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別離の花(仮タイトル)  作者: 小松菜大佐
1章 一人歩む『傲慢』
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6話

ようやく休日です

「…………」

 喉が真綿で詰まっていっているような、ゆっくりと体を覆う閉塞感を感じていた。


 どんよりと暗く重たい雰囲気の中で、葉擦れのようなざわめきが広がるここは正規軍臨時司令部、その司令室。中には、男女入り混じって10人程度がおり、その半分以上が目の前にある光に手を翳していて――――魔法を利用したオペレーターだ――――、残りはU字のテーブルに沿うようにして座っていた。


 その全員が、腕に青色の腕章を付けている。


 そのテーブルの中央に座るヒゲを蓄えた男レイザー・パッカードは、頭を悩ませていた。


 グールとの本格的な戦闘が開始されてから、そろそろ8分を数えようとしている。

 状況はといえば、まさに一進一退といった所であった。グールの数を減らし、防衛ラインを上げれば、どこからともなく数が増えて、包囲を恐れて後退する。

 だからこそ男は頭を悩ませていた。まだ善戦しているふうに聞こえるが、まず善戦を続けていること自体がまずいのだ。


 この作戦の発端は、グールの発生、そしてそれによって孤立した区民達の救出が求められたことに始まる。救出活動は急ピッチで行われた。日頃の訓練の成果が出たか、大した混乱もなく、また迅速な誘導を行うことができ、結果、ある一箇所を除いた住宅、ビルの人間全てを救出することに成功した。


 作戦は今、その残された一箇所……カルガードスタジアムに取り残された人々の救出へと移行していた。



 ついさっきまで、そのカルガードスタジアムでは、この区のヒロインと呼ぶべきアイドル、『アイリ』がライブを開催していた。


 区内で老若男女問わず熱狂的な人気を誇る『アイリ』は学生である。学生でも軒並み徴兵されるこの時勢で、アイリは数少ない免除を受けた一人であった。


 それは士気を保つ関係で戦死すれば区に大きな被害が及ぶ、と区のお偉方が直々に許可を出したからであり、また訓練を行いながら活動を続け、多くのファンを獲得した結果である。


 今日はその3周年記念ライブの日であった。


 しかし今、彼女もろとも会場はグールに制圧され、中に残されているだろう区民の生死は不明。また、時間が経てば経つほど彼女らの生存率は加速度的に低下していく。なにせ相手は、一度触られただけで自分たちを殺してくるのだから。警備隊もいたようだが、グール発生直後の時点で、通信は断絶している。


 デッドラインが形を成して、目に見えて迫っているような錯覚があった。

 ゆっくりと迫る巨大な壁に、じりじりと押されていくような焦燥を覚えていた。

 だから苛立っていた。

 今戦っている正規軍が、防衛隊が、やけに頼りなく見えた。


 ……いや、彼らも最善を尽くしている。自分も、自分にできる最善の策を取っているつもりだった。


「…………」


隣で真剣な眼差しで、眼鏡越しに投影魔法によって壁に映し出された映像を見つめる女、クシナ・リーデルヴィッヒは、自分の部下であり、この司令部の参謀である。


 いつもであれば、その雑にまとめられた髪をかき上げて、こちらと年齢が離れているのにも関わらず、鋭いナイフのような尖った言葉でミスを指摘してくれるのだが、今日はずっと黙っていた。


 彼女は今まで何度かあった、こういった劣勢の場面で、誰もが納得する策を次々と打ち立て、まるで決まっていたかのようにトントン拍子に事を運び、自分たちを勝利へと導いてきた。一人の大人として情けないが、頭の回転に関してはまるで勝てる気がしない。

 それに加えて、彼女は自分の思い通りに事を運ぶことに快感を覚える人間だった。


 しかし今彼女は黙りこくっている。それはこの状況の何よりも如実に、自分たちに打つ手がないことを示していた。かけた眼鏡を何度も親指で弾く彼女の癖は、ボードゲームでいう長考に入ったこと示している。


 この状況、ドームにいる区民を見捨てて防衛のみを行うなら簡単な仕事なのだ。ただ、味方が帰ってくるのを待てばいい。ただ、中にいる人間が問題であった。しかしだからといって、救出の為攻め入るとなると戦力が足らない。生殺しのような状況であった。


 もう一つ、今彼らを悩ませている種は、このまま終わってしまった場合に起きるトラブルだった。


 正規軍は全て職業軍人から成っており、戦闘には強制的に参加となるが、その代わりそれ以外の仕事が割り振られることはない。そのせいで、仕事をしながら兵役を受けなければならない防衛隊の人間と衝突が起こるのだ。


 当然、正規軍の方が危険で、デリケートな戦況に送られることが多い。しかし自分たちから理解しようともせず、文句を垂れてくるのだから、こちらとしてはたまったものではなかった。


 また、正規軍内で厳しい戒律を作っていても、目の届かぬ所で市民に幅を利かせるような者もいて、それが一部の区民を苛立たせていた。重大なミスを犯せば、それこそ水を得たように散々騒ぎ立ててくるだろう。


 よってここで区の希望であるアイリを守れなかった場合、その防衛隊や区民との火種に怨嗟が飛び火し、防衛隊の士気低下から戦闘継続への支障が出る。さらには守るべきものも守れない正規軍の必要性自体にまで話が発展する可能性がある。


 そう、苛立ちの原因は、この状況を生んだ運の悪さ。それだけであり、それだけに苛立ちは募るばかりであった。


 また、アイリは自分の――――いや、それは今考えることじゃあない。


(……さて、ここで突撃を敢行しても勝率は6、7割といった所か。……どう考えても、進むべきではない)


戦場で最も重要なのは、負けない事と死なない事だ。

 7割勝てるか、10割負けないかであれば、後者を選ぶのが指揮官の仕事。しかし今自分たちを覆う状況が、簡単であるはずの作戦を不可能へと捻じ曲げ、またレイザーを焦らせる。


 レイザーは歯噛みし、しきりにコツコツ、靴の底を鳴らしていた。

 靴は毎日欠かさず手入れをして、今日もピカピカに磨き上げてきたのだが、既に埃でうっすらと翳りが覆い始めている。


(……くそっ、何か、膠着した状況を少しでも変化させる一石があれば……。って、こう考えた時点で負け、か。あるものでなんとかする、それが私達のやるべき仕事だというのに)


頭を抱え、指の間から覗く目には疲労の色が強く浮かび、そこにゆっくりと諦観の色が滲み始めている。手の平で隠れている唇は、その思考に至った瞬間自嘲するように歪められ、頬には汗が伝っていた。


 オペレータを務める一人の女が声をかけてきたのは、そんな時であった。


「……せん、すみません!」


「あ、ああ、すまん! どうかしたか?」


「どうかもなにも、前線に子供が……」


「子供? そんなもの、避難誘導隊に任せておけ」


「いえ、それが、避難誘導隊の制止を無視して前線に向かっていて、しかもそれがとても速く、まるで捕えられないと……」


「何?」


レイザーは眉をひそめた。


 避難はまず、息子か娘を守ろうと親が避難場所に連れて行く。それを無視した子供のほとんどは、途中で罪悪感に苛まれ親についていく。それでも戻らなかった生意気な子供は、避難誘導隊によって避難所へと連れて行く。だが、その子供はそれすらも無視して今なお突っ走っているらしい。


 避難誘導隊は、正式には正規軍と違う団体であるが、同等の実力を持つ強力なメンバーが、有志によって集まったグループである。

 強力というのも、避難誘導をする人間が、その避難する人々を守れずしてどうする。頼れない人間でどうする、という信条を掲げており、仕事の合間に、日々訓練に励んでいるからであった。


 またその仕事柄、正規軍より日の目を浴びやすく、だからこそ、その実力はほぼ全ての区民が知るところであった。それに歯向かうだけでも、勇気のいる行動だろう。


 同時に存在する、カルガード区内法第六条第9項。『戦時中において、正規軍、または避難誘導隊の指示に従うこと』。これに違反する事に対する罰は存在しない。ただ、その対価は命で支払うこととなる。


 つまりその子供は、命を省みない……言ってしまえば、馬鹿な、命の危機を感じたことのない、ガキだということか。それなりに能力があるらしいことがさらに腹立たしい。


(……ヒーロー気取りは、家の中でしてほしいものだな)


苛立ちを見せるのは司令部の人間に悪影響を及ぼすから、几帳面に整えてられている顎ヒゲを弄って誤魔化す。溢れそうになるため息を我慢して、オペレーターに指示を飛ばした。


「……剣士1番隊、少年の確保に当たれ。またその穴を遊撃3番隊が対応、魔法1番隊は十分距離を取って戦え。牽制するだけで構わない」


「了解。伝達、剣士1番へ――――」

「了解。伝達、遊撃3番へ――――」

「了解。伝達、魔法1番へ――――」


続いて、オペレーターが各隊に伝令を行う。これで終わりだ、子供の夢見た蛮勇は。現実を知って、そのそれなりの能力を日々の訓練で伸ばして欲しいものである。


 レイザーは即座に思考を切り捨て、再び戦況を整理し始める。どこか、穴がないか。見落としがないか、まだ逆転の目はないか。


 思考の海に潜り込み、戦場のイメージを脳内で構築していく……


「報告! その少年が、剣士1番隊の追跡を振り切って未だ前進中! 前線に接触します!」


一瞬で思考の海から一本釣りを食らった。


「……何? 映像を出せ!」


「了解。14番、切り替わります。3.2.1」


避難誘導隊の制止を振り切るのだ、正規軍を振り切ろうとするだろうが……ただ、それを成功させるかどうかは話が別だ。避難誘導隊の実力にはバラつきがあるかもしれないが、相手は自分もよく訓練を見る正規軍。その練度は、戦闘に関しては素人に毛が生えた程度の自分からしても間違いなく、加えて構成する個人個人も、厳格な試験によって、優良種の中でも選りすぐられた、いわばエリート集団。


 正直、あのレベルの人間に囲まれ、それでもその包囲を打ち破る子供の姿、というのは想像がつかないが……。


 避難所内を映し出していた一角が切り替わり、その少年と思しき人間が映し出された。


 少年の出で立ちは見た限り、報告通り只の純血種。体格も普通どころか小柄で、長袖のパーカーを着込んでわかりづらいが腕も細い。手に持っている細身のナイフがまるで似合っていなかった。あれでは、鉛筆を握っているのがお似合いだ。


 あれが、筋骨隆々の戦士を相手取ったと言うのか。


「早く止めろ! 遊撃2番! 相手は只の子供ではなく区内法違反者だ、ある程度痛い目に合わせても構わん!」


「了解。遊撃2番へ、少年を制止せよ。手段は問わない」


オペレーターの声が響く。

 レイザーは既に、少年に視線を奪われていた。


君の視線を釘付けにする…!(ガンダム好き並感


二話目も投稿しますよー。

只、次の話が不安なんですよね(´・ω・`)

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