Tenth anniversary
カリーナさんが右手を振るとミッチー軍団と一緒に宇宙船へ転移した。
目が回った。全自動ドラム式乾燥洗濯機で洗濯されたみたいだ。そしてすすぎ、脱水、乾燥まで一通りした感覚。もしも僕がホワイトラムなら、ホワイトキュラソーとレモンジュースを加えて『X・Y・Z』が出来上がっている。
衝撃の蠍が三半規管を制御していなければ酔って吐いていた。
転移した先はカリーナさんの部屋ではなく、大きな展示場のようなところだった。
幕張メッセというかパシフィコ横浜というか、そんな感じがした。
馬車10台くらいと馬40頭くらいがあっさりと納まっている。
「こんな広いスペースがあったんですね」
「大次郎さんは私の部屋しか来ていませんでしたからね。私の宇宙船は10スタディオンほどありますから」
「スタディオン?」
「στάδιονです」
また知らない言葉が出てきた。僕はカリーナさんに小馬鹿にされているのか。
ミッチー軍団はぐったりしていた。馬も辛そうだ。多分、転移酔いをしているのだろう。
3姉妹と1部の兵はケロっとしている。
「ミッチーは転移酔いしないのか?」
「私たちは空間転移ができるからな。この感覚には慣れているんだ」
「ふーん」
「ロウ殿下も酔わないみたいだな」
「僕も慣れているから、な」
転移はまだ4回目だし、衝撃の蠍が三半規管を制御しているおかげで酔わないんだけど見栄を張ってみた。
「では次元転移を開始します」
「お前ら、またグルグルするから覚悟しとけ!」
僕はミッチー軍団に注意喚起してやった。
「・・・。偉そうに」
ミッチーの妹、マミとクーは僕に対して反抗的な態度だ。
いきなり拳骨したからな。印象が悪いんだろう。
「ちょっとだけ遠いんで、その間に食事でもしていてください」
「・・・はい」
ミッチー軍団は2度に亘る転移酔いでますますぐったりしている。
「食えるときに食っとけよ!」
僕はミッチー軍団にまた注意喚起してやった。
男性は僕ひとりだから、リーダーシップを取らないと、な。
「言われなくたって判っているよ!」
クーは反抗期なのか?
僕には御次、御仲居、御半下の区別がつかない。みんなメイドだ。そんな感じの服を着ているし。
そのメイドたちが鍋や食材を馬車から取り出し食事の支度を始めた。
帯剣をしているから兵なのか、御小姓だかが馬に干し草と樽に入った水をやっているが、馬も酔っているのかなかなか口にしていない。
っていうか、この馬車の台数は馬の餌込みで自分たちの食料を積んできているのか!
「怪我と弁当は自分持ちなんだろ? 当たり前じゃないか」
「お前ら、すげーなー!」
おまけに宇宙船の中だというのに竈を組んで薪に火をつけようとしている。
「おいおいおいおい! こんなところで火を使うな!」
「火を熾さなきゃ食事が作れないだろ」
「宇宙船の中だぞ!?」
「まったく。理不尽王子は訳がわからん」
「ぐっ・・・。カリーナさんからも何とか言ってやってくださいよ!」
「まぁ、いいんじゃないんですか? ここは広いし、天井も高いし」
いいんだ。宇宙船の中で焚き火だよ? 燃えちゃうよ? 酸素も減っちゃうよ?
ここは何をしてもいい場所なんだったら、僕も脱糞しちゃうよぉ!?
「みなさん、水場はあちらになります。その隣がおトイレになりますので、御用の際はあちらを御利用ください」
「はい、ありがとうございます」
あ、排泄行為はトイレじゃなきゃダメなんだ。なんだかなぁ!
ミッチー軍団は仲良く食事を始めた。
僕は竈に残っていた熾火を借りて義龍の肉をひとりで焼いた。
「あのぉ、お手伝いいたしましょうか?」
メイドの一人が声をかけてくれた。良い子だなぁ。
「ありがとう、君の食事は?」
「私は一番後にいただきます」
「まだなんだ」
「はい」
「良かったら一緒に食べるかい?」
「・・・。それは御遠慮申し上げます」
あぁ、やはり義龍の肉は「食べ物」じゃないんだ。
一番後に食事をするってことは、一番下っ端なのだろうが、それでも義龍の肉は嫌なんだ。
僕の食事って、一体何なんだ!
「ウチの御半下に変なモノを食わすなよ!?」
「今、変なモノって言った。義龍の肉を変なモノって言った!」
「そんなもん食っているんだったら、コレをやるよ」
ミッチー軍団の食べ残し・・・というより生ゴミを持ってきやがった。
卵の殻やジャガイモの皮、人参の皮や尻尾まである。
「ごちそうさまです」
衝撃の蠍が勝手に口を動かしている!
(やめろよ! 何、勝手にしゃべってんだ!)
『宿主は少しくらい野菜を食べた方が良いんだよ』
稲妻颶風まで勝手に身体を動かして、生ゴミをむしゃむしゃと食べ始めた。
(やめろ! 僕は生ゴミ処理機じゃないんだぞ!)
おかしい。いつもは僕の命令に従うのに、全然やめない。
『ゴミを宇宙船に残さないようにという、上位命令があって・・・』
雷光流転が教えてくれた。
上位命令って何だよ!? こんなこと言うのはカリーナさんだろう!
結局、野菜クズから肉の筋、骨までミッチー軍団が出した生ゴミを全部食べてしまった。まさに人間ポリバケツだ。
「しくしくしく・・・」
僕は泣いた。みんなに見られると恥ずかしいので横を向いて泣いた。
生ゴミを僕の意思と関係なく食べさせるなんてイジメじゃないのか? 僕はさっきまで義龍殺しの英雄と呼ばれていたのに。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
メイドの一人が声をかけてくれた。さっき声をかけてくれた子だ。やはり良い子だ。
「汚されちゃった、汚されちゃったよぉ・・・」
「英雄さま、泣かないでください」
ハンカチを差し出してくれた。
「うぅぅ、ありがとう。君は優しいね。お名前は?」
「Λαμία」
「は?」
これもイジメなのだろうか?
「あの、ラミアで良いです」
「ラミアちゃんね。よろしく」
ミッチー軍団にはこんな優しくて良い子もいるんだ。
3姉妹はプライドが高くて、僕をライバル視していて生意気で反抗的なのに。
この子だけは守ってやろうと思う。この子だけ、だが。
「ラミアちゃん、何か困ったことがあったら僕に言うんだよ」
「ありがとうございます、英雄さま」
「ミッチーとかマミとかクーに意地悪されたら、すぐに言ってね。あいつらを勝利の虹で切り刻んでやるから!」
『ワシをそんなことに使わんでもらいたいなっ!』
「御主人様はお優しいので意地悪なんかしませんっ!」
ダブルで否定されてしまった。
「地球に着きましたよ」
カリーナさんが僕らのいるところにやってきた。
右手を振ると壁に地球が映し出された。やっと帰ってきたんだ。
○田艦長が「地球か・・・何も彼も皆懐かしい」と呟いた気持ちが判るような気がする。
僕が感傷にひたっているというのにミッチー軍団はガチャガチャと五月蠅い。3姉妹を始め、兵士が脱いでいた甲冑を一斉に着始めたのだ。
「ロウ殿下は準備しなくていいのか?」
「そうだ! カリーナさん、僕の服は?」
「洗浄が終わっていますよ」
洗濯じゃなくて洗浄というのは文化の違いなのか?
時間もないことなのでミッチー軍団の馬車を借りて着替えることにした。
「お手伝いいたします」
「あ、ラミアちゃん。ありがとう」
やはりこの子は優しい。僕に声をかけてくれるのは軍団ではこの子だけだ。
馬車といっても借りたのは荷馬車だ。まぁ、囲いがあれば着替えられるのでいいや。
キトンに晒だけなのですぐに脱げる。
「英雄さま、こちらに着ていたものをください。あっ・・・」
囲いに使っていた幕を開けてラミアちゃんが入ってきた。
見られた。全裸を目撃された。手伝うと言っても入ってくるとは思わなかった。
僕のBIG・1も「コンニチハ」と挨拶している。
「・・・」
ラミアちゃんは呆然と立ち尽くしている。
「あ、あの・・・。閉めておいてくれる?」
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、ごめんなさい・・・」
女性ばかりの職場だから、いつもの調子で幕を開けちゃったんだろう、きっと。
ラミアちゃん限って悪意なんてある訳ない。
いつものジーンズとシャツ姿に着替え、馬車を降りた。
馬車の傍に下を向いたままのラミアちゃんがいた。
「いきなりで驚いたけど、僕は怒っていないからね」
にっこり笑って声をかけた。
「し、失礼しました、英雄さま・・・」
「ははは、気にしない、気にしない!」
顔が真っ赤だ。
「わ、わたし、あの、あの」
「ははは、そういうこともある、ある」
僕は度量の大きいところを見せておいた。
「ロウ殿下はラミアに懐かれていますな」
ミッチーがやってきた。
「御主人様、べ、別に懐いている訳では・・・」
「この御半下、ロウ殿下に譲って差し上げましょうか?」
「え?」
人身売買? 人身譲渡? いや、これは転勤だ。転籍だ。再雇用だ。
僕は法令遵守で清廉潔白、人畜無害な男なのだ!
「御主人様、ラミアはこれからも御主人様の下で働いていたいと存じます!」
「あら、ラミアは義龍殺しの英雄さまに憧れていたんじゃないの? 皆にはそう聞いたんだけど」
おぉ! 僕のファンだったのか!
「英雄さまは・・・、そのぉ・・・」
「なぁに?」
「英雄さまの度量は大き過ぎます! ラミアには・・・、無理でございます!」
僕は度量が大きすぎるのか。裸を見られたことを許さない方がよかったみたい。
女性は扱いが難しいな。
στάδιον≒185m