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蓮見満花





「最初、あれ?って思ったのはスカーフの結び目が逆だったから。私、図書委員会で彼女と同じ班だったから知ってるんだけど、凪砂さんって左利きでしょ? 私も左利きだから覚えてたんだよね。その時はたまたまかなって思ったんだけど、パスタも普通に右手で食べてたから」


「それに私のこと全然覚えてないみたいだし。いや、別に絶対に覚えられているって自惚れている訳じゃないんだけど。でも、長期休みはみんな帰省するからご飯がでないのは菊花寮も同じはずなのに、知らないみたいだからおかしいなって」


「それで、顔は同じだけど別人じゃないかなって思ったの。だったら双子って考えるのが自然でしょ。でも、男の子だとは思わなかったな」



 そう締めくくって満花はお茶を口に含んだ。

 そういえば満花は奨学生だけあって成績は学年トップレベル。流石、頭が良いだけあって鋭い。

 だが、普通の人間だったらあまり知らない相手が少し不自然だからといって、まったくの別人とは考えないだろう。そこが彼女の柔軟なところであり寛容なところであり長所だと私は思っている。


 満花の向かいに座っている凪風の顔は、青を通り越して真っ白だった。ばれる可能性は想像していても、実際そうなるとどうして良いか分からないのだろう。


 私もなんだか呆然としていた。

 私は彼の正体を誰かに言う気もなければ、彼に伝える気もなかった。というのも、彼の実家は古くから続く名家で、その家で跡取りではないというだけで冷遇されていた彼は、こちらへ来るときばれたら勘当すると言い渡されている。彼を追い出すのは忍びなかった。


 ただ、こうやって関わったよしみ、多少なりとも彼が学校生活をおくりやすいようにサポートして行こうとは思っていた。



「で? どうして弟さんが来たの? 凪砂さんの病気は治ってないの?」



 空っぽの皿におかわりをよそった満花は、何気ないように尋ねた。凪風はまだ混乱が抜けきっていないのか、しきりに視線をそわそわと動かしている。

 ふと、その視線とかち合った。その目が、誰でも良いから助けを求めているような気がして、フォークを持ったまま中途半端に固まっていた私は、それをゆっくりと皿の上に置く。



「みっちゃんはさ、懐が深くてお人好しなんだよね。そして、すごく寛容な人。だってそうでしょ? じゃなかったら男だってばれた時点で締め出されてるよ。だから大丈夫。理由を言えばきっと力になってくれる」



 私が確信をもってそういえば、彼は覚悟を決めたのか「分かりました」とゆっくりと頷いた。緊張した面持ちで口を開く。


 「僕の本名は馳間凪風と言います」


――経緯はシナリオと変わらなかった。





 彼の話が終わる。私は隣に座る満花が静かに激怒していることを感じていた。



「なにそれ、意味が分からない。どうして身代わりなんてする必要があるの? 勝手にいなくなったんだから、ほっとけば良いじゃん。凪砂さんもそんなこと分かってて、いなくなったんでしょ? それなのに……」


 どんな返答が返ってくるかびくびくしていた凪風は、満花が怒っているのに気づいて首を傾げる。



「あの……」

「凪風君、学校は? 凪風君にも学校あるよね。そっちはどうするの?」

「あ、僕のほうは病気で休学ってことにしてて」

「それじゃ、同じじゃない! 傷がつくって言うんなら凪風君も同じでしょ。だったら凪風君の人生はどうするの」 


 満花の剣幕に彼はびっくりしたように目をぱちくりさせた。しかし、次には力なく笑う。


「僕は大丈夫ですよ。家の跡取りは姉さんですから。だから僕は」

「そうじゃないでしょ!」



 満花は力いっぱい叫ぶと、今度は急に力を失ったようにうなだれた。そして、喉の奥から絞りだしたような声で「悔しくないの?」と問いかけた。



「私はめちゃくちゃ悔しい。そうやって誰かに、勝手に人生を決められて。それに従うしかないなんて。……あなたは悔しくないの?」



 彼は目を見開いた。まるで自分のことのように歯を食いしばる満花を見つめる。そして、ふと笑った。



「何がおかしいの」

「いえ。なんだか懐かしいなって。その言葉、姉さんにも言われたんです。僕たちの誕生日に僕だけ祝ってもらえなかったとき。口の周りにケーキのクリームをたくさんつけて悔しくないのかって」



 そのときのことを思い出しているのか彼は穏やかに微笑む。



「昔から姉さんだけが僕の味方でした。姉さんだけが僕を助けてくれた。だから自分の学歴に傷がつくとか、どうでもいいんです。ただ、姉さんの助けになれるなら、力になりたい。姉さんが僕にしてくれたみたいに。……今、思いました」


 だから、と彼が続ける。


「僕をここにいさせてもらえませんか」


 満花は納得していない顔をしていたが、彼がまっすぐに見つめると静かに頷いた。


「別にいていいとかだめとかは、私が決めることじゃない。けど、あなたがここに残ると決意したなら私も協力する。協力するよ。だって私たち、もう同士みたいなものじゃん。こうなったら、三人で学校全部騙してやろう!」



 彼女は吹っ切れたようにそう宣言すると、「ね?」と私に問いかけた。

 それまで黙ってやり取りを眺めていた私は、それに力強くうなづく。

 凪風は嬉しそうに笑った。


 だけど、私はふと悲しくなっていた。

 運命を決められているのは何も彼だけではない。それは攻略対象者だったり、友人キャラだったり、あるいはその血縁者。あのゲームに登場するすべての人間が、すでに運命を決められており、その道を知らないうちに辿っているのだろう。


 そして、彼らの運命を左右するたった一人の人間(ヒロイン)。ヒロインにとっては誰と結ばれても幸せになるのに、では選ばれなかった彼らの運命は一体どこに行ってしまうというの。

 知らないうちに定められ、書き付けられた筋書き。

 悲しいのは人生のシナリオが決められていることだろうか。それとも、それに抗えないことだろうか。


 では、その中で生まれた転生モブ(わたし)の役目はいったい何なのだろう。

 彼らの運命(シナリオ)を知っている私は、いったい――。



 その時、あっ!と凪風が声を上げた。彼は壁際に置かれた白い棚を指差す。


「あれは、ストーリー・オブ・エンドワールドⅥ ~沈みゆく島と、涙のプリンセス~ の予約特典じゃないですか! しかも隣にあるのは、十周年記念に発売された初代主人公フリードの数量限定フィギュア!」


 その台詞に私と満花はそろって目を光らせた。私が口を開く。


「ストーリー・オブ・エンドワールドの中で最高傑作だと思うのは?」

「Ⅲ ~滅びゆく大地と、秘密のエメラルド~」



 私たちは互いを確認しあうと無言で立ち上がった。テレビの下に置かれたゲーム機は、電気の光を反射して黒く光っている。


 そうして、私たちの眠れない夜は始まったのである。





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