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<接触>

月虹

―運命交叉―

in 6283 month


chapter 1 <接触>


-−Side Horus−-


―めんどくさ・・・。


「ヒャハハッ! 兄ちゃん。運が悪かったなぁ?

 ここら辺一帯は俺らの縄張りなんだわ」


目の前には曲刀を持って下卑た笑いを浮かべている奴らが・・・七匹。

徒歩での移動は久しぶりだったが、

砂海の治安がここまで荒れているとは誤算だった。

こんな事はここ一ヶ月で四回目。


―正直この先の展開なんて分かっているんだからとっとと始末したい所なんだが・・・。


ため息をつく。

『そうもいかないんだよな・・・』


「あん?」


『あーいえいえ。そうですか。それで私はどのようにすれば宜しいのでしょうか?』

勤めて愛想よく。


後ろの方から不愉快な笑い声が起こる。

先頭の男が手を出してきた。

「通行料だよ。通行料」


―やっぱそうですか。


『おいくらでしょう?』

笑顔は崩さずに一応聞いてみる。


目の前の男はニヤニヤしながら、そうだなぁ、と顎に手をやり

「お前は中々見所が有りそうだからな。五千ジェムで勘弁してやる」


―五千ってオイ。今までの中で一番たけーっての。


『いやーあいにくそんなに持ち合わせて無いんですよねー』


男の顔が一変して不愉快そうになる。

「アァ!? じゃあその手に持ってる荷物を全部よこしな!」

『断る死ね』

即答。笑顔は崩さない。


男は呆然としながら、

「・・・今、何つった?」


『いやですからー。お前等のような害虫にやる荷物は持っていないわけでして、

 これ以上くだらない事をぬかしやがるつもりで御座いましたら死んで頂ければ幸いです、

 と言っているんですよ。分かりましたか? 害虫さん達』


害虫と呼ばれた者たちのこめかみに青筋が走る。

「アん・・・だとコラァァ!!!」

目の前の男が曲刀を振りかぶる。


―はい、正当防衛成立・・・と

やれやれ、と呟きながら右手の指で【衝撃波】の印を紡ぎ、

襲ってくるであろう曲刀を持つ手に向かって放とうとした刹那−--


―・・・あら?


曲刀を振りかぶっていた男がドサリと倒れる。

倒れた男の上、そこには一人の女性が立っていた。



-−Side Aura−-


照りつける陽の光。砂地からの反射熱。

そして時折天を覆いつくす砂の嵐。

砂海を渡る者は襲い来るそれらの猛威に対抗、

あるいは回避する為に万全を期して旅をする。


彼女は意に介さない。

そういった【自分の命を守る為の準備】など必要が無いからだ。

身に纏っているのは砂地の色にも似た薄黄色の軽戦闘服、

ベルトにかけた二本の短剣のみ。

それは動きやすさを重視し、その服の色は僅かでも他の眼に自分の姿を映し難くする為である。

その砂海の地を歩くには全く相応しく無い軽装で、

彼女は後ろに結んだ漆黒の髪を揺らしながら一人歩いていた。


―−-


―この辺りの筈だが・・・

足を止める。


周りを見渡すが特に変わった姿は見当たらない。

目をつむり、聴覚に気を集中させる。


聞こえて来るのは風が砂を吹き上げる音、

履いているブーツに砂が当たる音、

それと―ほんの僅かに聞こえる話し声。


―・・・いた

全身の感覚を聴覚から戻し、目を開く。

腰のベルトから二本、短剣を抜き取り、声がした方向へ颯爽と駆け出した。


―−-


人の気配を感じ、足を止める。

―・・・八人。内七人は武器を持っている、か

こちらにはまだ気付いていないようだ。


武器を持った連中、

明らかに砂海の盗賊の類だ。

目が吊り上がる。


自分達の欲望の為には周りの人間の積み重ねてきた物を

壊す事など何とも思ってはいない連中。

最近はまるでこの砂海の主でも気取ったかのように

砂海を渡る旅人から【通行料】などと言うものを要求しているらしい。


馬鹿げている。

彼らのような存在には最大限の嫌悪を抱いていた。


武器をもっていないもう一人の男に目を移す。

・・・自らが【視た】者だ。

―妙だな・・・

盗賊に囲まれているにも関わらず、

特に怯えた様子も無く何かを喋っている。


何よりその格好。

降り注ぐ熱を最大限に吸収してしまいそうな黒い法衣、

左手に持った小さな布袋。

砂海の旅人にしては余りにも無謀(人の事は言えないが)な風貌だ。


そんな観察している間にその男と話していた盗賊の一人が、

何か声を荒げ、殺気を放った。


―まずい

右足のあった場所に砂を舞い上げ、風を切る。

その距離約三十メートル。

次の瞬間には曲刀を振りかぶっている男の背後に到達し、

後頭部を短剣で突き刺した。


男は自分の身に何が起きたか分からなかった。

全身から急激に力が抜け、ビクビクと痙攣しながら、砂の地に崩れ落ちた。


―似合いの末路だ。

冷たく見下しながら右手の短剣に付いた血と脳漿を振り払う。


顔を上げると、黒い衣を着た金髪の男が目に映った。

その顔にはやはり怯えや怒り等は見当たらず、

賞賛と僅かな驚きを見せた表情を浮かべている。


一瞬、男に対して言い知れぬ感覚を感じた。


―妙な男だ・・・。

この男に聞きたい事は色々とあった。

何故そのような格好で砂海を歩いているのか。

何故、自分に凶器を向ける盗賊や、

平然と人を刺し殺した自分を見る目に怯えという物が一欠片も無いのか。


そもそも何者なのか。いや―何故自分と同じ"におい"がするのか。


だが、今は先にやらなければならない事がある。

細かい詮索は後回しとし、一つだけ確認すべき事を訊ねる事にした。


『お前は、この男達の仲間か?』


問われた男は嫌そうに、はぁ? と漏らした後、

「こいつらの仲間? 勘弁してくれ。

 俺はそこに居る連中の理不尽な要求に困り果ててたとこだ」


―嘘を吐け。

直感的に違和感を感じた。

【仲間ではない】といった部分ではなく、【困り果てていた】という部分にだ。


ふん、と鼻を鳴らす。

『・・・そうか。なら良い』

別の六人の方へ向き直る。


盗賊たちはしばし呆然としていたが、そのやり取りが終わると、

ようやく現状を把握した。

「な、な何なんだてめぇは!? なんて事しやがる!」

怒りと怯えが織り交ざった表情。


それに応えず彼らを鋭く睨み、ゆらりと短剣を構えた。



-−Side Horus−-


一方的な戦いだった。

盗賊達は抵抗するどころか、自分がどの様に攻撃されたかすら認識できず、

最初の一瞬で二人、その後彼女に剣を振りかぶって向かっていった三人が

次々に砂地に沈んでいった。


―すごいなこりゃ・・・

目の前で起こった出来事に驚嘆した。


何故、一瞬にして五人の盗賊が地に伏す事になったのか。

その過程については理解できた。

【縮地】― 直線移動に限り、だがまるで瞬間移動したかのように移動する歩法。

最初の二人を仕留めた時、彼女はこれを用いた。

初動で直線状の二人を見据え、左右に短剣を構えた。

丁度二人のそれぞれの首の高さに調整して。

そしてただ彼らの後ろに向かって縮地を使い二人の間を、「移動」しただけ。

その結果彼ら二人は首から鮮血を噴出し、倒れた。


彼女の移動先の近くに居た三人は目の前に唐突に現れた女に半ば自棄になって曲刀を振り下ろした。

それを計算していたかのようにすぐに次の動作へと移る。

左手の短剣で一人を曲刀が彼女を捉える前に短剣を額に突き刺し、

右手の短剣で前から襲ってくる曲刀を受け流し、

右側から攻撃しようとしていた盗賊の脳天に向けさせた。

仲間を切ってしまい、唖然としていた盗賊の首筋を左手の短剣で切り裂いた。


その間、わずか十五秒。


これほどの使い手にはそうそう出会えるものでは無い。

まして・・・。

目の前の女性はどう見ても二十歳前後。

そんな年齢で【縮地】を使いこなしている事だけでも驚くべき事なのだ。

【縮地】を習得する事は非常に困難であり、

才能のある者でもその訓練に十年はかかると言われている。

ましてそれを「実戦で」使おうというのならばその難度は倍加する。

短剣の扱い、体捌きにも無駄、躊躇、淀み等が全く無く、

徹底的に洗練されていた。今まで多くの経験を積んできたのだろう。


明らかに目の前の存在は矛盾している。

あれだけの実力、どんな才能を持ってしてもあの若さで身に付けられるとは思えない。

数百年に一度の天才なのかそれとも実年齢は三十過ぎで若く見えるだけなのか。

だが、いずれにしてもしっくりと来ない。


・・・ふと一つの可能性を思い付いてハッとした。

【自分と同じ存在なのではないか】という可能性。

―いや・・・まさか、な・・・

頭を振り、目の前の状況に意識を戻す。


既に残りの盗賊は恐怖にかられ、必死の形相で逃げ出していた。

だがどうも彼女は逃がす気など無いらしい。

逃げた盗賊達に向け、低い姿勢で短剣を構えている。

【縮地】で距離を縮めるつもりだろう。


―やべっ

『待った!!』

とっさに叫ぶ。とにかく彼女を止めなくてはいけない。


声をかけられた本人は意外な方向から意外な声が耳に入り、

怪訝な表情で振り返った。

「何だ?」


『そこら辺でやめといたら?』

彼は努めて明るく言い放った。


「・・・? 何故だ?」

逃げる盗賊を見据えながら、彼女は疑問を口にした。


『や、あいつらもう戦意無いし。それ以上は無駄な争いだろう?』

そう。必要の無い【争い】は止めなくてはならない。

それが自分の存在意義であるから。

というより気に食わない。

目の前の女は表情一つ変えずに盗賊を殺していた。

何というか・・・曲がりなりにも女が、いくら腐った連中相手とはいえ、

その手を汚しているのは忍びなく思う。


しかしそんな事を彼女は知る由もない。

チッと舌打ちをし、不愉快そうな顔になる。

「無駄だと? お前はあの連中がどういう連中なのかわかっているんだろう?

 生かしておけばまた下らん要求の犠牲者が増えるだけだぞ。

 ・・・先程のお前のようにな」

少し見下すように睨まれた。


表情を僅かに締める。

『・・・確かにそうかもしれないけどな。

 だが今回の事で懲りて盗賊から足を洗うかもしれない。

 これから改心して真面目に働いて生きていくかもしれない。

 ってな可能性を持つ奴らを戦意も無いのに殺すのはどうかと思うんだよ』

と、諭そうとした。


―・・・我ながらちと無茶苦茶だな。


対面の女性は一瞬目を見開き、もう既に姿が見えない逃げた盗賊の方向を向くと、

はぁ、とため息をもらした。

「・・・もういい、わかった」

両手の短剣を腰のベルトに刺した。

「お前・・・長生きしないと思うぞ」

呆れたように言われる。


その台詞に虚をつかれ一瞬呆然とした後、

ぶっと噴出す。

『あっはっはっはっはっ!』

いきなりこちらが笑い出したものだから当然彼女は怪訝な顔をする。

「・・・な、何だ?」


―長生きしない・・・か。


『ははは・・・いや悪い。そうだな。その点には自信がある』



-−Side Aura−-

突然笑い出され戸惑ってしまった。

どうにもこの男と喋っていると調子が崩れる。


「ははは・・・いや悪い。そうだな。その点には自信がある」

否定とも肯定とも取れる返事。

一瞬・・・だけだが何か寂しそうな目をしていたような気がする。


『・・・?そうか』

こちらの曖昧な返事を「ああ」と返されると少し間が空いた。

―そろそろこちらの聞きたい事を聞こうか。


「『ところで・・・』」

二つの声が重なる。

『・・・』

「・・・」

気まずそうに目を逸らす。

コホン、と咳払いをしてとりあえず向こうの用件を促すように手を差し出す。


「んじゃあ。色々と聞きたい事はあるんだが・・・。

 とりあえず名前だな。俺の名はホルス。あんたは?」


ホルス?

当然、フルネームでは無いだろう。

もしかしたら本名ですら無いかもしれない。

要は自分という固体を認識する名称があればそれで良いという事だろうか。


―まあ、そういう考え方は嫌いではない。

『アウラだ』

こちらもそれに合わせる。

一応、【アウラ・レクイエル】という姓名はあるが、

私を認識する名称というのであればアウラだけでいい。


対面の男―ホルスは意味深にニヤッとする。

「んじゃアウラ、アンタは何故・・・」

男の顔の前に静止を求める手の平を示した。

『次は私が質問をする番だ』


ホルスは少し目を丸くした後

「質問っておい・・・」

とぼやいたが、諦めたような表情でため息を付き、どーぞ、と手を差し出した。


『すまないな。 ではホルス。何故砂海のど真ん中を

 その様な砂海の旅に不相応な格好で歩いていた?

 それも・・・たったそれだけの荷物で』

相手の左手に目を移す。

改めて近くで見ても明らかに旅をする者の荷物ではない。

水や食料にしては少なすぎる。


男はそれを聞くとまた、はぁ、とため息をついた。

「いやな・・・。あいつ等の前にも一度盗賊に遭ったんだよ。

 そん時に・・・他の荷物は全て取られた。まぁ命と、この小荷物は助かったんだけどな」


違和感。

―また、嘘を吐いているな・・・

確信は持てないが、そんな気がした。


男の話は続く。

「で、俺はイルセア―知ってるよな? 西にある寂れた街だ。

 そっから砂都に向かっていたわけだ。それで途中で盗賊に荷物を取られて、

 戻ろうかどうか迷ったんだが・・・。まあそん時には既に砂海のど真ん中でな。

 そのまま突っ切る事にした」

しれっとした態度でそう言い切った。


―呆れた奴だ・・・

砂都ダシュタ。砂海の中では最も大きく、豊かな街だ。

そして年々、その人口は増えるばかりである。

それに反比例し、ダシュタ周辺の小さなオアシスに面する集落は、

衰退の一途をたどっている。

小さい集落での生活に嫌気がさした若者は、

故郷を捨て、豊かな生活を夢見ながら砂海を越えてダシュタへと向かうからだ。

最も・・・無事にダシュタでの生活を迎えられる者はその半数にも満たないのだが。

この男もそういった類であろうか。


しかし・・・。

ここからダシュタへはまだ二日はかかる。

途中に点在するほんの小さなオアシスを経由していけば

あるいは辿り着けるかも知れないが・・・。


『この辺りの地理には詳しいのか?』

ホルスは首を振り、

「全然」

平然と言い放つ。


―・・・・・・

『無謀だ』

それが結論。


ホルスは軽く笑うと、

「そうかもな」

左手を腰に当て、軽そうに言う。

「でもま・・・何とかなるだろ」


頭痛がする。

―本当に何とかなると思っているんだろうな・・・

こめかみに手やり考え込む。


「ん? どうした?」

不思議そうにこちらの様子を伺う。


この男の話は恐らく断片的に嘘が混ざっている。

とはいえどう見ても目の前の状況、このまま放っておくのは見殺しに等しい。

そして未だ次に行くべき処は【視え】ない。

という事はこの男にはまだ助けが必要という事だろうか・・・?

ならば・・・やる事は一つ。


一際大きなため息をついた。

『ダシュタまで・・・私が送ろう』



-−Side Horus−-

意外な申し出だった。


『いいのか?』

本心からそう思う。


「ああ」


相手は恐らく自分が所々嘘を吐いている事に気付いている。

盗賊に前にも遭ったのは本当だが、全て自分で追い払った。

荷物を奪われたのでは無く、

そもそも最初から荷物など、この小袋しか持ってはいない。


相手が嘘を吐いているのをわかっていて

それを特に追求する事も無く、まして共に行動しようなどと・・・


―まあ・・・いいか

深く考えるのは止める事にした。

とにかくこの事はこちらにとって都合が良い。

ダシュタへ向かう事も、この辺りの地理に疎い事も本当の事だ。


それに何より、彼女に対して少し興味が沸いていたのだ。

先程の小さな疑問が今は少しずつ大きくなっている。


もしも・・・自分と同じ時間を生きる人間なのであれば・・・

―それ以上に嬉しい事はないんだがな


「・・・? どうした?」

目の前の女性が顔を覗き込む。

少し考えに浸りすぎていたらしい。


『あ、悪い。それじゃあ・・・よろしく頼む』

と、手を差し出す。


手を差し出された相手は怪訝な顔をした。

「・・・何だ?」

『ん、握手』

「・・・何故だ?」

『や、これから協力し合って砂都に向かおうという事で』

それを聞いたアウラは一瞬呆然とすると、

すぐに呆れた顔になり、ため息をつきながらこめかみを抑える仕草をする。

「・・・・・・協力し「合・う」ではなく、私がお前に協力「す・る」んだ阿呆が。

 くだらない事を言っていないでさっさと行くぞ」

そう言って歩き出してしまった。


行き場の無くなった右手を下げて腰に当てながら、

―気難しいこった。

前に歩く女性を我侭な子供を見るような表情でため息をつき、

出来たばかりの足跡の方向へと歩き出した。


―−-


「ホルス」

三刻程歩いた所でアウラが足を止め、振り返った。

『ん、何だ?』

と、彼女の方に顔を向ける。


アウラは腰に下げた袋から何かを取り出そうとしていたが、

こちらを見ると、その手を止めながら少し驚いたような顔をした。

「・・・平気そうだな」


―ん?

一瞬何の事かわからなかったが、すぐに彼女の意図を理解する。

こちらの事を心配してくれているらしい。

少し頬が緩む。

『ああ。暑さには強い方なんだよ俺は』


―や、まぁ法衣の中身を軽く【冷却】しているのもあるがな。


彼女は少し釈然としない表情をしたが、

「そうか。・・・まあ良い。これをやる」

と何かをこちらに投げた。

それを右手で掴むと、そこから水分が篭ったような音がした。

『・・・水、か?』

渡されたのは両手に納まる程度の大きさの水袋であった。


「飲んでおけ」

と、踵を返し前へ歩き出した。


ほんの少し呆然とする。

―どうしたもんかな・・・

確かに喉が渇いていないと言うわけでは無い。

実際イルセアで最後に食事を採ってから2日ほど

水分・・・というより何一つ口に含んではいないからだ。

だが、自分にとってはそんな事は大した問題ではない。


・・・と言って過度な気遣いや遠慮は恐らく彼女の気に障るだろう。

これまでのやり取りで何となく彼女の性格を把握し始めていた。

『いいのか?』

とだけ聞き返した。


アウラは前へ歩を進めながら、

「ああ。私はお前に会う前に飲んでいるしな」

と、夕陽の朱に染まる彼女の背中は明らかな【嘘】を吐く。

―これ以上は水、入らないぞ・・・この袋。

パンパンだった。


「それに―−-」

前を歩いていたアウラは足を止め、首だけ振り返りながら何かを言いかけた。

『ん・・・?』

「・・・いや。あと二刻程歩けば小さなオアシスに着く筈だ」


―・・・・?

アウラが何かを言いかけた事に首を傾げるが、

『そうか。・・・悪いな。んじゃ頂くとする』

と水袋の蓋を開け、少量の水を口に含む。


それを見た彼女は表情をほんの少し緩ませながらフン、と鼻で笑った後

ホルスの背後の夕陽に顔を向け、目を細める。

「そろそろ陽も沈む。今日はオアシスで夜を明かすとしようか」

了解、というこちらの返事を確認すると、彼女は再び朱く染まっていく地平線へと歩き出した。


それに習いながら、前に歩く女性を見る。

―やっぱ・・・妙なんだよな・・・

彼女には全く疲労の影が見えないし、何より汗一つかいていない。

それに・・・恐らく全く水分を口に含んでいない。


いくら環境に慣れきっていても、

どれだけ訓練を重ねても、

【人間】という生物である限り限度がある。

(・・・自分のような存在は別だが)

魔力で何かしらの外作用を起こしているのならば話はわかるが、その様子も見られない。

盗賊を撃退した時の動きといい、少し人間離れしすぎているのではないか。


―あー・・・やべ

と、そこまで考えたところでハッとする

―当然・・・アウラも同じ事考えるよな・・・


そう、ホルス自身もこの暑さの中平然としているし、汗一つかいていない。

ましてこの暑そうな黒の法衣を着て、だ。

彼女が自分に対し、同じ疑念を抱く事は必定だろう。


―さて・・・聞かれたらどう誤魔化すかな・・・


ため息をつく。

少し、気が重い。



-−Side Aura−-


―やはり・・・妙だな・・・

後ろの男には全く疲労の影が見えないし、汗一つかいていない。


いくら暑さに強いなどといっても

【人間】という生物である限り限度がある。

(・・・自分のような存在は別だが)

全くもって・・・後ろの男の正体が掴めない。


【ホルス】と名乗るあの男には余りにも多くの得体の知れないものが見え隠れする。


何故、自分はそのような者と行動を共にしようなどと思ったのか。

いくら【視えた】者とはいえ少々怪しい部分が多すぎる。

そもそも、あの男が盗賊の類あるいは、

自分に害を為す存在では無いという保証などどこにも無いのだ。


―だが私は・・・

あの男の持つ【何か】に惹かれていた。

それに彼が自分に対し、害をもたらすという事は無いと思っている。

根拠など何も無い。ただの・・・直感であった。


―−-


それから特に会話を交わすことは無く、

二刻程、ただ黙々と歩を進めていた。


砂海の夜は唐突に訪れる。

朱の空と地平線がすれ違った瞬間、一転して空は黒に包まれ、

星々が自己を主張し始めた。


風が吹く。

冷たい風。

昼間とはうって変わって急激に寒くなる。

薄着の自分には少々堪えるが、

自身の体温が下がる事は決して無い為、さしたる問題はない。


「寒くないのか?」

後ろから声が掛かる。


まあ・・・自分の格好を見てみれば当然の事か。

『ああ』

と首を後ろに向け、少し口元を歪めながら、

『寒さには強い方なんだよ。私は』

先程のホルスの言葉を皮肉った。


ホルスはその事にすぐ気づいたのか、一瞬目を丸くすると、

はは、と笑いを漏らし、

「そうかい」

と肩をすくめる。


―ん・・・

前方に向き直ると平坦な地平線に変化が起こっている事に気づく。

小さな突起物の集まりが見える。


後ろの男もそれに気づいた様子で、

「あそこか・・・? オアシスって」

と問い掛けてきた。


ああ、と肯定し、

『もうすぐだ。急ごう』

少し歩を早める。



-−Side Horus−-


視界に収まる程度の小さな泉。

それを囲むように群生するシダの木々が

冷たい風に葉を揺らし、穏やかな音を立てている。


前を歩いていたアウラは特に言葉を発する事なく、

手近なシダの木に身を寄せ、腰を下ろした。

ホルスもそれに倣い、隣の木の下に、

アウラと同じ方向を向いて座り込んだ。


彼女はそれを見て、

「済まないが・・・特に暖を取るような物は持っていない」

僅かに浮かない表情で言い放った後、

「眠れるか?」

と、問い掛けてきた。


『ああ。平気だが・・・』

少し、戸惑った。

一番最初に遭った時より、彼女の口調は穏やかなものになっている。

更に、こういったこちらを気遣うような発言が時々見られる。

自分は彼女にとっては少し・・・いや、かなり得体の知れない怪しい存在の筈だ。

にも関わらずこちらに対して余り警戒心を見せていない様子なのは何故だろうか。

騙しているような・・・何か申し訳ない気がしてしまう。


―・・・うし

意を決したように立ち上がる。


アウラの方に顔を向け、

『ちと・・・種明かしをしよう』

と、右手の人差し指を立てて悪戯っぽく笑った。

そう言われた彼女は、何も言わずに首を傾げる。


立てられた指に自分の【魔力】を集中させると、

指先が七色に光り始める。

その光で地面に向かって【8】の字を書き、交差点に横線を入れる。

すると、すぐ下の地面に描いた図形が淡く浮かび上がった。


「な・・・」

それを見ていたアウラは目を見開く

「ホルス・・・お前は印術師・・・か?」

『ご名答』


ボッ


描かれた図形から火が上がった。

それを見ると、再び元居た木の下に腰をかけ、

『大体、7時間程度は持つ筈だ』

と、【炎上】の印にかけた力具合から適当な目算を挙げる。


アウラの方はしばし呆然と火を見つめると、

やがて溜め息を吐きながら、

「呆れた奴だ・・・」

と首を振りながら呟いた。


―呆れた?

意外な反応。てっきり怒り出すか警戒されるかと思ったが。

『何がだ?』

「お前・・・盗賊の輩など自力で撃退出来たのだろう?」

と、呆れ顔のまま言われる。


―あらま。痛いとこを突くね。

「そうかもな。ま、あん時は俺がどうこうする前にアウラがやっちまったわけだが」

そう告げると、横に居る女性から一際大きな溜め息が聞こえた。


「・・・何故視えたんだろうか・・・お前の事が・・・」

こめかみに手を添えながら彼女は呟いた。


―・・・?

「見えた? ・・・って?」

何か今の呟きが聞き流してはならない様な気がして、

そう訪ねた。


彼女はこめかみに手を当てたままちらっとこちらを見ると、

少し考えるようなそぶりを見せ、

「まあ・・・良いか」

と呟きながら顔を上げて


「私は【助けるべき者】を【視る】事が出来る」

そう、言った。


―・・・・!!

目を見開く。

その一言で全てを理解した。


彼女は前に広がる泉に顔を向け、話を続ける。

「具体的には・・・そうだな。

 誰かの助けを必要としている者の顔。

 その者が居る場所はどこか。

 どういった道を進んで行けばそこに辿り着けるのか。

 それらの情報が頭の中で浮かんでくるのだ」

少し間を置いた。


「まあ・・・信じられないだろうがな」

と静かに微笑みながらうつむいて目を閉ざす。


居た。

やっと・・・見つけた。

【救済者】――自分と役割を連ねる者にして同じ時を過ごす者。


『それで・・・俺が【視えた】のか?』

アウラが顔を上げてこちらを見る。

「・・・今の話を信じるのか?」

不思議そうな顔で尋ねてきた。


『ああ。嘘をついている眼はしていないな』

アウラの顔を覗き込みながらその疑問に答える。


そう言われた彼女は「そうか」と返しながら穏やかな顔で前に向き直る。

「まあ・・・それで特に私の力を必要としないであろうこの男が

 何故私に【視えた】のかが解らない。そう考えた」

『・・・なるほどな』

「今まで私に【視えた】者は紛れも無く【助け】を必要とする者だった。

 ・・・中には私の手に負えぬ状況も沢山あった―がな」

と彼女は何かを思い出したように空を見上げる。


「その度に自分の無力を嘆いた。だから、死に物狂いに技を磨いた。

 それでも・・・まだまだ人を助けていくには力が足りない。

 ・・・そう、思う」

『・・・』

しばし返すべき言葉を見失う。

まるで昔の自分の姿を見ているようだった。


ただただがむしゃらに【使命】を全うしようとする自分。

その為には余りにも無力な自分。

そういったジレンマに苦しみ続けていた自分。


『アウラは・・・何故助ける』

だから――かつて自分に問い続けた疑問を投げかける。

『助けるべき者が見えるからといって、

 それを助けに行かなければいけないってわけじゃないだろう?

 なのに、何故そうやって人を助けて生きているんだ?』


それを聞いたアウラは静かに微笑み、

「人を助けるのに・・・理由がいるか?」

そう―ホルスの眼を見て答える。


その顔に迷いは無い。

紛れも無く、それが彼女の出した答えなのだろう。


―こりゃ・・・参った。

散々自分の使命について考え続けていた自分が恥ずかしくなる。

『アウラ・・・アンタ意外と単純なんだな』

にやつきながらそう言い、自分の中の動揺を誤魔化す。


「なっ・・・!」

と、アウラは目を見開いた後、

「う、うるさい! 話は終わりだ! もう・・・寝るぞ」

ホルスとは逆側を向いて休むような体勢を取ってしまった。


了解、と笑って答える。

―意外と可愛い奴・・・

そんな事を思い、腕を組んで俯きながら目を瞑り、眠りを導いた。



-−Side Aura−-


―しかし・・・

つま先を向けている方向から流れ出る淡い暖かさを感じながら考えに浸る。

―印術師、か・・・

印術―魔力を用いて特定のパターンで【印】を描き、

様々な効果を発生させる魔術。


通常、魔術とは生まれ持った魔力の属性に順ずる物しか扱う事はできない。

属性、即ち火・水・土・風・光・闇。

火の魔力を持って生まれたのならば火を扱う魔術【火術】を、

水の魔力を持って生まれたのならば水を扱う魔術【水術】を。

どんなに魔力を洗練させたとしてもその枠から出る事は通常、不可能なのだ。


だが印術はそれに縛られる事は無い。

ただ描いた【印】とそれにかけた魔力の強さにより、相応の効果が発生するだけ。

【印】には無数の種類があり、

先ほどホルスが用いたような火を発生させるものもあれば、

その場に雷を落とすようなもの、

人を眠らせるといった人間に対して直接干渉するものさえもあるらしい。

もし、数多くの【印】を扱う事ができるのならどんな魔術師よりも脅威となるだろう。


ただし印術には欠点がある。

まず、描くという行為が必要であり、通常の魔術よりも発動に時間が掛かるという事。

そして何より問題なのは【印】を描く際、少しでも形や魔力に乱れが生じれば、

その効果が全く違う物になってしまう、という事だ。

術者に害が及ぶ事もあれば意図しない周りの人間を巻き込む事もある。

今まで印術師を名乗る者が【印】を暴走させた事例は数多い。

本当に【印】を使いこなす事ができる印術師などこの世界にほんの僅かしか居ないという。


だが先ほどのホルスの【印】

その火力は暖を取るには丁度良い物に調節してあり、

あまつさえその発動時間すら意図して設定していた。

少なくとも彼はあの【炎上の印】に関しては自由に使いこなしている。


そして武器を持った複数の人間にも物怖じしないあの態度を見る限り、

恐らく、その他にもまだ扱える【印】があるのだと思う。

一体、彼は何者なのか。

その疑問がまた少し強くなる。


軽く溜め息を吐いた。

―まあ・・・考えて分かる事でも無いか。

とりあえずホルスが何者であろうと無事にダシュタまで連れて行けばそれで良い。

そう自分に結論付ける。

他人を詮索しすぎるのは性に合わない。


-―「アウラ・・・アンタ意外と単純なんだな」


先程のホルスの言葉を反芻する。

―・・・そうかもしれないな。

口元を緩め、まどろみに身を預けた。


―−-


ザッ


砂の音、シダの木の葉が擦れ合う音以外の不自然な物音が耳に入り、目を開く。


殺気を感じる。それも――相当、数が多い。

『ホルス』

体勢を変えぬまま、後の男に声を掛ける。

「・・・ああ」

どうやらホルスもそれに気付いているらしい。


二人共同時に立ち上がる。

―囲まれているな・・・

辺りを見回すと、小さなオアシスを囲うように黒い影が見え隠れする。

恐らく・・・二十人以上は居る。


―先手を打つか

腰の短剣を取り出しながら、腰を落して【縮地】の体制に入る。


「あー・・・ちょっと待った」

と視界に静止の手が写る。

『・・・何だ』

と苛立たしげに返すと、ホルスはそれに答えず前に出た。


―何をするつもりだ?

短剣を構えながら、ホルスの挙動を観察していると、

「おーい。お前ら何の用だ?」

ホルスは手を腰に当てながら緊張感の無い声で闇に語りかけた。


それを見て溜め息。

―本当に呆れた奴だな・・・

どう考えても奴等の放つ気配はこちらを殺そうとしているものだ。

なのに・・・あの緊張感の無さ。


「これは失礼・・・」

その声に一つの影がこちらに進みながら答えた。

「いや何、そちらのお穣さんに用がありましてねぇ」

闇から姿を現し、不気味に笑いながらこちらに目を向けている。


赤い長髪に黒いマント。

聞いた事がある。

確か・・・シヴィラ・クルースニル。

ダシュタ区域の盗賊をまとめている男だ。


―厄介だな・・・

この男は卓越した印術師と聞く。

何か印術を描く前に殺ってしまえば良いのだが、

武器を構えているこちらを前にしてあの様子。

何らかの防御系の【印】を事前に描いていると見て良いだろう。


「や、だから何の用?」

と、ホルスは相も変わらず緊張感が無い。


それを聞いたシヴィラがククッと笑うと、前後左右から足音が迫る。

姿を現した影達は曲刀を構えながらこちらに殺気を放っていた。

その内の二人、見覚えがある。

―成る程な。

大方、昼間逃げた二人がこの男と仲間を引き連れ、

復讐に来たといった所か。

あの様子だとホルス共々闇に葬るつもりだろう。

『やれやれ・・・』

と首を振る。

『ホルス、あの二人を逃がした結果がこれだ。どうするのだ?』


ホルスは嫌そうに溜め息を吐くと、

「仕方ない・・・。アウラは手を出すな。

 アンタには人を【助ける】事以外に手を血に染めて欲しくない。

 こういう無駄な争いを何とかする事は・・・俺の分野だ」

いつになく真剣な表情でこちらに言い放つ。


―この期に及んで・・・この男は何を言っている。

『だが・・・! いくらお前が――』

「とにかく。アンタは手を出さないでいい。ま・・・見てな」

と、こちらの言い分を聞く事無くホルスは前を向き直った。


赤髪の男は相変わらず不気味な笑いを浮かべながら、

「戯言は終わりましたか? では・・・死んで頂きましょう」

そう言うと、親指と中指を弾いて音を鳴らした。


周りの男達が一斉に襲い掛かる。

―ちっ!

手を出すなと言われてもこちらにも襲い掛かる者が居るのだ。

そう言うわけにもいかない。

短剣で一番近い位置に居る男へ向けて攻撃態勢に入った刹那――


周りに居る全ての盗賊たちの顔前に光の図形が浮かび上がる。


次の瞬間、

「「「ぐああぁ!」」」

ホルス、シヴィラを覗く全ての男たちが吹き飛び、倒れた。


―な・・・何が起こったんだ?

今起こった事が理解できず、呆然と周りを見回す。

先程までこちらに襲い掛かろうとしていた男たちは

顔を抑えながらうめいている。

『ホルス・・・今のは、お前がやったのか・・・?』


ホルスは振り返ると、

「まあな・・・。ま、ただ吹き飛ばしただけだが」

しれっとした態度でそう言った。


―何て奴だ・・・

今のは印術なのだろうか?

あんな一瞬で・・・しかも、二十以上の数を・・・?


「な・・・・!」

うろたえていたのは前に立っているシヴィラも同様なようだ。

「念映・・・だと・・・!? それも複数・・・・そんな馬鹿な・・・」

と、目を見開き、唖然としていた。


それを聞いたホルスが前へ向き直る。

「ん・・・? ああ、アンタも印術師なんだな。

 【障壁】の印を張ってあるのか」

人差し指で頭をかきながら、面倒くさそうに言うと、

「で? 勝負すんの?」

そう言いながらシヴィラを睨みつけた。


-−Side Horus−-


赤髪の男は後ずさりながら、

「く! ・・・おのれぇ!!」

指先に魔力を集め、【印】を描きだした。


「ホルス! 来るぞ!」

後から声が掛かる。

『わーってる』と、前を向いたまま手を振って答えた。


前で描かれている印に目を向ける。

―【光弾】だな。ま・・・あの程度の魔力じゃ無駄だが。

次の瞬間、

前方の男の前に描かれた【印】から、

四つの光の弾がこちらに向かって放たれた。

微動だにせずにそれを待ち構える。


パァン!


光の弾がホルスに辿り着こうとした瞬間、

こちらの【障壁】に阻まれ、一斉に弾けた。


『ム・ダ』

と、眼前の男を見下したように眺める。


「あ・・・あ・・・」

対する赤髪の男は自分の印術が通用しないのを見ると、

「お、お前達! とっとと起き上がってこの男を殺れ!!」

と、うめいている部下(?)を叱咤している。


この情けない男でもそれなりに統率が取れているのか、

それを聞いたほとんどの盗賊は

顔を抑えながら曲刀を手に取り、立ち上がった。


溜め息。

―脅し足りないかね。

どうしたものかと考えた後、一つ大事な事を思い出した。


『あー・・・そうだ』

昼間に見た盗賊二人に目を向ける。

二回目の無駄な【争い】を起こした奴等だ。

・・・容赦は、しない。

―さよーなら。

二人の顔の前に【爆破】の印を思い描き、強めの魔力を送る。


目の前に再び【印】が現れた二人は、

「ひっ」と怯えながら顔を抑える。

直後、彼らの眼前の空間が輝きだす。


鈍い爆発音。


二人共首から上を失い、血を噴出しながら砂地に沈んだ。


『仏の顔も一度まで・・・ってな』

冷ややかにその光景を見つめながら言い放った。


「・・・気の短い仏だな」

後から突っ込みが入る。

『ほっとけ』

と、言った後『あっ』と今の自分の発言に気が付き、振り返った。

『今の、ダジャレじゃないからな?』

釘を刺す。


アウラは呆れたように溜め息を吐くと、

「わかったわかった・・・」

手を振り払う仕草をしながらそう言った。


周りに居る盗賊達はしばし唖然としながらその光景を見つめていた。

そして・・・その事態を認識すると、

叫び声を上げながら我先にと逃げ出し始めた。


―やれやれ・・・。もう来んなよ。

それを見送った後、一人残った前の男に目を移す。

『で? どうすんだ?』

そう言いながら威圧的に睨みつける。


「・・・くっ!!」

赤髪の男は屈辱を浮かべた表情をすると、

黒いマントを翻し、夜の砂海へと逃げ去っていった。



それを見ながら、肩をすくめる。

―さて・・・と。問題はここからなんだよな・・・。

これだけ自分の力を見せてしまったのだ。

後にいる女性はさぞ、自分という存在を怪しんでいるだろう。


かといって今はまだ、自分の正体を明かす訳にはいかない。

―どう言い訳したもんかな・・・。

『えーと・・・。あー、なんだ』

気まずい思いをしながら、後を振り返る。


『あれ?』

だがアウラは既に元居た木の下に歩を進め、座り込もうとしていた。

「とんだ邪魔が入ったものだな・・・。明日は陽が登る前に出発する。

 そんな所に突っ立っていないでとっとと休め」

そう言いながら地面に身を預け、先程と同じように眠る体勢に入ってしまった。


拍子抜けした。

てっきり質問攻め合うものだと構えていたのだが。

『えー・・・と・・・。いいのか?』

と、思わず聞いてしまう。


彼女は溜め息を返すと、

「・・・今更お前の事に関してどうこう詮索するつもりは無い。

 私はお前をダシュタまで送り届ければそれで良いだろう」

顔をこちらに向ける事無くそう言った。


『・・・そか』

自分としてはありがたい事だが、

身構えていた分、何か釈然としない気持ちで元居た木の下に身を下ろす。


『んじゃ、おやすみ、と』

「ああ」

そう挨拶を交わし、再び眼を閉じて眠りについた。


―−-


「ホルス」

横から聞こえる自分の名に反応し、うっすらと眼を空けた。

明るみが射し始めた空が狭い視界に映る。

間も無く陽が昇り、砂海は再びその顔を変えようとしていた。


横に居るアウラは既に立ち上がり、体に付いた砂を振り落としている。

『ん・・・行くか』

よいしょ、と立ち上がり、砂を払い落とした。


『そんじゃ今日も、よろしくお願いします』

と下腹部に手を当て、礼をしてみせる。


対するアウラは軽く溜め息の後、

「――さっさと行くぞ」

と、歩きだす。


その後姿を見ながら

―予想通りの反応だねぇ・・・

と肩をすくめながら再び彼女の足跡を辿り、歩き出した。



-−Side Aura−-


―ん・・・?

前方の朝陽が昇ろうとしている空。

その色に少し違和感を感じた。


足を止めて良く目を凝らす。


「・・・? どした?」

後ろからホルスの声。


光を増す空の色。

だが遠くの朱色の空にほんの少しいつもとは違う、茶褐色が混ざっていた。

『・・・まずいな』

「ん、何が?」


あの空の色は・・・

『砂嵐が来る』

と、振り返る。


少しの間。


するとホルスはしれっとした顔で

「あ、そう」

と言い放った。


『なっ・・・』

途端に顔の温度が上昇する。

『「あ、そう」とは何だ「あ、そう」とは! お前は砂嵐の恐ろしさを――』

と、そこまで言いかけてハッと気づく。

『・・・印術か』

「そういうこった」

ホルスはぴっと人差し指を立て、七色の光を見せた。


―−-


オアシスを発ってより約三刻、

太陽は既に上天に昇り始め、容赦ない灼熱の光を地上に照らしている。

そして前方の茶褐色の陰りは距離をつめ、

間も無くこちらに到達しようとしていた。


『で――』

後ろを振り返る。

『そろそろ来るが・・・。どうするのだ? 昨夜にシヴィラの攻撃を防いだ印を使うのか?』


ホルスは首を傾げ、

「シヴィラ?」

と、聞き返してきた。

『・・・ああ、すまない。シヴィラというのは昨夜盗賊を率いていた赤い髪の印術師の事だ。

 あれでもこの付近の盗賊を統べる男でな・・・。名は知られている』

「へぇ。・・・まあそれはいいか。あん時のっていうと・・・【障壁】か。

 あれでも防げ無くは無いんだろうが、一方向にしか効果無いからな・・・」

そう言いながらホルスは上に向かって虹色に光る指を動かした。

「これなら平気だろ」

すると、上方に三メートル程度の光の図形が描かれ始める。


『・・・これは、何の印だ?』

描かれる図形を見上げながら訪ねる。

「【結界】ってやつだ。この印の下に居れば大体のものは防げる。

 砂嵐くらいなら何の問題もない。・・・うし、出来たっと」

描かれた光の図形がその輝きを増した。


『となると・・・。砂嵐が止むまではここを動く事ができない、か』

という呟きにホルスがこちらに顔を向け、

「ああ、その辺は心配いらない」

と言いながら、にやっとする。

首を傾げるこちらに説明を続けた。

「印術を描く対象には二通りあってな。

 その空間そのものに印を描く【空間描画】と、

 対象とする人物に対して印を描く【対象描画】ってのがある。

 そんで――」


『今のは私かホルスを対象とした対象描画で描いたわけか』

説明を続けようとしているホルスに割って入る。

「ん・・・そういうこった。俺自身の頭から二メートル上に対して描いた。

 だから歩こうが走ろうがこの印がある内は俺の周囲は砂嵐の影響は受けない。

 ほれ」

ホルスが前に移動して見せると、上にある印も同様に移動する。

『・・・そうか』


―成る程な・・・。・・・ん?

ふと一つの疑問が沸き上がり、それを口に出す。

『そういえば・・・昨夜の連中に対して使ったあれは・・・?』

あれが対象描画とやらで描かれていたとすると恐ろしい。

今の説明から察するにそれは如何なる回避も不可能という事。


「ん・・・? ああ。あれも対象描画だ。まー描かれたら避けるのは無理ってこった」

と軽々しい口調で返してきた。


深く溜め息を吐く。

『・・・お前だけは、敵に回したくないな』

そうホルスに向けて投げやりに言い放つ。


ホルスはしばし目を丸くすると、

「・・・あっはっはっはっ!」

突然笑い出した。

『・・・な、なんだ?』

ホルスはひとしきり笑うと、訝しげにそれを眺めるこちらに対し、

「いや・・・悪い。ま、それは無いと思うぞ」

意味深ににやつきながらそう言った。


―本当に良く分からん奴だな・・・

首を傾げながら、だといいがな、と返す。


と、途端に風の音が変わり視界が狭くなった。

激しい風が砂を舞い上げ、上天に位置する太陽の姿すらおぼつかなくなる。

大き目の砂嵐だ。

だが・・・こちらには何の影響もない。

ホルスの【結界】の印とやらが効いているらしい。


「・・・来たようだな」

周りを見回しながらホルスが呟く。

『ああ・・・。だが、これならば特に足を止められる事も無いな』

上の印を見つめながら、大した物だ、と感心した。


「・・・あーそうだ。ついでに。ほれ」

とホルスがこちらに視線を送った瞬間、

目の前に光の図形が輝きだす。


『――!!』

咄嗟に後ろへ飛ぶ。

だが・・・印はそんな事では避けられないのはわかっている。

一体、何の印を・・・!?


途端、体が冷やりとする。

上から来る熱を中和してくれるような、心地よい感覚。

―な・・・何だ・・・?


「・・・おーい・・・」

雑音にまぎれたホルスの声。

結界から出た為、周りは砂が暴れ狂っている。

「別にそれ、涼しくなるだけで害はないぞー」


―・・・・・・やられた。

無言でホルスの元に戻る。

結界の中に入り、まとわり付いた砂を払い落としながら、

『・・・せめて一言断ってからやってもらいたかったものだな』

じろーっとホルスを睨む。


対するホルスは

「い、いやー・・・。もう少し俺を信用してくれると助かるんだが・・・」

と半笑いで人差し指でこめかみをかいている。

「・・・無理か」

『無理だな』

ムスっとした口調でそう返した。


が、冷静に考えると少し自分も動揺しすぎたかもしれない。

先ほど描かれた印から心地よい涼しさを感じながらそう思い、

『まあ・・・なんだ。だがこの印は快適だな。・・・感謝する』

と付け加えながら前に向き直った。

『行こうか』


「あ、ああ・・・ぷっ」

後ろから不自然な返事が返ってくる。


『・・・何が可笑しい!』



-−Side Sivilla−-


仄暗い自室には焦げた臭いを放つ死体が三つ。

あの時逃げていった部下の成れの果てだ。

あれ程の屈辱を受けたのは初めてであった。

―おのれ・・・

役立たずの癖に、のこのこと戻ってきた塵を

半ば八つ当たりで始末したものの、気分は全く晴れない。


―あの男・・・ホルスとか言いましたか。

聞いた事の無い名前である。

だが・・・彼の者の力は常軌を逸していた。

まともにやり合っては、恐らく自分の力では全く敵わないだろう。

しかし自分とてプライドというものがある。

このまま泣き寝入りをするつもりは毛頭ない。

少し頭を冷やし、奴に復讐する為の策を模索する。


あの印術師と一緒に居た女・・・。

前に何度か部下から報告を受けた事がある。

どこからとも無く現れ、ことごとくこちらの邪魔をしているらしい。

短剣の達人で尋常ではないスピードで動くとか・・・。

何者かはわからないが、一つ確かな事がある。

それはあの印術師と同様、自分にとって邪魔者であるという事、

何より奴と何かしらの関係を持つ者という事。

・・・利用しない手は無い。


ドアが開く音。

『来ましたか・・・』

背中に巨大な剣を背負った男が、正面のドアから入ってきた。

「・・・相変わらず辺鄙な所に住んでやがんなぁ。シヴィラ」

入ってきた男は部屋を見回しながらそう言った。

『無用な客は避けたいからですよ』

「へっ、そうかい」

この男の下品な態度は昔から余り好きではなかったが、

腕だけは確かなもので、重要な局面ではいつも仕事を依頼している。


「で?」

男がこちらに眼を向ける。

「今回は何をすりゃいいんだ?」



-−Side Aura−-


【砂海の台所】

俗にそう称される砂都ダシュタ入り口付近の市場。

既に陽が沈み始めているにも関わらずまだ多くの人間が往来している。


『存外・・・早く着いたな』

まさか誰か人を伴いながらあの場所から2日足らずで着くとは思わなかった。

まあそれはあくまで相伴する者を一般人に当てはめて予想していたからだが。


「だな。俺一人だったら何日掛かった事か・・・」

とホルスがこちらの呟きに応じる。

『そうか? お前ならば私が居なくても問題なく辿り着いた気もしているんだが・・・』

と首を傾げた。


それを聞いたホルスはこちらを向き、

「あれだ。・・・方向音痴なんだよ、俺は」

と溜め息を吐く。


一瞬の間。


『・・・まあ、そう言う事にしておこうか』

ホルスに顔を向けずにそう答える。

この男の嘘にはあまり意味がない。

大抵は答えたくないものをはぐらかす為のものだ。

「そういうこった」

そして嘘とばれている事も恐らく分かっているのだろう。

どこかそれを楽しんでいる風にも見える。

同時にどこかそのやり取りを楽しんでいる自分がいた。


『で? これからどうするのだ?』

遠まわしに【ホルスの目的】を探る質問だ。

別に答えは無くても良いが、ホルスがどうはぐらかすかに興味がある。


ホルスはそれを聞くと、少し表情を締め、

「争いを止める」

ただ一言、前に顔を向けながらそう言った。


―・・・? 争い?

どうやらはぐらかしているわけではなさそうだが・・・。

そう言えば最近、ダシュタは各地から兵を募っているという話を聞いた。

真偽は分からないがその兵士で他国に侵出するという噂もある。

――まさかそれを?


『戦争をか?』

「・・・ああ」

『・・・そうか』

確かにこの男の実力ならば、それを成す事も可能かもしれない。

だが・・・


『敵にならなければ・・・良いな』

と、小声を漏らす。

前にも思ったがこの男は色々な意味で敵に回したくはない。

だが【視えた】者がホルスの目的の延長線上にあるのならば・・・

戦うしかない。


ホルスはにやっと口を緩めた。

「前にも言ったが、それは無い。

 もしそんな事態になるんなら俺の方が退くしな」


『・・・何故だ?』

と首を傾げながら問う。

―私が現れただけで退く、だと?

勝てないからとかそう言った理由ではないだろう。

まともに戦えば、どう考えてもこちらの分が悪い。

・・・こちらが死ぬ事は無いという点を差し引いても、だ。

ならば何故?


「んー・・・俺には【導き】が無いから、だな」

ホルスは顎に手をやり、上を向きながら漠然とそう答えた。

『導き・・・?』

一瞬何の事か分からなかったが、

一つ思い当たるものがあり、はっとする。

『私の助けるべき者を【視る】能力の事か?』

「そ」

―・・・この男・・・私の能力について何か知っているのか?

自分自身は何故このような能力が備わったかなど知る由もない。

だがこの能力を【導き】と呼んだ今の口ぶり、

何となくホルスはこの能力に関して既に知識を持っている気がする。


『ホルス・・・お前は―』

何を知っている? そう問おうとした瞬間、視界が暗転した。

いつもの感覚。

辿り着くべき場所へのルート、そしてその対象が一瞬にして記憶に刻まれる。

―近いな・・・ダシュタの中か。

どうやら新しく助けが必要な者が現れたらしい。


「どうした?」

ホルスがこちらを不思議そうに窺う。

『仕事だ。次のな』

溜め息混じりにそう言った。

ホルスにはもう少し聞きたい事があったが・・・。

【視えた】ものは何を置いても優先しなければならない。


「ん、そか。・・・一人で平気か?」

社交辞令のつもりなのだろうが言う相手が悪い。

『誰に向かって言っている?』


ホルスはハハッと笑いを漏らすと、

「またな」

と一言、こちらに向けて言った。

『出来れば、もうお前のような怪しい奴と関わるのは御免だ』

冗談混じりに実際の考えとは逆の言葉を返した後、

『では、達者でな』

そう言い残し、目的地に向かって駆け出した。




-−Side Horus−-


―「出来れば、もうお前のような怪しい奴と関わるのは御免だ」・・・か。

先程の言葉を反芻し、苦笑する。

『残念ながら、嫌でも関わる事になる・・・』


駆け出した【妹】の後ろ姿に向けて呟いた。

『・・・必ずな』



―−-


―さて・・・陽が沈む前に、と。

周囲を見回し、対象とする人物を探した。

『・・・あいつがいいか』

市場で店じまいをしていた小柄で恰幅良い商人が目に留まる。


『ちょっといいか?』

商人の肩を掴み、声をかける。

男はいきなり肩を掴まれ、顔をしかめながらこちらを向くが、

手に握らされた物を見るとたちまち愛想よく対応してきた。

「はい、なんでしょうか?」


―ちょろいな・・・

この手の人間はこの銀貨を見ると態度を豹変させる。

長年養った勘である程度情報を握っている人間、

尚且つ金品による懐柔が容易な人間は見抜く事ができた。


自分の【力】で必要な情報を得る為には

その人間に触りながら話を聞かなければならない。


そして今、まず知りたい情報は・・・

『ダシュタが戦争やらかすってのは・・・本当か?』

男はそれを聞くと少し頬がぴくっとしたが、笑顔のまま、

「・・・どこでそれをお聞きになったんで?」

と尋ねてきた。

『本当なようだな』

質問には答えずにそう返す。

「・・・仰る通りで」

と、男は声を低くしてそう答えた。


―やれやれ・・・だな。

そうなると聞きたい質問は一つ増える。

寧ろ・・・それが本題だ。

『・・・主軸は誰だ?』

肩に手を当てたまま尋ねた。

それを聞いた男は目を見開くと、

「何故・・・そのような事を?」

そう少し低い声で言った。


―ビンゴ・・・っと。

武装した男が頭の中に浮かぶ。

年齢は四十台前半程度で引き締まった顔をしている。

明らかに軍部の者だろう。

と、なると・・・

ダシュタ政府の意向では無い可能性がある。


『いや、ちょっと気になっただけだ』

商人にはそう取り繕った。

それを聞いた商人は、

「左様ですか・・・それでは私は」

とそそくさとこちらに背を向け店じまいの作業に戻った。

『ああ、悪いな』


―・・・さて

あの態度を見ると、どうやら相当な情報規制がされているのだろう。

銀貨一枚では【戦争が行われようとしている】という情報しか提示しないといった所か。

もう二、三枚渡せばその主軸の人物についての情報も得られそうだが、

その必要はなかった。

得るべき情報は得る事が出来たからだ。


―今【視えた】奴の元に、今晩にでもお邪魔するとしようかね

そう思いながら、踵を返した。



-−Side Aura−-


頭に思い浮かぶ道筋をひたすら突き進む。

市場からは大分遠ざかり、人影もまばらになっていく。

恐らくは居住区だろう。

一見すると自分の助けを必要とする者が居るとは

思えないような平和な場所に思えるのだが・・・。


視えた対象の周りには、

この辺りに構える住居と似た構造をした家があった。

目的の対象はこの近くの筈だ。


入り組んだ路地を突き進み、少し開けた場所に出る。

その途端、頭の中に浮かんでいたイメージが消えた。


―・・・この辺りか。

辺りを見回す。

今回の対象は4、5歳程度の男の子だった。

視えた場所から移動していないのであれば、

どこかの家の近くの路地に居る筈だが・・・。


と、広い街道をはさんだ向かいの路地に、

背中を丸め、座り込んだ子供が見えた。


―・・・!! まさか・・・既に・・・!?

【縮地】に近い速度で子供の元へ一瞬で駆け寄る。

子供の横に辿り着き、近くでその姿を確認した途端、

どっと肩の力が抜けた。


―・・・地面に・・・絵を描いていたのか。


安堵のあまりため息を吐いた。。

・・・が、すぐにその油断を振り払い、気を引き締め直す。

この子供が【助けを必要とする者】という事を忘れてはならない。


とにかく・・・。

そろそろ陽が暮れる頃だ。

このような小さい子供が一人で外に居るのは危険だろう。

これからこの子を護るにしても家の中に居てくれた方が

何かと助かるのだが・・・。

―さて、どうしたものか。


『何を、描いているのだ?』

いきなり【家の中に入れ】と不躾に言うのも何だったので、

腰を落とし、できるだけ穏やかな声で子供にそう問いかけた。


子供はこちらを見上げると、笑顔を見せ、

「ラクダだよっ」

と元気良く答えた。

どう反応されるか内心少し不安であったが、

幸い、明るく素直な子供なようだ。

こちらに対してすぐに警戒心を持たれる事はなかった。


どれ・・・としゃがみ込み、

子供と並ぶようにして地面に描かれた絵を覗き込む。

『上手く描けているな』

月並みなお世辞を言うと、

「へへー」

と、得意気な表情をする。

「僕ね、大人になったらラクダに乗って世界中旅をするんだ」

『ほう・・・それでラクダを描いているのか』

「うん。でね、でね、色々な街で物を売ったり買ったりしてー、

 いつか世界一の大商人になるんだ」

嬉々として夢を語る子供を見て穏やかな気持ちになる。

砂海の子供としての狭い定義の中での最大限の夢なのだろう。


『それは・・・立派な夢だな。

 何故、そんな大商人になりたいのだ?』

「それはね、一杯稼げば、母ちゃんも父ちゃんも楽できると思うんだ」

『そうか。――えらいなお前は』

そう言いながら子供の頭を撫でる。


こんな時間に一人で居ると言う事は両親共に遅くまで働いているのだろう。

察するに両親共に遅くまで働いている寂しさの裏返しなのだろうか。

しかし、自分が働く事で両親に楽をさせようという考えは、

この幼さで中々思い立つ事ではない。

―良い子供だな・・・

そんな考えがよぎると同時に、

絶対にこの子を助けなければならないという使命感が強まる。

が、

「ところで・・・おばちゃん誰?」


この不意の一言で脳天に凄まじい衝撃が走った。


『な・・・・・! お・・・おば・・おばちゃ・・・・おばちゃん!?』

「? どしたの?」

『い、いや確かに私は実際年齢的にはそのお・・おば・・・ちゃんと

 言えなくもないが、あ、いや、しかしだな、私の見かけは20歳の

 頃から変わっていない筈であって決してその・・・・お・・・おばちゃん

 ・・・等というものからは程遠い者だと自負しているのだが・・・・

 はっ・・・もしかしたら実は少しずつ老けていたのか? 子供の目には

 私はもうその、お、おばちゃん・・・?に見えるのか・・・? い、いや

 そんな筈は・・・し、しかしもしかしたら・・・』


と、ふと自分が意味の分からない独り言を呟いている事に気づき、はっとする。

三十数年生きてきた中で「おばちゃん」などと言われた事は初めてだった。

余りのショックにすっかり取り乱してしまったが、

ここは上手く取り繕わなければ…。


『い、いや…すまない。私は通りすがりの者だが…

 近頃この周囲に不審な人物がいると聞いていたのでな。

 お前のような子供が一人で遊んでいるのを見て心配に思って声をかけたのだ』

「ふーん」

それを聞いた子供は特に関心が無さそうに地面への絵描きを再開する。

咄嗟に考えた言い訳だが…

特に不審に思われている様子は無い。


『さて…そろそろ陽も沈む。そろそろ家の中に入ってはどうだ?』

なるべく穏やかに言ったつもりだったが、

どうも少し言い方がきつくなってしまう。

こういうのは…正直苦手だ。


子供は少し首を傾げた後、

「うーん、わかった」

と、意外にも素直に立ち上がり家の入り口の方向へ歩き出した。

その姿を見て小さく安堵の溜め息を吐いていると、

子供がこちらに振り返り

「じゃーねー! おばちゃん!」

と手を振って来た。


―うぐ・・・・ま、まだ言うか。

『あ、ああ。またな』

と引き攣った笑顔で手を振り返す。


家の扉が閉まるのを確認した後、

再度周囲の気配を探る。

・・・やはり、特に不審な気配は無い。


今回のように【視え】てからある程度時間に

余裕があるケースはさほど珍しくは無い。

その場合はほぼ確実に【場所】に対する危険の察知、

つまりはその【場所】にいる全員が助けを必要とする者と言う事だが・・・。

この周囲にはもう人の姿は見えない。

当然、家の中には多くの気配があるが・・・。

今回【視え】たのは外にいたあの子供一人だった事から

家の中に居ればとりあえずは安全な可能性が高いだろう。


そう思いながらも周囲の警戒を続けていると、

一人の男がこちらの方に近づいて来るのが目に付いた。

特に今の所殺気は放っていないが・・・。


―・・・? 笑っている・・・?

近づいてくる男は何故かこちらを見てニヤついている。

大剣を持った大男・・・。

明らかにこの住居区には相応しくない者だ。


『そこの男・・・私に何か用か?』

腰の短剣に手を当てながら男に向けてそう言った。


「ククク・・・」

男はそれに答えずただニヤニヤしながら下卑た笑いを浮かべていた。


短剣を抜く。

『何が可笑しい・・・』


男はこちらが武器を抜いたのを確認すると、

少し表情を変え、

「いやいや・・・手間が省けて助かるぜぇ・・・」

と呟いた。

『・・・? 何を言っている』

「クク・・・あの男はどうした?」


その言葉を聞いてハッとする。

あの男・・・というとホルスの事を言っているのだろうか。

自分とホルスが共に居た事を知っている者は限られている。

となれば・・・


『・・・シヴィラの手の者か?』

「ハハッ! 正解だ。

 全く・・・適当にこの辺の住人をかっさらって

 お前一人だけ呼び寄せようとしてたのによぉ。

 まさかこんな所で単独行動しているとはな。

 ・・・笑っちまうぜ」

と、男が大剣の柄に手を当てた。


―・・・あの子供が見えたのは、そういう事か

一つの懸念が消える。

助けるべき者は助けた。

後は・・・降りかかる火の粉を振り払うのみ。


『・・・フン』

お互いに武器を構え、睨み合う。

大剣使い・・・となれば懐に入り込めばこちらが有利となる。


―・・・? 妙だな・・・。

奴の武器は接近を許せば不利になるのは明白だ。

にもかかわらず奴は隙だらけなのだ。

あれでは容易に懐に入り込む事ができる。

発する気配からしてそれなりの手練に思えたのだが・・・。

勘違いなのだろうか?

それとも、こちらを誘っているのだろうか・・・?


―・・・まあ良い

【縮地】の体制に入る。


奴が何をしようとあの武器で私を殺す事はできない。

ただ、全力で仕留めるのみ。


風を切り、瞬時に男との間合いを詰める。

やはり、何をされる訳でもなく容易に接近する事が出来た。

大剣の男は驚きに目を見開く


『疾っ!』

右手の短剣を振りかぶり、体の中央を狙う。


――手ごたえはあった。

「くっ・・・! ってぇな・・・」

だが狙った急所からは外れ、短剣は肩口に食い込んでいた。

相手がそれなりにこちらの攻撃に反応して来たという事。


―ならば、反撃を許す前に・・・!

続けざまに左手の短剣で首筋を狙う。


短剣が男の首に達しようとしていたその刹那、

男の口元が歪むのが目に映った。


『・・・! な・・・に・・・?』

左手が動かない。

いや・・・左手だけではない。

全身が動かないのだ。


「ったく・・・危ねぇ危ねぇ・・・」

男は大剣を背中に着用したまま、こちらを見下しながらそう言い放った。

どうやらすぐにこちらを殺そうという気は無いらしい。


だが状況が思わしくないのは変わらない。

奴は一体・・・

『何を・・・した』

「ククク・・・。 闇術の一種だ。

 【ブラッドバインド】、自分の血に触れた者を拘束する・・・ってな」


―そういう事か・・・

右手に浴びた奴の返り血に目を移す。

しかし詠唱する素振りも見せずそれだけの上位魔術を発動出来るとは・・・

『お前は・・・剣士ではないな』

「ハハッ! 察しが良いな。

 その通り。俺は闇術師だ。実際、剣なんかほとんど扱えねえよ。

 術師と思って戦われると色々と面倒になる術しか使えないんでな。

 こういう大振りな武器を持っていれば、まさか術師とは思わない。

 ってな寸法だ。効果あったろ? ククク・・・」


『く・・・』

・・・確かに奴の見た目で剣士と判断し、

術への警戒などしていなかった。

闇術の発動媒体は多くが【血】と【影】だ。

そしてその多くが相手と接近せねば効果を発しない。

警戒を怠らなければさほど怖い類の物ではないのだ。

―私の経験不足・・・か

口惜しさに歯を噛む。


『で・・・? 私をどうするつもりだ?』

挑発的な口調で言い放った。

捕らえられているという状況は自分に取って一番好ましくない。

こちらを殺そうとしてくれれば状況を打開できるチャンスはあるのだが・・・。


「クク・・・。 気丈な事で・・・。

 ま、それはあいつにでも聞いてくれ」

―あいつ?

奴の発言に疑問を持った瞬間、後ろに近づいてくる気配を感じた。


「お疲れ様です。ゼクセル。

 いつもながら見事なお手並みですね」

―この声・・・シヴィラか。

しかし・・・ゼクセル?

それなりに名のある雇われ術師だ。

まさかこんな外見で、ましてシヴィラと繋がりがあるとは

思いもしていなかったが・・・。


「ハッ! 難儀な仕事押し付けやがってよぉ・・・。

 この姉ちゃん動き早すぎて影が利用できやしねえ。

 お陰でこの様だよ・・・ったく。報酬は弾んでもらうぜ?」

と、大げさに肩の傷を見せびらかせている。

「ええ、わかってますよ。それにほら」

シヴィラはゼクセルの横に立ち、指を七色に光らせた。

「ああ、頼むわ」

ゼクセルの肩に印が描かれる。

印からシヴィラの指が離れた瞬間、

七色の光が急激に増し、一点に収束する。

光が消えた頃には奴の肩の傷はすっかり癒えていた。


「さんきゅ」

と、癒えた左肩を回している。

「・・・さて」

シヴィラがこちらに視線を向ける。

「あなたには、少々協力して頂きましょうか」


―そういう事か。

あの時の復讐に私を利用しようとでもしているのだろうか。

・・・くだらない男だ。

『馬鹿か。私が素直に応じるとでも思うのか?』


シヴィラはククッと笑い、

「ええ、思いますよ・・・」

ゆっくりと七色に光る指を目の前に突きつけてきた。



駄文を読みきって頂いてありがとうございます。


仕事中暇だった時に書いていたものです。

文章に関しては小説のセオリー無視で

読みやすさ重視の改行しまくりな感じで書いてみました。

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