Third party
「最後に盾ですね!」
カリーナさんは床に寝たままの僕に盾を差し出した。
「・・・。防具を装着するだけなのに痛すぎませんか・・・」
「地球人は私たちより痛みに弱いのかもしれませんね」
痛みに強いか、弱いかじゃない。痛みを伴う装着方法がおかしいんだ!
「ちょっと休憩したいのですが・・・」
「時間もないので、ちゃっちゃといきましょう!」
カリーナさんは屈んで僕の左腕を持ち上げた。屈んだときに胸元から巨乳が丸見えになったのでつい見とれてしまい、されるがままに腕を盾に差し込まれてしまった。
「ぎゃぁあ!」
左腕をロードローラーで踏みつぶされたようだった。骨が砕ける。
『あら? 助けてあげてもよくてよ』
頭の中で高飛車な女の声がした。意思ある鎧、稲妻颶風だったっけ。
『この意思ある盾『雷光流転』は妹分なのよ』
(すいません、助けてください。もう痛すぎてうんちが出ちゃいそうです)
『汚いのは嫌だから、しょうがないか』
左手にガントレットが現れ、痛みがなくなった。
防具ということで痛みを防いでくれているのだろう。
「もう稲妻颶風と仲良くなったんですね」
床に倒れて苦しんでいる僕の目の前に、カリーナさんがしゃがんだ。
こいつらと仲良くならないと守ってもらえないのか!?
盾が左腕に溶け込む感覚がした。
『はじめまして。わたしは雷光流転です。宿主、よろしくお願いします』
『あとひとつで全員集合ですな』
『あたしたちだけじゃ、攻撃ができないからね』
頭の中で一斉にしゃべり出しやがった。うるさいぞ!
(少し静かにしてくれ!)
『 『 『了解、宿主』 』 』
お、こいつらは思っていたよりも素直なんだな。
「気分はいかがですか」
カリーナさんは僕を起こした。やばい。おしっこ漏らしたのがバレちゃう。
「これからちょっとだけ遠くに行きます」
ズボンが濡れているのも、ちょっと臭っちゃうのもスルーしてくれるみたいだ。
「遠くに行くって・・・地球にネロがいるのでしょ?」
「そのネロを破壊するのに、あとひとつ必要な武器があるのです」
「あぁ、頭の中でもそんなことを言っていました」
「はい、意思のある剣『勝利の虹』を迎えに行きましょう」
「準備が完了しているから地球にやってきたのではないのですか」
「今、大次郎さんが装着している兜、鎧、盾はあっちこっちに散らばっていたんです。これらを集めていたら地球に着いちゃったんです」
ということは、まだ旅の途中でネロに出くわしちゃったんだ。
「この装備のままで何とかならないんですか?」
「ネロを破壊できる唯一の武器が『勝利の虹』なのです。とある星に『勝利の虹』が流れ着いて、その星の誰かが『勝利の虹』を使ってネロの本体を破壊したものと思われます」
その誰かが、僕と同じ痛みを味わったんだな。きっと。
「じゃぁ、早く行きましょう」
「はい。ちょっと遠いのでその間に着替えましょうか」
「・・・。はい」
やはり漏らしたのが気になるようだ。多分、僕はカリーナさんの10倍は気になっている。
宇宙船の中の小部屋に案内され、キトンのような服を渡された。
「着方が判らないんですが」
「大丈夫、『衝撃の蠍』たちが知っていますから」
「はぁ」
この兜、鎧、盾は有能だった。僕の身体を勝手に動かしてくれているので、ぼーっとしているだけで着替えが終わった。
なるほど、これなら身を任せているだけで戦えるというカリーナさんの言葉も頷ける。
しかしこの服には問題があった。裾が膝丈までしかなかったのだ。
カリーナさんが貸してくれた着替えの中に下着はなかった。彼女の服装から想像すると、下着を着ける習慣がないようだ。
僕のはでかい。BIG・1と自称しているが、悪友からは「宝の持ち腐れ」と馬鹿にされている。
裾からBIG・1が「こんにちは」している。これはマズい。
『ねぇ、ねぇ。出ているよ。出ちゃっているよ、宿主!』
(知っている。判っている。パンツはないの?)
『我が輩はそのようなものは存じない』
『あら、そのままでよくてよ』
(いい訳ないでしょ!)
仕方ない。カリーナさんに相談しよう。
股間を押さえながら小部屋から出て、カリーナさんに声をかけた。
「あのぅ、すいません。下着はないんですか?」
「あら、必要でしたか?」
「はい。とっても」
「私たちはこういった布を巻き付けるだけの服しか所有していないのです。大次郎さんの着ていた服は洗浄中ですし、困ったわね」
「何か、ないのですか?」
「んー。では、これなんかどうでしょう」
渡されたのは晒のような布だった。
「はぁ、これで何とかします」
僕はもう一度小部屋に戻った。昔は晒を下着として使っていたと聞いたことがある。
晒を股に挟んでX掛けし、腰で結んだ。とりあえずBIG・1は収まった。
『宿主、男らしいです』
『隠してしまわなくてもよくてよ』
『我が輩は自由の方が良かったと思うぞ!』
(あー。いちいち感想を言わなくてもよろしい)
『 『 『了解、宿主』 』 』
変に素直だ。いろいろ感想や意見を言うが、僕が命令すると従うみたいだ。
小部屋を出てカリーナさんのところに向かった。
「着替え終わりました」
「はい。こちらも目的地に着きました」
「早かったですね」
「えぇ、次元転移しましたから」
「はぁ?」
また転移したらしい。今度は目が回らなかったし、気持ち悪くもならなかった。
『我が輩のおかげだぞい!』
(どういうこと?)
『頭部の保護は我が輩の担当なのである。強烈な時空の歪みによる目眩や吐き気等は我が輩が駆逐してやったのである!』
(なるほど、君は優秀な『防具』なんだね)
『あたしも守っていてあげたわよ? 頭部を除く全身があたしの担当だから』
『わたしは宿主が攻撃されたときに守る役割なので、次元転移ではお役に立てませんでした・・・』
(あー、みんなそれぞれ優秀な『防具』だ。これからも力を合わせて僕を守ってくれたまえ!)
『 『 『了解、宿主!』 』 』
なんだか可愛く思えてきたぞ!?
あれだけ痛い思いをして装着したのは、もしかしたら「産みの苦しみ」だったのかもしれない。
そう思えば、みんな我が息子、我が娘のように感じる・・・訳ないか。
「あの星が『χώρα Αρκαδικού』です」
「ぱーどぅん?」
「『勝利の虹』がいる星、『χώρα Αρκαδικού』です」
もう少し丁寧に聞き返してみよう。
「Could you repeat that for me?」
「では、降りましょうか」
無視しやがった。まぁ、星の名前を聞いても判らないか。僕は観るだけで、星座や星の名前なんて詳しく調べたことはないから。
「こちらへ」
「はい」
景色が歪んだ。転移か転送かは判らないが、星へ降りるようだ。
『衝撃の蠍』はまた働いてくれたようだ。酔わなかった。
降り立ったのはだだっ広い草原で、テレビで観たモンゴルのような景色だった。
遠くに中世ヨーロッパの城のようなものが見える。
「あの、いきなり来ちゃったのですが、大気の成分とか引力とか大丈夫なんですか?」
「多少、地球人には合わなくても兜や鎧が何とかしてくれますから」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんです」
衝撃の蠍たちは宇宙服代わりにもなるようだ。
しかし呼び出さないと兜、鎧、盾が現れない。今は膝丈のキトンを着ているだけなので不安になる。
『安心してくだされ、宿主。我が輩たちがいれば、気圧が低くったって、大気に有毒物質が混じっていたって、引力が強くったって、大概のことは大丈夫ぞ』
(頼もしいなぁ)
『敵に攻撃されたって、わたしがちゃんと守りますからね!』
(・・・。敵って誰だよ、ネロは地球にいるんだろ?)
『あたしも敵から御身を守ってあげてもよくてよ』
(だから、敵って誰なんだよ!)
「大次郎さん、気をつけてください。敵が近くにいるようです」
「敵って、何なの!」
そのとき、急に辺りが暗くなった。遠くは明るいから雲がかかったような感じだった。
しかし上空に気配を感じる。
見上げたら高層ビルくらい大きな生き物がいた。
「義龍に見つかっちゃいました」
「見つかっちゃったって・・・」
「どうしましょうか?」
「逃げましょうよ!」
ここは草原で身を隠す場所がない。遠くに見える城っぽいところまで逃げられれば、誰かが助けてくれるかもしれない。
『誰かって、だぁれ?』
(真似すんな!)
『 『 『了解、宿主!』 』 』
そこは返事しなくていいから。変に素直なんだからなぁ。
χώρα Αρκαδικού:アルカディア国