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新年度






 制服に袖を通すと、スカーフを結ぶ。

 「咲き初めの桜色」をしたセーラーワンピース型の制服。裾や襟に所々金の刺繍が施されているデザインはとても可愛らしい。ちなみにこの制服、中学校になると紺の刺繍が施された「青空を映した水面色」に変わる。実際にパンフレットにそう色の説明がされているのだ。


 私はは腰まである長い黒髪をポニーテールにすると、最後にチェリーピンクのフレームがお気に入りの眼鏡をかけた。




 七海女子学園高等学部、新年度。午前中の始業式が終われば、午後は入学式だ。編入生歓迎式は早朝にひっそりと行われるが、もう終わっているころだろうか。ヒロインがすでに入学している今、はたして編入生がいるかどうかも定かではないが。


 玄関につくと満花と凪風が待っていた。凪風はどこか緊張している様子だったが、制服姿はなかなか様になっている。



「おはよう。みっちゃん、凪」

「おはよう、フミ」

「おはようございます」



 凪風との仲は急速に進展していた。趣味が同じだったことも幸いしたのだろう。そもそも、私も密花も一度懐に入れた人間にはとことん寛容で、なにより性別を重視しない性格だった。

 だがまるで十年来の親友だと言っても過言ではないくらいの仲になったのは、正直自分でも驚いている。

 私のなかで彼はすでに「大切な友人」枠に放り込まれていた。


 クラス割りは各寮の玄関口に張り出されている。私たちは早速、名前を探して紙に目を通した。

 「凪も一緒のクラスだといいね」と満花が呟いたので、私も「そうだね」と返す。凪風が首をかしげた。



「フミと満花は一緒のクラスなんですか?」

「多分」

「多分?」


 私の答えが意味不明だったのか凪風はさらに首をかしげる。私も密花も笑った。


「確証はないけど自信はある。だって私たち、中学からずっと同じクラスだから」


 「だから今年もどうせ一緒でしょ?」と満花はいうと、ほら、と三組を指差した。私も凪風も密花が指差す先を見る。



二年三組   担任:深水 怜一

1、 青井 真凜

2、 海野 珊瑚

     ・

     ・

     ・

32、 羽柴 フミ

33、 蓮見 満花

34、 馳間 凪砂

     ・

     ・


 嵐を予感させた。



  ◆◇◆◇◆





 始業式は体育館で行われた。校長先生の話は相変わらず短く的確だったし、生徒代表で壇上に立った生徒会長の話も簡潔で分かりやすかった。


 クラスは賑やかだった。大体は中学からの持ち上がりだからだろう。新しいクラスになったにしては和気藹々としていたし、少なくともひとり机に向かっているという人はいなかった。


 それはヒロインもだ。窓際の一番前。ふわふわとした茶色の髪は、今日もツインテールに結ばれている。ヒロインは後ろの席の海野珊瑚(ウミノサンゴ)と仲よさそうに話していた。海野珊瑚は友人キャラの一人だ。


 私たちも席につく。壁際から二列目の一番後ろの席が凪風で、彼は一人だけ前の席に行かなくてよかったと、しきりに安堵していた。



「静かにするように。これからホームルームを始める」



 そう言って教室に入ってきたのは、今日も皺ひとつないスーツを身に着けた、我らが担任、深水怜一だ。相変わらずの無表情で、これから一年受け持つだろう生徒に対してにこりともする気配がない。

 これで生徒に人気があるのが信じられない。

 彼はさすが攻略対象者だけあって整った顔立ちをしているためかミーハーな生徒が多い。先ほどもクラスの話題はもっぱら彼が中心で、生徒たちは口々に彼が担任であることに喜色を示していた。


 深水英語教師は自己紹介するでもなくさっさと出席を取り始めた。私も名前を呼ばれ「はい」と返事を返す。



 それよりも問題は、この後あるクラス委員決めだ。

 ゲーム通りにいけば、クラス委員長はヒロインに決まる。というのも、編入生の彼女が早くクラスに溶け込めるようにという配慮から、深水英語教師が彼女を指名するのだ。しかし彼女が普通の生徒である今、クラスに一番溶け込んでいないと考えられるのは病気で入院していた馳間凪砂だ。


 誰かが立候補してくれればいいが、先生とはお近づきになりたくても、進んで面倒ごとを引き受けたいと思う人はいないだろう。

 案の定、クラス委員長を決めるときになっても、誰も手を上げなかった。



「誰もいないのか? ではこちらから指名する。馳間凪砂」

「えっ! 私ですか!?」



 凪風は予想もしていなかったのか、頓狂な声を上げる。私は急いで手を上げた。



「先生」

「どうした、羽柴フミ。立候補か?」



 先生に指名され、私は「いえ」といって立ち上がった。



「凪砂さんは病気が治ったばかりです。また体調を崩すことがあるかもしれないのに、彼女にクラス委員を任せるのは負担になると思います」



 深水英語教師は私の言葉にしばらく思案していたが、私の言い分が正しいと思ったのか「では、羽柴フミ。君がやるか?」と聞いてきた。

 私は肩を竦める。



「申し訳ありませんが、私も人のことを言えないので」



 そう答えると、彼は卒業式での出来事を思い出したのだろう。私に座るよう促すと、クラス全体を見渡した。そして

「では、出席番号一番の青井真凜。君がやるように」

とだけ告げるとさっさと教室を出て行った。


 その選択が私情から来るものなのか否か、私には分からない。でもこれがヒロイン補正なのかな、とそのときの私は考えていた。






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