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Teenage Walk  作者: hiro2001
9/19

Section 2 -Part.2-

 十二月も半ばを過ぎたその日は、町に初めての雪が舞い降りた記念日となった。昼間降り続いていた細かい雨は、夕方には白い妖精へとその姿を変えていった。夜の八時を過ぎると通りを行き交う人もめっきりと減り、僕と未央は奇妙な静寂が覆う店内で、チャート一位になったライオネル・リッチーの「セイ・ユー・セイ・ミー」を聴いていた。

「何か妙に神秘的な夜ね」

 珍しくポニーテールをほどいていた未央は、遠い目をしながら窓の外に映る白い影を見ていた。彼女の横顔にも神秘的な影が映っているような気がした。

「雪のせいかな?」

「でも、今日みたいな雨の後の雪はすぐに消えちゃうのよね。人の想いもそうなのかな? 人が人を好きになる気持ちもだんだんと消えていっちゃうものなのかな?」

「武史とうまくいってないのか?」

 僕の問いに未央は、口で答える代わりにゆっくりと首を左右に振った。でもその振り方に勢いはなく、肩を越えて伸びた彼女の髪がカウンターの上に落ちかかった。

「ただ何となくそう思っただけ。大体、自分の気持ちが掴めないのに、他人の気持ちなんかわかるわけないのよね」

 今度は僕のほうが答えられなかった。それほど未央の言葉は真実に裏打ちされた重みに満ちていた。自分の本当の気持ちが見えていない点では、僕も未央と同じ状況だった。それは同時に、未央や千雪の気持ちがわかっていないことを意味していた。だから僕らは、それぞれに確かめることが必要だった。降り続ける雪の白さを鏡にしながら、目をそらさずに自分の想いと向かい合わなければならなかった。


 二学期最終日のその日は三時間程度で学校も終わり、昇降口で靴を履き替えた僕は、明日からの冬休みの過ごし方を漠然と考えながら、結局はバイト三昧になる結論に行き着いて何とも複雑な気分になっていた。もう少し変化のある楽しいことでもないものかと、校門へ向かって歩くグランドから見上げた空は雲に覆われていたが、雨や雪が降るほどの暗さはなかった。もっとも真冬の寒さは相変わらずで、僕は制服の上から羽織っていた紺のピーコートのポケットに手を入れながら、背中を丸めて肌を刺す北風を懸命にやり過ごそうとしていた。

 視線を正面に移すと、その姿が妙にはっきりと僕の視野に入ってきた。いつもと同じタータンチェックのスカートに白のピーコートをまとったその子は、どこをどう見ても千雪に他ならなかった。

「何でこんな所に」

「ちょっと、一緒に来てほしいところがあって」

「えっ、これから? 一体どこへ?」

 その質問に答える代わりに、千雪は僕を誘うようにゆっくりと歩き出した。彼女の背中はいつもより小さく見えたが、それが寒さによるものなのかどうかはわからなかった。ただ僕は、彼女に導かれるままに未知の目的地に向かって後をついていくしかなかった。

 それは学校近くの駅から電車を二本乗り継いで、さらにバスで十分ほど揺られた場所にあった。鄙びた寺の門をくぐって境内を右のほうに折れていくと、その先には三十ほどの墓石の群れが佇んでいて、あたりには澄んだ空気を切り裂くような鳥の鳴き声だけが響き渡っていた。千雪は一番奥の、比較的新しい塔婆だけが立つ区画でようやく足を止め、近くで買って胸に抱えていた花を手向けた後で手を合わせた。惹かれるように隣で手を合わせた僕は、そっと目を開けてなおも祈り続ける千雪の横顔を眺めた。

「今日が命日なの」

「弟の?」

「ううん、父親の」

「えっ」

「弟なんていないの」

 千雪の告白を、でも僕はどう受けとめていいかわからずに立ちすくんでいた。弟のこと以外に彼女の家族のことを何も知らなかったが、その唯一の存在が否定された以上、父親のことも含めて僕が彼女に尋ねる根拠がなかった。いやそもそも、何故彼女が僕に嘘をついたのかがわからなかった。

「私の家に来ない? どうせ私一人だから」

 千雪の誘いが、僕を再び現実へと引き戻した。僕にできることはただ首を縦に振ることだけだった。頭の中をきちんと整理する必要があった。虚像としての弟、父親の死、そして一人暮らし……。大波のように次々と提起された事実は、僕を完璧な混迷へと導いていた。そう、今さらながら僕は彼女のことを全く知らなかったのだ。何も知らずに自分勝手なイメージを作り出していたに過ぎなかったのだ。

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