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別離の花(仮タイトル)  作者: 小松菜大佐
1章 一人歩む『傲慢』
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4話

今日も今日とて投稿

 看護士が呆れたような苦笑いを浮かべた。


「……ちょっとちょっと、もうちょっとくらい隠そうとできなかったの? それじゃあ、まるっきり伏せた意味が無くなっちゃうじゃない」


「う、うるさいな。私正直者だから、それがちょっと滲みだしただけだし」


滲み出すって、と看護士が笑い、結局エルザも耐え切れず、顔を赤くして、恥ずかしそうに俯いた。


 常に揺れていた尻尾がペタリと椅子から垂れて、くるりくるり、不可思議幾何学な模様を床に描いていく。エルザ画伯爆誕の瞬間である。実際、その尻尾は毛が大きく膨らみ画筆に見えない訳ではなく、絵の具を付けてみれば絵を描くことは可能かもしれない。今そんな事はどうでもいいが。


 しかしノドカはそのやりとりにまるで目もくれず、問い続けた。


「戦、争。なにか、あったの?」


「えっとね……話してると長くなるんだけど。まずグールって化物がいて、私達はそれに食べられないように戦ってるの。私は弱いから、こうやって看護士をやってるんだけど……」


「ちなみに私も。こうやって腕章をつけてるけど、免除を取ったから戦闘参加の義務はないんだ。あ、これが兵士である証みたいなものね」


そう言って腕章を軽く引っ張る。よく見ると、オプションのように金色のバッチが、明かりから発せられる白光を反射して輝いていた。


「緑色なら、学生とか普通の人たちが作る防衛隊。オレンジなら避難誘導隊。青なら職業が兵隊さんのプロフェッショナル、正規軍の証なの。で、このバッチが……」


 おお、と看護士から感嘆の声が上がる。


「もしかしてそれ、免除?」


 それに答えるかのようにメルザはわふんと得意げに笑った。……が、しかしその表情はすぐに曇った。


「……でも、そうは言ってられないんだよなあ」


「え、どうしたの? 免除貰ってるんだし気にしなくてもいいじゃない」


「そりゃ、戦いたくはないよ? 弱いのに飛び出して行っても無駄死にするだけだし。味方の足を引っ張ったら世話もない。でも、今回ばかりはそうはいかないんだよ。結構な数が、街に来てるらしいからさ」


「わざわざ免除取った人が進んで戦いたくなるって……つまりここって今、結構ヤバイ……?」


高い地位にある……例えば区長に選ばれたとか、戦いの際の司令官だとか、そう言った人間はまた別で、最初から兵役の義務はない。


 一般市民がその義務から逃れる為には、それに見合った能力、戦争で失われてはならないと思わせるような能力を示す必要がある。その資格は、一般に免除と呼ばれていた。


 免除を取るには、それなりに大変な条件をクリアすることが必要となる。だから看護士は感心していた訳だ。


 そしてそれはつまり、免除を取ったメルザがわざわざ戦場に赴こうとするのは、今までの努力をフイにしても構わないと思う程、戦況を悪く見ていることを表している。そう看護士は察したのである。


 メルザは、はぁ、と大げさなため息を吐くと同時に肩をすくめる。


「本来なら余裕な数なんだけど、キュールスタッドが今大侵攻を受けているのは知ってるでしょ? その応援に向かってるせいで、戦力の大部分が欠けてるんだよ。で、さらに厄介なことに特にミュートリアの数が多いらしくて。数で押されてちょっとずつだけど、戦力が削られてるらしいんだ。ミュートリアくらいだったら、私の地味な魔法でもなんとかなるから、それで戦おうと」


そこまで言って、ああ、と思い出したようにつぶやき、メルザはノドカの方を向く。


「……あーええっと、キュールスタッドって言うのは、この街の隣にある街の名前でさ。そこが今、私達の言う化物……グールって言うんだけど、それに攻撃を受けてるらしくて」


「……ありがとう」


それこそ時間も惜しいはずなのに、わざわざ説明してくれたことに感謝を示すノドカ。いいんだよ、とメルザは笑った後、頬を二回軽く叩いて、顔を引き締めた。


「……よーし。それじゃあ、私はそろそろ行こっかな」


そう言ってメルザは壁に立てかけてあった、黒くて鈍く光る槍を手に取った。とても細身で、あれならあのメルザの細腕でも扱えそうだ。しかしそれだけに、戦いの中に折れてしまうのではないかと心配にはなるが。


 特に装飾品の類は付けられておらず、量産された得物であると簡単に見て取れた。


 制服の内側のカッターシャツのボタンが上まで留まっているかを確認したり、しっかりズボンの中にシャツが入っているかを確認したりして――――肌が露出しないようにしているのだろうか――――最後にポンポンと制服を手で払い、


「じゃあね、ノドカ。病人はおとなしくしてるんだよ」


そう言い残して、自動ドアが開くのをじれったそうに見た後、開いた隙間をすり抜けるように通り、駆け出していった。リノリウムの床を蹴る甲高い足音は、どんどんと遠ざかっていく。


「はい、行ってらっしゃい」


 そう言葉をかけ、小さな後ろ姿を心配そうに見送った看護士もノドカに、


「手の空いている先生を読んでくるから、少し待ってなさい」


と言って退室していった。


 一人残されたノドカは改めて体を起こし、窓から外を見る。



 空が黒い。単純に天気が悪いのもあるだろうが、しかしあれは僅かに蠢いている。小型の黒い何かが群がって、雲と同じ規模まで膨れ上がっているのだ。あれが言う所の、グールというものなのだろうか?


 空に向かって放たれる光線や、時々聞こえる爆音、それに追随する振動は、おそらくそれと戦う人間たちのものだろう。


(…………)


石になったように、指の先すら動かさないノドカ。


 見つめる先では、未だに戦闘が続いている。

 何が起きてるのかは、流石に分からないが……ただ、心を、命を、魂を削り、もがいていることは、間違いないだろう。

 それこそ、自分を助けてくれたメルザも、これからそこへ向かうはずだ。


「…………」


ノドカは、黒い空を真っ直ぐに見つめる。


 自分は、分からないことばかりだ。

 自分の名前しか分からない。

 ここに来た理由も、今までの思い出も、自分の中には残っていない。


 しかし、だからこそ。こうして何も分からないからこそ、自分の中にあるたった一つが余計に目立つ。

 体の奥底に直接刻み込まれた確かな意志が溢れ出して、この空っぽの体を満タンに満たし、蹴飛ばし、意識の根底から突き動かそうとする。



 自分は、誰かを助けるヒーローにならなければならないのだ。



 ノドカは相も変わらず虚ろな目をして、ゆらりと立ち上がった。

 そういえば、自分は何を着ているのだろう。そう思い体を見ると、当然というべきか病人服を着ていた。


 そこらに置いてあったスリッパを履いて、近くに置かれていた服を手に取る。灰色のパーカーと白のYシャツ、少し傷んだジーンズという、いかにも普通な服だった。これが、自分が倒れていた時に着ていた服だろうか?


 いそいそと着替えて、置かれていたスリッパを履き、ペタペタ鳴らしながら走り出す。


ペタペタ。


「…………」


ペチペチペチペチ。


「…………………」


ノドカは立ち止まり、無言でスリッパを脱いで、それを丁寧に、備え付けられている靴箱の中にしまった後、裸足になって再び駆け出した。



 その頃、病室に連れてきた医者と共に、ようやく看護士が戻ってくる。


 当然その中はもぬけの殻で、面倒事が起きたと察した看護士は、ため息をつくと共に頭を抱えた。

 結局只の足労となってしまった医者は、何が起きているかわからないように首を傾げていた。


次は11時すぎかなあと思ってます


※編集中

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