校外学習01
「今年は博物館と動物園を回る。帰ってきたらレポートを提出してもらうから、事前学習をしっかりとするように」
そうは言っても、校外学習は去年中止になった内容と同じため、去年散々調べた資料が部屋のどこかに残っているはずだ。
そういえばゲームのスチルに博物館と動物園の描写があったが、中止にならなかったらどうなっていたのだろう。それとも、中止になったことさえも世界の強制力なのか。
今日は来週に迫った校外学習の事前計画の日だった。
班は出席番号順で五人ずつのチームだ。私は、満花と凪のほかに前の席の野上さんと後ろの藤波さんと一緒の班になる。
自己紹介をして、いざ班長を決めようとしたところで、藤波さんが担任の深水英語教師に声をかけられた。
「七班の藤波、それと一班の海野。お前たちは班を交代する」
「交代……ですか?」
ヒロインと同じ班だった海野珊瑚が、みんなを代表して深水英語教師に問い返す。
「そうだ。海野珊瑚は七班に入るように」
「どうしてですか?」
「海野珊瑚、馳間凪砂、そして羽柴フミ。君たち三人は同じ班に集まってもらう。それと当日、七班には養護教諭がつく」
え、それヒロインのイベント……。
そう思って私は、はっと口を押さえた。誰もこちらを気にしていない。どうやら思わず口にしていたという失態は犯していないようだ。
校外学習のとき、海原望夢がヒロインの班につくのは、友人が海野珊瑚だった場合の特別イベントだ。
ゲームでは友人が誰かによって発生するのが異なるイベントが必ずあった。それを私たちは特別イベントと呼んでいる。
問題は今現在、ヒロインの友人が一人ではないと言うことだ。この校外学習で起こる特別イベントは三つ。深水英語教師と魚浜数学教師と海原養護教諭。
もしかしたら、これ全部起こるかも……。
私はいやな予感に冷や汗を流した。
そうとは知らず納得の言った二人は班を交換して、海野珊瑚が七班にやってくる。珊瑚は満面の笑みだ。
「こんにちは! フミちゃんと凪砂ちゃんと一緒の班になれるなんてうれしい!」
「こんにちは、海野さん。あたしは蓮見満花。よろしくね」
「よろしく! ねぇ、満花ちゃんって呼んでもいい? わたしね、ずっとあなたとも友達になりたかったの! だって満花ちゃんってフミちゃんとも凪砂ちゃんとも仲がいいでしょ? 病弱だと友達と疎遠になりがちなのに、満花ちゃんってそんなことなくて、尊敬しちゃう!!」
「あ、ありがとう。でもあたしは何もしてないよ。それに、別に二人の体が弱いから仲良くしてるわけじゃないし」
「そんなところも素敵!」
そういって海野珊瑚は楽しそうに手をたたいた。天然キャラというのは恐ろしい。珍しく満花が押されているのだから。
その後の係りきめは困窮を極めた。海野珊瑚がどうしても班長をやりたいと言い出したのだ。病弱という理由でひと班に集められているのに、彼女に班長を任せるわけにはいかない。それでも引かない彼女は揉めにもめて、最終的には副班長の座に納まった。
残りは保健係に満花がなって、私と凪が普通の班員となった。
準備は順調に進んだ。事前学習は去年のものを引っ張り出してきたためほとんどいらなかった。日程表が配られ、バスの座席を決め、当日の注意事項を聞く。
そして校外学習当日。
天気は去年と比べ物にならないくらい良かった。
去年は雨だったのだがその雨量が半端じゃなく、道も歩けなければ、電車も止まる、飛行機も止まる、仕舞いには電気も止まった。
それがもし、シナリオに対する世界の強制力だった場合、恐怖の一言に尽きる。もう少し温和的な解決方法はなかったのかと叫びたかった。
私はバスに揺られながら、これからの行動を考えていた。
今、私がやっているのはヒロインの観察ぐらいだ。だが本当にしたい事はそうじゃない。なんとも情けない話、ヒロインと結ばれなくても幸せになれる結末に彼らを導きたいのだが、どうすればいいか具体的な方法が分からないのだ。
だが悩んだところで意味もない。とにもかくにも、やるしかないのだ。
私はイベントを妨害する。
私は、静かに目を瞑った。思い出せるだけの記憶を手繰り寄せる。
校外学習では博物館と動物園でそれぞれ違ったイベントが起きる。
まず博物館。博物館に着いたら選択肢が三つ現れる。
友人と回る。
ひとりで回る。
先生と回る。
いや、班で回れよ。とは思うのだが、画面越しでは班があったことさえ分からなかったのだから致し方ない。
この選択肢、ひとりで回るがはずれだ。先生と回るを選んだ場合は好感度が、友人と回るを選んだ場合は友好度がアップする。
ここで特別イベントポイントだ。
友人が馳間凪風だった場合、凪風が展示品の説明をしてくれるイベントが起こる。
友人が海野珊瑚だった場合、博物館を回っている途中海野珊瑚が体調を崩し、それを海原先生と介抱するイベントが起こる。
お昼になるとお弁当を食べるために一度外に出るのだが、このとき友人が残りのキャラだった場合
まだ展示物を見て回る
このままお昼を食べる
という選択肢が現れる。博物館に戻るほうを選択すれば、深水英語教師の特別イベントだ。
動物園でも三つの選択肢が現れる。
パンダを見に行く。
ライオンを見に行く。
小動物ふれあいコーナーでウサギと遊ぶ。
この場合はパンダが友人キャラの友好度、ウサギが攻略対象の好感度アップにつながる。
ここで特別イベントポイント。
友人が魚浜真魚ルートのライバルキャラ――沖野響だった場合、魚浜先生と一緒にウサギをかわいがるイベントが起きる。ついでに逃げるウサギを追いかけた先生とぶつかって、壁ドンならぬ芝生ドンになるおまけ付きだ。
という風に実はこのゲーム、友人が誰かで起きるイベントが大きく違う。ヒロインがこのイベントをどこまでこなすのか分からないが、妨害するこちらとしては凪風のイベントがないことだけが幸いだ。
「フミちゃん、これ食べて! 私の実家で作った和菓子なんだ!」
え、いま朝なんだけど。
隣の席に座っていた海野珊瑚にいきなり声をかけられて、私はびっくりして目を開けた。隣でがさごそしていたのは気づいていたが、鞄からなんてものを取り出すのだ。
ちなみに満花と凪は後ろの席に座っている。
海野珊瑚の家は老舗の和菓子屋だった。そこで作った和菓子とは結構な値段だろう。しかし、私は甘いものが苦手だ。あんこはチョコレートに比べたらマジだが、朝のしかもバスに揺られている中で食べるのはかなりきつい。
「フミちゃんたちに食べてもらおうと思って、この間の休みに届けてもらったんだ。凪砂ちゃんと満花ちゃんの分もあるよ」
「はい」といって海野珊瑚は私の手に和菓子を置いた。
そんなこと言われたら断るわけにはいかない。私は覚悟を決めて口を開く。
「おいしい?」
「……うん」
いや、嘘ではない。かなり無理をしているだけで味はまずくはない……と思う。
海野珊瑚はその言葉が嬉しかったらしく、はしゃいでいた。
そして今日何度目になるか分からないパンフレットを取り出すと、あれを見たい、これに行きたいと楽しそうに指差す。
私は気合で和菓子を飲み込むと、そんな珊瑚をなんだか暖かい気持ちで見つめた。
彼女は病弱なせいで色々なことを諦めてきた。小さいころは成人できないといわれ、容態が安定した今でもいつ何が起きるか分からない。
だから今日ここに来れて嬉しくて仕方がないのだろう。
だがもし、シナリオと同じことが起こるなら、この日を待ちわびていた珊瑚ちゃんは倒れるということだ。
そんなことにはしたくなかった。
博物館ではなるべく彼女を気にかけよう。少しでも具合が悪そうな振りをすれば、いつでも彼女の手の届く場所に。
このときの私は迂闊だったと言っていい。
だって、思いもしなかったのだ。まさか……。




