Twentieth magic number
勇者王はベビーベッドで寝ていた。部屋の中はミルクの匂いがして、赤ん坊の部屋らしくベビーベッドの上にはベッドメリーが回っている。
「誰だ?」
僕が覗き込むと赤ん坊は片目だけを開けた。
「はじめまして、僕の名前は天野大次郎と申します。勇者王、Alexander・Allen・Armstrong・Albemarle・Third様とお見受けしました」
「私の前世の名を知る者か。この世界では初めてその名を呼ばれたな。ところでお前は何故アルゴス=ミキネイス語を話せるのか」
ん? どういうこと? 僕は日本語で話しているんだけど。
『勇者王がアルゴス=ミキネイス語で話しかけてきたので、通訳してやっておる』
(なるほど)
虹の彼方は機転が利く。さすが年の功だ。幾つだかしらないけど。
「僕はアルカディア国の皆さんと仲良くしているので、話せるようになりました」
「ほう、そうだったのか」
「今日は勇者王様にお願いがあってまいりました」
「なんだ? 聞いてやろう」
「実は今、アルカディア国の民が大変苦しんでおります」
「何!? ここから逃げた悪魔将軍がアルカディア国に現れたとでも言うのか」
「いえ、でも僕はあなたの子孫と一緒にネロと闘いました」
「おお! それで悪魔将軍はどうした?」
アルディア国ではネロ本体は魔王、バックアップは悪魔将軍と呼ばれていたらしい。両方も「ネロ」という名前なんだけど、アルディア国の人はどこで見分けていたんだろう?
「ネロは僕が倒しました」
「おぉ! よくやった! 褒美を取らしてやりたいのだが、今は赤子の身・・・」
「では褒美の代わりと言っては何ですが、僕と一緒にアルカディア国の民を助けにきてください」
「悪魔将軍が民を苦しめていたのではないのか!? それで悪魔将軍を倒すほどの英雄が私に助けを求めるとは、何事なのだ?」
「説明は後ほど詳しくしますから兎に角、僕と一緒にきてくれませんか」
「今の私は赤子の身で力になれるのか判らないが、アルカディア国の民を助けるためなら行ってやろうか」
(やったー!)
『ふぅー。どきどきしたぞい。あの勇者王も、転生したら人の話を聞くようになったか』
「では支度するか。そこの紙おむつと粉ミルク、ほ乳瓶と消毒器も必要だから持っていてくれ。それと電子レンジにウェットティッシュ、他には・・・」
赤ん坊を連れ出すということは大荷物も運ぶと言うことを、このとき初めて知った。
ミルクを温めるにも、ほ乳瓶を消毒するにも電子レンジが必要だ。異空間収納がなければ持って行くことはできなかった。ところであちらに電気はあるのか?
とりあえず電子レンジは僕の部屋にあるものを持って行くことにしよう。
「今の父と母は・・・。この時間は愛し合っている。その間に戻ってきたいのだが」
「ご心配なく。次元転移しますから今と同じ時間、同じ場所に戻って来ます」
「ならば、行くか!」
「はい!」
『ちょっと待った、宿主!』
(なんだよ、気合いが入ったのに)
『上に変わったモノがおるぞ』
(勇者王の今の父母だろ? 僕の会社の嫌みな上司、田辺久作夫婦だよ!)
『違う。魔力を持った何者か、だ』
(なんだって!?)
『宿主、ちょっと身体を借りるぞ』
(へ?)
虹の彼方が僕の身体を乗っ取ってしまった。
「勇者王様、少しだけお待ちください」
そう言わされると空間転移した。
転移先は2階の窓の外だ。背中から純白の翼を広げ空中停止した。
「お主、何者じゃ」
僕には何も見えない。虹の彼方だけが見えているのか?
(誰もいないじゃないか!)
『これでお主にも見えるか?』
目の前が揺れた。揺れが収まると窓のそばに女の子がいた。あれ? 浮いている。っていうか、翼がある。もしかして天使?
「なんで私が見えるのぉ?」
「そんなに魔力を垂れ流しておって、隠れていたつもりなのか?」
「魔力が見えるなんて、あなたは人間なのぉ?」
「ワシの名は虹の彼方、この宿主の名は天野大次郎、お主の名は?」
「私は金星からやってきた愛の天使、キューティーベルちゃんです!」
「ではベルちゃん、一緒に来てもらおうか」
「あらまー」
翼の生えた少女の手を掴むと勇者王の部屋に空間転移した。
「では改めて、行きますかな」
(僕の部屋に寄ってよね! 電子レンジを持って行かなくちゃ!)
『判っておる!』
また勇者王の部屋に空間転移した。これじゃもう一度義龍の生肉を食べないとエネルギーが持たないかな?
「あなた、強引なのねぇ」
「時間がないからな、お主は強力な魔力を持っているようじゃ。ちっと仕事を手伝ってくれ」
「えーっ、私はこれでも忙しいのよぉ」
「大丈夫じゃ、ちょっと転移して、ちょっと働いて、今と同じ時間と場所に戻ってこられるから心配ないぞ」
「うぅーん、だったらいいかなぁ。ちょっとだけよぉ」
なんだ、この甘えたような話し方。しかもちょっと可愛い。惚れてまうやろ!
『宿主、用心しろよ。こいつは多分、淫魔じゃ』
(なにそれ?)
『まぁ、簡単に言うと淫欲に塗れた悪魔じゃ。取り憑かれると宿主も淫欲の化身になってしまうぞ』
(なんでこいつにも助っ人をお願いしたの?)
『こいつはこの宇宙では数少ない「魔力持ち」で魔力も非常に強い。この強力な魔力は何かの役に立つじゃろ』
(そうですか)
虹の彼方が言うのだからちょっと怖いけどまぁ、いいか。
(僕が取り憑かれそうになったら虹の彼方が守ってよね)
『ふっ、覚えていたら、な』
まぁ可愛いし、あーなんだ、可愛いし、んー、そうだな・・・。そそるから、良いかな?
『宿主、ちっと魅了されておるぞ』
(大丈夫、大丈夫、まだ大丈夫だよ!)
『こいつは自分と性交したくてたまらなくさせるために、宿主の理想の女性となって現れる。ワシが守っているといっても、そんな奴が裸になれば誘惑を拒否することは非常に困難じゃぞ!?』
(う。堕落ちゃうかも・・・)
こいつとなら、行くところまで行ってもいいかな? と思った。多分コレが「魅了されている」と言うことなんだろう。頭では判っているのだが、性的衝動が押さえられん!
「ところで仕事ってなぁにぃ?」
「ちょっと異世界に行って、敵を倒すだけじゃ」
「あらぁー、異世界にいくのぉ?」
「そうじゃ」
「じゃぁ、異世界向きの面白い生き物を私、知っているわぁ」
(異世界向きってなんだよ!?)
『わからん』
「ちょっと、ついてきてぇ」
ベルちゃんは僕の手を握ると空間転移した。空間転移だよ!? こんなことができる美少女がこの世にいたなんて、あぁベルちゃんはなんて素晴らしいのだろう!
転移した先は会社の事務室みたいな部屋だった。
「ほらぁ、そこぉ」
ベルちゃんが指差した先には1頭のゴールデンレトリバーがいた。
「あれが異世界向きの面白い生き物?」
「お前ら、誰だよ! いきなり現れて!」
しゃべった。犬がしゃべった。どうなっているんだ!?
「しゃべる犬、エイチくんよぉ」
「なるほど、面白い生き物じゃ。連れて行ってみるか」
(虹の彼方さん、そろそろ身体のコントロールを僕に返してくれませんか?)
「まぁ、もうちっと待てぃ」
あんな不思議な生き物は気味が悪い。しゃべる犬なんて、化け物じみている!
(僕はあんな不気味な犬と一緒に行くのは反対です!)
「ベルちゃんの推薦じゃ。何かの役には立つじゃろ」
しゃべる犬と猿のような赤ん坊、翼の生えた少女。どこかの昔話で聞いた家来に似ている。僕は鬼退治に行くのか!?
「すぐに帰れるらしいからぁ、一緒に来なさいよぉ」
「何するんだ!」
ベルちゃんは犬を抱き上げると、空間転移で勇者王の部屋に戻った。
「勇者王様、お待たせしました」
「うむ。ところでその犬は何だ?」
「一緒にアルカディア国の民を助けに行く仲間にございます」
「そうか。よろしく頼むぞ」
今度は僕が空間転移を使った。空間転移のたびに魂が減っちゃうから、空間転移はベルちゃんが担当してくれないかなぁ。
僕の部屋に戻ると電子レンジと、冷凍庫にあった冷凍食品を幾つか異空間収納にしまった。次元転移するので義龍の生肉も食べておいた。
「うわぁ、この人、こんな臭い肉を生で頰張っているよ!」
「・・・。そんなこと犬に言われたくないね!」
僕だってちょっとは気にしているのに。生肉を食べるって、人間としての尊厳が損なわれているんだろうな。
「では、今度こそ! 出発だ!」
皆を連れて次元転移した。ベルちゃんは空間転移ができるので大丈夫だと思うけど、この目が回る感覚は赤ん坊や犬は大丈夫か?
もしも僕がブランデーなら、ホワイトキュラソーとレモンジュースを加えて『サイドカー』が出来上がっている。次元転移ではそのくらい身体をシェイクされるのだ。
カリーナさんの星にある洞穴に着いた。
勇者王とベルちゃんはケロッとしていたが、犬は吐いて倒れてしまった。
「酔ってしまったようねぇ」
ベルちゃんが犬の頭を撫でると、すぐに元気になった。
「あれ? 気持ち悪いのが治まった」
「これでいいわぁ」
ベルちゃんに撫でられると気分が良くなるのか? 僕も撫でられてみたい!
『宿主、さっさとはじめよう!』
(はい・・・)
みんなを簡易宿泊設備に招き入れると早速ブリーフィングを行った。
「では作戦の概要を説明します」
「すいません、俺にはあんたの言葉以外よく判らないのですが・・・」
犬のエイチが流暢な日本語をしゃべった。こいつは勇者王の話す言葉が理解できないらしい。
(何か良い方法はないのでしょうか?)
『雷光流転・・・もとい、壁子の異空間収納に御嬢の兜の作りかけがあったじゃろ? 防具としては未完成かもしれんが通訳くらいはできるじゃろ』
僕は衝撃の蠍みたいな兜をしゃべる犬エイチにかぶせた。犬は痛みに強いみたいで、あっさり冠った。
「お前も不本意かもしれないが、もう異世界に着いちまった。僕に協力すれば元の世界に戻してやるから、な」
「ううう。判ったよ」
僕は今の状況と作戦の目的を、僕なりにかみ砕いて説明した。
・アルカディア国の人が不思議な甲冑を着せられて操られている。
・不思議な甲冑から開放するには、女王にお願いするか、操られているアルカディア国の人を殺すしかない。
・女王に会って、アルカディア国の人を開放してほしいとお願いする。
・開放されたアルカディア国の人を故郷に帰してあげる。
・操られている人は全部で43人、すべて女の子である。
「そのアルカディア国の女の子たちを助けるというのが仕事の目的なのか」
「そして、これが重要なんだけど・・・。不思議な甲冑に操られているとめちゃめちゃ強くなる。剣も体術も使うし、魔法攻撃もしてきます」
「強くなるとは、どれくらいなんだ?」
「勇者王様は判ると思いますが、魔王の倍以上です」
「なんだと!」
驚いている。そうだろう、ネロの倍以上の強さならば勇者王だってビビるよな。
「ふふふ、腕が鳴るな! そうか、魔王の倍以上か。魔王と悪魔将軍とその他大勢をひとりで相手にしたときのことを思い出すな!」
なんですと! この赤ん坊・・・いや、勇者王はそんなことをしていたのか!?
「魔王の倍以上の強さの甲冑剣士が43人もいるんですよ!」
「何! では本気で魔力開放しないとな、転生後の若い身体は魔力が貯まって、貯まって仕方がなかったんだ。おもいっきり魔法が使える機会を与えてくれて嬉しく思うぞ!」
本気っすか。
(虹の彼方さん、どういうこと?)
『此奴は昔からこんな感じじゃ。出鱈目な強さで手が付けられん。おまけに人の話は聞かない、周りを気にしない、厚顔無恥で滅茶苦茶。アルカディア国にネロが降り立たなければ、此奴が魔王と呼ばれていたかも知れんな。ワシは苦手じゃ』
本気っすか。
『此奴が暴走しないよう、よく見張っておくのじゃ。下手したら王宮ごと御嬢をぶっ飛ばすぞ?』
本気っすか。
虹の彼方が勇者王に助っ人を頼むのを反対していた理由が少しわかったような気がした。




