が並べられたので、そこで食べることにした。
「もの凄い量のお肉ですね」
「えぇ、腐るほどありますから」
売るほどあるとか、掃いて捨てるほどある、馬に食わすくらいあるじゃなくて、何で腐るほどなのだろう?
「いただきます」
「どうぞ、たんと召し上がれ」
肉を一切れナイフで切った。このナイフはテーブルナイフじゃなくてボウイナイフのようだ。よく切れる。
ちょっと固いので良く嚙んだ。生臭い。生焼けではないみたいだから、肉自体が臭いのだろう。生ゴミを口に入れたみたいだ。
メイドさんたちが見ているので、吐き出すのも悪いと思い飲み込んだ。
飲み込むのとほとんど同時に猛烈な吐き気がやってきた。
3日間も寝ていたので胃が空っぽになっている。白湯でもお粥でもなく、いきなり肉を飲み込んだので胃がびっくりしてしまったようだ。
僕は口を押さえて、吐くのを我慢した。
「いかがですか?」
メイドのひとりがにっこり笑って僕に聞いた。
言葉が判る!
『我が輩が通訳しているのである!』
おぉ! 衝撃の蠍、すごいぞ!
「たいへん、おいしいです」
にっこり笑って返した。本当は不味かったし、吐きそうになっているけど、気を使ってそう返事をした。僕は小市民なのだ。
(しかし、不味いし、胃は受け付けないし、大量に肉があるし、困ったなぁ)
『しょうがないなぁ、宿主。あたしが手伝ってあげるよ』
『我が輩も手伝いますぞ、宿主』
『わたしは敵の攻撃から宿主を守ることしかできないので・・・。応援します!』
そう言ってくれると思った。困ったことがあると、すぐに誰かを頼ってしまう。
会社の上司にも「困難なことから逃げ出すな!」といつも叱られている。
(ありがとう、みんな。頼むよ)
僕は身体を衝撃の蠍たちに任せた。
大量にあった肉はあっという間になくなった。
何度かおかわりを頼んで食べ続けたが「こんなにたくさん、何処に入るんだ!?」というくらい食べた。
味覚は衝撃の蠍が制御してくれたので、おいしくいただけた。
消化は稲妻颶風が胃腸をフル回転させてくれた。
肉だけを只管食べ続けた。米や野菜は最後まで出てこなかったのだ。
「ふぅ、食った、食った」
「満腹になりましたか?」
「うむ、余は満足じゃ」
手や口の周りが脂でギトギトになっている。そういえば、これって牛肉でも豚肉でもないなぁ。
「ところで、これって何のお肉だったの?」
「これは大次郎さんが倒した義龍です」
「へっ!?」
驚いた。コレが例の「ドラゴン・ステーキ」だったのか!
うーん、不味い! もう結構です!
「蠍の毒を義龍に喰らわしたんだけど、肉に毒が混じっていたりしていないの?」
「よく焼いたから大丈夫なんじゃないですか?」
焼けば何でも食べられるとでも思っているのか。
まぁ、多少の毒も衝撃の蠍たちが何とかしてくれるでしょう。
「そのまま置いておくと、腐ってしまうのでジャンジャン食べていただいた方がみんなが助かります」
「あぁ、そうですか」
高層ビルくらい大きな躯をしていたので、1千万人以上がお腹いっぱい食べられるくらいの肉の量だ。なるほど、腐るほどあるわけだ。
でも不味いのを我慢して食べないと、腐っていくだけだからこの星の人も大変だ。嫌々でも食べて続けているんだろう。
「では、お腹も落ち着いたようですのでこの国の王様に会いに行きましょうか」
「王様ですか?」
「えぇ、王様が大次郎さんに会いたがっているのです」
「どうして?」
「大次郎さんは義龍を倒した英雄ですから」
カリーナさんはにっこり笑った。彼女が笑うときは気をつけた方がいいかも。ヤバそうだ。
『宿主は英雄であるか』
『あたしたちに身を任せていただけなのに、ね』
『宿主がいるからわたしたちが活動できるの。宿主のおかげなの!』
(判っている! 黙れ、寄生虫ども!!)
『 『 『了解、宿主』 』 』
寄生虫扱いしても素直に僕の言うことを聞く。なんて良い子たちなんでしょう!
「僕が義龍を倒したというよりも、衝撃の蠍たちが倒したんじゃないですか」
「それを知っているのは私と大次郎さんだけですから黙っておけばいいのです」
「そういうものなのですか?」
「そういうものなんです」
Que será, seráに改名した方がいいんじゃないんですか、カリーナさん