Fifteenth tesselation pentagon
「あら、気がつかれましたか?」
カリーナさんが部屋に転移してきた。彼女は宇宙船の中でも転移で移動するのか。
「みんなは?」
「Mitchellさんは残念でした。他に10名の方がお亡くなりになりましたが、遺体は回収できましたので皆さんとχώρα Αρκαδικούに戻っています」
マミやクー、アキの無事も知りたいが、カリーナさんにとっては「その他大勢」なんだろう。
「ネロは?」
「ネロは破壊されました。大次郎さんのおかげです、お手伝いありがとうございました」
とにかくネロを倒せて良かった。
「・・・あれから僕はどれくらい寝ていたんですか?」
「2日間ほど」
「ずっと床で?」
「ずっと床で」
「この宇宙船にベッドは?」
「ありますよ」
「それでも、僕は床で寝ていたんですか?」
「はい、床で寝ていました」
本気か! やはり僕はカリーナさんにイジメられている!
「では大次郎さんも目覚めたことですし、地球に帰りましょう」
「はぁ」
なんだか気持ちがスッキリしない。
「ちょっと寄り道したいのですが」
「あら? 急いで地球に帰りたかったのでは?」
「ほら、次元転移すれば地球を離れた時間と場所に戻れるじゃないですか」
「そうですね」
「地球に帰る前にミッチーの墓に手を合わせたいって思って」
「大次郎さん、この宇宙船はタクシーじゃないんですよ」
カリーナさんの星でもタクシーがあるんだ。
「まっすぐ地球に向かいます」
何があっても「いいんじゃないですか」と言っていたのに、どうしちゃったんだろう。
「マミたちに別れの挨拶もしていないから、気持ちがモヤモヤしちゃって」
「今後、2度と会わない人たちに挨拶なんて、いらないんじゃないですか?」
「そういうものなんでしょうか?」
「そういうものなんです」
何だろう? この違和感。ネロを破壊したらさっさと帰れってことか?
「・・・分かりました。地球に帰って金愚義龍を倒します」
「そうしてください」
カリーナさんが右手を振ると目が回った。次元転移している。
『宿主、そろそろお別れだな』
(え? 一緒に金愚義龍を倒してくれるんじゃないの?)
『ネロの破壊という我らの目的は達成された』
(・・・)
『金愚義龍は宿主ひとりで倒してくれ』
(僕だけじゃあんなに巨大な怪物、倒せる訳がないじゃないか)
『我らには宿主を手伝う理由がない』
(僕だってネロを破壊する手伝いに理由なんてなかったよ!)
『宿主には地球をネロから守るという理由があったはず』
(・・・)
何も言い返せなくなった。
「大次郎さん、着きました」
窓から地球が見える。今回は感傷的にはならない。
「ネロは破壊されましたので衝撃の蠍たちを返してください」
衝撃の蠍たちとのお別れだ。短い間だったが身体に宿していたのでいなくなると思うと寂しい。
カリーナさんが指を鳴らすと衝撃の蠍たちが宇宙船の床にガラガラと落ちていった。外すときには痛みはなかった。
僕は剣、盾、ガントレット、兜と拾い上げテーブルに並べた。
「では大次郎さんを私と出会った場所に転送します」
「はぁ」
カリーナさんは別れの挨拶をしない。彼女の考え方だと僕と2度と会わないつもりなのだろう。
「あ、そうそう」
上げた右手を途中で止めた。
「はい?」
「ネロが持っていた剣を知りませんか?」
「僕に刺さっていた剣ですか?」
「そうです」
「カリーナさんが抜いてくれたんじゃないんですか?」
「いいえ。やはりあの星に落ちているのかしら?」
「そうじゃないですか?」
「では、あとで探してみます」
ネロの持っていた剣は何か大事な剣だったみたい。
改めてカリーナさんが右手を振ると目が回った。もしも僕がドライジンなら、ホワイトキュラソーとレモンジュースを加えて『ホワイト・レディ』が出来上がっている。
衝撃の蠍はもういないので三半規管が悲鳴を上げるかと思ったら、そうでもなかった。
何度も転送だか転移を繰り返したので耐性が出来たのだろう。
僕は芦ノ湖スカイラインに停めてあった自分の車の前に戻った。
スマートフォンを取り出して時間を確認したら、金曜日の午前2時過ぎだった。
「・・・。帰るか」
車の鍵をスマートキーの本体で開けた。カリーナさんと出会ったときにはバッテリーが完全に上がっていてサンルーフが閉められない、エンジンがかからないと散々だった。
車に乗り込みロードサービスに電話しようと思ったが、ドアを開けたときにルームライトが点いたのでイグニッションノブを回してみた。
エンジンがかかった。
「どうなっているんだ?」
精神も身体も疲れているから、深く考えるのはやめて家に帰ることにした。
家に着くと、まずシャワーを浴びた。とにかく身体を洗いたかったからだ。
鏡に映った自分を見ると脇腹に傷跡が残っていた。
「怪我と弁当は自分持ちって言っていたけど、カリーナさんは治療してくれたんだな」
傷跡を右手で触っていたら頭の中で誰かが話しかけてきた。
『ワシが治してやったのじゃ』
え? 意思のある剣『勝利の虹』はカリーナさんに返したはずだが・・・。
(勝利の虹なのか?)
『それは甥っ子の名前だな』
(甥っ子!? お前は誰なんだ?)
『ワシは『虹の彼方』。新たな宿主よ、よろしくな』
剣で叔父、甥の関係!? 勝利の虹の叔父さん?
(な、な、な、何で、どうして、お前は僕の中にいる!?)
『前の宿主の生命活動が停止したとき、たまたまお主の腹に刺さっていたから引っ越してきたんじゃ』
(引っ越しって・・・。前の宿主ってネロのことか!?)
『そうじゃ』
何てこった。カリーナさんが探していた剣ってこいつのことだったのか。
(勝利の虹たちは気づいていないのか?)
『ワシ、隠れるのが得意!』
(流石に僕の傷を治したらバレちゃうんじゃないの?)
『あいつらが休止している間にちょろっと、な』
(・・・。敵の傷を治すなんて信じられん)
『宿り木が枯れたらワシも活動が止まってしまうからだ。それにワシには敵とか味方とか関係ない』
(関係ないって・・・)
『ワシが傷を治していなかったらお主は危なかったのじゃぞ。お主の生命エネルギーはカツカツじゃったし、あいつらは休止してしまうし』
カリーナさんは僕が腹を刺されているのに、僕の身体を守っていてくれた稲妻颶風の活動を休止させたのか。
それとも休止させたのは僕の生命エネルギー維持のため?
だったらカリーナさんが傷の治療をしてくれてもいいはず。
・・・怪我と弁当は自分持ちだからって宇宙船の床に放りっぱなしにしていたのか!? そりゃないよ! 本気で死んじゃう!
(お前はカリーナさんの命令で休止しなかったのか?)
勝利の虹たちはカリーナさんからの命令を「上位命令」と言って、僕の命令を無視することがあった。
『あん? 何でワシが御嬢の命令を聞かなきゃならないんだ?』
(御嬢!?)
『ワシの生みの親は御嬢の母親、ナビスじゃよ』
新たな名前が出てきた。カリーナさんの母親が虹の彼方を作っただと!?
『だから御嬢は妹分ってところだ、わはははは』
(そこは笑うところじゃない。・・・もしかして、ネロを造ったのもナビス?)
『そうだ。だからネロとワシは義兄弟だな』
今度は義兄弟か。お前ら、モノなのに「親戚」なの? そんなこと言ったら日本製品は世界中で親戚一同、大派閥を作っちゃっているぞ!?
母親の作った「最悪の兵器」を娘であるカリーナさんが探して破壊しようとしていた。
母の暴走を停める、よくできた娘ってこと?
身体も疲れているが精神がどっと疲れた。自分の部屋に帰ってきたことだし深く考えるのはやめて泥のように眠ろう。
(続きは寝て、起きてからにしよう)
『あぁ、おやすみ、宿主』
起きたのは昼過ぎだった。起きたら時計代わりにテレビをつけるのが習慣になっているので、頭がぼーっとしたまま観ていた。
「昨夜未明、港区に突如として金色の竜が現れビル、マンションの全壊が5棟、半壊が17棟・・・」
金愚義龍出現がニュース特番になっている。そりゃあんな映画やテレビの中でしか見たことがない怪物が街を破壊したんだから大騒ぎだ。
「・・・この騒ぎで現在、死者297名、重体428名、重軽傷者1000名以上が発生していると報告されていますが、まだまだ増えそうです・・・」
本気か! そんなに人が死んでいたのか。
(おい! 虹の彼方!)
『何じゃ?』
(お前、金愚義龍が斬れるか?)
『余裕じゃ。ワシに斬れないのは親子の縁くらいじゃ。わはははは』
そこは冗談をいうところじゃない。もちろん笑うところじゃない。
(あんなに人が死んでいるんだぞ! 不謹慎だ)
『ネロが狩った知的生命体の数に比べたら、大したことはないな』
(・・・)
この剣は今までにどれだけの知的生命体を殺してきたのだろう。
『お前は今まで食った米粒の数を覚えているのか?』
(くっ!)
どこかで聞いたことがある台詞だ。ネロは自分の糧を得るために知的生命体を狩ってきたと言っていたが、こういうことなのか。




