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深水怜一





 ホームルーム後、私は蜜花に称賛され凪風に低頭された。


 今日は始業式のためホームルームが終われば帰るだけだ。私は二人に、先に帰っていてと断りを入れると、紙袋を三つ提げて職員室に向かった。中身は駅前の人気店、マダム・クローバーの数量限定チョコレートだ。

 去年、自分の体調不良が原因でお世話になった人に渡すつもりだった。


 職員室へ行きチョコを櫻井先生に手渡すと、甘いもの大好きな先生はとても喜んでくれた。今日も笑顔がかわいい。どうして私は今年も彼女のクラスになれなかったのか。


 職員室に深水英語教師の姿はなかった。所在を尋ねれば、多分英語の教材が置いてある第二資料室にいるだろう、とのことだった。私は職員室を辞すと、先に保健室に立ち寄ることにした。



「失礼します。今年から二年三組になりました。羽柴フミです」


 そう告げれば衝立の奥から、やさしい顔立ちをした美丈夫が姿を現した。


「お、羽柴さん。こんにちは。体は大丈夫?」

「はい、おかげさまで。それもこれも、海原大先生のおかげです。ありがとうございます」

「誰が大先生だ」



 私が冗談めかして言えば、養護教諭の彼――海原望夢(ウナバラノゾム)は苦笑した。

もうお気づきの方もいるかもしれないが、女子高で男性の、それも若い先生が養護教諭をしていたら、攻略キャラじゃないわけがない。



 海原望夢も乙女ゲームの攻略対象者で、人気投票ではぶっちぎりの一位をたたき出した人気キャラだった。

 くりっとした二重の目は愛らしく、それを縁取るまつげはうらやましいほど長い。茶色の髪は触りたくなるほどさらさらで、笑った顔はとても優しい。中性的な顔立ちとあいまって、とても親しみやすい印象だ。



「体調は悪くなさそうだな。で、今日はどうした?」


 そう尋ねられ、私は腕に下げていた紙袋のうちひとつを差し出した。



「これ、よろしかったら」

「何!? 賄賂か!?」

「お納めくださいませ、お代官様」

「羽柴屋、おぬしも悪よのぉ」



 私たちは二人して笑った。

 彼が人気があるのは、こういうところもあるのだろう。



「これ、お礼です。去年はありがとうございました。今年もよろしくお願いします」

「できれば、よろしくしないのが望ましいんだけどな。気ぃ使わなくてよかったのに」

 


 私は首を振った。これは私なりのケジメだ。櫻井先生と海原先生にはたくさん迷惑をかけたから、少しでもお返しがしたかった。

 そう告げると先生は「迷惑なんかじゃないからな。それが俺の仕事なんだから気にするな」といいながらも袋を受け取ってくれた。


「今年は元気になるといいな」


 その気遣いがとても嬉しかった。





  ◆◇◆◇◆





 第二資料室は校舎の西側、出入り口とは反対の場所にあり、近くに使用頻度の高い教室がないためか人通りが少ない。

 私は扉を三回ノックすると、中から返事が返ってくるのを待って扉を開けた。

 深水英語教師は狭い室内で、ソファに座り資料を読んでいた。私の姿を認めると訝しげに眉を寄せる。



「羽柴フミか。こんな所まで私に何か用か」



 こんな所まで。それではまるで、私が普段から彼に近寄っているような言い方ではないか。


 誤解がないように言っておくが、私と深水英語教師はまったく接点がない。去年は担任である櫻井先生が英語を担当していたし、少数に分かれて受けるオーラルコミュニケーションの授業も櫻井先生のクラスだった。

 だから深水教師は知っていても、今まで会話らしい会話をした覚えがない。



 彼が言っているのは、私じゃなくて私たち生徒だろう。

 さっき職員室にいたとき、生徒が深水教師を訪ねてきていた。英語の問題で解らないところがあると言っていたが、深水教師がいないと知ると櫻井先生に聞きもせずに帰っていった。

 櫻井先生に聞けばよかったのにそれをしないとは、彼女たちは問題を解く気があるのかないのか。そもそも解けない問題なんてないのか。


 とにかく、とても人気もある彼は四六時中、それこそ放課後さえ生徒に囲まれているようだ。

 もしかしたらこんな所で仕事をしているのも、彼女たちから逃げるためなのかもしれない。


 彼は手元の本を閉じて立ち上がると、これ以上入ってくるなと言いたげに目の前に立った。歓迎されていない気配がありありと感じられる。

 こういう時ばかりは自分の172センチある身長に感謝した。



「私が倒れた日、見つけてくださったのは深水先生だと伺っています。助けていただいて、ありがとうございました」



 これ、よろしかったら受け取ってください。そういって紙袋を差し出すと、深水英語教師は凍りつきそうになるような冷めた視線を寄こした。


「生徒からの贈答品は受けとらない。用事はそれだけか。なら、早く帰りなさい」


 彼は一方的に話を打ち切ると、もう用はないとばかりに背を向けた。その態度に私は思わずむっとする。


「これ、マダム・クローバーのチョコレートです。春に出たばかりの新作で、あまりの人気にすぐ完売した商品です」


 私は袋を深水英語教師に向かって突き出した。彼の背中がかすかに揺れたのを私は見逃さない。そう、深水怜一というキャラは無類のチョコレート好きなのだ。



「このチョコ、中にはさくらんぼのジャムが入っていて、酸味が甘さとよくあっておいしいんですよ」



 全部聞いた話だけど。というのも私は甘いものが大の苦手だ。チョコレートにいたっては味以上に匂いもだめで、あの甘ったるい匂いをかぐだけで体が勝手に拒否する。



「……それがどうした。さっきも言ったが、いかなる理由があろうとも生徒から贈答品は受け取らない」

「私、マダム・クローバーの店主さんと知り合いで、売り切れたところを無理言って特別に作ってもらったんです。これを逃したらもう食べられません」

「……」



 彼は無言だった。

 私は最後のダメ押しとばかりに「とても甘いです」という当たり前の感想を言うと、彼は散々悩んだ末、紙袋を受け取った。


「いくら知り合いとはいえ、無茶な要求は感心しない。それと、これはわざわざ作って頂いたものらしいから受け取るが、あくまでも今回だけだ」


 誘惑に負けたらしい。その台詞は誰に言い聞かせているのか。


「はい、私も先生に迷惑をかけないように気をつけます」


 私はにっこりと微笑んだ。





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