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<契約>

月虹

―運命交叉―

in 6283 month


chapter 3 <契約>



-−Side Sivilla−-



アジトの自室。

薄暗いその部屋には多くの書棚が並んでいる。

その7割が魔術書、残りは世界各地の逸話を記したもの。

当然、いずれも盗品だ。


大抵は読み尽くし、既に無用の長物と化しているが、

捨てる事はしない。

書棚で出来た通路の奥、そこに一冊だけタイトルの無い黒い本が立てかけてある。

所詮、周りの本はこれを隠す為のカモフラージュにすぎない。


「本当に・・・使うのか?」

横の男が低い声で問いかけてくる。

それに答えず、その本を手に取った。


―おのれ・・・

顎がぎりぎりと鳴るまで歯を噛み締める。

体の中に燻る炎はいつまでも消えてはくれない。

恐らく・・・あの男を殺すまで続くだろう。


今まで、こと魔法において自分は他者の下に立った事がない。

それはそもそも"印術師"というもの自体の

絶対数が至極少ないという事もある。


例え相手がどのような卓越した魔術師でも

それは違う土俵の相手。

そして戦えば相手は"印術"に対する認識が薄い場合が多く、

そこを巧く突く事で勝利を収めてきた。


一度だけ自分と同じ印術師と対峙した事があるが、

それも取るに足らない相手であった。


心のどこかで自分は魔術師の中で最強、

などという驕りを持っていたのかもしれない。

それを・・・。

その自信をあの男が完膚無きまでに叩きのめした。

自分と同じ"印術"において圧倒的なまでの力の差を見せ付けてきた。


あの男と自分。

何故同じ時代に生まれてきたのかと運命を呪う。

あの男がこの世に居る限り、自分は前に進む事は出来ない。


だから殺す。

例えどのような手段を用いても・・・。

手に取った書物を睨む。


この本を手に入れたのは3年前にとある集落を略奪した時である。

集落の奥に仰々しく祭ってあり、

集落の民が何か必死になって護っていたので、

その時は何か金になるものと思い、

本を護っていた集落の民を一掃し、持ち帰った。

が、その本の発する只ならぬ気配が気になり、

書物を漁って色々と調べた結果、

それは想像もしていなかったものだった。


その名を【封龍の書】。

常軌を逸した力を持つ"霊獣"を封じた物らしい。

そしてこの本に一定量の魔力を送り込む事で

"霊獣"の封印を解く事が出来るらしいが、

今までに試した事は一度も無い。

未知のものは危険が高いからだ。


"霊獣"はある条件を満たせば従える事が出来るらしいが、

その肝心の条件は結局未だにわからない。

"霊獣"の方からその条件を提示されるらしいが、それも定かではない。

だが、もはや今はそのような事で躊躇をしている時ではない。


と、なにやら部屋の入り口の方から大きな音がした。

音がした方を睨む。

そこには扉のノブを持ち、なにやら血相を変えた部下が居た。

「――あ、あの印術師が・・・そ、空から突然現れました!」


『く・・・』

舌打ちをする。

あの女の術が解けた以上、

ある程度ここの場所が知れる事は覚悟していたが、

思いの他早く来てしまった。


それにしても・・・

―空からだと・・・?

そう言えば奴は先程も空から突然現れた。

もしや、【転移】の印でも使っているのだろうか。

失敗の際に様々な危険が付きまとうあの印は

自分にはとても出来ない。

それをあっさりと使用して見せるあたり、

改めて奴との力の差を覚える。


屈辱に唇を噛み締めながら考える。

とにかく・・・今は"霊獣"を呼び出す時間が欲しい。


『ゼクセル・・・』

隣の男に顔を向ける。

「・・・わーったよ。時間を稼げばいいんだな。

 まあ、雑魚共も居る事だし10分程度なら稼いでやる」

こちらの意を察したのか早口でそう答えてきた。

『頼みます。私は集会場にて"霊獣"を呼び出しますので

 そこに到達できないようにしてもらえれば結構』

大きな仕事を行う際に部下達を集める集会場。

そこがこのアジトにおいて最も広い場所だ。

"霊獣"の大きさが判らない以上、あそこで行うのが無難だろう。

「了解。・・・でかい援軍を期待してるぜ」

といいながらゼクセルは入り口ロビーに向かう通路へ駆け出した。


それを見送りつつ、自らも黒い本を抱え、

集会場奥への直通通路に足を向けた。



-−Side Aura−-



視界が一瞬暗転した後、突如開けた場所に景色が移り変わる。


―って・・・・

急激な下降感と共に下を見る。

かなりの高さから落下していた。

この高さからの着地はさすがに足への苦痛が伴うだろう。

・・・いや、寧ろ一度折れる。


『ホルス、これはどういう――』

とホルスに問い詰めようとした所で落下が止まる。

足元に印が浮かび上がっていた。


「ん? なんだ? 場所間違えたか?」

さも何も無かったかのように言う。


下を見ると確かに見覚えのある場所、

操られていた時に一度来た場所で、

恐らく奴のアジトと見ていいだろう。


『いや・・・恐らくここで問題はない。

 だが、何故このような高い場所に移動したのだ?』

「ん? ああ・・・【転移】の印っつーのは移動先を

 対象からの座標―・・・んーつまり、例えばアウラから後方上10メートル、

 とかしか指定できないんだが・・・。

 該当する場所に何があろうとそこに文字通り【転移】しちまうわけで・・。

 何か物があるとハマって動けなくなったりするわけだ。

 っつー事でよっぽど対象の場所が特定できていない限り

 何か物がある可能性が一番少ない上空に移動するのが妥当なわけだ」

と、ホルスはなにやら得意げに説明してきた。

それなら・・・。

『そういう事は先に言ってもらいたいものだな』

むすっとそう答える。

ホルスは一瞬目を大きく開けると、

あー・・・と呟いた後、

「ひょっとして・・・びびったのか?」

と悪戯っぽく笑いを含みながら問いかけてくる。


―む・・・

『別に』

と、目をあわさずに答えた。

正直、驚いた事は確かだ。

「ほーう・・・」

何やら口元を上げ、意味深な目でこちらを見てくる。


―くっ・・・この男は・・・

何も言わずホルスを細い目で睨みつける。


ヒュンッ


そんなどうでも良いやり取りをしている最中、

一瞬横で何かが風を切る音がした。


『「ん?」』

ホルスと同時に疑問の声を発しながら下を見ると、

下にはシヴィラの一味と思われる者が数人、

こちらに向けて弓を構えていた。


忌々しげに舌を打つ。

『・・・ホルス、少し高度を下げてくれ』

短剣の鞘に手を当てる。

もう少し地面に近づけば、即座にこの浮遊している印から飛び降り、

奴らに切りかかる事が出来る。

だがホルス下を見たままは制止の手をこちらに差し出した。


「いや、いい。これで十分だろ」

と言いながらスッと目を細めた。


―・・・印の念映という奴か


突如下に居る者達の前に光が現れ、

全員が吹っ飛ばされるのが見えた。


『反則だな・・・あれは』

苦笑しながら呟く。

「いや、まあ・・・そうでもない。

 こうやって相手の姿が見えていないと使えないしな」

と言いながらホルスは一瞬下に目を向ける。

途端、足元の印の光が弱まり、高度が少しずつ下がっていった。


『成る程・・・それであの時、奴らは霧を出して姿を隠したのか』

同じ印術師故、念映は使えずともその弱点は理解していたわけか。

「多分な・・・」

地面に降り立つ。

先程弓を構えていた奴らは、倒れたまま動かない。

恐らく気絶しているのだろうか。

「少し強めに発動させたからしばらく気を失っているだろう。

 命には別状は無い筈だ」

こちらの視線の先を感じてか、ホルスがわざわざ説明をしてきた。

『・・・そうか』

無感情に返事をする。

私ならば盗賊などに容赦はしない。

そもそも"人"として見ていないからだ。

私がやっていたら恐らく奴らを皆殺しにしていただろう。

そういった面ではホルスは奴らの命を救った事になる。


「さて・・・入るとしますか」

といいながらホルスは奴らのアジトの入り口―地下へ続く洞窟のような穴へと歩を進める。


―・・・ん?

入り口の奥で一瞬、何かが動くのが一瞬見えた。

『――待て』

前を歩く背中に制止の声をかける。

「・・・ああ、見張りがもう一人居たっぽいな。

 奥へ逃げたようだが・・・」

『どうする? 奴等に私達が来たという事を知られたも同義だが』

自分達が来たと知れば、奴らはそれなりの対策をしてくるだろう。

無闇に突入するのは危険性が高い。


ホルスは歩を止めて一瞬考えるそぶりを見せる。

「んー・・・。かといってここで時間を与えれば余計状況は悪くなるぞ?」

こちらに顔だけを向け、そう答えてきた。


確かに、今の見張りがシヴィラ達に知らせてから時間が経てば経つほど、

何かしらの備えをさせる余裕を奴等に与える事となる。

『・・・そうか。それもそうだな。 

 ――よし、行こう。奴の部屋まで案内をする」

タッと入り口へ向かって駆け出す。

「了解、――気をつけろよ」

と、後からホルスが続く。

『わかっている』

雑魚が何人居ようがさほど問題はないが、

あちらには卓越した闇術師がいる。

特に自分の影の位置には注意を払わなければならない。


下り坂の薄暗い通路を突き進む。

途中、いくつか脇道があったが、

操られていた時の記憶によると奴の部屋へはこの先を真っ直ぐ突き進み、

広めのロビーに一度出なければならない筈。


―あの場所に、ある程度の敵が待ち構えている可能性が高いか・・・


待ち構えて敵を迎え撃つには最適な場所であった記憶がある。

入ってくる者は何の障害物もない広い場所に出るしかなく、

待ち構えている方は柱やロビーにある階段から登れる

2階通路からも身を隠しながら侵入者を狙い打つ事も出来るだろう。

ある程度の人数に死角から一斉に弓を射掛けられれば、

避け切れない可能性もある。


『ホルス』

足を止め、後ろに居るホルスに声をかけた。

余計な傷は成るべく避けたい。

もし奴等も同じ場所に居た場合、それが決定的隙になる可能性が高いからだ。


ホルスが突然止まった私にぶつかりそうになるが、

「なんだ?」

同様に足を止め、こちらに耳を向ける。


この男ならばあらかじめ知らせておけば

何かしらの対策を成してくれるような気がする。

『もうすぐ開けた場所に出る。

 待ち伏せされるとしたらあそこの可能性が高いのだが・・・。

 多方向から来る飛来物を防ぐ手段というのはあるか?』

「ん、ああ。矢とかか?」

そう聞いてくるホルスに首を縦に振って答える。

「そうだな・・・【結界】の印を強めに張れば何とかなるだろう。

 最も、一定以上の強さの直接攻撃を防ぐ事はきびしいけどな」

そう言いながらも既にホルスは頭上に印を描き始めた。


―あれは・・・前に砂嵐を防いだ印か

『頼む。直接の攻撃があれば私が何とかしよう』

「了解。――ほいよ」

と、頭上に描かれた印にホルスが手をかざすと、

印が光りだし、甲高い音と共に周囲に微かな光の膜のようなものが形成された。

「大体俺の周囲2メートルが範囲だな。

 そこから出れば無防備だ。注意してくれ」

『わかった。――では行こうか』

改めて気を引き締める。

「ああ」

通路の先、わずかに見える明かりに向かい、駆け出した。



-−Side Zexel−-



眼下の入り口を慎重に見据える。

奴らが外に現れたのであれば、

シヴィラの部屋に行くにしても、

今シヴィラが居るであろう集会場へ向かうにしても

必ずこのエントランスを通らなくてはならない。


そしてこのエントランスはこういった

外敵が侵入した際に備えて作られた場所らしく、

対象が必ず通らなければならない入り口から出る広間は

前後左右に二階層の通路があり、

身を隠しながら相手を狙い撃ちする事が出来る。

当然の事ながら今も召集できるだけのシヴィラの部下を2階通路に

待機させてある。

明かりは主に1階の広間を照らしており、

今自分とシヴィラの部下を配備している2階通路は、

下に居る者からは姿を確認し辛い筈。


まだ自分は目にしてないのだが、

あの印術師は姿を視認した者に対し、

いつでも瞬時に印術を用いる事が出来るという。

例え奴がこちらを視認する為に光術で照らしたとしても、

柱に身を隠す事ができる。

奴の対策には打ってつけの場所だが・・・。


不安は全く拭い切れない。

奴の力は計り知れないものがある。

加えて短剣使いのあの女・・・。

前回は上手く捉えたものの、縮地すら使いこなす達人だ。

こちらが既に闇術師と知られているからには

前回の様に簡単には倒せないだろう。

それに、例え闇術で捕らえたとて印術師の方に

解かれるのがオチだ。


"勝つ"事は不可能に近い。

ならばとにかく今はシヴィラが霊獣を呼び出すまでの時間を稼げばいい。


と、入り口の方から物音が聞こえてきた。

―来たか・・・・


これだけ待ち伏せに適した場所、

少しは警戒をしてくると思ったが、

奴らは堂々と広場まで歩を進めてきた。


その瞬間シヴィラの部下に射掛けさせる事も考えたが、

寧ろそれは奴らを刺激するだけと思った。


深く息を吸い、心を落ち着ける。

先ずは・・・。

『よう』

姿は隠しつつ、奴らの所まで聞こえるくらいの声を放った。

途端、広場にいる二人は足を止め、周囲を見回す。

「その声・・・ゼクセルとやらか」

女のほうが短剣の柄に手を当てながら低い声で答えた。


『お前ら、何の用でこんなとこまで来たんだ?』

目的は自分達の命な事は判りきっていた。

だがこういうくだらない問答でも時間を稼ぐ事は出来る。


「知れた事を・・・」

と、女が短剣を抜いた。

そしてその横で今まで無言だった男が口を開く。

「で? ――いつまで隠れてるつもりだ?」

そう、"こちら"を向いて言った。

それに反応し、

「・・・そこか」

と、女の方もこちらへ視線を向けてくる。


途端、背中を一筋の汗がつたう。

この場所は音の反射でどこから喋っていたかなど特定は難しい筈。

だがあの視線・・・。

明らかに奴はこちらの位置を把握している。


「ホルス――奴は私に任せてくれないか」

こちらが次の行動を迷っているうちに、

下から静かな声が聞こえてきた。


―何?

任せてくれという事は手を出すなという事だろうか。

「ん? でもお前あいつに――いや、わかった。

 んじゃ俺は雑魚の相手でもしてるかね。

 ・・・そっちの邪魔にならんようにな」

途端、待機させていたシヴィラの部下達から緊張感が走る。

奴らはしっかりと他の連中の存在にも気づいていたらしい。

「・・・すまない」

と、女はこちらに体を向け、姿勢を低くした。


【縮地】で突っ込んでくるつもりか。

―好都合だ。あの女一人であれば時間を稼ぐ事は容易い。

いや、それどころか返り討ちにしてやる。


女の向く方向から予想される到達地点は、目の前の柱。

ダッと一飛びに柱から身を離し、

同時に影の針を地面から生みだし、対象へと突き刺す

【シャドウニードル】を発動すべく魔力を地面へと送った。


次の瞬間、予想通り女が柱に横向きとなって現れた。

そのままこちらへと飛ぼうとしているが、

そうはさせない。


『おらよ!』

地面に送った魔力を解放した。

直後、地面から数本の黒い針が女に向けて伸びる。

女はそれを見て、こちらにそのまま向かうのを諦め、

こちらとは逆側に飛んだ。

柱に影の針が突き刺さり、先ほどまで女が居た場所を抉る。


その結果に、両者共忌々しげに舌を打つ。

―仕方ねえな・・・。

まずは奥の通路に誘導するとしよう。

狭い場所であればあるほどこちらの魔法は捕らえ易く仕留め易い。

背後のシヴィラの部屋へと続く通路へと駆け出した。



-−Side Horus−-



アウラと闇術師の男が奥へ消えていくのを見て

軽く息を吐く。

―大丈夫かね・・・

行かせてしまったものの少々不安だ。


何せ相手はアウラを一度捕らえた相手。

だが逆に考えればアウラにとっては清算したい相手だ。

自分が倒す事は恐らく容易いが、

それではアウラの心にしこりを残す事となるだろう。


―ま、こっちをなるべく手早く済ませようか。

手は出さないにしても個々に動くのはなるべく避けたかった。


『おいお前ら!』

片手を腰に手をあて、この広間にいる全員へと

聞こえるように大きな声で話し掛ける。


『俺は別にお前らを捕らえに来たわけでも、

 殺しに来たわけでもない。

 用があるのはさっきの男とお前達のリーダーだけだ。

 黙ってここを去るならば別に見逃してやっても――』


キンッ


と甲高い音が聞こえた。

先ほど仕掛けた【結界】に矢が当たったようだ。


ぽりぽりと頭をかき、深く息を吐いた。

『何であんな奴をそこまで守ろうとするかね・・・』


―気が重いが・・・まずはもう少し脅してやるしかないか。

バッと上に片手を上げ、その手に魔力を集中させつつ、

足元に【浮遊】の印を念映する。


『お前らとあの男を繋ぐ物は何なんだ?』

浮遊の印により、体が周囲の2階通路と同じ高さまで浮かぶ。

その間、前後左右から何本もの矢が飛来し、

甲高い音を奏でながら結界への攻撃を繰り返していた。


『忠誠か?』

右手の魔力を解放し、光術【フラッシュ】の応用魔法、

発した魔力が持続する限り光を発し続ける【フラッシュライト】を頭上に仕掛ける。


『物欲か?』

仕掛けた頭上の光により、2階通路のほとんどが光に照らされる。

結果、柱で身を隠しきれない者の姿がこちらから視認できた。


『それとも・・・』

目を細め、視認した者に片っ端から

やや弱めの【衝撃】の印を念映する。


『恐怖か?』

パァンッ!と弾ける音と共に、

【衝撃】を念映した者の体が吹き飛ぶ。


弱めに仕掛けた為、気絶はしない筈。

ただそれなりの痛みはあるだろう。

対象の者は地面にうずくまり、

念映を仕掛けられた部分を押さえながら喘いでいる。


『・・・今のは弱めに撃った。

 その10倍程度まで強くする事も可能だぞ?

 ま、その際は仕掛けられた場所が吹っ飛ぶだろうな』

周囲を見回しながらプレッシャーを掛ける。


「ひ・・・ひぃ」

横から声がしたのでそちらに顔を向ける。

今さっきまで死角に入っていたようで

先ほどの念映対象者では無い。

今のを見て腰を抜かしたのか、

地面に尻をつけながらじりじりと後ろに下がっていた。


その姿を見て溜め息を吐き、

『さて・・・』

視線を前方に戻して再び全員に問いかける。

『もし、奴とを繋ぐものが忠誠でないのならば

 今すぐこの場を去れ』

先ほど【衝撃】を念映をしたのは半数程度だろうが

残りの者からの矢はもう飛んでこない。


『お前らのリーダーは少しやりすぎた。

 だから――俺が確実に殺す』

発する声を少し低くする。

『だから奴について行き、甘い汁を吸う事ももう出来ないし、

 奴の力に恐怖し、付き従う必要もなくなる』

浮遊の印を調整して前方の通路に体を進めた。


『もし、奴に絶対の忠誠を誓っていると言うのなら

 仕方が無い。奴と――心中してもらう事になる』

浮遊の印を消し、2階の通路に降り立った。


『その事を踏まえて――』

そう勤めて穏やかに言いつつ背後を向き直る。

『もう一度、考え直してはくれないか?』



-−Side Aura−-



床や左右の壁を蹴りつつ、迫り来る黒い針の嵐を避け続ける。

奴が放つ影の針は、決して速度は速くなく、

動きも単調な為、至極避けやすくはある。


だが今問題なのは奴に近づく事ができない事。

先ほどの場所とは違い、この通路は余り避ける場所に余裕がない。

奴の攻撃を避けるだけならば何とかなるが、

奴との距離を一定以上縮めようとすると、

相手は的確にそれを阻止するように攻撃をしてくる。


『くっ・・・!』

もどかしさにぎりりと歯を噛み、

地面を蹴って一端奴との距離を取った。


前方に居る男も何やら口元を歪めながらも攻撃を止め、

地面に両手を構え影の針をいつでも出せるような状態で構えている。

しばしお互いに動かず睨み合う。


―このままではらちが明かない。

姿勢を低くし、【縮地】の体勢を取る。


それを見た前方の男はまるで待っていたとばかりに

さらに唇を吊り上げる。


―笑っている・・・?

それを見て引っかかっていた物が確信に変わる。

奴はどうも【縮地】の"前方直線にしか移動できない"

という特性を見抜いているように思える。

先の戦いの時、奴に致命傷を負わす事が出来なかった事、

それに加え、先ほど奴はこちらの到達地点にすぐに攻撃を加えてきた。

恐らくこちらの構えを見て、到達地点を予測されているのだろう。

そうなると先ほどまでの攻撃は、こちらが痺れを切らして【縮地】を使うのを

誘っていたようにも思えてくる。


こちらの通過地点、到達地点を読まれてしまうのであれば、

この狭い通路で【縮地】使えば、奴の魔法の直撃を受けてしまう可能性が高い。

但し・・・

―普通に使えば、な

こちらとて前回の戦いで全て手の内を見せたわけではない。

狙う"地面"を鋭く見据える。


今こちらが体を向けている角度は奴のやや右。

返り血を浴びる事無く仕留めるには【縮地】で奴の後ろへ移動し、

その途中、左の短剣で奴の首筋を断つ事。

それが"奴"の予想しているこちらの思惑だろう。


すぅと息を吸い、それを肺の中に留めながら目を閉じる。

『――【陽炎】』

静かにそれを呟きながら閉じた目を開いた直後、

強く、地面を蹴った。



-−Side Sivilla−-



『・・・よし』

自らが送った魔力に満たされた【封龍の書】を地面に置く。


霊獣を従えるには3つの段階がいる。

一つ目は霊獣を封じた物―いわゆる"魔陣器"と呼ばれる物に

一定量の魔力送り込む事。

これはどのような霊獣であろうとも共通の作業である。

この時点でその魔力が霊獣へと流れ込み、

霊獣は自らの力で"魔陣器"から出る力を得る。


二つ目は"力の言葉"を発する事。

云わばその霊獣に対して呼びかけを行うもので、

形だけの儀式のようなものだ。

これにより、霊獣は現世に姿を現す。


そして三つ目は"契約"を行う事。

これに関しては何をして良いのかが一切わからない。

どのような書物にも記されてないのだ。

今まで封龍の書を持ちながら霊獣を召喚してみなかったのも

この部分に一抹の不安を抱えていたからだ。

只一つ分かる事は契約条件は霊獣が提示する、という事。

この事自体も今一つよくわからない。

提示するというのは霊獣が喋るとでも言うのだろうか。


未知の危険は侵さないのが信条であったが、

そのような事を言っている場合ではなくなった。

とにかく・・・今は力が欲しい。


置いた本から距離を取り、封印に向き直る。

両手を広げ、封じられた龍への言葉―力の言葉を発した。


<<我―汝を縛りし古の楔を解き放たん―――

 汝―永久たる常闇より出で、万物を平伏せしめる其の力、我が前に示せ!>>


その自らの声が周囲の壁から反響した瞬間、

床に置いた【封龍の書】が、怪しく赤い光を放ち始めた。



-−Side Horus−-



『んー・・・』

現状を見てどうしたものかと頭をぽりぽりとかく。


道化を演じてまで脅した効果はしっかりと現れ、

大半の者が色めき立って階段を駆け下り、出口へと群がっていった。


元々狙いは奴ら二人。

今回に関してはここに居る人間からしてみれば

自らが"争い"を持ち込んでしまったようなものだ。

それは更なる災いの種を摘み取る為に止むを得ない事とはいえ

ここで戦う事は正直自分自身の信条に反する。


だが・・・

―えーと・・・3人か・・・

正直言って、残った時の事を考えていなかった。

あれだけ脅してもここに残るだけの者が、

盗賊に身を堕とした者達の中に居るとは思っていなかった


『で・・・残っているお前らは・・・

 あいつに絶対の忠誠ってやつを誓ってるってわけ?』

そう残る3人に聞こえるよう、溜め息混じりに問う。


返事は無い。

それぞれが何やら悲壮とも思える眼差しでこちらを見ていた。

こちらに弓は効かないともはや判っているのかそれぞれ剣を構えている。

そして・・・皆何故か身を隠そうとはせず、じりじりとこちらに近づいている。

それは戦おうとしているのではなく、まるで――


「・・・してくれ」

そのうちの一人が小さな、呟くような声でそう聞こえた。


『ん・・・? 何つった?』

「殺してくれ!」

聞き返した後、すぐに大きな声で返答が来た。


―な・・・

突然の意外な言葉に、大きく目を剥く。

『は・・・? お前ら全員・・・か?』

近くまで歩いて来た3人の顔を見回す。

三人全員、小さく頷いていた。

何れの眼も、死を覚悟した者の眼だ。

何が彼らをそこまでにさせるのかはわからない。

大方盗賊以外に自分の身を置く場所が無い、

とか今更ながら罪の意識に苛まれた、

とかそういった所なのだろうか。


『事情はよくわからんが――嫌だと言ったら?』

最初に殺してくれと言って来た者の目を見てそう言った。

如何な者であろうと無抵抗の人間を殺す事はしたくは無い。


三人ともそれを聞いて少し押し黙った後、

意を決したように持っていた剣を自らに向け始めた。


それを見て、言い知れない不快感が芽生える。

限りある生、それを吐き捨てたいというのならば

・・・好きにすればいい。

『――良いだろう』

静かにそう言いながら3人を睨み付ける。

3人は手を止め、再びこちらに目を向けた。


この3人が死ぬべき人間かどうかは・・・

ふと―奥の通路に目を移す。

そう、自分では本当に正しい判断が出来ない。


少なくとも自分は、自らの命を粗末にする者には

嫌悪感を覚える。

自ら命を断つ、というのであればせめてもの情け、

苦しまぬよう殺してやるだけだ。


『じゃあな・・・』

と、静かに言いながら

3人の前方の空間に魔力を送り始めた。



-−Side Zexel−-



気が付けば、薄暗い通路の天井を見上げていた。

右首から流れ出る生暖かい液体を枕にしながら。


―何が・・・起きた・・・?

何故俺はこんなところで寝ているのか。

呆然と、薄れ行く意識の中で考える。

未だに現在の自分の状態を理解できないでいる。


数秒前、俺は確かにあの女の通過地点を予測し、

そこにシャドウニードルを放ち、奴の体を貫いた。

そう、確かに貫いた筈が・・・。


―それが・・・何であんなとこにいやがるんだ・・・?

 それも、ほとんど無傷で。

視線を上―つまりは背後に向ける。


見ると、あの女に然したる傷はない。

確かに体の中央を魔法で貫いた筈が、

何故か右脇腹と、右腕に僅かにかすり傷がある程度だ。


それに女の居る位置も不自然だ。

奴は確かに"縮地"をこちらの左側に向けていた。

それは絶対に見間違えようはない。

そして、"縮地"中に方向を転換するなど、絶対に不可能な筈。


『何を・・・げほっ・・・・・しやがった・・・』

喉から血と声をしぼり出す。

徐々に視界が狭くなっていく中、

後ろに居る女が立ち上がる気配がした。


「・・・【陽炎】という。"縮地"を二回連続で行う事で、

 1回目の縮地到達地点に残像を作り出す。

 ――お前が魔法で貫いたように見たのはそれだろう」

抑揚の無い声で女が答えた。

見ると、先ほど女を貫いた筈の場所に未だ薄い残像が揺らめいている。


『んな・・・馬鹿な・・・』

女はどうみても20歳かそこら。

その歳で、縮地を使いこなすだけではなく、

そんな、こちらの知識にすら無い技まで使えるというのか・・・。


「一度の勝利に慢心を招いたのがお前の敗因だな・・・。

 盗賊などに加担する者には似合いの末路だ」

キン、と短剣を鞘にしまう音が響く。


『ハッ ちげぇねえ・・・。

 あの魔術師がヤバすぎて・・・お前さんの方を侮っていたな。

 ・・・結局、どっちも・・・化けもんだったって事・・・か』

とうとう徐々に視界が暗くなる。


―似合いの末路、か。

その言葉が重く感じる。

自らのしてきた事を省みると、

確かに・・・その通りかもしれない。


―だが、霊獣だの得体の知れねえ魔術師なんざに殺されるより・・・

 綺麗な姉ちゃんに殺されただけマシ、だっだな。

と、そんな事を思いながら自嘲を篭めた笑みをこぼす。

 

そして――

ぷつん、と・・・無が訪れた。



-−Side Aura−-



既に事切れた男を一瞥する。

―笑っている・・・?


足元で血の海に沈んでいるこの男は、

何故かこの結末に満足とでも言いたげな顔だ。


それを見て、軽く不愉快に思いながら鼻を鳴らし、踵を返した。

先に行きたいのは山々だが、ホルスの様子も気になる。

あの男に限って雑魚相手に万が一などという事も無いだろうが、

このまま単独でシヴィラの元へ行くのも義理に欠ける気がした。


『つっ!』

歩き出した瞬間、右足に鋭い痛みが走った。

―やはり、まだ痛むか・・・


縮地を二連発する【陽炎】は言わば外法技である。

何故なら、通常の者が用いれば二度と歩けなくなるほどの

足への負担をもたらすからだ。


しかし自分の場合はどんな傷もすぐに治るという体質を持っている。

確かに二度目の縮地に用いた右足は一度著しく壊れたが、

今はほぼ直っている。


とはいえ、未だに痛みだけは残っているようだ。

僅かに顔をしかめ、右足を引きずり気味に歩きながら、

元来た道へと足を進める。


が、途端―

視界が突如急転する。

―む・・・・こんな時に・・・

自らの【助けるべき者を視る能力】が発動したようだ。

ホルスを手伝うのは自らの意思。

そして、助けるべき者を助けるのは自らの生きる目的。

天秤に掛ければ後者に傾く。


経験上さほど遠い場所に居る者を視た事は無い為、

助けに行った後すぐに戻れるかもしれないが・・・。

災いの根源たるシヴィラを残したまま行く事は正直心残りだ。


しかし、それは杞憂に終わる事となった。

眼に映った光景はまさしく今向かう先、

ホルスの居るロビーであった。

―ん・・・まさかホルスに何か・・・?


だがその考えは一瞬にして消え、驚愕に姿を変える事となる。

『なっ・・・!』

今視界に映っているその姿に、思わず声を上げた。


助けるべき対象として映ったのは――

そのホルスと対峙している3人の男達。

そしてその者達は勿論、自らが忌み嫌う盗賊だった。



-−Side Sivilla−-



身に刻まれるのは歓喜と恐怖。

目の前に現れたそれは余りに非現実的なモノだった。

"封龍の書"の【龍】という文字は単に、

封じられるものの力の象徴を示しているのだと思っていた。


だがそれは大きな間違いだったのだ。

この眼に映るモノ――

それは間違いなく【龍】であった。

神話や伝承、おとぎ話でのみ姿が描かれる力の象徴。

まさか自らの眼でそれを見るとも、

そして、自らがそれを"従えられる"とも思っていなかった。

『ふ・・・ふふ・・・』

なんと愉快な事か。


目の前の龍に向かい、両手を広げる。

『我が声に答えし霊獣よ! 汝の名を問おう!』


その声に反応したのか、

龍はこの集会場を埋め尽くさんばかりの巨体を

こちらに向け、その真紅の眼を開いた


<<――永い・・・眠りだった>>

その"声"は直接頭に響いてきた。

どこまでも低く、そしてどこまでも鮮明だった。


<<予の眠りを呼び覚ましたのは、お前か?>>

龍はこちらの質問には答えず、逆にそう問いただしてきた。


『如何にも。今一度問う。汝の名は?』

霊獣との契約には先ずその名前を知る事が条件である。

そして霊獣が提示する条件を満たせば、

契約し、使役する事が出来るらしいが・・・。


条件というのであればなにかを霊獣に差し出すというのが

一番予想できる答えだ。


あの龍を使役出来るのであれば、

例え寿命を差し出せと言われようが、

体の一部を差し出せと言われようが、

その条件を飲むつもりでいた。


いや、この龍があの男を飲み込む姿を見る事が出来るのなら・・・。

命を差し出せと言われようとも従うかもしれない。

自分は既に眼前の龍に魅入られていた。


<<――名を問う・・・と言う事は予との契約を望むか>>

龍はそうこちらに問いかけながら少しその大きな眼を細める


『その通りだ! 汝が望む契約条件を提示するがいい!』

早く・・・

さあ早く・・・

と、心の中で繰り返しながら、龍に問う。


だが、龍の答えは予想外のものだった。

<<――では・・・お前の"力"を示すが良い>>

と、静かな声が頭に響く。


―何・・・?

一瞬、奴が何を言っているのかが理解できなくなり、体が硬直する。


次の瞬間、龍は大きく口を開け、

こちらに紅い炎を放ってきた。

体内から炎を発するというその行為、

まさしく神話や伝承の中の龍と同じであった。


だがそんな事に感心している場合ではない。

大きな炎の奔流がこちらに襲い掛かる。

咄嗟に両手に魔力を集め、前方に水の壁を張った。

幸いな事に自分は元来【水術】の使い手でもある。

攻撃が炎であれば突然の攻撃であろうと防げる。


しかし、襲い来る炎は余りに強い。

前方に張った水の壁は、少しずつその炎が蒸気を上げながら削っていく。

それを精一杯の魔力放出し、食い止める。


『な、何を・・・!』


<<――予は弱き者には従わない。

 予を従えたくば・・・最低限、予に満足をさせる戦いをさせる事だな>>

龍は炎を吐き続けながらもこちらの脳に直接声を掛ける。


『そんな・・・馬鹿な・・・』

苦しげに奥歯を噛みながらも龍の吐く炎に耐える。


だが、突如――

自分の体が浮くのを感じた。

そして、しばし視界が暗転した。


『ぐ・・・ァ・・』

息が出来ない。

一体何が起こったのか。

薄く眼を開けると、自分は天井に顔を向けていた。

だが自分と龍の位置関係、

そして、腹部の方から感じる熱を見たとき、事態を把握した。



奴はこちらが炎を防ぐのに必死になっている間、

あの大きな前足で、直接自分を吹き飛ばしたのだ

そう、まるで子供が石を蹴り飛ばすかの如く・・・。


『ふ・・・はは・・は』

笑いがこみ上げる。


―そうだった。そうだったな・・・

自分は何故この龍を使役できるなどと思ったのか。

考えてみれば当たり前の事だ。


弱き者は強き者に従い、

そして強き者は弱き者を虐げる。

自ら実践してきた事ではないか。


『・・・フ・・・ハハ・・』

何故気づかなかったのか。

自分がこの龍の力に魅入られた時点で、

こうなる事など判りきっていた筈なのに・・・。


『ハハ・・はハ・・・あはハははハははは!!』

自らの余りの滑稽さに笑いが止まらなくなる。


<<――狂ったか・・・。では――安らぎを与えてやろう>>

脳に声が響くがもはやアイツが何を言っているのか良くわからない。

その事実すら滑稽に思え、余計に笑いを誘った。


そして――灼熱が覆いかぶさる。

『ハはヒャハ・・・! ア、熱い・・・熱いじゃないカハハはアハハハ・・・は・・』


死を感じながらも笑いは止まらず、

そのまま――ゆっくりと意識が消えていった。



-−Side Horus−-



「待て!」

ロビー一帯に響く声。

その声を聞いた時、心底安堵した。


咄嗟に目の前にいる3人の眼前に仕掛けた印を解除する。

『よ。アウラ。お疲れさん』

声のした方に顔を向け、片手を上げた。


アウラは腰に手を当て、露骨に呆れた様なそぶりを見せた後、

タッと一飛びにこちらの前方、つまりはこちらを3人から遮るような場所に立った。

「で・・・ホルス。この者達は何者だ?」

―? 質問の意図が良くわからない。

『ん? 盗賊だろ?』

と、答える。


しばしの沈黙。


「・・・そうなのか。やはり」

と。アウラは目を瞑り、悩むような仕草を見せた。

アウラの背後に居る3人の盗賊達は、

先ほど印が間近に現れて以来、腰を抜かしているのか地面にへたっているが、

今の状況が良く掴めない様で、ぼーっとこちらを見ている。

―いや、正直俺も良くわからん


『えーと・・・アウラ。お前はこいつ等を【視た】んだろう?』

先ほどアウラの声を聞いて安堵したのは

アウラが無事に戻ってきた以上に、

自分がこいつ等を殺すのを止めてくれた事にあったのだが。


「む・・・まあ・・・確かにそうなのだが・・・」

と、アウラは3人の方へ振り返る。

「お前達、本当は盗賊ではないのだろう?

 例えば・・・そうだな・・・秘密裏にアジトにもぐりこんだ

 ダシュタの兵士とかではないのか?」

と、真剣な顔で聞いていた。


3人は言われた事が良くわからず、目をぱちぱちさせている。

『んー・・・多分・・・それは違うと思うぞ、アウラ』

そう言うと、アウラは睨むようにこちらに向き直り、

「・・・そうでも無ければ、私が【視る】筈が無いだろう。

 盗賊共を救えなどと・・・何かの間違いにしか思えない」

と、吐き捨てるように言う。


前々から感じていた事だが、アウラはどうも盗賊を毛嫌いする傾向にある。

盗賊を嫌うなどというのは至極当然のことだが、

それでもアウラの嫌い方は何か軽蔑と共に殺意すら付随している。


―とりあえず・・・事情を説明するか

『こいつ等はな・・・【自分達を殺してくれ】とか言ってるんだよ』

その言葉に、ぴくりとアウラは反応する。

「――なんだと?」

『大方盗賊としてしてきた事の罪悪感に今更かられたって所だろうが・・・』

と、そこまで言うと3人は俯いた。

その仕草は、今言った事が図星だった事を示しているのだろう。

『どうもこう・・・それにイラッと来てな。

 ついご期待に沿おうとしちまったんだが・・・』

と、溜め息を吐いた後、

『殺さなくてもいい奴を殺してしまう所だったな・・・。

 アウラ、お前が着てくれて助かった。――礼を言う』

アウラに眼を向け微笑みかける。


アウラは一瞬目を見開いた後、

「―あ、ああ。 私は、ただ自分の役目に従っただけなのだが・・・

 役に立てたのなら・・・それは良かった」

戸惑ったようにそう答えた。

それに頷いた後、再び後ろの3人に目を向ける。

『さて、ちとお前らに質問なんだが・・・』

3人はその声に反応して俯いていた顔を上げた。


『何をそんなに悔いている?

 いや・・・それ以前にそんなに悔いるくらいの神経を持ち合わせているのなら

 なんで盗賊団なんつーもんに入ったんだ』

そう問うと、再び3人は俯き、しばし無言になる。


「――故郷の村が、標的にされたんだ」

3人のうち一人がそう呟いた。

喋った男に目を向けるが、黙って続きを促す。

「シヴィラが率いる盗賊達は、俺達の村で容赦なく略奪を繰り返していたんだ。

 ・・・略奪は約1ヶ月間毎日続き、村はもう差し出す物すら無くなっていた」

俯きながら淡々と男は話す。


『――お前ら3人共、その村出身なのか?』

そう聞くと、別の男が頷く。

『成る程な・・・。――で?』

「・・・何も無くなった村に、奴が次に要求してきたものは・・・人だった。

 思えば奴は最初からそれが目的だったのかもしれない。

 そうして結局、40人もの男達が村の平穏と引き換えに盗賊団に身を寄せた」


「40人・・・か。それだけ居たのなら、何故戦おうとしなかったのだ?」

横からアウラが質問すると、男は首を縦に振った。

「一度だけ戦おうとはしたさ。だが・・・あの男の術は強大すぎる。

 先頭立って戦った者は皆、奴に殺されていったんだ。

 結局そのまま、奴に逆らう事はできず、

 あの村の出身の者は尽く危険な仕事をやらされ・・・

 今では、俺達3人だけになってしまった」

男は淡々と喋った後、悔しげに涙を零した。


そこまで聞き、小さく舌を打つ。

アウラは、表情を変えてはいないが、

今ので3人への敵意を薄めた様子だ。

『・・・まぁ・・・同情するしムカつきもする。

 お前らが何をやらされてたかなんていうのも分からんが・・・

 それなら、これから奴が死んで自由になれるかもしれないっつーのに

 死のうだなんて言う考えがおかしいな』

そう言うと、別の男が口を挟む。

「俺達も・・・罪が無い人を殺してしまったんだ。

 事情はどうあれ、今更もう村に戻る事など出来ない。

 他に行く所など無いし・・・

 だからせめて・・・死んで償おうと――」

『んなもんで――』

「――死は、贖罪になどならない」

<んなもんで罪なんか償えると思っているのか?>

と言おうとした所をアウラの静かで、そして強い声に遮られる。


「罪を悔いて安易に死ぬというのは所詮逃げ道に過ぎない。

 今までの行為を悔いるのであれば死のうとするのではなく、

 これからは罪を償う為に生きれば良いだろう」


アウラのその言葉に3人は考えるように黙り込んでしまう。

どうもアウラにおいしい所を持っていかれたような心境であったが、

自分と言いたい事が大体一致していたので何も言う事はない。


後は3人がどういう答えを出すかだが・・・。

盗賊として生きていた者が全うな暮らしを始めようとするのは容易い事ではない。

まして罪を償う為に生きる、要は人の為になる事を行いをしていくとなると、

生きる為に精一杯な者が多いこの砂海では尚更その道は困難なものとなる。


と、ふと【人の為になる生き方】という点で心当たりを思いついた。


『お前ら・・・衛兵として働いてみるってのはどうだ?』

と、俯いていた3人に提案をした。

3人はそれを聞き、顔を上げるが、すぐに表情を曇らせる。

「元盗賊なんていう素性の人間を、雇ってくれる所なんてあるわけが――」

『や、それについてはちとツテがある。後は、お前らのやる気次第だぞ?』

この言葉、実は半分嘘である。

ツテ、とはダシュタの防衛総長ヨキの事。

彼には貸しがあるが、かと言ってそれに見返りを求めた覚えも無い。

この男達を向かわせた所で雇ってくれるとは限らないだろう。

だが、衛兵として働くという道を提案した時、

確かにあの3人から目の光を感じた。

彼ら自身が強い意志をもって願う事、それとちょっとした"後押し"があれば

ヨキも面倒を見てくれるのではないか。


自らの唯一の手荷物である腰掛袋から、

その"後押し"を3枚取り出す。

煌びやかな光を放つこの金貨は、

とある国の王族、貴族しか持つ事は出来ない。

ヨキがこれを見れば、こちらの差し金という事は分かる筈。


『いいか? これを持ってダシュタの防衛総長のヨキって奴に掛け合え。

 それだけでお前達の素性をどうこう言ってくることは無いだろう』

3人は顔を見合わせた後、ゆっくりと差し出した金貨に手を伸ばした。


『ただし、雇ってくれるかどうかは・・・お前達のやる気次第――』

と、人差し指を立てて説明をしていた所、

突如――ドクンと大きく自らの心臓が反応し、嫌な感覚に苛まれる。


―この、感覚は・・・

奥に通じる通路、先ほどアウラが向かった通路とは

逆方向に伸びている通路を凝視する。

禍々しく巨大な力の渦。それがあの通路から漏れ出ている。


「? どうしたホルス」

アウラと前に居る3人がこちらを覗きこんでくる。


この感覚を過去、2回体験している。

間違いなく――

『霊獣を呼びやがったな・・・』

背中を冷たい汗が伝う。


「れい・・・じゅう?」

アウラが首を傾げる。

知らないのも無理はない。

魔術を志し、極めし者、もしくは闇の世界に生きる者しか

奴らの存在自体を知らない。


シヴィラとかいう男・・・あの程度の男が、

霊獣を呼ぶなどという事は想像もしていなかった。

あの男を二度も見逃した自らの迂闊さに憤慨し、歯を強く噛んだ。



-−Side Aura−-



「レイジュウを呼びやがったな・・・」

突如様子が変わったホルスが、搾り出すように発した言葉。


『れい・・・じゅう?』

聞きなれない単語だ。

しかし、ホルスと出会ってから今までの間、

ここまで動揺しているのを見たのは初めてである。

それが並々ならぬモノではないという事は確かだろう。


ホルスは呆然としている3人に目を向け、

「お前らは早くダシュタへ行け。

 ここにいれば・・・巻き込まれるぞ」

と、真剣な口調で言った。

―巻き込まれる・・・?

そんなに大きな戦いにでもなるというのだろうか。

「あんた達は・・・?」

戸惑いながらそう聞いてきた。

「シヴィラの事もあるし・・・ちと残らなければ行けない事情ができた。

 お前らは正直ここに居ても足手まといだ。

 ほら、さっさと行った行った」

と、ホルスは手を振り払った。


3人は一瞬躊躇するが、すぐに表情を引き締め、

お互いに頷きあった。

「この恩は、忘れません」

と言いながら、3人揃ってホルスと自分に礼をしてきた。


『早く行け』

何となくむず痒くなり、そっけなく対応する。


走り去っていく3人の背中を見ながら正直複雑な気持ちになった。

礼をされる事をした覚えも無いし、

盗賊業をしてきたあの男達をまだ許しきったわけでもない。

だが、今まで忌み嫌っていた盗賊の中にも、あのように

境遇がそうさせてしまった者達も居るという事は、

良く覚えておこう、と思った。


「アウラ」

後ろからの声に、振り返る。

「霊獣っつーのは・・・まあ俺も詳しくは分からないんだが、

 とんでもない力を持った知性を持つ魔獣だ」

『ほう・・・』

そんなものの存在は信じがたい話ではあるが、

この男が言うのであればそれは本当なのだろう。


「大昔に封じられたらしいんだが・・・。

 どっかの馬鹿がそのうちの一匹復活させたらしいな。

 ・・・恐らく今からそいつと戦闘になるだろう」

と、そこまで言った後、ホルスはこちらの眼を見据えた。

「――それでも、力を貸してくれるか?」


その真剣な眼に、一瞬だけ目を見開く。

―何を今更・・・

すぐに表情を戻し、

『私は、お前の力になる為にここに来た』

はっきりとそれだけ答えた。

例えどのような敵が居ようとこの意志に変化はない。


ホルスはため息混じりにふっと微笑んだ。

「そうかい」

と、言った後再び表情を引き締める。

「んじゃ――行くとしようか!」

タッと先ほどゼクセルと対峙した通路とは逆方向の通路へ

ホルスが駆け出したのを確認すると、

こちらも黙ってそれに追従する。


先に何が待っていようと、

この男とならば、打倒出来そうな気がしていた。



-−Side ?????−-



―くだらぬ・・・

炭くずとなったモノを見据える。

呼び出された時から、この男の望みなどわかっていた。

それは、自らの歪んだ自尊心を埋める為。

そんな望みになど答える筈もない。


全くもって下らぬ事で現世に呼び出されてしまった。

すぐに眠りにつく事も出来るが・・・。

それでは余りに無意味が過ぎるではないか。


ならば。


―どれ・・・。以前に呼び出されてより幾千年。

 果たして現世がどのように変わったのか・・・

 見て回るとしようか。


天井に首を向ける。

だが空は見えない。

これでは飛び立つ事ができない。


―大儀な・・・


体内に魔力を集中させる。

天井が空への道を邪魔するのであれば、

その道を作ってしまえば良い。


―ん?


だが天井に貯めた力を放出する前に、

何か懐かしいものが近づいて来るのを感じ、その方向に顔を向ける。


―この感じは――主殿・・・か?


それは自らの主の波動である。

主が自らを迎えに来たのであればそれは何よりも僥倖な事。

この度の目覚めは無駄ではなかったと言えよう。

存分に主の為に力を発揮するだけだ。


だがしかしそんな考えは次の瞬間打ち砕かれる事となる。

これ程の落胆が他にあろうか。


目の前に現れたのは主では無く・・・

二人のちっぽけな存在であった。



-−Side Horus−-



―オイオイ・・・

それはまるで冗談のような光景だった。

人が100人は軽く集まれそうな空間。

元々は洞窟最深部の大きな空洞だったのだろうか。

そんなスペースを、たった一体の生物が半分近くを占拠している。


だがその巨体以上に驚くべき事は、

目の前に居るモノは魔法書や神話等の書物において

頻繁に偶像が用いられているモノ、

総称して"龍"と呼ばれるモノだった。


以前見た霊獣は、ただ一つ目なだけの巨人であった。

その巨体と力、何より再生力には驚かされたが、

この度はまずその神がかった姿、そして存在感、

何より――


<<お前達は何者か>>

頭の中に直接低い声が響いてきた事に驚く。

隣に居るアウラにもその声が聞こえたのか、怪訝な顔で左右を見回している。


頭の中に直接語りかけるそれはまるで、

"あいつ"のような会話の仕方だった。


『驚いたな・・・喋れるのか』

と、黒い龍に問いかけた。


龍は一瞬目を細める。

<<言語を解すのが、ヒトだけだとでも思っているのか。傲慢な事だな。

 して・・・再び問う。お前達は何者か>>

頭の中に少し不機嫌そうな声で再び声が響く。


『何者って言われてもな・・・しがない魔術師と短剣使いだが』

「――しがなくて悪かったな」

横から余計な一言。


まあこの様子だと、どうやらあの姿を見てもさほど動揺はしていないらしい。

頼もしい事だ。

『・・・言葉のアヤだ。しがないのは俺の方だけって事で』

と言うと、溜め息で返事を返してきた。


<<――まあ良い。・・・・・予の気のせいであろう。

 して、お前達は何用でここへ参った>>

意味深な言葉を残しつつ、龍は質問を変えてきた。


『んー・・・それはアンタ次第なんだが・・・。

 先に2つ程質問しても良いか?』


<<――申してみよ>>


『先ず一つ目。赤い服を着た魔術師が居ただろう。

 恐らくアンタを呼び出した奴だが・・・そいつはどうした?』

この場に居ないという時点で大方の予想はつくが。


<<葬った>>

ただその一言だけが頭に響いた


「・・・呼び出した者に殺される、か。

 奴には相応しいつまらん最後だな」

アウラがつぶやいた。

『・・・だな』

全くもって同意。

奴が殺された理由はわからない。

大方霊獣との契約条件に何か不具合が生じたか・・・。

もしくは奴がよっぽど下らない命令をして霊獣の気に障ったか。

いずれにしてももはやどうでも良い事。

これで当初の目的は図らずも達成したわけだが・・・。


『もう一つ。呼び出されたアンタはこれからどうするんだ?

 大人しく魔陣器の中に戻るのか?』

何よりこれからのこいつの動向が気になった。


<<――それもつまらぬ。以前現世に出た時と今の現世。

 その変化をこの眼で見て回るつもりだが>>

頭に響くその声の内容に辟易した。

アウラも表情を強張らせている。


―世界を見て回る・・・っておい・・・

『えーとそれは・・・そのお姿でバサバサ世界中飛び回るって事すか』


<<――何が言いたい>>

今の言い回しが少し気に触ったのか、苛立った声だった。


『そんな事になったらパニックになるっての・・・

 それどころかアンタを攻撃する輩も出てくるかもしれないぞ』


<<ほう・・・今の現世のヒトは予の姿を見て刃を向けると申すか>>

龍はピクリとその赤い瞳を反応させた

<<面白い・・・その様な輩は返り討ちにしてくれよう>>

そう言いながら龍は眼を細める。

それは何処か笑っているようにも見えた。


「ホルス・・・私にはお前が話をややこしくしたようにも聞こえたのだが・・・」

と、言いながらアウラが横で額を押さえている。


『んー・・・まあ、間違った事は言ってないつもりだが・・・

 実際、あいつが世間に姿を晒す事は良い方向に行くとは思えないだろ?』

そう言うとアウラは「確かにな」と頷く。


―となると・・・一番良い解決方法は・・・

『では俺達目的は一つ。アンタと契約する事だ』

龍に向かってそう言い放った。


契約条件はわからないが・・・。

力づくで大人しくさせるよりは楽――だと思う。


<<ほう・・・。では――お前達の"力"を示すが良い>>

途端に周囲の空気が変わる。

龍はその翼を開き、こちらに向けて口を開けた。


―結局・・・そういうオチかい

うんざりしながら溜め息を吐いた後、

前方の"敵"に向けて身構えた。



-−Side Aura−-



「横に飛べ! アウラ!」

自らの直感とその声が同時に自分の足を動かした。

一息にホルスとは逆方向へ跳躍する。


途端、前方の龍の口から炎の渦が吹き出され、

先ほどまで自分が居た場所に達する。


―む・・・?

違和感を感じた。

炎が着弾した地面を見ると、何故か焦げ一つ無い。

あれだけの量の炎が着弾すれば普通、

落ちている石などは石炭化しているであろう。


かといってあれは幻の類と言うわけでは無い筈。

炎と自分の距離はゆうに十数メートルあったにも関わらず、

かなりの熱量を感じたのだ。


「"魂炎"か・・・。成る程。何もアンタは無差別破壊兵器ってわけでも無さそうだな」

横の方からホルスの声が響く。


"魂炎"・・・?

昔、何かの書物で見た事はある。

確か、発する者の意思で燃やす対象を選択する事が出来る炎。

炎術の中のごく僅かな術のみがその特性を持つそうだが・・・。

奴はどうやら体内でそれを生成できるらしい。


<<無礼な――>>

と、龍はホルスの居る方向へと向き直り、その巨大な腕を振りかざした。

しかしホルスは微動だにせず、龍の眼を見据えていた。

次の瞬間、鼓膜に直接響くような甲高い音と共に、

龍の周りを囲むように無数の印が浮かび上がる。

<<ほう・・・>>

その歓心したような声が頭に響いた直後、

仕掛けられた印が次々と連鎖するように爆発を起こした。


『っく・・・』

爆発の激しさと飛んでくる土煙、石つぶてに片手で顔を覆う。


―あれがホルスの全力か・・・

以前、オアシスで見たものより威力が数段上であった。

しかも詠唱もせずに念じるだけであれだけの術を発動させるとは・・・。


この部屋が崩れ落ちるのではないかと危惧して上を見たが、

特にヒビなどの危うい所は見あたらない。

ホルスの術にも対象以外への影響を減らす何かしらの手段が

施されているのであろうか。


爆発の連鎖が終わる。

対象となった龍は今、土煙に飲まれて姿が見えない。

よもや無傷とも思えないが、あれで死ぬという事も無いだろう。

注意深く目を細める。


と、巨大な腕が上がるのが煙の隙間から見えた。

腕の先には鋭利な爪が剣のように伸びている。

腕は煙の中に向かって凄まじい勢いで振りかぶった。

―あの位置は・・・

間違いなく、先ほどホルスが居た位置に向かって龍は攻撃を繰り出した。

厭な予感に苛まれる。

いくらあの男でもあの巨大な爪で裂かれれば・・・


『ホルス!』

「なんだ?」

と、背後から即答。

『・・・・・・』

無言で後ろを振り返ると黒衣の男が平然と立っている。

『いや、いい。無事で何よりだ』

首を左右に振りながらそう言った。

ホルスは「おう」、と何やらニヤニヤしながら返事をした。

大方【転移】の印でも張ってあったのだろうか。

この男には心配するのも無駄な事なのかもしれない。


前方、煙の塊に目を移す。

『奴は・・・?』

そう聞くと、ホルスは表情を締め再び身構えた。

「・・・効いてねえな。並の魔法じゃ傷一つつかねえだろう。

 あれでも念映でできる中では最大の魔力で発動させたんだけどな・・・。

 どういう魔術耐性してんだか・・・ったく」

と、うんざりしたように息を吐いていた。


<<ヒトの身でそこまでの魔術を駆使するとは恐れ入った。

 だが所詮・・・ヒトの放つ魔術など、予には効かぬ>>

土煙から姿を現した龍がこちらの脳に話しかけてきた。


「へぇ。そうかい」

ホルスが龍の声を聞き流すように答える。

それと同時に、持っている短剣に少し違和感を感じて目を落とした。

「武器に【強化】の印を施しておいた。隙を見てそれで攻撃してくれ」

と、違和感の原因が囁いてきた。

短剣は薄い光の膜のようなものを帯び、確かに何か言い知れぬ力を感じた。

こちらが無言で頷いたのを合図に、3者とも動き出す。


龍は再び体内より生成した炎を放ってきた。

即座に横に飛び、回避する。

だがホルスは後ろに飛び正面からその炎と対峙した。


―何を・・・!

という言葉を飲み込む。

奴が無策に炎を受けるとは思えない。

自らは龍に攻撃を仕掛けるべく壁際から回り込む。


案の定、ホルスは光の膜を両手で張り、炎を防いでいた。

あの様子ならば炎がホルスに達する事はなさそうだが、

龍があの上に直接攻撃を仕掛ければ無防備に攻撃を受けてしまう可能性がある。


―その前に私が――

龍はホルスの方を向いている。

回り込んだ自分は視界には入っていない筈。

ホルスは隙を見て攻撃しろと言った。

奴は炎を避けない事でその隙を作り出したのだろう。

ならば自分はそれに答えなければ。


龍に体を向け、地面を強く蹴る。

縮地を用い、一飛びに奴の下へ行く事も出来るが・・・。

先ずは飛ばずに地面を滑走する。

何故なら恐らく・・・。


ブオンと低い音と共に重い衝撃が迫った。

龍の尾がこちらに向け、凄まじい勢いで迫ってきた。


口元を上げる。

予想通り、奴は既にこちらの存在に気づいていた。

だがそれも想定内。

ここぞとばかりに強く地面を蹴り、身を浮かせて迫り来る尾を回避し――

狙うは奴の頭。

目標を定めて一直線に短剣を繰り出す。


だが短剣が奴の後頭部に到達しようとするその刹那、

『っく・・・!』

凄まじい熱の風圧がこの身を焼きつつ押し返した。


何が起こったかはわからない。

炎の壁のようなものが奴への攻撃を阻んだ。

その壁に衝突した右半身からブスブスと煙があがっている。

傷自体は大したものではない。

この程度の火傷であればなんとかすぐに直るだろう。

とにかく体勢を立て直さなければ・・・


「アウラ!!!」

その声に反応し、前方を見てハッとする。

奴はホルスへの攻撃を止め、こちらに振り返ろうとしていた。

『しま――』

そして地面に着地する寸前、

鋭い痛みと共に、はじけるように身が飛んだ。



-−Side Horus−-



突如自分を狙う炎の渦が止まった。

訝しげに見上げると、龍の後ろから攻撃を仕掛けようとしていたアウラが、

炎の壁に身を弾かれていた。


驚きに眼を見開く。

あれは紛れも無く炎術の"ブレイズウォール"だ。

攻撃を防ぐ炎の壁。魔術には効果は薄いが、

直接攻撃を防ぐには相当な効果がある術である。


歯噛みをする。

―桁外れの魔術耐性に炎術による防御、ねぇ・・・

 さすが霊獣。一筋縄ではいかねえな。


などと考えていた一瞬の内に、龍が次の行動を起こしていた。

身を翻しながらその巨大な腕を背後に向けて振り払った。

その先にあるのは、身を焼かれながら落下していく姿。


『アウラ!!!』

咄嗟に彼女の前に【障壁】の印を念映する。

だがその巨大な腕は易々とそれを突き破り、

その爪でアウラの身を裂きながら吹き飛ばし、壁に叩き付けた。


一瞬、背筋に寒いものを感じたが、すぐに龍を睨み付ける。

『・・・っの・・野郎!!』

怒りを覚えながら目を瞑り、片手を天井にかざした。


『<無の狭間に燻る根源の光よ、此へ来たりて我が敵へと降り注げ!>』

早口に詠唱を済ませ、即座に光の魔力を開放する。

かざした手からゆっくりと光の玉が現れ、

龍の頭上へと瞬時に移動する。

<<む――>>

相手もすぐに気づき、浮かぶ光を見つめていた。


【セレスティアルレイ】

自らの操る中・・・というより世に現存する光術の中で最上位の攻性光術だ。


『行け』

目を開き、声を発したと同時に頭上に放った光の玉が輝きを増した。

直後、そこから甲高い音と共に無数の光の線が発射され、

光の真下に居る龍の元へと降り注いだ

<<―ぬ・・・ぬう――>>

龍が怯むように首を下に向け、羽を自らに被せた。


発せられる光は大半が龍に直撃する寸前に何かしらの力で消失してしまっていたが、

それでもいくつかの光は龍に到達し、

皮膚を貫きはしないものの、確実にダメージは与えていた。


その様子を見て、少々安心した。

あれが全く効かないのであれば、本当に自分ではどうしようもない。

―少なくとも、まあ足止めにはなるな・・・

あの光は約1分程度発射し続ける。

その間、奴は動く事が出来ないだろう。


その様子を見て、即座にアウラの元へと足を向けた。

近くまで来ると、その状態に目を見開く。

龍の爪に裂かれたのであろう腹部、

そして叩き付けられたと思われる壁におびただしい量の血痕。

恐らく通常であれば死に至る傷だったろう。

しかし、本人は気絶しているようだが既にあった筈の傷は無くなりかけている。

ふうっと安堵の息を吐く。

どうやら彼女も、やはり自分と大差無い回復力を持っているようだ。

とにかく、奴が再び攻撃を仕掛けてくる前に起こさなければ。

『アウラ』

肩を起こし、首を揺らしながら呼びかける。

と、アウラは「うっ・・・」といううめき声を上げた後、

薄く目を開いた。

『平気か?』

と言うと彼女は、

「ホル・・・ス?」

寝ぼけたような声でそう言った後、

急に目を見開き、即座に起き上がろうとする。

「痛っ・・・!」

だが、すぐに腹部を押さえながらしゃがみこんでしまう。

『おいおい・・・いきなり動くな・・・』

傷はほぼ完治していても、まだそれを精神部分が受け入れていないのだろう。

―ま・・・"この体"になってから20年程度じゃ仕方ない・・・か。

自らが不死という事を頭で認識するのは早いが、

奥深くの精神部分がそれを受け入れるのには時間が掛かる。

当分の間は、深い傷を負えば例えすぐに体は完治をしたとしても、

その精神部分の枷が傷みだけを感じさせてしまうだろう。


『無理はするな。ゆっくりだ、立ち上がれるか?』

と、手を差し伸べる。

「何を悠長な・・・! 奴が――」

アウラはこちらに何やら文句を言った後、前方を見つめて呆然とする。

その方向には、龍が光の雨に身を固めている姿があった。


「あの光は・・・? お前がやったのか」

と、こちらに顔を向ける。

『ああ。見ての通り奴は今動けない。

 つっても効果時間は限られているけどな・・・』

「・・・あれ程の術は初めて見た」

そう言いながらアウラは【セレスティアルレイ】の光に

魅入られたように前方を見つめる。

『っと、そろそろアレの効果が切れる。立てるか?』

もう一度手を差し伸べる。

「あ、ああ」

アウラはこちらの手を取り、立ち上がると、

しばし首を下に向けて腹部を手でさすっている。

「痛みが――消えた」

その呟きにそうか、と頷く。

どうやら彼女の精神部分がようやく傷の完治に追いついたらしい。


「すまない。迷惑をかけた」

アウラが申し訳なさげに俯く。

『いや、俺の読みが甘かった。

 まさか魔術を使ってくるとは思わなかったもんでな・・・』

奴が"魂炎"を用いている時点で気づくべきだった。

対象を選定する炎など、魔術でのみ成せる事。

つまり奴が吐く炎も結局は魔術なのだろう。

それが他の炎術を駆使した所でなんの不条理もない。

『っと・・・』

前に向き直る。

そうこうしているうちに、光の放つ甲高い音が止んだのだ。


<<驚いたな・・・>>

低い声が再び脳内に響く。

と、同時に二人とも身構える。

龍は体中からプスプスと煙を上げながらも、

さほど堪えている様子はない。


寧ろ、今の事が無かった事のように、

<<・・・そこの女>>

と、その赤い視線をアウラに向けた。



-−Side Aura−-



龍の赤い眼がこちらを見つめる。

『なんだ』

訝しげに聞き返す。

自分が注視された事がそもそも意外であった。

どう考えても、あの規格外な術を放ったホルスに対して、

興味を持つと思ったのだが・・・。


<<何故生きている。ヒトの身としては、致命的な傷を負った筈だが――>>

―成る程。そういう事か。

それを聞いて納得する。

要は、いくら霊獣とやらにしてもやはりこの身は不可解らしい。


『答える義務はないな。ただそういう体質なだけだ』

そう投げやりに返す。

もっとも・・・【ただそういう体質】というのは

本当に自らの知識の中でほとんどを占めるのだが。

あとはあやふやな記憶と、ホルスから聞いた

ユグドラシル、とかなんとかの種を体内に持つという事程度。

知識として呼ぶ事も怪しい。


しかし龍にはその言葉だけで充分であったらしい。

なにやら真紅の瞳を眼を細めこちらを睨み付けている。

<<成程。そういう事か。 お前は現在の世における主殿の子なのだな>>

―? 何を言っている。

龍の言葉の意味を図りかねたが、

その声に、ぴくっと横にいるホルスが反応する。

「――主殿? まさか、ユグドラシルの事じゃねえだろうな・・・?」

龍を睨みつけるようにホルスがそう言った。


<<ユグドラシル・・・? ――そうか。あの呪いは未だに・・・>>

龍はこちらへの視線を外し、虚空を見つめた。

「んあ? 何言ってんだ? アンタ」


<<いや、如何にもお前の言うユグドラシルは我が主だ。

 それを知るお前もこの女と同様の存在か>>

「そうだが・・・。って待て、つー事はあいつは前、アンタの主人だったのか?」

ホルスが少し動揺を見せながらそう尋ねる。

<<――主人か。そうだな。あの方は我等霊獣全ての創造主だ>>

龍のその言葉にホルスはしばし開口し、言葉を失った後、

「――あの野郎・・・何考えてやがる」


<<いやなに、もう数千年も過去の事だ。

 我等が生み出された理由などお前達が知る必要も無い事>>

その言葉にホルスは舌打ちをしながら「そうかい」と呟いた。


<<しかしヒトのような矮小な存在に種を託すとは・・・。

 主殿の力は余程衰えていると見える>>


正直ホルスと龍が言っている事ははっきりとはわからない。

『で・・・それが何だと言うのだ』

だがいい加減もどかしくなり、そう言った。

不死という奇跡にしろ、こんな化け物を生み出す奇跡にしろ、

似たようなものだ。それがどんな経緯の差があろうとどうでもいい。

何より――

『その矮小な存在の力がどのようなものか・・・

 思い知らせてやろう』

勘に障った。

いくら巨大な力を持っていようが思い上がりも甚だしい。

短剣を抜き、戦闘態勢へ戻る。

「――だな」

ホルスも何やら嬉しそうな顔で姿勢を正す。


<<威勢の良い事だ・・・。――では、行くぞ>

龍の紅い眼の色が光を増し、

再びびりびりとするような殺気が広間中を包む。


さて――どうするか。

先程のような失態は繰り返せない。

縮地では恐らく見破られてしまうだろう。

となると・・・【陽炎】を用いるか。

だが問題は尾でなぎ払われてはたとえ軌道を変えたところで

その攻撃範囲に入ってしまう。


「アウラ! 上に飛べ!」

と、考えているうちに横からホルスの声。

咄嗟に地面を蹴り、空中へと身を移す。

と、上昇終着点で足元に光が現れ、その高さのまま浮かんだ。

ホルスが咄嗟に【浮遊】の印を念映したのだろう。


何が起きたかわからなかったが、

地面を見て目を見開く。


広間の床を埋め尽くすような赤い方陣。

それが怪しく光り輝いていた。


あれは確か――前に見たことがある。

炎術【フレイムグラウンド】

だが・・・

「なんつーでたらめなでかさだ・・・」

横でホルスがぼやく。

そう、ホルスの言う通りあれは桁違いの大きさである。

前に見たものはせいぜい、半径2,3メートルがいい所であったが、

下に展開されているのは裕にその10倍以上はある。

とにかくあの方陣に触れれば身を焼かれる事になるだろう。

一度触れてしまえば、あの方陣の効果が続く限り

身を焼かれ、自らの不死の特性で再生し、身を焼かれ、

の無限地獄を味わう事となる。

そのような事になっては精神の方が耐えられるかどうかはわからない。


奴はこちらの不死の特性を知り、

敢えてあの魔術を使ったのだろう。

そして何より、方陣は広間を埋め尽くしている。

これでは地面に降り立つ事ができない。

ふと、厭な予感が走り、はっとする。

―このままでは・・・


その一瞬の危惧の通り、空中に浮いている無防備な自分達を

長く太い尾が唸りをあげながら横なぎに襲い掛かる。

「ち・・・!」

その先には何やら次の魔術を駆使するためか、

魔力を練る事に集中していたホルスがいた。


刹那、反射的に体が動く。

現状の唯一の足場である【浮遊】の印を蹴り、

なぎ払おうとする龍の尾に向かい、渾身の力をこめて両短剣を振るった。



-−Side Horus−-



迫り来る尾の存在に気づいた時には既に避け切れない距離だった。

『ち・・・!』

全力で【障壁】を念映する。

最も・・・大した効果は期待できないが。

逃れられない衝撃を覚悟する。


−―だが予想された痛みも衝撃も襲っては来ない。

自らに衝突する予定だった尾の先は、

何故か自らを避けるように吹っ飛び壁に激突していた。


『んあ?』

思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。

が、前方を見直すと、すぐに状況を把握できた。


―やってくれる

笑みが漏れた。

アウラが自分が出した【浮遊】の印を足場とし、

龍の尾に向かい突進し、こちらに当たる前に尾を切断していたのだ。


当然足場から離れたアウラは床へ落ちていったので、

急いで再度【浮遊】を念映する。

咄嗟の事とは言え無茶をする女だ・・・。


だがおかげで先ほどから練った魔力が無駄にはなっていないようだ。

右手に練った魔力を光の槍へと具現化させた。

それを大きく振りかぶり、真下へと投げた。


光術"ディスペルフィールド"の一種ではあるが、

普通に使用したのでは既に展開されてしまっている

"フレイムグラウンド"のような方陣魔術には効果がない。

だがその特性を収束したものを槍に見立て、地面に突き立てれば、

その周辺に張られた一切の方陣魔術を無効化できる。


突き立てられた光の槍は、

地面に輝く赤い光に次々と浸透していき、

その効果を打ち消していった。


『うし、もう下に降りても問題ないぞ』

やや下方にいるアウラに声をかける。

「あ、ああ」



『わり。借りが出来たな』

地面に降り立った後、アウラに向かい、片手を立てる。

「何を言っている・・・。やっと一つ、こちらの借りを返せただけだ」

と、そっぽを向かれた。


その姿を見て苦笑しつつ、前方に目を向ける。


龍もこちらの姿を視認する。

<<なかなかに面白い・・・>>

頭に声が響いた。

<<不死という恩恵があるにしろ、良く人の身でそれだけの力を得たものだ>>

今までの無感情な声とは違い、

ほんの少しだけ愉悦に浸るような感情が見え隠れする声。

<<ふむ・・・猶予をやろう。こちらからは手を出さぬ。

 今度はお前達の方から攻めてみてはどうだ?>>

それが何となく癪に障った。

―余裕こきやがって・・・

と心の中で毒づいてるとある事に気付く。


「ホルス・・・」

アウラも気付いたのか、視線を尾に向けたままこちらに声を掛けてきた。

『ああ・・・。ったくトカゲかよこいつは』

そう、アウラが切った龍の尾が少しずつ再生しているのだ。

トカゲ・・・と比喩したものの、恐らくは

この龍はどの部分を傷つけても再生するだろう。

それは前に戦った霊獣がそうであったからだ。

霊獣全てがそうとは限らないだろうが、

先ほどの話――霊獣が自分達と同じ"奴"から生まれてきたのであれば、

そういう特性を持っていてもおかしくは無い。

下手をすると奴らもひょっとしたら不死なのかもしれない。

それではこの龍を倒すことなど不可能なのではないか。


だがこの龍に関しては何も倒さなければいけない理由などない。

この龍は【力を示せ】と言った。

例え不死であろうと、恐らくは一度でも奴に【死】に相当する攻撃を与えれば、

【力を示す】といった条件には充分であろう。

ならば――


『アウラ、下がっていてくれ』

「――何をするつもりだ?」

と、怪訝な顔の返事。

『せっかく時間をくれるって言ってるんだ。

 それ相応の術をぶっ放す』

龍を睨み付けつつアウラに説明をする。

前にアウラが居れば巻き添えをくってしまうだろう。

「・・・わかった。何か私にできる事は?」

アウラはこちらの言葉通り、後ろにさがりつつそう言って来た。


『そうだな・・・。仮に、今から打つ術が奴に通じなかったとしても、

 必ず隙は作れる。その隙に攻撃へ移ってくれ』

「わかった」

そうは言ったものの、今から打つ魔術は

自らが扱う術の中で対単体ならば紛れも無く最強の術。

どんな存在であろうが、通じないという事は恐らく有り得ない。

しかしその分発動に著しい時間がかかるが、

ご丁寧にこの龍は時間をくれるとの事。

ならば使わない手はない。


『あ、それと―』

前方に佇む龍にも聞こえるように大きな声を出す。

『もし、このお方がいきなり攻撃してきたら食い止めてくれないか?

 まさか・・・気高き霊獣様が自分の発言を破るとは思えないがな』

アウラが苦笑をしながら「ああ」と返事をする。

まあ・・・プライドが高そうなこいつの事だ。

恐らくはこれで平気かとは思うが。


<<―何をするかは知らんが、予の言葉に偽りは無い>>

ほれきた。


『せいぜい・・・後悔しろ』

大きく息を吸いながら、両手を前にかざした。



-−Side ?????−-



なんとなく、だ。

奴らの全力を見てみたくなったのだ。


何故、そのような考えに至ったのか。

例え不死を得ようと所詮は矮小なヒト、

たかが知れていようと思っていた。

だがあの女は力をこめて振った我が尾を切断し、

あの男は決して手加減などはしていない我が術を

いとも簡単に無効化した。


あの戦いより幾千年。

数十回と人が我が力を得ようと眠りを起こした。

だが何れもつまらぬ者達であり、

数秒と持たずに命を散らせた。

中には姿を見た瞬間逃げていった者もいた。


矮小な人に辟易していた所を

久しぶりに戦いを"楽しい"と思えた。

それは奴らが不死という特性を主殿からもらっている事実とは別に、

あの者達自体、充分に戦いを楽しめる力を備えていた。

だから恐らく、あのような戯れを思いついたのだろうか。


そして今、

こんな感情はいつ以来であろうか。

少し"後悔"をしている。


目の前で造りだされていく魔力は――

紛れも無くこの身を滅し得るもの。

今この手で奴をなぎ払えば、容易く術の発動を防ぐ事が出来よう。

だがそれは出来ない。

自らの言葉を偽る事など、死にも勝る屈辱だ。


ならば。


奴の術の発動を待ち、それに合わせて、

我が最大の術をそれにあてがうのみ。


かつてこの身が"神炎龍"とよばれた所以、

至高の魔力より生み出されし白き炎、

【天界の神炎】を放つべく、

<ヘブンズブレス>

体内に全力を以て魔力を蓄積しはじめる。


――血が騒ぐ。

まさかヒトなどと術の攻めぎ合いをする事になるとは、な。



-−Side Horus−-



『<悠久の時を巡る導きの光よ。大いなる加護の力を此処に>』

かざした両手から幾つもの光が飛び、

前方に直径が自らの背丈の2倍程度の光の方陣が浮かび上がる。


まずこれが下準備。

光の方陣を作り、その近くで放たれる

魔術の威力を増幅する光術【アーケイン】


光術の基本ではあり、自分であれば詠唱なしに即座に発動させる事もできるが、

この術は今からする事の要でもある。

最大の効果を発揮できるよう、詠唱を省略せずに呼び出した。


次に指二本に魔力を篭め、印を描き出す。

【アーケイン】の方陣の一番上方に、

【閃光】の印。対する下方に【暗流】の印。

【煉獄】を左上に、【凍風】を右下に、

右上には【迅雷】、左下には【重力】

一つ一つの印に最大限の魔力を注ぐ。


本来同時に放つ事は愚である反属性同士の術。

だが術をなす6種の属性を同時に放つ事で、

その効果は大きく変化する。

同時に放たれた6種の魔力は、打ち消しあう事はなく、

一つの純粋な力へと変化する。

それは消滅の光。

その光が通過する所には何一つ残る事はない。

そして【アーケイン】により、消滅の光は増大される。

あの龍を包み込むくらいの光にはなるだろう。


100年ほど前に編み出したこの術。

未だ実戦で使用した事はない。

使用する必要もなかったとも言えるが・・・。


口元を歪める。

自らの限界を試す機会などそうそう無い。

喜びすら覚えながら息を静かに吸った。


『行くぜ・・・?』

【アーケイン】の中央に魔力を収束させる。

この6属性を併せて放つ自らのオリジナルの術、

【エレメンタルバースト】の発動は最後に【アーケイン】の中央に、

純粋な魔力のみを放つ事で対象へと放たれる。


だが術を放つ前、龍の様子を見て肝を冷やした。

奴は確かに言葉の通り、手は出してこなかった。

しかし、その姿からは今までよりも遥かに大きい脅威が感じられた。

恐らくあれは・・・体内に桁外れの魔力を蓄積している。

こちらの術に発動に合わせ、あの魔力を何かしらの形で開放するつもりだろう。

今までの傾向から、それは恐らくは炎。

あれだけの魔力、どのような炎になるのか想像もつかない。

あらゆるものを消滅させる筈のこちらの攻撃すらもはじき返しかねない。


こめかみに汗が伝う。

『黙ってやられる気は――さすがに無いわけか』

龍はそれに答えず、ひたすらこちらを見据えている。


『いいぜ・・・』

こうなれば力比べだ。

後は・・・。


『アウラ』

背後に居る相棒に声をかける。

「わかっている」

と、アウラはたっと龍の横へと駆け出した。

―さっすが

どうやらこちらの意は汲んでくれたらしい。

だが、なるべく彼女の世話になるような事態は避けたいものだ。


―さて行こうか

眼を閉じて精神を集中させる。

『エレメンタル――』

そしてありったけの魔力を収束し――

『――バースト!!』

前方の敵へと解き放った。



-−Side Aura−-



凄まじい魔力の渦。

未だ発動すらしていないその術は、

既に充分脅威を感じるに値するものだった。


光り輝く大きな方陣を囲むように点在する6つの印は

全てが違う色を放ち、淡く点滅を繰り返している。


ホルスのする事にはもはや驚きは無いが、

それでもあれだけの魔術を駆使するに至った

その才能と努力を考えると賞賛に値する。


「行くぜ・・・?」

ホルスは龍に向け、不適な笑みを浮かべつつ声をかける。


それはどこか<本当にこれを撃っていいのか?>と

龍に確認をしているようにも見えた。

先ほどホルスは「術が通じなかったらその隙に攻撃してくれ」

などと言っていたが、あの表情を見ると

実の所こちらにそれをさせる気は毛頭無い様に思える。

それほど、あの術の威力に絶対の自信を持っているのだろう。


方陣はさらに光を増し、6つの印はその点滅を速くする。

だがそれとは別に、ぞくっと――

何か言い知れない不安を感じた。


ホルスも同様のものを感じたのか、

目を見開いている。

いや寧ろ、こちらより明確にそれを感じ取っているのか、

明らかに先ほどの表情とは一変している。


しかしこの状況を考えればこの不安が何なのかは

大方の予想がつく。

あれだけの術、いくら霊獣と言えども耐えられるとは思えない。

阻止は容易にできようが、奴は先ほど"こちらからは手をださない"と言った。

あのプライドの高そうな龍の事、それを違えることは無いだろう。


となれば行き着く答えは一つ。

ホルスが術を放った瞬間に、

奴も何かしらの攻撃で対抗してくるつもりだろう。


「いいぜ・・・」

ホルスは何かを振り切ったように再び笑みを浮かべた。

「アウラ」

振り向かずにこちらの名前を呼ぶホルスの意思を汲み取る。

『わかっている』


ホルスの術がもし龍の反撃に押されるような事があれば、

自分がなんとかしなければならない。

向き合う龍とホルスを余所に、両者の真横へ身を移した。


ホルスはこちらに一瞬眼をやり、一瞬唇を吊り上げると、

すぐさま前方に鋭い視線を戻した後、目を瞑った。


その一瞬の静けさに、息を呑む。

そして次の瞬間、一際大きな甲高い音が耳を貫くと同時に

点滅していた6つの印がそれぞれの色を主張するように大きく輝いた。


「エレメンタル――」

方陣の中央に目に見えて光が収束する。

そして薄暗い筈の洞窟はこの瞬間、あの大きな力に照らされ、

真昼の太陽の下の如き明るさとなった。

「――バースト!!」

その掛け声と共に巨大な6色の光の奔流が龍へと襲い掛かった。

あれはもうすでに魔術と呼ぶ事を憚られる。

あれの前に立てば・・・

不死な筈の自分とてこの世に存在を残していられるか定かではない。


だがしかし、

その光を前にした龍はそれを迎え入れるようにゆらりと口を開き――


光がもう一つ発生した。

純粋な白い光。

その光はホルスが放つ6色の光と激突し、

6色の光の進行を阻んだ。


雷が足元に落ちたような凄まじい轟音が鼓膜に響く。

眩しさに眼がくらみ、眼前に腕を添える。

―あれは一体・・・


激突した二つの光は凄まじい余波を周囲に放ちつつ

互いに拮抗し合っていた。


ホルスの術は恐らくあの大きな方陣で威力を高めつつ、

さらに6属性の相乗効果であの絶大な威力を出している。


それに対し、龍の口から出る光は純粋な力で対抗していた。

見ると、龍の全身を視認できるほどの魔力が覆っている。

巨体を巡るその魔力をあの光に変えて口から放っているのだろう。

その魔力量は底が知れない。


ホルスはやや苦悶の表情を浮かべていた。

対抗する龍が吐き出す光を押し切るべく、印に更なる魔力を注ぎ込んでいるようだが、

先程から拮抗状態は変わらない。


いやむしろ――僅かだが押されてきている。

このままでは、いずれあの白い光にホルスの術は敗れる。


だが龍は全身全霊をホルスに向けていた。

そう、隙だらけなのだ。

これは間違いなく自分の出番なのだろうが・・・。

おそらく攻撃のチャンスは一度。

一度でもこちらが攻撃をかければ、奴も警戒を向け、

何かしらの対策を講じてくる可能性が高い。


ならば一度きりの攻撃をどこに向けるか、だ。

確実に奴にダメージを与えられる場所でなければ意味がない。

考えられるのはやはり頭だが・・・奴の放つ光に近すぎる。

あの光には絶対に近づいてはいけない。

本能がそう告げているのだ。


だが相手は人間ではなく御伽噺や神話にのみ出てくる魔物だ。

他に効果がありそうな場所などわかるはずもない・・・が、

―ん・・・?

ふと不思議な事に気が付く。

龍の全身を巡る視認できるほどの大きな魔力の流れは、

発生させている口に巡っているわけではなかった。

全身から漏れ出る魔力は一つの場所に吸い込まれるように流れている。

それは首の付け根。

という事は、奴は体内であの光を作り出し、

口から吐いているとでも言うのだろうか。


―ならば・・・

龍の魔力が終結するその場所を見据える。

あの場所を突けば、龍の放つ光の威力を弱められる可能性は高い。


対象は決まった。

後は手段だが・・・。

確実にダメージを与える為、"縮地"を用い、

その勢いを殺さずに攻撃するのが妥当だとは思えるが・・・。

―ん・・・?

一つの事を思いつき、天井を見上げる。

―よし

自らの中で、あの魔力の集結点への攻撃方法が定まった。


光のせめぎ合いはさらにバランスが傾き、

龍の放つ光が伸びつつある。

急がねばならない。


用いる短剣は一つ。もう片方は鞘に戻す。

下手に両方の短剣を使おうとすれば威力の減退に繋がる。

ただ一点のみへ全ての力を注ぎ込む事にした。


すぅっと息を吸う。

縮地の到達地点―天井―を睨み付け――

地面を、強く蹴った。


-−―風を切る。


瞬時にこの広間全体を見渡せる場所に到達。

そのまま"陽炎"の要領で即座にもう一度縮地に入るべく天井を蹴った。

みしっと足に激痛が走る。

やはり相当に無理はあったか。

だが今は、そのような事を気にしている時ではない。


ただ一点、あの魔力の終結点に全身全霊の攻撃を打ち込むのみ―!


『―っはああぁぁぁぁぁあ!!』

全ての力を搾り出すように声を上げ、

自らを彗星と化し、その地点に武器を突き立てた。



-−Side Horus−-



額から汗が滲み出る。

体内の魔力はもはや限界に達しようとしていた。

―ったく・・・なんつー無茶苦茶な魔力なんだか。


こちらのように小細工もせず、

ただ純粋な魔力のみであの域の威力の攻撃を放つ者と出会うなど、

自らの人生の中で初めての事であった。


『く・・・』

これ以上の術の維持は難しい。

だが術を止め、あの光を受ければ恐らく自分は【消滅】する。

死ではなく【消滅】。

それは自らの不死という特性をも上回るもの。


まさかこんな形で生を終えるとも思っていなかったが・・・

―ま・・・修行不足って奴かね・・・

と、自嘲の笑みを浮かべる。


魔力が尽きかかり、【消滅】を覚悟した瞬間、

急激に圧迫する力がなくなり、耳をつんざく声が広間に響き渡った。


一つの可能性にはっと気がつき、

何とか維持していた印と方陣を消去する。

はぁぁと大きくため息を吐きながら地面にへたり込んだ


そのまま龍を見上げながら、

『ナイス・・・アウラ』

龍の上に乗っている相棒に声を掛けた。

龍は首を上に上げ、先程大きな声をあげた体勢のまま動かない。

アウラの攻撃した場所――恐らくこの霊獣の急所だったのだろうか。


当のアウラは何故か呆然としている。

自らの攻撃にここまでの効果があった事に驚いているように思える。


龍の姿が少しずつ薄くなっていった。

彼ら霊獣は基本的に死ぬ事はない。

死に相当する傷を受けた時、しばらくの間この世に留まれなくなるだけだ。


<<実に・・・面白い者達だな>>

と、頭にまた再び低い声が響いた。

<<我が名はゼノス――神炎龍ゼノス。

 契約は成った。現在よりお前達に――予の力を託す>>


その声と共に薄くなった龍の体ははじけるように光の粒となり、

自らに突き立つ短剣へと収束した。

―お前達・・・?

少しだけその言葉に違和感を感じた。

だが今はその違和感の正体を考える気力も沸かない。


再び薄暗くなったただ広いホールの中に、

ぽつんと自分とアウラが残される。

まるで先程までの事が夢であったがの如く。


『今回ばかりはもう駄目かと思ったがな・・・

 ありがとなアウラ、本当に助かった』

びしっと手を合わせ、命の恩人に向ける。


アウラは一瞬目を広げると、目を瞑り、

「――莫迦か」

と一言言いながらふっと微笑む。

「それはお互い様だ」


『はは、そーかい』

だんっと、仰向けに寝そべる。


『づがれだー・・・』

自分でもだらしの無いと思える声が出てしまう。

だがそれも仕方が無い事。

これだけ魔力を空っぽになるまで酷使したのはいつ以来だろうか。

正直今は、立つ気力すら沸かない。


「――お休みの所悪い知らせですまないが・・・」

足元から溜め息交じりの声が聞こえる。

『なんだぁ? っつか寝るぞ俺・・・』

気だるく返事。魔力の回復には睡眠が一番である。


「ここ、もうすぐ崩れるぞ」



―−-



地下であれだけの魔術合戦をすれば当然と言えば当然だが・・・

その戦場となった広間だけではなくそこから伝わった崩壊の波は、

この地下洞を利用したアジト全体に広がっているようだ。


しかし・・・きつい。

魔力は体力と直結するものだ。

それが空っぽの状態でこの疾走はきつい。


『アウラ〜・・・ぅおっと』

真横にかなり大きめの岩が落ちる。


「なんだ。喋る暇があるのならもっと足を動かせ」

遅いこちらの走りに焦れているのか、厳しい返事が返ってくる。


『おぶってくんね?』

「却下」

即答された。

今のはちょっと早かったぞ。


「私とて少々まだ足を痛めている。

 魔力が尽きたくらいで音をあげるな」

『・・・はいはい。善処しますよ・・・』

とは言うものの魔力を使い果たしたとなれば並の魔術師であれば立つ事すら適わない。

何とか精神力のみで精一杯歩を進めているが・・・

それでも今の速度は一般人が走るより遅いかもしれない。


が、突如前にいたアウラが消える。

『――お?』

急に左肩が持ち上がる。

「仕方ない・・・肩くらいは貸してやる」

と、すぐ横でむすっとしながらこちらの左手を肩に掛けるアウラの声。

『わりーな』

「――なに、礼には及ばない」

そう言ったアウラは、何か意味深な笑みを浮かべていた。


『ってぉぉおおおい!』

そしてそのまま、全力疾走。

こちらの足は当然追いつかないので、

引きずられたワラの様になっていたのは言うが及ばず。


『足! ちょ・・・少しスピードを――いててっ!』

こちらの抗議も無視をされ、

そのままアジトの入り口に向かって疾走――否、輸送されていった。



-−Side Aura−-



アジトの崩壊は割りと緩慢で、

出口に辿り着いた瞬間に崩壊、などと言う

危機一髪な脱出でもなかった。

ここまで急ぐ必要も無かっただろうか。


外に出た瞬間、ひやりとした空気に身を縮ます。

すっかり夜が更けていた。

とりあえず肩に掛かった"荷物"を降ろした。


「この鬼め・・・」

と、こちらに恨み言を呟きつつ座り込むホルス。

何やらその様子に笑いが漏れてきてしまう。

「おいそこ、何が可笑しい」

それが癪に障ったのかこちらを見上げ、じと眼で睨み付けて来た。


『いや・・・安心した』

「・・・安心?」

ホルスが怪訝な顔で首を傾げる。

『お前にも、そういう一面があったのだな』

今までこの男は何をするにもどこか達観していて、

その行動には何かしら計算をしながら動いている節がある。

どうしても衝動的に感情で動いてしまう自分と比較し、

劣等感を感じてしまう部分もあった。

ホルスが自分と同じ、不死の体を持つと知った後は余計である。

自分もこうあらねばならないのか、と。


こちらの発言に、ホルスは眼を丸くした後、

その意図を理解したのか、ため息を吐き、首を小さく横に振った。

「どういう勘違いをしていたかあらかた想像はつくが・・・

 例え不死だろうがなんだろうが俺は人間だ。

 人間である限り感情によってどんな一面でもみせるっての。

 ただ、そうだな・・・長く生きていると多少の事には動じなくなっちまうがな」

そう言ってホルスは少しだけ表情を曇らせた。


歳を重ねる毎に色々な経験をしていき、

感情を大きく動かさなくなっていくという事だろうか。

あの様子では、そうなっていく自分を余り良くは思っていないように思える。


『ん・・・そういえば・・・』

今のホルスの言葉で、一つ疑問が沸いた。

寧ろ今まで何故それを聞かなかったのか。

「なんだ?」

『ホルス、お前は今何歳なのだ?』

自分と同じ不死であるならば、見た目での年齢判別など不能だ。

長く生きていると多少の事には動じなくなるなどという言葉は

当然、長くの年月を生きてきた者が言う事だ。

それに何より、ホルスの魔術の腕は常軌を逸している。

恐らくは、自分よりかなり年上なのではないか。


「ああ、えーと・・・540、くらいか?」

ホルスが顎に手を当てながら平然とそんな途方も無い事を言い放つ。


・・・眩暈がした。

『・・・・・・ホルス』

この男は自分の10倍以上生きているというのか。


「ん」

それならばむしろ・・・

『もう少し、老成したらどうだ?』

「・・・余計なお世話だ」



-−Side Yoki−-



『ふう・・・』

机の上に山のように積まれた書類に目を向け、

思わず大きく息を吐く。


ダシュタ住民の要望書、

周辺町村からの移民希望文書、

盗賊襲撃の報告書、

隣国マラノからのネチネチとした抗議文、

市場においての取引詐欺被害届

etcetc...


中には明らかに自分の担当ではない物も

混ざっているような気がするが・・・。

とにかくとりわけ最近は忙しい。

充実してはいるが、さすがにこの量は気が滅入るものがある。


それと何より・・・

自分を操り、隣国に戦争を起こさせようとした者の元へ向かった者達―

自分を助けてくれたあの男と、鋭い気配は持つがどこか幼さすら残す女性。

二人とも恐らく相当な手練である事は間違いないのだが、

たった二人で敵の本拠地へ向かったというのは、やはり心配ではある。

それが気になり、抱えている仕事の処理も散漫になってしまっていた。


「ヨキ様」

部屋の入り口からノックと共に声が響く。


『入りなさい』

がちゃりと開くドアから、

何やら少し困った様子の衛兵―

よく自分の周りの世話をしてくれているロニスが入ってきた。

『どうした?』

用件を促す。


「それが・・・衛兵として志願したいという者達が今、門の前にいるのですが・・・」

衛兵ロニスのその言葉に苦笑が漏れる。

『こんな時間にか?』

「はい、こんな時間にです」

兵士は困ったように溜め息をする。

今はもう既に夜更けである。外も冷え初めているというのに・・・。

志願であれば通常、朝か昼間に訪ねてくるのが通例だが、

一体何故またこんな時間に志願をしてくるのだろうか。

『ふむ・・・。また明日来て貰う様に言ってくれんか』

「そう仰ると思いまして、私もそのように申したのですが・・・」

と、ロニスは言葉を濁す。

『帰らないのか』

ふむ、と口元に手を当てる。

「なんでも「とりあえずヨキという人にこれを見せてくれ」との事なのですが」

と、ロニスは何やら胸元から取り出す。

それは3枚の金貨であった。

『む――』

手に取り、金貨を良く眺めると、

その正体に気づき、驚く。

「何かわかりますか?」

『これは――ティルフェルム聖教国の正金貨だ・・・』

「・・・は、はぁ。何故そのようなものを・・・?」

何故も何も無い。

『いや、誰の差し金かはわかった。その者達をここへ。

 ―それと、これは返しておいてくれ』

と、金貨をロニスへ返す。

確か、あれ一枚で一ヶ月は寝て暮らせるくらいの価値はある。

そんな物はおいそれと他人から受け取る事はできない。


「はっ。了解致しました」

兵士が一礼をし、ぱたんと扉が閉めた後、

苦笑いがこみ上げる。

このタイミング・・・。

大方敵のアジトに居た者を改心させ、

あまつさえその者達の今後の面倒をこちらに押し付けてきた、

といった所だろうか。


まあ、確かに人手は足らない。

とはいえ元盗賊と思われる者を雇うほど切迫しても居ないが・・・。


『まったく・・・これで貸し借りはなしですよ』

と外の空を見上げ、呟いた。


まずは本格的に更正させる為、

せいぜいたっぷりとしごいてやるとしよう。




-−―Epilogue―−-



朝陽が目蓋を照らし、眩しさに女が目を覚ました。

木にもたれ掛かって眠っていた筈が、

何故か地面にうずくまる様に眠っていたようだ。

さすがに疲労がまだ残っているのか、

寝覚めが悪く、酷く眠い。

ゆっくりと立ち上がり、服に付く砂を払いつつ、

隣の木の下に目を向けると、黒衣を着た男がだらしなく大の字で眠っていた。


その姿にため息混じりの苦笑をした後、

やや揺れる足取りでこの砂海では貴重な泉へ足を運ぶ。


その途中、視界の端に大きな岩が映った。

昨日、大きな戦いがあったその場所の入り口は、

今はもう瓦礫に埋もれて無くなっている。


激しい戦いを終えた後、

特に男の方は疲れきっていて、

本来その男の術で一瞬で街に戻るあても外れ、

まして徒歩で戻る体力もない。


もうここで寝るぞと言い張り、砂海のど真ん中で寝そべる男を余所に、

女は案外近くにあったこの場所を探し宛てた。

砂海に点在するものの中でもごく小さいオアシス。

恐らくはあの洞穴の下に住んでいた者達が主に利用していた場所なのだろう。

一夜の寝床とするには何もない砂の真ん中よりも遥かに良い。

そのまま二人はこの場所で一夜を明かし、今に至る。


女は暫し戦の跡を眺めた後、またすぐに視線を前方に戻し、

泉のほとりでしゃがみこんだ。


「――む?」

水で顔を洗おうとする前、ちょっとした違和感に

女が疑問の声を上げつつ首を傾げる。

だがその正体が認識できず、顔を水に近づけてばしゃばしゃと顔に水を掛けた。


ぶるるっと水を払うと、ようやく頭の中が明瞭になってきた。

ここまで寝覚めが悪かったのは生まれて初めてかもしれない。

そして思考がしっかりと働き出した後、

泉に映る自分の姿を見つめ、女は"自分自身"の違和感を認識した。


―−-


「ホルス!!」

なんともいえない迫力を持ったその声で男は大儀そうに目を薄く開く。

「んー・・・あー・・・お前、最後くらい格好良く締めろよ・・・」

男は目を擦り、口を大きく開けた。

まだ目が覚めきっていないのか、意味が不明瞭な言葉を発している。

「何をわけの分からない事を言っている! ―それよりだ」

女が腰は手を当て、無言で男を睨み付けた。


ただならぬその気配に気だるげながらも男は体を起き上げる。

と、女の変化に気がつく。

昨日、女は戦いの途中に腹部に大きな傷を負った。

傷自体はすぐに修復されたが、

服を修繕するなどという能力は無い。


その結果、女がかなり際どい格好となっていた事を男は気づいていたのだが、

戦いと脱出の際のドタバタでそれどころではなかったという事もあり、

結局指摘する事を忘れていた。


が、それを自分で気づいた女は泉で自分の姿を確認しつつ、

破れた部分の所々を結んで何とか取り繕える程度に戻したようだ。

だがその後、この事を教えてくれなかった男への不審が募ったのだ。

女が今、妙に高圧的に迫っているのもその為だろう。


そして――

「あー・・・残念。直しちったか」

その余計な一言で、女の怒りが爆発し、

鞘つきの短剣が男の顔に食い込むこととなった。



―−-



「そういえば――」

先ほど男を殴った短剣の鞘を抜く。

抜き身の短剣は陽の光に晒され、いつにない光を放っていた。


三分ほど気絶していた男は鼻の頭をさすりながら

それを見て目を見開く。

「――待て。早まるな。人殺しは良くないぞほんと」

片手を前にだしてずるずると後退する。


「何を勘違いをしている。 

 ――と言うよりお前は死なないだろうが・・・」

女は薄い視線を男に投げかけつつ、溜め息をこぼす。


「そうではなくてだな、この短剣なのだが――」

一発殴って気が済んだのか、

もはや女は何事もなかった様な表情である。

寧ろ何かを男に相談したいような面持ちだ。


男はその様子を見て、女の意図を悟る。

「あー・・・。多分、だが、そん中にあいつが入っていると思うぞ」

「――やはりか。 奴の死に際に放った光がこれに収束しているように見えたのでな・・・

 で、結局の所どうなったのだ? 奴を封印できたと言う事か?」


「いや――封印というより、ってあれ?

 お前、あいつが消えた時の台詞、聞いてなかったか?」

男が首を傾げる。

「ああ、何やら聞こえてきたな。

 大様な名前を言った後"契約は成った"がどうとか・・・」

それがどうした?と言う表情で男を見返す。


「そのまんまだ。霊獣が自分の名を名乗り、

 契約を交わすってのは即ち相手を自分の主と認めたって事だ。

 お前の剣に宿ってるわけだし・・・つまりあの龍はお前の命令にいつでも従うってこったな」

男の説明に、女はしばし呆然とする。


「――つまりそれは、私が敵と戦えと命じれば

 この短剣から奴が出てきて戦うと言う事か・・・?」

「そういう事だな。正確に言えば霊獣は契約者が"名前"を呼ぶ事で姿を現し、

 その後命令をする事でそれを遂行するって事らしいがな」


女は信じられない、といった顔で手に持つ短剣を見つめる。

「契約・・・とやらの移行はできないのか?」

短剣を見つめたまま、やや弱い声で問う。


「移行・・・? そりゃ無理だろ。

 契約条件を満たした奴だけが"契約者"なわけだし――って待てよ?」

男は思い出したように顎に手を添える。

「確かあいつ、"お前達"に自分の力を託すとかなんとか言ってたな・・・

 っつー事は俺にも命令の権利くらいはあるのかもな」

それを聞き、女は目を開く。

「なら、この短剣をお前に――」

女は不安なのだ。

あの霊獣の力は一歩間違えば軽く一つの街を吹き飛ばしてしまえるもの。

そんなものを自分が制御しきれる自信などなかった。


「だーめだ」

が、男は女の考えをすぐに読み取り、首を横に振る。

「む――何故だ」

そう不機嫌そうに問う女の眼前に男は人差し指を突き出した。

「まず一つ、呼び出された後に"命令"はできるかも知れんが、

 霊獣を"呼ぶ"事が出来るのは一人。これは絶対だ。

 つまりはアウラ、例え俺にその短剣を渡そうとあいつを呼ぶ事はお前にしかできない」

未だ納得が行かないといった面持ちの女の様子を見つつ、

男は立てた人差し指に中指を加える。

「二つ目、その短剣はもはや霊獣を封じた"魔陣器"になっている。

 契約者以外が"魔陣器"に触れ、迂闊な魔力を送り込めば、

 【再契約の儀】に入る。

 その霊獣の場合、契約条件が【力を示す事】だったな。

 契約を辞退すれば何も無いだろうが・・・

 お前が居なかった場合、魔陣器に戻す事も出来ず、

 <<今の世を見てみたい>>とかなんとか言ってあの龍が世界を飛び回る。

 っていう事で昨日の二の舞だ。わかるか?」

その言葉にはさすがに女も俯いた。

昨日のような危険な事をまた招くわけには行かない。

男はさらに指を一本加える。

「ラスト三つ目、自分を信じろ。

 力なんつーのは間違った使い方をしなければいくらあっても問題無い。

 その力は少なくとも、俺なんかよりアウラが使ってくれた方が余程良いと思うぞ?」

と微笑する男の言葉に、女は眼を丸くし、しばしの間停止する。

が、すぐに男から目を反らし、

「さ、最後のは・・・納得が行かないが・・・」

やがて諦めたように溜め息を吐いた。

「私が持つしかない事はわかった・・・」

そう言った後、じっと手に持った短剣を見据えた後、それを掲げた。

それを見た男は女の意図を理解し、一瞬躊躇したが、

その後口元を緩め、腕を組んでその様子を傍観した。


女は昨日の龍の言葉――自ら名乗ったその名前を思い出し、言葉にした。

「ゼノス! 姿を現せ」

途端、掲げられた短剣が煌々と輝く。

その光はやがて視界全体を埋め、辺り一体を白に染めた。

女が眩しさに目を細めつつ、息を呑む。


―ポトッ


妙な音がした後、短剣の光が消えた。

予想されたあの巨大な龍の姿はどこにもない。


男は何故か肩を震わせ、女はきょろきょろと周りを見回している。

そして――


<みゅう>

「―え?」

と、地面にはつぶらな瞳をした、

手のひらサイズ程度の黒い"羽の生えたトカゲ"が女を見上げていた。

それを見た女は額に手を当て、しばし考え込む。


―ぷ

後ろから唇という栓が取れた音がする。

「ゎははははははは!!」

男が溜め込んでいた笑いを一気に吐き出した。


「――ホルス」

凍えるような空気が女より発せられる。

「お前、知っていたのか?」

そのただならぬ空気に男はびくりとし、笑いを止める。

「い、いや、そいつが今は力を失っているってのは予想できたけどな・・・。

 そんな姿になっていたのは予想外だった」

本当だぞ?と付け加えながら男は警戒する。

また顔に凶器食い込まされてはかなわない。

だが、女は軽く溜め息を吐いた後、

意外とあっさり「そうか」と納得した。


「で、いつか、元の姿に戻るのか?」

しゃがみこみ、黒いトカゲの顎を撫でつつ男に問う。

トカゲは心地よさそうに目を閉じつつ、みゅ、と声を出している。

「恐らくな。霊獣は「死」に相当するダメージを受ける事で

 力を一時的に失う。

 予想・・・だが元の力を取り戻すのは20年程度は掛かると思うぞ」

「そうか・・・。元に戻るか」

女のその返事に何やら少し残念そうな響きが混じっている事に、

男はすぐに気づいた。

「アウラ・・・お前、そのトカゲ状態気に入ってるだろ?」


「ああ。これはこれで愛らしくていいではないか」

臆面も無く女はそう言った。

いつの間にか黒羽トカゲ、もとい神炎龍ゼノスは女の肩に乗り、

頭を摺り寄せている。

契約者だから懐いているのか、それとも女の物腰によるものなのか。


―何れにしても・・・

仮にもそいつは世界を滅ぼし兼ねない霊獣だぞ、

と男はその様子を見て呆れ顔で息を吐いた。



「さて、これからどうするのだ?」

と、女は肩のトカゲから目を離し、男に向き直る。


男は、んー・・・と悩むように上を向く。

「そうだな・・・。この近辺にはもうとりあえず用はないしな・・・

 一度"家"に帰る事にする」


それを聞いた女は大きく二度、まばたきをする。

「意外だな・・・。 家などというものがあるのかお前に」


そう本当に意外そうに言う女に

「失礼な奴め・・・。 俺を一体何だと思っているんだか」

不愉快そうに男は女に細めた眼で睨む。

「世捨て人とか・・・仙人とか・・・そういった類だろうか」

そう顎に手を当てながら言う女に、がくっと頭と垂れる。


「・・・んで? お前の方はどうするんだ?」

溜め息をまじえつつ男は問う。


その問いに、女はしばし目を開き言葉を失う。

「ん? どうした?」

「い、いや――そうだな・・・」

俯きながら言葉を濁す。

実は女自身、もはや男に付いて行くのが当たり前だと思ってしまっていた。

ようやく見つけた同じ時間を過ごす者だ。

この男と共に戦う時は、今まで独りで戦ってきた自分としては、

余りにも居心地が良すぎた。


女は首を振る。

だがしかしこの男と自分ではそもそも役目が違う。

自分は【人を助ける者】

男は【争いを止める者】

そう、各々の使命を全うしなければならない。

それを違える事は生きる意味を失う事。

男とてそれは同じであろう。


何やら複雑な顔をして考えにふける女を見て、

男はぷっと笑いを溢した。

それに気づいた女は「何が可笑しい」と、男を睨み付ける。


「――いや」

男はそう呟き、笑いを噛み締めるのを見て女は「む・・・?」と首を傾げる。

女がどんな事を考えていたか、

男は女の表情の移り変わりを見てなんとなくわかってしまっていたからだ。


「さて、と」

男は思い立ったように【転移】の印を描く。

自らの家――根城に居る筈の者の顔を思い浮かべながら。


女はそれを見て

「もう行くのか?」

と、やや蔭りを見せる表情で言う。


「ああ」

どこか淡々とした返事。

「――そうか。では――達者でな」

女はそう言って手をあげた。


だが、男は紡いだ【転送】の印に手を当てる事なく、

「――なんてな」

口元を上げ、違う方向に手を差し伸べた。


先ほど、女が何を考えていたか、

男がすぐに理解した理由。

それは、自分も同じ心境だからである。

ただ少しだけ、からかってみただけだ。

最初から別行動などするつもりはない。

さらに言えば、今の自分達を生み出した【親】が、

"共に使命を果たせ"と言っているのだから・・・。


とはいえ、違う役割の者が一緒に行動するのだ。

何かしら言い訳となる決まりごとを作る必要はあるだろうか


「アウラ、一つ俺と【契約】をしないか」

手を差し出したまま、男は女に問いかける。

「――契約?」

女は男の意図が分からず、首を傾げた。

「そう、俺はお前の【人を助ける】役目を手伝い、

 お前は俺の【争いを止める】役目を手伝う契約、だ」

「―――」


その"答え"に女はしばし言葉を失う。

単純な事だったのだ。

それぞれの役割を、それぞれが助け合えばよいだけ。

役割の違いなどという隔たりは、その程度のものだった。


「契約条件は、この手を取る事。

 ――さあ、どうする?」

と、男は悪戯を持ちかけるような顔でそう言った。


女は眼の前に差し出された手をしばし呆然と見つめた後、

やがて眼を閉じて静かに微笑む。

悩む事など何も無い。

答えなど、とうに出ている。


女は眼を開け、男の眼を見据えながらゆっくりと、



――差し出された手を取った。










月虹―運命交叉― End

この続きとかのプロットは出来てはいるのですが、

いつ書けるやら・・・


最後まで読んで頂きましてありがとうございます!

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